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2014.04.30

「いっき LEGEND OF TAKEYARI MASTER」 たった二人、伝説の一揆始まる

 あの、あの『いっき』の小説版です。本作は、1985年にサン電子がリリースしたTVゲームの完全ノベライズ――それも、原作の要素をほとんど全て取り込んで、それに時代ものとしての枠を守りつつも合理的な説明を加え、さらにドラマとしても内容豊かという、奇跡的な作品であります。

 原作『いっき』は、一揆を起こした権兵衛(権べ)と田吾作(田ご)が、忍者軍団と戦いつつもフィールド上の小判を集めていく、という内容のゲーム。
 当時としてみれば水準の作品でありましたが、「たった二人で一揆」「何故か敵が忍者」「標準状態の武器である鎌よりもパワーアップ後の竹槍の方が弱い」などというツッコミどころに加え、ファミコン版の微妙な出来もあって、主にネタ的な意味で今なお語り継がれている作品であります。

 近年に至っても、『いっき萌バイル』『いっきおんらいん』と、やはりどこかネタ的な扱いを受けている中に発売された本作も、「LEGEND OF TAKEYARI MASTER」というサブタイトルもあって、その路線かと思いこんでいたのですが……
 しかしいざ手に取ってみれば、これが驚くほどよくできた作品なのであります。

 舞台は江戸時代のとある村。豊かではないものの幸せに暮らしてきた村人たちの平和は、しかし新任の代官によって打ち砕かれることとなります。
 凶作の中でも度を超した重税をかけ、払えぬとみれば村人たちを連行して奴隷のように働かせる。自分たちは賄賂三昧で贅沢に暮らし、町には破落戸やならず者ばかりが無法地帯に……

 そんな絵に描いたような悪代官に対し、ついに怒りを爆発させた青年・権兵衛と、彼の幼なじみのタエ(田吾作の娘)が、本作の主人公となります。
 代官所の無法に耐えかね、ある理由から持っている常人離れした力と技でもって代官所の手下たちを叩きのめす権兵衛。しかしその彼の後に続く者はなく、かえって村人は殺され、村も焼かれてしまう結果となってしまいます。そして権兵衛自身も、代官に仕える忍者集団の長・鬼兜に完膚なきまでに叩きのめされることに――

 果たして権兵衛は再び立ち上がることができるのか、そして一揆を起こし、代官を倒すことができるのか……!


 冒頭で述べたとおり、本作は原作ゲームに登場する要素を、丹念に拾い集めて物語を展開させていきます。
 権兵衛や田吾作、悪代官や忍者軍団のほかにも、突然抱きついてくる腰元、仙人が投げてくるおにぎりなど……その一つ一つには本作ならではの意味付けを与えられています。それも程度の差こそあれ、時代ものとして破綻することなく――

 よくぞここまで、とこれだけでも感心させられるのですが、本作の真骨頂はここからであります。

 詳細は触れませんが、出自にある秘密を持つ権兵衛。そんな彼にとって、村はあまりにも退屈な場所に過ぎません。
 だからといって何をするという夢や目標もなく、ただ自分の力を持て余していた彼にとって、ある意味代官の横暴は、自分の力を示す機会だったのですが――

 しかしそんな彼を待っていたのは、己を遙かに上回る力の持ち主と、周囲の人々の冷たい目。そんな挫折を味わった彼が、真に自分がやるべきことを見つけ、そして「農民」としての自分自身を確立していく……本作は、そんな成長物語でもあるのです。

 権兵衛たちの秘密を知った時には、なるほど、だからたった二人でも一揆を起こせるのか……と、感心しつつも、どこか残念に感じるところもあったのですが、それは大間違いでした。
 一揆を起こすのはあくまでも「農民」なのであり――そしてその農民がたった二人で一揆を起こすことに、大きな意味があるのですから。


 およそゲームのノベライズとしてはもちろん、時代ライトノベルの中でも屈指の内容である本作。
 レゲーファンであれば絶対気になるであろう、あの作品への伏線もきっちりと取り込んでおり、もはや言うことはない作品であります。


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2014.04.29

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第10巻 決着、地蔵菩薩争奪戦

 上杉景勝第一の臣にして、あの前田慶次第一の友である直江兼続を主人公とした「義風堂々!! 直江兼続」の第2シリーズ、「前田慶次酒語り」の最終巻であります。兼続の出自の秘密が隠された地蔵菩薩争奪戦もついに決着、その先に待つものは…

 実は兼続の実父であった上杉謙信が、兼続の瞳の模様を写した水晶を埋め込んで作ったという地蔵菩薩。
 その存在が明らかとなった時、景勝の上杉家継承の正統性が、いや、生涯不犯を誓った軍神・謙信の威信が失墜する――

 上杉家の命運を握るこの地蔵菩薩を手中に収めんとする家康配下の忍び・下坂左玄率いる徳川忍軍300人が待ち受ける高野山に向かうは、兼続と助っ人の島左近をはじめとするわずか7人。
 どこに忍びが隠れているかわからぬ絶対の死地に飛び込んだ兼続が、いかに忍びの群れを迎え撃つか!? という場面から始まったこの
巻ですが、ここで前巻同様、兼続が再びその知謀を存分に働かせてみせるのが楽しい。

 やはり武芸だけでなく、知勇揃ってこそ兼続――勇の部分は他のキャラクターがいるわけで――というところですが、比較的あっさりと戦いに決着はつき、地蔵菩薩像争奪戦も終結して、さて…

 と思いきや、ここで兼続に対してのみ意味がある、地蔵菩薩のもう一つの存在理由が示される、という展開は、なかなかに美しいものとして感じられます。
 なるほど、それまでの派手な展開で見落としておりましたが、上杉家を存亡の危機に陥れるもの、災いの種であっても、本来は…というのは大いに頷けるものであります。

 もう一つ美しいといえば、最後の最後に景勝がみせる行動もなかなかにいい。
 今回の地蔵菩薩争奪戦の結末は、正直なところ大山鳴動…という印象はもあるのですが、物語を、兼続という存在の根本にあるものであり――そして同時にこの一連の争いの根幹でもある――「上杉」景勝との主従の絆を描いて終わるというのは、これはこれで美しい結末でありますまいか。


 さて、冒頭で触れたように、「酒語り」はこの巻で終了。続いて、シリーズ完結編である「花語り」の連載が始まっているとのこと。
 時間軸は一気に飛んで、関ヶ原の戦前後の物語のようですが、言うまでもなく関ヶ原の戦は上杉家にとって大きな大きな意味を持つものであり――そして「花の慶次」においても、必ずしも詳細に描かれたわけでないことを思えば、これはやはり気になるところです。

 引き続き、追い続けたいと思います。


「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第10巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続 ~前田慶次酒語り 10 (ゼノンコミックス)


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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第1巻
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 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第6巻 史実の裏表を行く二つの物語
 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第7巻 大秘事争奪戦の意外な乱入者!?
 「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次酒語り」第8巻 兼続出陣、そして意外な助っ人?
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2014.04.28

「いくさの子 織田三郎信長伝」第5巻 意外なヒロインと伝説の宝と

 織田信長の少年時代を豪快に描く原哲夫流歴史活劇「いくさの子 織田三郎信長伝」の最新巻、第5巻であります。この巻では前の巻に引き続き、父・信秀の死後、師や腹心の仲間たちとともに海に乗り出した信長の姿が描かれることとなりますが、そこに意外な展開が待ち受けているのであります。

 乱れに乱れた織田家を立て直し、今川義元の脅威から尾張を守るべく、うつけを装って時間を稼ぎつつ、力を蓄える信長。
 前の巻では、そんな彼と仲間たちが難破した南蛮船を手に入れ、量産を開始した火縄銃の試射と称して大海原に乗り出すことになりましたが、この巻も舞台のほとんどは海の上となります。

 行きがかりで海賊を退治して助け出した船に乗っていたのは、豪商・生駒家の娘であり、信長とは幼なじみの類(とその兄)。幼い頃から頭の上がらない類に対して信長は一計を案じて…

 と、この巻の前半で描かれるのは、本作の隠し味ともいえる信長の茶目っ気がもたらすコミカルな展開。バイオレンスフルな主人公の行動に、周囲の人間、特に対立する相手がわたわたして――というのは原作品にはしばしば見られる展開ですが、今回は類の兄のリアクションも楽しく、ほっと一息というところでしょうか。
(ちなみにこの兄、単なるヘタレのコメディリリーフかと思いきや、後半グッと骨っぽいところを見せてくれるのもいい)

 そしてそこから続いて描かれるのは、類と信長の絆であり、そして信長の秘められた力の存在。
 実は信長には、幼い頃から他者の本質が、ビジュアル化された形で見える力が、というのは、いささか便利すぎる(もっとも、一歩間違えれば「人間嫌い」になりかねないのですが…)ものとして感じられてしまうのですが、そこから類が信長にとって特別な意味を持つ存在であることが描かれていくのは、さすがの業前と言うべきでしょうか。

 前の巻の感想でも少し触れましたが、この類は実在の人物(とされている人物)であり、かつ信長の生涯においてそれなりの意味を持つ人物。
 これまで信長もののヒロインとしては、濃姫が登場することがほとんどで、類が登場する作品は極めて少なかった…という印象があります。

 そんな女性をヒロインに選んでみせた本作の独自性は大いに好もしいところですが、読者にとって馴染みのない彼女のキャラ付けをこう描いてみせるか、と感心させられたところです。


