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2014.02.01

「扶桑の樹の下で」 彼が見た真に美しいもの

 小説現代の最新号に掲載された仁木英之の短編「扶桑の樹の下で」では、作者が得意とする中国歴史もの。それも一種の「術」が絡んだ内容でありますが、しかし少々意外な切り口から描かれる作品です。

 舞台となるのは前漢の頃、主人公となるのは、かつて北方の遊牧民族・匈奴に敗れて下った漢人の子孫で美貌の少年・韓嫣。
 父が罪を犯して処刑寸前であった彼は、匈奴の首長に近しい鴛という若者に救われ、彼の友として暮らすこととなります。

 やはり美貌を持つ鴛とただならぬ関係を結ぶようになった彼は、漢人と匈奴の争いをなくすためという鴛の言葉に従い、扶桑の術なる技を仕込まれます。
 それは一種の房中術――鴛の手引きで漢の王族・劉徹(後の武帝!)の叔母である館陶公主に近づいた彼は、その美貌と扶桑の術で彼女を籠絡し、劉徹にも近づいてその信任を得ることとなるのですが――

 彼を「友」と呼んで韓嫣と契りを交わし、漢の皇帝を籠絡させるために彼を送り込んだ鴛。
 彼を「友」と呼んで厚い信頼を寄せて日夜をともにし、しかし体は求めなかった劉徹。
 二人の「友」の間で韓嫣が選んだ道とは――


 房中術というセクシャルな題材、それも美少年によるものというのは、作者にしてはなかなか珍しい題材であります。
 しかしいささか刺激的な題材で描かれるのは、今の時代にも通じるような、ある意味普遍的な問いかけであります。

 「友」とは何か。「政」とは何か。そして「美」とは何か――その問いかけを。

 確かに、二つの民族の争いの間に生まれ、そしてその中で不思議な冷静さを持つにいたった韓嫣は、この時代、この場所ならではの主人公と言えるかもしれません。
 作中で自分を友として遇しようとする劉徹に対して彼が語る、「皇帝は誰も友にできない。同じ高みにいる者を作ってはならない」という言葉の中身は、まさに中国の皇帝ならではのものではありましょう

 しかし、彼が直面することとなるこれらの問いかけは、決して彼のみのものではありません。それはいささか形は変わっているとはいえ、現代の日本に生きる我々にとってもごく近しいもの。
 どこに属するべきか、誰に従うべきか。誰を信じるべきか。そして、誰を愛するべきか――

 遙かな時の流れを乗り越え、奇妙な術で世界を切り取りながらも、そこに浮かぶのは我々のそれと相似形の物語。
 だからこそ、結末で彼が見た、真に美しいものに、我々も一種の安堵感を感じるのでしょう。

 そして――だからこそ、この物語の先をみたい、彼が見たものが真の輝きであるのか、それを確かめたいとも感じるのであります。


「扶桑の樹の下で」(仁木英之 「小説現代」2014年2月号) Amazon
小説現代 2014年 02月号 [雑誌]

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