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2014.02.08

「火男」 大切なものと生きるために戦うという心意気

 鎌倉公方の遺児が幕府に反乱を起こし、荒れる北関東。そこに現れたひょっとこ顔の異形の男・俵藤藤太は、遺児方の古河城の姫・伽那を助けたことをきっかけに、古河城に入ることになる。やがて古河城に殺到する十万人の軍勢。それに対するはわずか85名、果たして藤太の起死回生の策とは…

 現在数少ない時代小説専門の文学賞であり、そして第一回以来、なかなかにユニークな作品が受賞している朝日時代小説大賞。その第五回大賞受賞作が、本作であります。

 舞台となるのは永享13年(1441年)の北関東――その前年に、結城氏朝が鎌倉公方・足利持氏の遺児である安王丸・春王丸を奉じて決起したことで始まった結城合戦は、かの「南総里見八犬伝」の冒頭にも描かれたことでご存じの方も少なくないと思いますが、本作はその異伝とも言うべき作品。
 結城合戦の終盤、結城方についていた古河城を舞台に、はみだし者たちが縦横に活躍する快作であります。

 結城氏朝らの籠もった結城城は幕府の大軍に包囲され、落城間近な頃――古河城を守る二人の将、野田右馬助と矢部大炊助のうち、矢部の娘の伽那姫が野伏に襲われていたところに現れたのが、主人公・俵藤藤太の初お目見え。
 鼻が曲がり、口が突きだしたひょっとこのような異相に、半纏のような着物を羽織った異様な格好の藤太は、雷のような音とともに野伏を吹き飛ばし、伽那を救います。

 実は藤太の武器は、この時代には極めて珍しかった火薬。ある事情から大量の火薬を持ち、火術の達人となった彼は、放浪の途中に偶然伽那を助けたのですが、その力に注目したのは彼女の父の矢部。
 城内の勢力を二分しているものの、野田が持つ城主の身分を狙う矢部は、自分の戦力とするために藤太の技を欲し、伽那を餌に藤太を誘います。

 その誘いを受けて入場した藤太は、やがて不思議な魅力で城内に集まっていた鬱屈を抱えた武士や野伏を惹きつけるように…


 寡兵が大軍を向こうに回して籠城戦で大活躍、というお話は、最近ではやはり「のぼうの城」が思い浮かびますが、起源を辿れば相当昔から存在する、戦記ものの定番の題材ではあります。
 しかし本作の舞台となった結城合戦での古河城戦は、たしかあっという間に勝負はついたはず…と思いきや、史実に意外な風穴を開けているのが本作。そしてその立役者が、言うまでもなく火男・俵藤藤太なのですが――そのキャラクターが実に面白い。

 その異相・異装にもかかわらず(?)、どこか飄々とした人物の藤太。しかし物語の途中で語られる彼の目的はあまりにも途轍もなく、そして彼がそう考えるに至った彼の――彼の一族の辿ってきた歴史は、あまりにも重い。
 彼が耐えてきたものは、自分自身の容貌への嘲笑などまだ小さい、権力の無情・非道なのであり――しかしそれは、程度の差はもちろんあれど、作中で彼に味方する人々もまた、長きに渡り耐えてきたものなのです。

 非道な主に嫌気が差しながらも、生活のためやむなく仕える侍。己の価値を正しく知る者に仕えようとするうち、野伏となるしかなかった老人。そしてヒロインである伽那もまた、あまりに凄惨な運命を背負っていることが、やがて語られることになります。

 そう、古河城に籠もった彼らが戦う相手は、幕府方の軍勢などではなく、それが象徴する権力の、権力にしがみつき他の犠牲にして顧みない者の、そしてそれが作り出した誰も幸せにしない世界なのであります。


 しかしそんな彼らの戦いは、権力への怨念の発露、復讐のためのものではありません。
 彼らは、そんな権力を笑い飛ばし、この先自分らしく生きていくため――「大切なもののために戦って死ぬ」のではなく、「大切なものと生きるために戦う」のであります。

 正直なところ、善悪がはっきり分かれた人物描写には(現実の人物をモデルにしたパロディを含めて)粗いところはありますし、藤太が皆の中心になっていく部分の描写も、もう少し掘り下げてもよかったのではないかと感じます。
 しかしそれでも本作を愛すべき作品と感じるのは、まさにこの心意気――戦って死ぬことを賛美するのではなく、生きるために戦おうと言い切るその想いであります。

 そんな本作に大賞が与えられるのであれば、世の中まだ捨てたものではない…というのは言いすぎかもしれませんが、正直な想いでもあります。


「火男」(吉来駿作 朝日新聞社) Amazon
火男

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