 と、キャラ方面の掘り下げがなされている一方で、ストーリーの方は思わぬ方向に展開していくことになります。

 類たちがもたらしたある情報――それは、あの今川義元が、南蛮の海賊からある品物を手に入れようとしている、というもの。
 それが義元の手に入れば、義元の優位は揺るがぬものとなる…それを知った信長たちは、その品を横取りするべく、海賊との対決を決意するのであります。

 この辺り、いきなり伝奇度が高くなって驚かされるところですが、考えてみれば信長と義元が直接対決を行うのはたった一度。
 これは、そこに至るまでの代理戦争だと思うべきかもしれませんし――そしてそれが本番よりも派手なものになるであろうことは間違いありません。

 信長軍対南蛮海賊、まったく先のわからない戦いの幕開けも目前であります。


「いくさの子 織田三郎信長伝」第5巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 5 (ゼノンコミックス)


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2014.04.27

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 桜が咲いたと思ったらすぐに散り、ようやく暖かくなったと思ったら急に気温が下がったりと、なんだか慌ただしく過ごしているうちに、気がつけば5月は目前。5月はGWのおかげでウィークデーが少ないためか、発売点数はちょっと少なめ。というわけで5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 文庫小説の方でまず楽しみなのは、ともに待望のシリーズ第2弾、平谷美樹「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」と芝村凉也「陰路の誘い(仮) 素浪人半四郎百鬼夜行」。時代怪異譚ファンなら必見の作品であります。

 また、森山茂里「あやかし絵師・鳥山石燕」は、5月の廣済堂モノノケ文庫枠でしょうか。石燕を主人公とした作品は先行するものがありますが、負けずに頑張っていただきたいところです。

 また文庫化では柳蒼二郎「明暦水滸伝」に注目。見慣れないタイトルですが、「無頼の剣」として刊行された作品の文庫化であります。正直なところタイトルで損をしていた作品だと思いますので、これはナイスな改題ではないでしょうか。
(ちなみに4月の「天保バガボンド」改め「天保水滸伝」に続く江戸水滸伝シリーズ第2弾とのこと)
 その他、富樫倫太郎の軍配者シリーズ完結編「謙信の軍配者」も文庫化されます。

 一方、中国ものでは、仁木英之の「千里伝」シリーズ最終巻「乾坤の児」と、丸山天寿の徐福シリーズ第2弾「琅邪の虎」が文庫化。とてつもないスケールで展開する「乾坤の児」と、ミステリとしてアクションとして非常によくできた「琅邪の虎」、どちらもオススメの快作です。

 なお、4月に刊行予定となっていた「『妻は、くノ一』謎解き散歩」は、5月刊行となった模様(TVドラマに合わせたのかしら)。

 さて、漫画の方では、何と言っても注目は唐々煙「曇天に笑う 外伝」上巻と「煉獄に笑う」第1巻、そして黒乃奈々絵「PEACE MAKER 鐵」第7巻でしょう。
 昨年末に合同で増刊が刊行された両作品ですが、思ったよりも早い単行本発売は、ファンには実に嬉しいプレゼントであります。

 また、永尾まる「猫絵十兵衛 御伽草紙」第9巻、「伏 少女とケモノの烈花譚」第4巻(後者はこれで完結とのこと)も楽しみなところです。

 楽しみといえば、クライマックスに向けてガンガン盛り上がっている西洋伝奇、和月伸宏の「エンバーミング」第8巻も久々の登場。ラストまで一気に突っ走っていただきたいところです。



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2014.04.26

「毒蛇魔殿 娘同心七変化」 美少女同心に迫る毒蛇魔!

 最近は同じレーベルで並行して展開されている「大江戸巨魂侍」(しかしすごいタイトルです…)に押されてご無沙汰でしたが、娘同心・小手川美鈴が帰ってきました。今回の事件は、銀の毒蛇を操る殺人鬼・毒蛇魔との対決。江戸を震撼させる連続殺人に挑む美鈴ですが、事件の陰には…

 将軍家斉の嫡男を救ったことから、褒美代わりに夢だった町方同心となった柔術小町の美鈴。教育係である熱血同心・石見新三郎と、彼が使う岡っ引きの源蔵親分とともに、今日も彼女は得意の七変化を駆使して大活躍。
 アバンタイトル的に、颯爽たる活躍で凶賊たちを一網打尽にした美鈴ですが、そのすぐ近くで、惨劇が起きていたのでありました。

 酌婦から大店の後妻に収まり、亭主に薬を盛って家を乗っ取った毒婦――彼女が風呂に入っていたところに、銀色の毒蛇に噛まれて即死したのであります。

 さらにとあるやくざの親分が文字通り謎の毒牙にかかり、後を追った代貸しが目撃したのは、奇怪な真蛇の能面を被った謎の怪人。
 誰が呼んだか、毒蛇魔と名付けられた怪人の凶行を止めるべく奔走する小鈴たちですが――その後も毒蛇魔の跳梁は続きます。

 そして彼女の前に現れるは、毒蛇魔を追う死客人(殺し屋)の坊主に、前作で死闘を繰り広げた強敵・血桜お練。さらに、何者かに狙われる蝋燭売りの健気な少年も事件に絡み、入り組んだ事件の謎に、新三郎や女侠・ジャガタラお千とともに挑む小鈴ですが…


 作者の作品をすべてチェックしているわけではありませんが、おそらくは作者が最も乗って書いているのは、本シリーズではありますまいか。
 作者の男装美少女好きはつとに知られたことではありますが、本作の主人公・美鈴はまさにそのものずばりの存在。
 そしてそんな彼女が、さらにある時は博徒、ある時は飴売り、またある時は腰元や中国娘に七変化して活躍する姿は、実に活き活きと輝いていて、作者の愛が感じられます。
(愛といえば、本作に登場するあと二人の美女、ジャガタラお千と血桜お練の暴れっぷりにも、大いに愛を感じます)

 かくいう私も、美鈴ファンの一人なのですが(いつもながら笠井あゆみの表紙絵が美しい!)、今回はさらに謎の毒蛇魔、そして毒蛇魔殿の登場と、外連味が存分に効いているのが嬉しい。

 男装の美少女同心も、奇怪な仮面に隠れた謎の殺人鬼も、もちろん現実にはいるはずのない存在、フィクションの世界といえども、あまりに時代がかった存在ではあります。
 しかしそれだからこそ今この時代に登場する意味がある、描かれる意味がある…とまでは申しませんが、たまには理屈抜き、とにかく鮮やかに、インパクト優先の極彩色の活劇があってもいい、そんな風にも感じるのです。

 ただし、正直なことを申し上げれば、前二作に比べれば、本作の物語展開自体はかなりシンプルではありますし、謎解きもさまで意外なものではありません。
 その点だけはやはり大いに残念ではあり――ここはさらに派手に、外連味を増していく方向に突き抜けてもよいのかもしれません。


「毒蛇魔殿 娘同心七変化」(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon


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2014.04.25

「からくり隠密影成敗 弧兵衛、推参る」 リストラ忍者から人間へ、ヒーローへ

 リストラされた根来忍者一の使い手・弧兵衛は、江戸の町で暮らすことを決意するも、生活力がなく乾上がる寸前。そんな中、破落戸に襲われていた少女・弓乃を助けた彼は、彼女と母親の千明が苦境に陥っていることを知り、力を貸すことを決意する。しかし事件の影にには意外な悪の姿が…

 先月発売された「あやかし秘帖千槍組」に続く、友野詳の時代小説第二弾が、本作「からくり隠密影成敗 弧兵衛、推参る」であります。
 タイトルからわかるとおり忍者ものではありますが、しかし一ひねりも二ひねりも加わった、何とも爽快かつ痛快な作品です。

 時は享保、将軍吉宗の命で御庭番が設置された煽りを喰らって隠密御用を外され、国に帰るよう命じられた根来・伊賀・甲賀の忍びたち。しかし、根来随一のからくり使いとして知られる男は、ある事情からこの命令を拒否して江戸に居残ることを決意します。

 自分も根来にその人ありと知られた男…という自負もあった男ですが、しかしほとんど忍びの世界だけで生きていたため、哀しいほどに生活力がない。
 行き倒れ同然となっていた彼は、美少女・弓乃が破落戸に襲われているところを助けたのが縁で、弧兵衛と名乗り、彼女が暮らす長屋の部屋に転がりこむこととなります。

 そこで弓乃の母・千明に一目惚れした弧兵衛は、母子が悪徳薬種問屋・沼田屋に苦しめられていることを知り、二人を助けようとするのですが…そこに現れたのは二人の忍び。
 その色気と秘術で男たちを骨抜きにする元甲賀のくノ一・したたりのお蜜と、剣を取らせたら無敵だが、どうしようもなくバカの元伊賀忍び・影斬り才蔵――

 それぞれ弓乃に一目惚れした二人とともに、沼田屋を成敗せんとする弧兵衛ですが、その背後には思いもよらぬ恐るべき敵の影が…


 というあらすじを見ると、なかなかハードな展開に見えるかもしれませんが、(もちろんそういう部分もありつつも)本作の基調となるのはコメディ。
 忍者としては凄腕ながらも生活力はからっきしの中年男がリストラされ、それでもなにくそと頑張って…というシチュエーションだけでも、何ともほろ苦くもおかしいのですが、そのほかのキャラクターたちの言動も色々と楽しいのであります。

 特に剣は滅茶苦茶強いが大馬鹿で××の才蔵や、あまりに善人過ぎて天然キャラの千明さま(余談ですが、この名前で天然キャラというのはなかなかやる、と感心)など、実に愛すべきキャラクターで、彼らのやりとりを見ているだけでも顔がほころびます。
 文庫書き下ろし時代小説は大人のライトノベル…という表現は、あまりポジティブなものではないかもしれませんが、本作においては、そのライトノベル的手法が実に良い形で活かされていると感じるのです。


