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2014.03.24

「小倫敦の幽霊 居留地同心・凌之介秘帖」 幕末名探偵と英吉利羊羹の謎

 時は幕末、横浜居留地の若手同心・草間凌之介は、リトル・ロンドンに暮らすイギリス人の知人から、屋敷で女の悲鳴が聞こえるという事件を持ち込まれる。鮮やかにその謎を解いた凌之介だが、今度は短銃で撃たれた日本人の死体が見つかった。死体の側には、謎の「英吉利羊羹」が転がっていた…

 この数年、次々とユニークかつ内容豊かな時代小説を発表してきた平谷美樹の作品群に、また一冊加わりました。来日したシュリーマンの冒険を描いた「藪の奥」の冒頭とラストに登場した横浜外国奉行所の若手同心・草間凌之介を探偵役に据えた新作であります。

 凌之介は、数々の語学に通じ、頭脳明晰な若き俊英。しかし童顔と当たりの柔らかな物腰から、外国人居留地、特にイギリス人の居住地区であるリトル・ロンドンの住人たちに大いに好かれている人物です。

 そんな彼が、リトル・ロンドンの友人である新聞社主に打ち明けられたのは、彼が最近買った屋敷から、女の悲鳴が聞こえるという怪事件。前の持ち主の時代、メイドが謎めいた死を遂げたという過去から、その幽霊ではないか、と怯える友人に対し、凌之介は鮮やかにその謎を解いて見せるのですが――いわばこれはアバンタイトルの一幕であります。

 すぐにリトル・ロンドンで見つかる本物の死体、それも何者かに射殺された日本人の死体。時あたかも1867年、攘夷浪人による外国人襲撃も珍しくないご時世に起きたこの事件に、俄然居住地は騒然とすることになります。
 早速探索に駆り出された凌之介が現場で見つけたのは、日本の羊羹に似た形で、舐めると甘い謎の物体。仮に「英吉利羊羹」と名付けたその物体にこの事件の鍵があると睨んだ凌之介ですが、すぐに浪人たちの襲撃を受けることに…

 殺された男は何者なのか、何故殺されなければならなかったのか。浪人は何故襲ってきたのか。そして何よりも、英吉利羊羹の正体は――次々と謎が積み重なる先に、凌之介は巨大な陰謀に突き当たることになります。


 誤解を恐れずに言えば、名探偵ものにまず必要なのは、ユニークなキャラクターの名探偵と、彼が活躍するに足る世界観でありましょう。その点でまず、本作は言うことなしであります。
 飄々とした温厚、どこか茶目っ気ある人間である凌之介のキャラクターは、上で触れた「藪の奥」の時点で目立っていましたが、本作においては、これまた個性的な周囲の人物とともに、混沌とした状況の中でも明るさと誠実さを失わない人物として、印象に残ります。

 そしてさらに、彼の活躍する舞台がまた唯一無二、空前絶後ともいうべき世界であります。
 幕末に開港された横浜居留地という、日本の中に生まれた異国。その中でも特に故郷に愛着を持つ者たちが集まったリトル・ロンドンという、特殊な上に特殊を重ねた世界が、彼の活躍の場なのです。

 そしてまた、彼が今回挑む事件もまた、この舞台ならではのもの。
 物語の中心となる英吉利羊羹の正体については、勘の良い方(というより雑学の知識が豊富な方)にはすぐわかるのではないかと思いますが、しかしそれでもアレをここに持ってくるのか!? とその取り合わせの妙に唸ること請け合い。
 あるアイテムが、本来そこにあるはずのない状況に放り込まれることで、状況を大きく動かしていくというのは、むしろSF的かもしれませんが、そこはまさにSF作家としてスタートした作者ならではの手法として感じられるのであります。


 そしてもう一つ――私が作者の作品を愛し、期待する所以のものが、本作にもあります。
 それは、舞台なる時代と場所から、いま我々が生きる時代を俯瞰し――もちろん時代ものとして不自然ではなく、物語の興趣はそのままで――その上である種の「理想」を提示してみせる視点であります。

 物語の終盤で、事件の犯人に対して凌之介が語る想い――幕末という混沌とした時代の狭間に生きる彼の言葉は、そのまま現代に生きる我々にとっても、一つの灯火として感じられます(もちろん、それが示す方向に共感するか否かは、個々人の判断に委ねられるものではありますが…)


 個性的なキャラクターと舞台に、魅力的な謎。そしてそこを通底する、現代にまで向けられたまなざし――
 まさに作者の作品の醍醐味を味わうことができる本作。既に続編の刊行も決定している模様で、この先も楽しませていただけそうです。


「小倫敦の幽霊 居留地同心・凌之介秘帖」(平谷美樹 講談社文庫) Amazon
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