 しかし本作の真骨頂は、そんな物語の中において、実に熱いヒーロー誕生劇を描いている点にある、と私は感じます。

 考えてみれば、忍びというのは――冒頭の弧兵衛の姿を通じて描かれているように――色々な意味で、真っ当な世界から外れたところに生きる存在(ちなみに、文庫書き下ろし時代小説の世界で忍者ものが少ないのは、まさにこの点によるものでしょう)。
 そして弧兵衛たち主役の忍者トリオは、そんな忍者の世界からもさらに外れることとなった、二重のあぶれ者と言うべき存在なのです。

 本作は、そんな彼らが、善意の、善き人間性の塊と言うべき母娘と出会い、彼女たちのために正義の味方になろうと決意する物語。そしてそれは同時に、非情の忍者として生きてきた彼らが、有情の人間として生まれ変わる姿でもあるのです。
 その原動力になるのが色恋というのは、一見ヒーローらしくないように見えるかもしれませんが、人間性を失っていた彼らにとって、純粋にそんな想いを抱ける相手の存在は、彼らの人間性回復の象徴というべきでしょう。
 だからこそ、クライマックスで立ち上がり、自分たちのネガともいえる敵に挑む彼らの姿は、最高に格好良く、痛快に感じられるのであります。


 もちろん、彼らの人間としての生はまだ始まったばかり。これからまだまだ山あり谷ありでありましょう。
 しかしだからこそ、そんな彼らの姿を見届けたい――是非とも続編に期待したい快作であります。


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からくり隠密影成敗弧兵衛、推参る (新時代小説文庫)

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2014.04.24

「天威無法 武蔵坊弁慶」第2巻 奇怪な清盛に奇怪な鬼若が求めたもの

 かの武蔵坊弁慶を作者流に料理した武村勇治「天威無法 武蔵坊弁慶」の第2巻が発売されました。都で弁慶たちの前に現れた平清盛、そのとんでもないビジュアルと言動に驚かされるのですが、しかし彼の真の顔は…

 個人としては強大すぎる己の力を持て余しつつ、比叡山で無為に日々を送っていた鬼若(後の弁慶)。法然によって山から連れ出された彼は、古戦場で突然襲いかかってきた黒装束の二人組――義経と遮那の双子の兄妹と対決し、世間の広さを知ることとなります。
 平家打倒を狙う彼らと行動を共にすることになった鬼若が都を訪れた時に行き当たったのは、輿に乗せられて大路を行く平家の統領・平清盛…
 なのですが、その姿は隈取りの入った白塗りの顔に赤い長髪というビジュアル系、輿の上から叫ぶ言葉は「下々のみんなぁぁ みんなを愛してるわぁぁぁぁ!!」と、時代を先取りしすぎた傾奇者っぷりであります。

 しかしもちろん、ほぼ一代で武家政権を打ち立て、「平家にあらずんば人にあらず」と言われるようにまでなった男が、単純な傾奇者や博愛主義者であるわけもありません。
 輿の行く先を遮った子供に対して、笑顔で無惨極まりない制裁を加えようとする清盛ですが…


 と、清盛の登場時にはずいぶん驚かされたのですが、この非道ぶりを見せられた際には、むしろ予定調和的な――はっきり言ってしまえば、北斗の拳的な――悪役像と感じてしまい、いささかがっかりしたのは事実。
 ここで鬼若が乗り出して、清盛を叩きのめすのだろうなあ…というこちらの予想は、半分当たり、半分外れました。

 鬼若がその場に飛び出し、清盛の輿を奪ったまでは予想通りでしたが、しかし輿もろとも清盛を連れ去った鬼若は、相手を叩きのめすのではなく、一つの問いをぶつけるのです。
 「強さとは何か」と――

 なるほど、本作の鬼若の行動原理は、(少なくとも現時点は)正義や忠義、あるいは天下取りといったある意味「公」のものではなく、力とは、強さとは何なのか、自分は何者で何ができるのか…という、極めて「私」的なものであります。
 その鬼若が、他者の生殺与奪を自在にする権力者と出会った時にこう問いかけるのは、一見奇怪なようでいて、極めて自然と言うべきでありましょう。

 そしてそのまま清盛に伴われてその屋敷に赴く鬼若。ここで彼を待ち受けているものは…これは実に漫画的ではありますが、しかしその先に清盛が見せるのは彼のもう一つの力、というのも面白い。

 鬼若に置いて行かれた格好となった義経たちの前に、ライバルとなるであろう平教経が登場、初激突という、ある種伝奇的展開ももちろん楽しいのですが、それ以上に、清盛以上に奇怪であり、しかし納得のいく鬼若像には、本作なりの魅力が感じられるのです。


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2014.04.23

「大正空想魔術夜話 墜落乙女ジヱノサヰド」 この世の軛を打ち砕く悪人ヒロイン見参

 大正11年(1922年)の帝都を騒がすのは、人々を次々と襲う異形の怪物・活キ人形と、魔術を用いてそれを無惨に叩き潰す美少女・墜落乙女。偶然その正体が華族・蓋シ野家の長女・サヱカであることを知った少年記者・賜ヒ野乱歩は、彼女に独占取材を申し込む。乱歩が見た「悪人」墜落乙女の素顔とは…

 新刊情報でタイトルを見たときから気になっておりました本作、蓋を開けてみれば、大正の帝都を舞台に邪悪な魔法少女と奇怪な自動人形の群れが血みどろの激闘を繰り広げる、何ともユニークな活劇であります。

 どこからともなく現れては人間を襲い、殺傷する怪物・活キ人形――謎の「人形座座長」に操られるそれは、桐製の人形ながら正体不明の動力で動き、自分の意志を持ち、血を流す存在であります。

 そして、その圧倒的な戦闘力の前に警察も手をこまねいていたところに現れたのは、真っ赤なドレスに身をまとい、空から墜落するような身のこなしで現れる「墜落乙女」。
 次々と活キ人形を屠っていく彼女は、しかしその残虐無比で手段を選ばない戦闘スタイルにより、人々からその敵以上に忌まわれるのでありました。

 そんな彼女の正体を掴んだのは、帝都日日雑報の少年記者・賜ヒ野乱歩。戦闘後の墜落乙女を追い、その変身を解いた姿を目撃した彼は、それを口外しない替わりに、彼女――蓋シ野サヱカの独占取材権を得ることになります。
 そして、彼女や活キ人形の正体以上に乱歩の心を占めるのは、彼女が「悪人」たる理由。自分自身「悪人」であることを隠そうともしない彼女の心に近づいていく乱歩ですが、二人を思わぬ罠が襲うことに…


 身も蓋もない言い方をしてしまえば、大正時代を舞台とした「魔法少女」ものである本作。
 「魔法少女」という存在が、そのイメージほど正しく美しいものでなければ、楽しい役目でもない――という内容は、近年ではもはや一種定番となってしまった感がありますが、それを大正時代を舞台にして描いてみせたというのはやはり面白い。

 墜落乙女の名の由来となったアクションも、彼女の能力が、自分を含めた全ての物体の質量を自由に操る重力制御であるという点を活かしたもので、バトル描写のバリエーションも豊富でなかなかに楽しめます。

 しかしそれ以上に印象に残るのは、やはり彼女のキャラクターでしょう。
 一見清楚な外見に似合わぬ妖艶な表情を浮かべ、血みどろになりながら、残虐無比に活キ人形を叩き潰す。その性格もまた傲岸不遜、人を人とも思わぬドSぶりに、主人公の乱歩少年(名前に特に意味はないのが残念)は散々振り回されるのであります。

 どちらかというと受け身の主人公を散々振り回す唯我独尊ヒロインというのも一定型ではありますが、本作においては、その彼女のキャラクターの根本が、同時に物語の中心に存在する謎に繋がっていくのもまた、なかなかによくできていると感じます。


 しかし残念に感じてしまったのは、個人的に大正時代を舞台にした作品を読む時に一番気になる、大正時代であることの必然性が、今一つ弱い点であります。

 確かに、この時代を舞台にする理由は明示されるますし、そしてそれ自体はなかなか面白い。しかしそのロジックは、少しいじれば、現代を舞台にしても成立可能なものになってしまう――というのは意地悪が過ぎるかもしれませんが、少々パンチが弱いのは事実でしょう。

 とはいえ――舞台となる大正という時代が、一見、現代にある程度近い文化・社会を持つようでいて、その根幹にあるものは、明確に戦後民主主義とは異なるのは事実。
 そして本作で描かれるのは、まさにその根幹の部分によって悩み、苦しめられる人間の姿であり…「悪人」墜落乙女は、その軛から解き放たれ、打ち砕く存在なのでしょう。

(最も、やはり大正を舞台とする最大の理由は、そのビジュアルイメージにあるように思いますが…)

 物語の構成自体はかなりシンプルではありますし、特にクライマックスの展開は、登場人物たちの背負ってきたものを考えれば、もう少し描き込んでもよいようにも思いますが――この世の軛を粉砕する「悪人」ヒロインの存在は、それでももちろん、痛快でなかなか魅力的に感じられるのです。


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2014.04.22

「剣と旗と城 剣の巻」 戦国乱世に己の道を求めて

 応仁の乱以降荒れ果てた天下。黄金五枚で雇われては戦場働きする眉間景四郎は、焼け落ちた城から逃げる途中、同輩の等々力権十郎から、城の姫を助ける。それをきっかけとするように、忍者、女剣士、孤児、謎の貴人…様々な人々が彼の周囲に現れる。それぞれの大望を秘めて行動する者たちの運命は…

 柴田錬三郎が室町時代後期の混乱の時代を舞台に描く、全三巻の大作の、その第一巻であります。
 非常に大まかに言ってしまえば、柴錬の時代小説には、江戸時代を舞台に虚無的なヒーローが活躍する作品群と並び、戦国乱世を舞台に己の道に迷う人々のドラマを描く作品群がありますが、本作はその後者に属する作品であり、特に群像劇の色濃い作品です。

 とにかく様々な登場人物が次々と登場し、目まぐるしく出会いと別れを繰り返す本作のあらすじを紹介するのはなかなか難しいのですが、最も物語の中心にいると思われる人物が、傭兵牢人ともいうべき眉間景四郎であります。
 この時代に特段の望みも夢も持たず、一回黄金五枚で雇われては、ただ野性の剣を振るう景四郎。本作は、彼が出会った人々から連鎖的にドラマが広がり、また絡み合うという形で展開していきます。

 その物語の中で彼が出会う人物、さらに彼と出会った者たちが出会う人物を挙げれば…
 女と酒と闘争をこよなく愛する豪傑牢人・等々力権十郎。山中に隠棲するやんごとなき生まれらしい青年・小松重成。凄腕ながらお人好しで恐妻家の忍者・猿兵衛。武将を夢見る孤児の少年・銀太郎。さる秘命を胸に雲水姿で旅する女剣士・音羽。知勇に優れたながらも静かな佇まいを崩さぬ謎の男・風の旅人――

 さらに平家の落人集落・手鞠の里、楠木正成の流れを汲む忍騎隊(隠密騎馬隊)・菊水党、不死皇天宗なる宗派を立てて天下を狙う怪僧・登天坊飛雲と軍師の鎌谷月心斎などなど、そこに様々な勢力が絡んで、物語はわずかな先の展開もわからないまま、二転三転しつつ続いていくのですが…

 言うまでもなく、これがまた抜群に面白い。
 ただ自分の腕、すなわち「剣」を頼りに、自分なりの夢や大義名分、すなわち「旗」を奉じ、そして自分の権力の基盤、すなわち「城」を打ち立てようとする人々の群れが生み出す熱気は、まさにこの、全ての権威が意味を持たなくなった時代ならではのものでありましょう。


 おそらくはこの先物語は、景四郎・権十郎・重成――それぞれ異なる背景を背負った男たちが、この乱世でそれぞれの剣と旗と城を求めていくことになるのだと思いますが…
 さて、それだけが本当に人間の生きるべき道なのか、というのは柴錬の戦国乱世もの読者であればよくご存じなはず。

 その点も含めて、この一大ドラマがどこに向かうのか、確かめたいと思います。


「剣と旗と城 剣の巻」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon

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2014.04.21

「官兵衛の陰謀 忍者八門」 吉備魔宝大戦! 忍術vs妖術

 関ヶ原の戦から一ヶ月後、伊達政宗の愛娘・五郎八姫が、怪人・魔宝斎率いる一党に拐かされた。日本を二つに割るという吉備魔宝大戦を引き起こそうとする魔宝斎と黒田官兵衛の陰謀に対し、隻腕の少年忍者・友海と暗号師・蒼海のコンビは、姫が幽閉された吉備山中の古代城に向かうのだが…

 日本消滅の陰謀が秘められた秀吉と千利休の暗号に挑んだ「秀吉の暗号 太閤の復活祭」、十種神宝を奪取し五十対三万の籠城戦を戦った「天海の暗号 絶体絶命作戦」などで大活躍した友海・蒼海コンビの待望の新作が登場しました。

 関ヶ原の戦から一ヶ月後、東軍に参加した伊達政宗(シリーズのレギュラーでもあります)の屋敷を襲撃した謎の一団。政宗の愛娘・五郎八姫を誘拐し、「吉備魔宝大戦」なる謎の戦いへの誘いを残した彼らを率いるのは、かつて秀吉に仕えたという伝説の妖術師・魔宝斎でありました。

 魔宝斎らの本拠、吉備の山城・鬼ノ城に送り込んだ忍び部隊も簡単に壊滅させられ、赫怒した政宗が軍勢を送り込まんとしたのを制止したのは、家康の懐刀・柴智安。
 魔宝斎の背後に、かの大軍師・黒田官兵衛の存在を看破した彼は、既に友海と蒼海を吉備に送り込み、姫の奪還を命じていたのでありました。

 二人を待ち受けるのは、魔宝斎の配下の妖術師団、さらにかつて吉備津彦命(桃太郎)に滅ぼされた温羅を奉じ、前作の強敵・酒呑童子をも軽々と倒す力を持つ温羅衆、さらに謎の「頼光党」。
 彼らに挑む友海と蒼海は、互いに対立する忍びたち――北条氏復興を狙う風魔一族、朝廷の影である白河衆の力を借りるべく、単身彼らと渡り合います。
 一方、温羅を倒すことができる神剣を求めて別行動を取った蒼海は、一連の事件の背後に存在する巨大な陰謀と、魔宝の正体を知るのですが――


 と、ここまでで全体の半分程度。作者の作品は、物語を彩るガジェットの量と、それを突き動かす熱量がいずれもけた外れなのですが、本作は一冊ものということもあってか、その濃度と密度が桁外れ。
 一気に読むには相当の覚悟と気合いが必要となる、しかし読み始めたら一気に読まずにはいられない――そんな恐ろしい作品なのであります。
(おそらくは大河ドラマにタイミングを合わせた作品だとは思いますが、それでこの内容なのが頼もしい)

 さて、作者の作品の一つの特徴として、妖術や魔術といった超自然現象的なものがわりあいよく登場する一方で、物語の根幹を成す謎や秘密は、きっちりとロジカルな点が挙げられます。
 本作においても、物理法則を無視したような奇怪な術を操る魔宝斎のような存在が登場する一方で、彼が、そして黒田官兵衛が巡らす陰謀の正体は、いずれもきちんと理に落ちるものとなっているのです。

 魔宝の正体とは何か。吉備魔宝大戦が起きると何故日本が二分されるのか――物語最大の秘密はもちろんのこと、そもそも何故五郎八姫が狙われたのかという点にも答えが用意されている点など、ミステリ的な味わいすら感じさせるものであります。

 そこに加えて、忍者もの、不可能ミッションものとしても猛烈な盛り上がり方を見せるのですから、鬼に金棒。
 上で述べたとおり、物語の基本的な秘密はちょうど全体の半分あたりで判明するのですが、いかにその陰謀を阻止するか、残り半分を使って一気呵成に繰り広げられる大活劇は、なかなかに痛快であります。


 もっとも、その一方で粗さがあるのもまた事実。次から次へと判明する新事実や裏設定は、むしろ後付け的な便利さを感じさせるものであり、本作のような歴史の陰の謎や秘密で盛り上げていく物語においては、少々引っかかるものであります。
 また、(友海が凄腕の火薬師という設定はあるものの)火薬万能なのも、前作同様に気になる点です。

 この辺りも含めると、好みは大きく分かれるのではないかと思いますが――しかし、それでもこの加減を知らない伝奇ぶりは、大いに賞すべきものでありましょう。
 シリーズ名も「○○の暗号」から「忍び八門」に改め、新たに展開されることとなった友海と蒼海の冒険。

 本作の結末を読めば、早くも続編が気になるのは間違いないところであり――果たして次はどんな危機が二人を、日本を待ち受けているのか、そしてそれをいかに解決してみせるのか…楽しみで仕方なくなるのもまた、間違いのないところなのであります。


「官兵衛の陰謀 忍者八門」(中見利男 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
官兵衛の陰謀 (ハルキ文庫 な 7-9)


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2014.04.20

「義経になった男 4 奥州合戦」 そして呪いと夢の果てに

 源義経の影武者となった男・沙棗を通じて義経の生涯と奥州藤原氏の運命を描く「義経となった男」も、この第4巻で完結。「奥州合戦」のサブタイトル通り、この一冊を通じて描かれるのは、第3巻後半で始まった鎌倉と奥州の合戦の様と、その果ての登場人物たちの運命の行方であります。

 頼朝に疎まれた衝撃で廃人と化し、沙棗に導かれて逃れた先の平泉でようやく意識を取り戻したものの、重圧に耐えかねて自刃して果てた義経。

 しかし義経の死をもってしても、鎌倉幕府の奥州攻撃が避けられないことを悟った奥州藤原氏は、自分たちが敢えて滅びることで、奥州の平穏を守ることを決意します。
 そして義経の最後の望みが、どこまでも兄・頼朝に追われること――兄の心に残り続けること――であったことを悟った沙棗もまた、「義経」として、奥州に協力することになるのであります。


 義経の影武者・沙棗の存在を以て、史実の背後に巨大な虚構を描いてきた本作ですが、あくまでも史実を踏まえて、義経は衣川で命を落とし、藤原国衡・泰衡の死を以て奥州藤原氏は滅亡いたします。…表向きは。

 個人的には、藤原泰衡は、父・秀衡の遺命に叛いて奥州を頼ってきた義経を攻め滅ぼして鎌倉に恭順の意を示し、挙げ句、その鎌倉から攻められて滅んだということで良いイメージがありません。
 しかし本作における泰衡の――いや奥州藤原氏とその郎党たちの――行動は、全て計算尽くの、そして覚悟の上のもの。

 戦えば決して勝てない相手ではない鎌倉幕府。しかし彼らを滅ぼしたとて戦いは終わらず、自分たち奥州の民がそれに取って代わり、さらなる戦乱を招く。
 それでれば、自分たちを百年の安寧の末に戦いを忘れた愚将と装って敢えて滅びることで、迷信深い頼朝ら鎌倉武士の心に「呪い」をかけよう――

 そんな決意の下に滅んでいく泰衡らの姿は、勝てる戦いをわざわざ捨てているだけに、史実とは正反対の意味で非常に歯がゆいのですが、しかしそれだけにその最期が強く胸を打ちます。
 実にこの第4巻においては、物語の前面に登場するのは彼ら奥州武士の姿であり、主人公たる沙棗は物語の背景に留まった…という印象すらあります。


 そして一つの戦いが終わった末、登場人物たちが辿る結末。奥州藤原氏の残した「呪い」、そして沙棗たちが工作した義経北行という「呪い」――二つの呪いが成就していく姿は、無常な歴史における敗者の反撃の姿として、溜飲が下がるもの…と言えるかもしれませんが、しかし人を呪わば何とやら。
 呪いをかけた者たちもまた、呪いに縛られていくことを示す結末は、重いものを残します。

 しかし…それでも彼らが不幸であったか、彼らの生涯が空しいものであったかは、また別の価値判断でありましょう。己の生において一つの想い――それがネガティブな作用をもたらすものであれば「呪い」、ポジティブな作用をもたらすものであれば「夢」というのではありますまいか――を貫いたことは、決して軽く見られるべきものではありますまい。


 鎌倉側の人間の大半がほとんど人でなしであったり、奥州側の「実は勝てた」が強調されすぎているように感じられたりと、粗削りな部分は感じられます。
 しかし無常な歴史の流れを、無情な史実を描きつつも、その背後に生きた数々の人々の姿を、伝奇的ガジェットでもって描く手法は、新たなる義経伝として大いに賞されるべきでありましょう。
 そしてまた、これが時代小説家・平谷美樹の出発点であり、さらに本作を踏まえて大作「風の王国」があるであろうことを考えれば、また感慨深いものがあるというものです。


「義経になった男 4 奥州合戦」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
義経になった男(四)奥州合戦 (ハルキ文庫 ひ 7-6 時代小説文庫)


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2014.04.19

「夢源氏剣祭文」第1巻・第2巻 天地の鬼と人の鬼と

 小池一夫の「夢源氏剣祭文」が、皇なつきの画で甦った漫画版の単行本が、2冊同時に発売されました。原作は、藤原秀郷の娘・茨木が、数奇な運命の中で平安時代の様々な人物と出会い、別れる姿を描いた作品ですが、この漫画版は華麗な画で、原作の物語性はそのまま世界を描き出した名品であります。

 元々は小池書院の「コミックJIN」に連載されていたものが、同誌休刊の後、角川書店の「サムライエース」に再連載された本作。そのため単行本化は二度目なのですが、今回は小池書院版よりもさらに先までが収録されております。
(しかし小池書院版の単行本の発売が7年前だったのには少々驚きました…)

 父・藤原秀郷を訪ねての旅の途中に母を亡くした上、黒蔵主という鬼に襲われ、鬼の毒を受けた少女・茨木。さらに天から落ちた妖星の力を宿し、千年の魔鬼と化す定めを背負った彼女は、年を取ることもないまま生き続け、様々な人々と出会うこととなります。

 その人々とは、坂田金時、袴垂保輔、藤原純友、平将門、藤原秀郷、安倍晴明…と、この第2巻まででもほとんどオールスターキャストというべき顔ぶれ。
 皆、少しずつ活躍してきた時代がずれている人々なのですが、茨木を不老とすることで、その辺りを解決するというアイディアも面白く、彼らの姿を巧みに画にしてみせた皇なつきの筆も相まって、伝奇ものとして実に魅力的な作品であることは、原作同様であります。


 しかしそれに加えて胸を打つのは、少女茨木の薄倖さと――それに重ね合わせて描かれる、「鬼」とされた人々の姿、それを生み出す世界への眼差しです。

 本作における鬼とは、いわゆる角の生えた、妖力を持った人ならざる存在に留まりません。本作では――そしてあるいは実際の歴史上でも――時の権力から理不尽に疎まれ、追われ、差別された者たちをも、本作は「鬼」と呼ぶのです。

 すなわち本作においてそれぞれの事情から権力と対峙し、逆らった保輔も純友も、皆「鬼」――言ってみれば本作は、天地が生んだ鬼である茨木が、人が生んだ鬼たちと出会い、関わり合う姿を描いた物語なのです。

 そんな物語を貫く感情があるとすれば、それはまず哀しみであり、そんな登場人物の姿を表する言葉があるとすれば、それはまず儚さでありましょう。
 そしてそれを描き出すに、作画者ほどの適任はありますまい。大盗として都を騒がせた保輔、天下の謀反人として大暴れした純友――哀しみや儚さとは一見無縁に感じられる彼らの背負ったものを、その僅かな表情から浮かび上がらせて見せたのは、まさしく作画者の筆の冴えというべきでしょう。


 しかしこの単行本第2巻までが発売されたものの、続巻がいつになるか、物語が完結まで描かれるかは、いまだわかりません。
 何となれば、二番目の掲載誌である「サムライエース」誌が休刊し、本作もストップしてしまっているため…

 この単行本の売れ行き如何で続巻の有無が決まるようでありますが、是非とも続巻が刊行されてほしい、結末まで描いてほしい、と心から願います。

 本作を――この世を彩るのは、悲しみや儚さだけではない。たとえ無辜の民が鬼と化す、鬼と化させられる世の中にあっても、必ず光はある――物語の結末は、そう教えてくれるのですから…


「夢源氏剣祭文」第1巻・第2巻(皇なつき&小池一夫 KADOKAWA) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon
夢源氏剣祭文 1 (単行本コミックス)夢源氏剣祭文 2 (単行本コミックス)

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2014.04.18

「契り桜 風太郎江戸事件帖」 二人の主人公、陰の中の光

 「にんにん忍ふう」のタイトルで刊行された作品の続編に当たるのが、本作であります。主人公は風魔一族の長の子で、抜け忍狩りと行方不明の母探しのために江戸に出てきた少年忍者・風太郎というのはもちろん同じですが、タイトルからも察せられるように、作品そのものが持つムードは大きく異なります。

 表の顔である下っ引きとして深川で働くうちに一年経った風太郎。頼りないながらも弟分もでき、何よりも親分の娘・綾乃とも互いに憎からず想い合い…と、なかなか充実した生活であります。
 しかしこの時江戸を騒がしていたのは、法の網にかからぬ悪人ばかりが次々と殺されるという、悪人殺し事件。たとえ悪人とはいえ殺しは殺し、姿なき下手人を追う風太郎は、馴染みの飯屋――前作の事件で兄を失った娘が営む飯屋で、里を抜けた名うての忍びが働いているのを知ります。

 そんな矢先に行方不明となる当の風太郎。一連の事件の鍵を握るのは、深川でも鬼が棲むとして誰も近寄らぬ暗黒街・鬼通り――


 と、ここでおおっ、と思った方は、相当熱心な高橋ファンではありますまいか。この鬼通りは、本作と同じ光文社文庫から刊行された「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」シリーズの第2弾「忘れ簪」に登場した場所。
 つまり本作は、同シリーズと世界観が繋がっているのであります。それも読者サービスというレベルではなく、明確な続編として。

 そうであるならば、前シリーズの主人公であった仙次は、といえば、これがしっかりと、ほとんど第二の主人公ともいえるウェイトで登場するのですが、しかし今の彼はなんと…!
 そんな彼の設定についてはここでは伏せますが、色々な意味で読者を驚かせることは間違いありますまい。それだけの思い切った展開なのであります。

 思い切ったといえば、本作の方向性もまた、相当思い切ったものと言えましょう。
 高橋作品といえば、どこかすっとぼけたもののけたちが、同じくすっとぼけた人間たちとともに騒動を繰り広げる、陽性の物語という印象が強くあるかと思いますが、本作を覆うムードは、はっきりと「陰」。

 不幸の中に生まれ、不幸の中に生きる貧しき者たち。そんな彼らをあざ笑い、踏みつけにして生きる外道たち。ちょっとした気の迷いで、思惑のすれ違いで運命を狂わせていく者たち――
 本作で描かれるのは、そんな江戸の暗い部分で生きる者たちの物語。そしてそれは決して鬼通りのような特異な世界ではなく、ごく普通の、我々と変わらぬ人々が暮らす世界での出来事なのであります。

 この方向性の違いに戸惑うファンはさぞ多かろうと思うのですが、しかし個人的には大いに歓迎いたします。
 というのも、上で挙げたようなイメージにもかかわらず(というよりそのイメージに隠されているのですが)、実は作者の作品は――特に初期の作品は――以前からこうした人々の暗い部分、世間の陰の部分を取り上げることが多いのであります。
 実は私などは、その部分こそが作者の真骨頂なのではないかと思っているほどなのですが、まあそんなへそ曲がりはさておき。

 しかしこれだけは言えるのは、暗い中にこそ描ける物語が確かにあるということであり――そしてその暗さがあって初めて気づく明るさもある、ということであります。
 本作に収録された三つの短編は、いずれも様々にやりきれないものを感じさせるところではありますが、しかしそれもまたこの世界の一部。そこから目をそらすのは簡単でも、しかし決して消えぬ陰が存在することを思えば、それを敢えて描くのは、決して誤ったアプローチではないと感じるのであります。
 そしてそこに小さな人間性の明かりも存在するのであればなおさら――

 残念ながら、物語として粗さを――作中でも「大雑把」と評されるなど――感じさせる部分はあります。肝心の「暗さ」の描写が通り一遍に感じられる部分もないではありません。
 しかしその一方で描かれる物語が魅力的であるのもまた事実。特に、善人ばかりが勤めていることで知られる船宿で起きた小僧殺しの真相を描いた第二話、風太郎の存在自体が抜け忍カップルの運命を狂わせ、思わぬ事件を招く第三話などは、なかなかによくできていると感心いたしました。

 確かに異色作ではありますが、しかし作者のもう一つの持ち味が存分に表れた本作。その粗さが取れたとき、大きく化けるのではないか――そんな風に感じられるのであります。


「契り桜 風太郎江戸事件帖」(高橋由太 光文社文庫) Amazon
契り桜: 風太郎江戸事件帖 (光文社時代小説文庫)


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2014.04.17

「応天の門」第1巻 意外すぎるバディが挑む平安の闇

 タイトルを見たときから大いに気になっていた漫画の単行本第1巻が、いよいよ刊行されました。「応天の門」――日本史好き、平安好きであれば、おっとなるタイトルですが、しかしそのあらすじを知れば、大いに驚くことでしょう。
 何しろ在原業平と菅原道真がコンビを組んで、都を騒がす怪事件を解決するというのですから!!

 業平と道真――どちらも平安時代の有名人ではありますが、この二人を結びつけて考える人間はほとんどありますまい。
 何しろ、かたや数々の浮き名を流したプレイボーイ歌人、かたや改革に燃えながら政争に敗れ去った悲劇の秀才…その生きた世界も、生き方も大きく異なる二人なのですから。

 そんな印象を踏まえると相当意外に感じられるのですが、しかしこの二人は、丁度20歳という年の差こそあれ、実はほとんど同時代人。同じ都に暮らしていた以上、どこかですれ違っていても不思議ではないのです。

 …が、そこからこの二人が怪事件に挑むバディものを作ってしまおうというのが本作の非凡なところであります。

 都で相次ぐ女官の行方不明事件。鬼の仕業とも噂される事件の調査に当たることとなった業平は、その最中に一人の少年――傲岸不遜で無神経ながら、鋭敏な頭脳と理不尽を憎む心を持った少年・菅原道真と出会うこととなります。
 事件の下手人として捕らえられたのが知人であったこともあり、そして何よりもその推理力に目を付けた業平に引っ張られて、事件の謎に挑むことになった道真がたどり着いた真実は…

 というのが、この第1巻の前半に収められたエピソード「在原業平少将、門上に小鬼を見る事」のあらすじであります。
 先に述べたとおり歌人・色男の印象が強い――そしてそれは本作でもそのとおりではあるのですが――業平ですが、彼の役職は左近衛権少将…要するに内裏の守備や皇族の警護を司る高級武官。なるほど、些か地位が高いとはいえ、彼が都を騒がす事件の調査にあたっても、さまでおかしくはありません。

 そして同じ頃、道真は文章生(歴史・漢文学を学ぶエリート)となったばかり――やはり暮らす世界も、そしてその暮らしぶりも全く異なる二人ではありますが、その二人が事件に結びつけられて、(主に道真が)文句を言いながらも共通の目的のために活躍するというのは、大いに胸躍らされるものがあります。

 さらに後半に収められた、和歌に琴に漢籍に、類い希な才能を持ち、多くの貴族に言い寄られながらも、御簾の中から決して顔を出そうとしない姫を巡るエピソード「都を賑わす玉虫の姫の事」も実に面白い。

 彼女に熱心に言い寄っていた男の死と、彼女を入内させようとする貴族たちの動き。そこに姫の正体の謎解きが絡み、展開する物語は、ミステリ的には比較的単純なトリックながら、それが成立するのが、この時代ならではの理由によるのが嬉しい。

 さらに面白いのは――これは最初のエピソードもそうなのですが――事件の謎を解き明かして終わるのではなく、それに加えて、ある理由から真実を隠蔽し、もう一つの真実を用意してみせる点でしょう。

 この辺り、物語的な必然性はもちろんのこと、ある理由から権力に対して鬱屈した想いを抱える業平と、年若き秀才であるが故にこの世の理不尽に我慢が出来ない道真という、ユニークなしかしどこか納得のゆく主人公二人の性格設定に結びついているのも実にいい。


 取り合わせの意外性だけではなく、時代背景を活かした物語の面白さ、人物造形の巧みさと、言うことなしの本作。

 タイトルから想像してしまうのは、もちろん平安史上に残る事件・応天門の変でありますが、変が起こるまで、まだ4年ほどあります。
 それまでに二人がどのような事件と出会い、どのような活躍を見せてくれるのか――これはまた、先が楽しみな物語が生まれたものであります。



応天の門 1 (BUNCH COMICS)

「応天の門」第1巻(灰原薬 新潮社バンチコミックス)Amazon

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2014.04.16

「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第9巻 褐色の信長、その名は…

 天正遣欧少年使節五番目の少年・播磨晴信と、彼に仕える最強の忍び・桃十郎が世界各地で大冒険を繰り広げる「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」、久々の単行本第9巻が刊行されました。ついに一行が辿り着いたインドはゴアで二人をそれぞれ待っていたのは…?

 アユタヤでの国の命運を賭けた大決戦、そして桃十郎を狙うくノ一・ホトトギスとの戦いの末にようやく一行がたどり着いたゴア。
 当時はポルトガルの支配の下、アジア貿易の中継点として繁栄を見せていたゴアは、同時に、アジアにおけるイエズス会の拠点であり――この都市がなければ、あるいは日本でのキリスト教の布教の形は、そして天正遣欧使節の形は異なるものとなっていたかもしれない、そんな意味を持つ地なのです。

 そしてそこで水を得た魚のように知識吸収に努めていた晴信の前に現れたのは、我流の抜刀術を操る青年・アンジロウであります。
 …イエズス会でアンジロウといえば、マラッカでザビエルと出会い、彼の日本布教のきっかけとなった、日本最初のキリシタンの名前を思い出しますが、実はアンジロウはその孫。

 祖父の故郷である日の本のサムライに憧れる彼は、半ば強引に晴信の従者に志願するのですが、しかし桃十郎と張り合うまもなく、彼らが巻き込まれたのは、アンジロウたちが住む町を襲う奇怪な疫病でありました。
 その背後に潜み、奇怪な術を以て襲いかかるのは、なんとあのカーリーを信奉する暗殺教団・サッグ(タギー)団であった…

 という時点で、いかにも本作らしい冒険の舞台と敵の設定に胸躍らされるのですが、しかしこの巻で最大のサプライズは、桃十郎が出会ったある男の存在でありましょう。

 (桃十郎に匹敵する手練れたちに守られつつとはいえ)単身敵地に乗り込み、無数の暗殺者を前に泰然と構える男。初対面の桃十郎の心を動かし、あまつさえ自分のために動かしてしまう男。そして、桃十郎にとって運命の相手である織田信長を思わせる空気をまとった褐色の男。
 その男の名はアクバル! ムガル帝国の第三代皇帝にして、19世紀まで続く帝国の繁栄の基礎を築いた人物であります。

 なるほど、彼であれば、信長に匹敵する――いや、信長を超える傑物であるのも納得のいく話。桃十郎が「信長」に出会うというのは以前から予告されており、それは果たして何者かと思っていたら…いやはや、ここでこの人物を持ってくるとは、ただ納得というほかありません。

 思えば本作はこれまでにも、中国編のマテオ・リッチ、アユタヤ編のナレスワンと、同時代の――しかし日本国内に留まっていては決して会えない有名人を、いかにも少年漫画らしいアレンジを巧みに加えつつも描いてきました。
 そのいわば横方向の広がりは、戦国時代を背景としつつも、「世界」に飛び出し、スケールのドデカい冒険譚を描く本作最大の魅力でありますが、それにしてもムガルまでが登場するとは思いませんでした。

 晴信とアンジロウの出会い、桃十郎とムガルの出会い――この二つの出会いと、サッグ団との戦いがどのように絡むのかはまだわかりませんが、しかしこれまで同様、こちらの血潮が沸き立つような熱血活劇を見せてくれることだけは間違いありますまい。


 …と、早くも第10巻に期待を膨らませているとことではありますが、あまりにも残念なのが、次巻で本作が完結という告知。
 確かに、掲載誌自体が休刊になるとのことなので、やむを得ないことなのかもしれませんが、ここまで盛り上げてそれはあまりにも悲しい。

 もちろんあと一巻、心の底から応援させていただきたいとは思います。


「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第9巻(金田達也 講談社ライバルKC) Amazon
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 「サムライ・ラガッツィ 戦国少年西方見聞録」第8巻 主従と親友と二人の少年

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2014.04.15

「乱丸」上巻 天下布武の子の忠義と狂信

 織田信長麾下の名将・森可成の三男として生まれた乱丸は、早くに父と長兄を失いながらも、自らを「天下布武の子」と信じて、信長に仕えることを夢見る。その美しさと聡明さで、十三歳で信長の近習として仕えることとなった乱丸は、憧れの万見仙千代の指導の下、頭角を現していく乱丸だが…

 主に戦国時代を舞台に、骨太の歴史活劇を描いてきた宮本昌孝の最新刊は「乱丸」。信長の小姓としてその最期の時まで信長と運命を倶にした森乱丸(乱丸)の生涯を描いた大作であります。

 信長がうつけ者と呼ばれていた時代から彼を支え、父親のように頼みとされていた驍将・森三左衛門可成の三男である乱丸は、幼い頃から抜群の記憶力と鋭敏な感覚で周囲を驚かせてきた少年。
 早くに父と、最も敬愛していた兄・伝兵衛を失った彼は、それでも主君・信長に仕えることを夢として、育っていくことになります。

 というのも彼は幼い頃より父から、信長に天下布武の志が生まれたのと同じ年に生まれたと言い聞かされ、自らを「天下布武の子」、すなわち信長の天下布武の理想に殉じるのが使命と信じていたから。
 かくて、わずか十三歳にして信長の近習として仕えることとなった乱丸は、次々と手柄を上げ、信長にとってなくてはならない存在となっていくことになります。


 時代小説デビュー以来、強い伝奇的趣向を特徴の一つとする作者ですが、本作はその色彩はかなり薄めであります。
 幼い頃に彼と因縁を持ち、以降、彼と信長の前に幾度となく現れ、暗い影を落とす盗賊・石川五右衛門の存在を除けば、ほぼ史実に忠実に物語が展開していく、歴史小説としての性格がかなり強い作品であります。

 そしてそこで描かれるのはもちろん乱丸の成長物語ではありますが――実は本作の乱丸は、幼い頃からかなり完成した人物として描かれるキャラクター。
 憧れの人物であり、お役目の上での先輩でもある万見仙千代の指導もあるものの、気働きの点では大人顔負け――というより既に作中有数のレベルとして描かれます。あまりによくできた人物すぎて、できないおっさんである私などは読んでいて何だか厭な汗が出てきたのですが…というのはさておき。

 この辺りの乱丸の描写には賛否が分かれそうなところではありますが、この上巻の後半に向かうにつれ、乱丸のキャラクターは、さらに尖ったものとなっていきます。
 己の敬愛する人物、手本とするべき人物を失った乱丸に残されたもの――それは信長に対する忠義の念。
 その思いは、少年特有の一途さと相まって、現代の我々にとっては「狂信」としか感じられぬレベルにまで高まっていくことになります。


 完璧さと危うさと――それはある意味、彼の主君たる信長にも通じるものがありますが、この主従がこの先どのような運命を辿ることになるのか。
 結末はある意味見えているわけではありますが、そこに至るまでに何が描かれるのか――乱丸がこのままのキャラクターで済むはずはないと思いますが、その辺りにも期待したいと思います。


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乱丸 上 (文芸書)

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2014.04.14

「戦国SAGA 風魔風神伝」第5巻 二つの死闘、さらば風神

 主家を失い、豊臣家と徳川家の間に挟まれながらも、逞しく、そして清冽な生き様を貫く好漢・風魔小太郎の活躍を描く宮本昌孝「風魔」の漫画版、かわのいちろうの「風魔風神伝」の第5巻、最終巻であります。小太郎と彼を狙う忍びたちとの対決、そして豊臣と徳川を巡る戦いの行方は…

 小太郎を宿敵と付け狙う元真田の忍び・唐沢玄蕃が家康暗殺を図ったことで、にわかに慌ただしくなった小太郎の周辺。果たして玄蕃が討ったのは影武者であったか否か――それを巡る暗闘の中、その力の一端を示した小太郎に対し、服部半蔵正就は、己の命を賭けた禁断の秘法に手を出し、小太郎抹殺を狙います。

 そのために彼が狙うのは、小太郎の旧主、いや今なお主である北条氏姫の身。かくて、氏姫が暮らす里に殺到した服部忍軍と、小太郎たちの最後の死闘がここに展開されるのであります。

 前巻の感想でも触れましたが、半蔵が禁断の秘法に手を出すのも、ここで小太郎と対決するのも、この漫画版オリジナルの展開です。
 これまで原作をきっちりと漫画化してきていただけに、ここにきてオリジナルとなるのは少々残念ではありますが、しかしここで展開する戦いは、さすが名手・かわのいちろうならではのスピード感溢れるアクションの応酬。

 なるほど、常人の域を遙かに超えた小太郎と真っ向から互角に戦うのであれば、これだけのパワーアップは必要でありましょうし、それがあっての、この壮絶なアクション描写かと思えば、これも漫画としては大いにありと言うべきでしょう。

 そして小太郎の死闘はこれに留まりません。彼を倒すため、いや、天下に名を轟かせるためにど派手な陰謀を企んだ唐沢玄蕃との最後の対決もまた、玄蕃がやはりオリジナルのパワーアップを遂げたこともあって、宿敵同士の激突に相応しいもの。
 小太郎vs半蔵が剛と剛とすれば、こちらは剛と柔――対照的な二つの戦いを描き分ける作者の業も見事であります。

 そして、見落としてはならないのは、ここで相争う小太郎・半蔵・玄蕃、その三人がそれぞれ、異なる形で肉親の情というものを背負っている――全く背負っていない、というのも一つの形として――ということでしょう。
 忍びに人の情は不要、と申します。しかし本当にそれは不要なのか、そして持たずにいることができるのか――その答えは、二つの戦いの結果(とその後に描かれるもの)に明らかでありましょう。


 冒頭に述べたように、残念ながら本作はここで完結となります。原作で言えばまだ中盤、秀吉が没し、家康が天下を取った後も、まだ小太郎の戦いは続くのですが――
 しかし、オリジナルな展開を見せたことで、この漫画版は漫画版で、描くべきはそれなりに描けていると、そう感じられます。

 名残は尽きませんが(半蔵とは別の形で強敵となる柳生宗矩が登場する前に終わってしまったのは残念!)、もう一つの「風魔」を見せてくれた本作、私はここまで読めてよかったと感じているところです。


「戦国SAGA 風魔風神伝」第5巻(かわのいちろう&宮本昌孝他 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
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2014.04.13

「騒擾の発 お髷番承り候」 情報戦と流される主人公と

 徳川第四代家綱の時代、次期将軍の座を巡る骨肉の争いに巻き込まれた家綱の寵臣、お髷番・深室賢治郎の苦闘を描く「お髷番承り候」の第8弾であります。いつまで続く争いか、暗闘を繰り返す紀伊・甲府・館林に対して、老中・阿部豊後守が取ったある手段が、賢治郎までも巻き込むことに…

 いまだに跡継ぎのいない家綱の後を狙い、水面下で醜い争いを繰り広げる館林綱吉と甲府綱重の両勢力。さらにそこに紀伊頼宣が不気味な存在感を見せ、さらに老中ら幕府重職が勝ち馬に乗るべく暗躍する…
 という相変わらずの本シリーズの構図に一石を投じたのは、今や唯一の家綱派ともいうべき、阿部豊後守であります。

 江戸城中で流れ始めた、家綱の御台所懐妊の噂。将軍に世子が生まれれば、当然それが次代の将軍であり、それは言うまでもなくこれまでの権力を巡る構図を根底から揺るがすことになります。
 その報に震撼する者、それを利用しようとする者、非常手段に出ようとする者――様々な思惑を秘めた者たちが、しかしまず確かめなければならないのが、その真偽です。

 そしてそこで目を付けられたのは、家綱に最も近いところにあり――そしてその気になればアクセスしやすい賢治郎であります。
 そこで接近してきたのは、これまで幾度となく暗闘を繰り広げてきた――しかし実はこれが初対面の――甲府派の用人にして剣の遣い手・山本兵庫。力ずくでも口を割らさんとする兵庫に対し、賢治郎は一刀を以て立ち向かうのですが…


 というわけで、ほとんど一冊を使って描かれるのは、御台所懐妊の報に翻弄される人々の姿であります。なるほど、将軍後継を狙う者たちにとっては、この噂は青天の霹靂。その真偽を巡る人々の動きは――何しろ将軍家綱ですら、それを知る術がないというのが実に面白い――ほとんど情報戦の域に達しており、それが本作の面白さであることは間違いありません。

 そして本作では、その仕掛人たる阿部豊後守が、ほとんど主役級の存在感を以て立ち回るのがまた実に面白いのですが――問題は、本当の主役であるはずの賢治郎が、この渦中に巻き込まれてもがいていることでしょう。
 これは作中でも登場人物にはっきりと指摘されていることではありますが、あまりにも状況に流されてばかりの賢治郎。確かに、常人であれば流されても仕方ないような環境ではありますが、しかしやはり主人公としてそれでは――しかも第8巻まで来て――ちとまずいように思います。

 物語の内容的にもそろそろ一区切りついても良い印象ではありますが、さてそれまでに賢治郎がどのような成長を見せてくれるのか…その前に大変なピンチが迫っておりますが、さて。


「騒擾の発 お髷番承り候」(上田秀人 徳間文庫) Amazon
騒擾の発: お髷番承り候 八 (徳間文庫)


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2014.04.12

「SAMURAI DEEPER KYO」応募者全員サービス下巻 そして受け継がれたもの、残ったもの

 文庫版「SAMURAI DEEPER KYO」全巻購入者対象の応募者全員サービス、新作書き下ろし漫画の下巻が手元に届きました。収録されているのは「四聖天編」の後編、そして「壬生一族編」――どちらも本編の幕間を埋めるものとして、ファンであれば見逃せない楽しい短編です。

 まず上巻に引き続き「四聖天編(後編)」で描かれるのは、ほたるが四聖天に加わった直後の物語であります。
 狂の強さに興味を持ち、強引に狂・梵・アキラに同行することとなったケイコク…いやほたる。鬼眼の狂を倒すためと称し、狂の背中に張り付くほたる(それに怒り狂うアキラが毎度のこととはいえおかしい)に対し、狂がかけた言葉は――

 冷静に考えれば、本編ではほとんど描かれなかったほたるの四聖天入り。その様がここで描かれるだけでなく、前編でさらりと触れられた狂の「横」が意味するものが活きてくる展開が実に楽しいのです。


 そして「四聖天編」で描かれるのは、本編最終回と、単行本で描き下ろされたエピローグの間に位置する物語であります。
 全ての戦いが終わり、狂も帰還した後に、壬生一族の都に招かれたレギュラー陣――四聖天、紅虎に真尋、幸村にサスケ、時人、阿国、そしてゆや。彼らの前に現れた辰伶が見せたもの、それは…

 というわけで、ここで描かれるのは辰伶が吹雪から受け継いだ壬生の善き精神の象徴ともいうべき水舞台。
 かつては紅の王のために舞われたものをいま彼が復活させた理由は何故か? さらに相次ぐ乱入者で大荒れの舞台の先に、集った者たちが見るものはなにか…全て書いてしまうのは無粋の極みですので伏せますが、これは本作のもう一つのエピローグとして文句のない内容であります。

 本編の終盤で明示された、個人の信念・生き様が切り拓いたものが、後に続く者たちにとっての道に――歴史になるというテーマ。
 どれだけぶっ飛んだことをやろうとも、それでも時代もの、歴史ものとして私がこよなく本作を愛するゆえんであるこのテーマが、この短編の根底にもあるのが、実に泣かせてくれるのです。
(さらに、故人たちの出演も、これ以外ないという見せ方ではあるのですがこれまた泣かせる)

 そしてもう一つ、ここにきて初めて明かされる(本編の時点で設定されていたものの入りきらなかったという)四本の妖刀村正にまつわる村正の真意などにもただ感心するばかりで、いや、ファンとして本当に良いものを見せていただいた、という気持ちです。


 これにて「SAMURAI DEEPER KYO」が本当に最後、というのはやはり寂しいことではありますが、最後の最後まで作者の本作に対する愛情が伝わってくる作品揃いで、これで笑顔でお別れができる――そんな気持ちになれた好企画でありました。



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2014.04.11

「大妖怪」(その三) そして戦いは歴史の一ページに

 人間と妖怪の真っ向からの激突を描いた藤原審爾の短編集「大妖怪」の紹介、今回でラストであります。残る二作品は、巨大な妖怪蜘蛛と人間の死闘の中に哀しき恋の姿が描かれる「妖恋魔譚」、巨大な海魔に家族を奪われた男と野生児の壮絶な復讐戦「篠乃隧道由来」であります。

「妖恋魔譚」
 かつて蜂害で滅びかけた村外れに住み着いた母娘。村の名家の男は、その娘と恋に落ちるが、母娘の正体は巨大な蜘蛛だった…

 巨大生物の猛威を描いた前作から一転、本作に登場するのは、年経りて神通力を得た巨大な人喰い蜘蛛の母娘。
 人間に化けて山中の村に住み着き、少しずつ周囲の人々を餌食にしていく――というのは、娘に人間の男が魅入られるという展開も含めて、先に紹介した「黒風鬼女始末」と重なる部分もあります。

 しかし本作の魅力の一つは、母娘の正体が暴かれて後(室内で正体を現し、巨大化した蜘蛛の脚が雨戸を吹き飛ばすくだりは、本作屈指の名シーンであります)、人間との攻防戦の緊迫感でありましょう。
 正体を暴かれた母蜘蛛が行ったのは、自らの糸で村の周りを覆う巨大な巣を作ること。すなわち、閉鎖空間となった村の中で、人々はいつ襲い来るかわからぬ巨大蜘蛛の猛威と戦うことになるのです。

 その一方で忘れてはならないのはもう一つの要素――タイトルにあるとおり、人間と異類の愛情であります。
 身を隠すための方便のはずが、本気で人間の男を愛してしまった娘蜘蛛。その想いの描写は比較的あっさり目ではあるのですが、しかしその結末の姿が、何よりも雄弁にその想いのなんたるかを描き出すことになります。

 そして種族の違いを越えた想いの存在は、これまの作品でも描かれてきたように、人間も妖怪も、等しくこの世界の存在であることを示すのでありましょう。
 その一方で、あまりに昔話的な結末には、むしろ苦笑させられるのですが…


「篠乃隧道由来」
 鳴門海峡近くに住み着いた男の運命を変えたのは、海に潜む巨大な怪物の存在だった。妻子を奪われた男と海魔の戦いの行方は…

 最後の作品であるる本作の時代設定は、明治時代。さすがにこの時代ともなれば、そうそう無茶なことはできまい…などというこちらの思いは、まったく嬉しい形で裏切られることになります。

 ある理由から海沿いの村に逃れてきた男が住み着いた、村外れの地。一見平穏に見えながらも、かねてから祟りの噂があるその地で、少しずつ、男の周囲で起こる奇怪な出来事が積み重ねられていきます。
 夜毎周囲を騒がす悲鳴めいた響き。何者かに荒らされた海沿いの畑。何かに吊り上げられたように夜の海に消えた長男。そしてついに男の前に姿を現す巨大な怪物の姿――

 それこそはまさしく海魔大ダコ。これもまた神通力を持たぬ、巨大生物ではありますが、そのサイズが並みではなく、実に頭の大きさだけで3、40メートル、怪獣とも言うべき存在なのです。

 一瞬にして全てを失った男に残されたのは、かつて妻が助けて以来家に居着いた山育ちの孤児のみ。かくて、二人の孤独な戦いが始まるのですが――
 正面からぶつかってはとても勝ち目のない相手に如何に挑むか、いやそれ以前に海に潜む相手を如何におびき出すのか? 幾つも積み重ねられる描写にまず痺れます。

 しかし本作の最大のクライマックスはその後に訪れます。大ダコに一矢報いたものの、まだ終わらぬ戦い。ついに上陸した怪物と対決するのは――いやはや、あるいはこのためにこの時代を舞台にしたのか、とすら感じさせられる、とてつもない展開。

 そしてその死闘を、「歴史」の一ページとして静かに収める結末も美しく、本書の掉尾を飾るにふさわしい作品と申せましょう。


 以上6編、いずれもそれぞれに趣向を凝らした作品揃い。それも外連味に加え、地に足の付いた――それはもちろん物語を矮小化するものではなく――人間描写も相まって、短編ながら、それぞれが実に内容の濃い作品として成立しているのであります。

 妖怪ファン、そして怪獣ファンであれば必ず手にしていただきたい、そしてそれだけの価値がある作品集であることは、この私が保証いたします。


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2014.04.10

「大妖怪」(その二) 人間と妖怪、この世界の住人同士の対決

 藤原審爾による、人間と妖怪の死闘の数々を描く短編集「大妖怪」の紹介その二であります。今回は、剣豪・修験者と強大な鬼女の対決を描く「黒風鬼女始末」、因幡の山中を騒がす巨獣たちと藩の討伐隊の死闘を描いた「怪異因幡大百足」を紹介いたします。

「黒風鬼女始末」
 美女に化け、次々と人々を襲う黒風鬼女。鬼女に息子を奪われた新免左馬之介は、吉野の大先達・超雲居士とともに鬼女に挑む。

 妖怪と一口に言っても様々な存在がおりますが、一種の巨大生物ともいうべきものが比較的多い本書の中で、本作に登場する黒風鬼女は、鬼の神通力と人間の奸智を兼ね備えた、超自然の怪物であります。

 一夜の宿を化した美女に惹かれ、彼女を妻にしてみれば、実は彼女は恐るべき鬼女で…というのは、これも昔話の定番ではありますが、すんでのところで逃れられる昔話と違い、本作はあくまでも容赦がありません。
 心優しき美女を装って人の家庭に入り込み、自分の正体に気づいた者を排斥し、餌食にしていく静の恐怖。そして正体が明らかとなるや、犠牲者に食らいついて臓物を撒き散らして暴れ回る動の恐怖――

 その恐怖に立ち向かうのが、これも超自然的力を身につけた居士というのは好みが分かれるかもしれませんが、それもまた、人間と妖怪の真っ向勝負を描くための趣向というべきでしょうか。
 何よりも、その緩急つけた恐怖描写には、ただ引き込まれるばかりなのです。


「怪異因幡大百足」
 異常に成長し、人を襲うまでになった大百足。討伐に向かった藩士たちは、百足だけでなく、もう一つの怪物とも対峙することに…

 様々な形で人間と妖怪の戦いを描いてきた本書ですが、その中でも屈指の迫力を誇るのが本作であります。

 本作に登場するのは、人間を襲うほど巨大な百足と…それに負けぬ巨躯を誇る大蛇。その常識外れのサイズを除けば、両者は超自然的な能力はなく、妖怪というよりもむしろ巨大生物というべきでしょう。
 そして百足も蛇も、我々にとってはお馴染みの存在ではあります。しかしそれが巨大化したとき、どのような動きを見せ、どのように敵に獲物に襲いかかるか、本作はどこまでもリアルに描き出すのであり――そしてその描写は、両者が身近なだけにより一層、迫真の恐怖を感じさせるのです。

 しかし本作に登場する人間も、襲われるのを待つばかりの存在ばかりではありません。二大怪物と対決するのは、藩の討伐隊。弓矢と鉄砲という、当時としてみれば最先端の武器を手にした彼らは決して無力な存在ではなく、(有効打を与えるのはなかなか難しいまでも)ある意味対等な存在といえます。

 巨大生物と武装した人間の正面切っての対決を描く本作は、むしろ極上の怪獣小説とすら感じられるものであり、その興趣は、両者の戦力が拮抗する(あまり強力な兵器が存在しない)この時代を舞台とするからこそ、より際立って感じられるのであります。
(ちなみに冒頭に描かれる、平和な民家の壁を突如ぶち抜いて大百足が襲いかかる場面は、「空の大怪獣ラドン」の名シーンを想起させます)


 そしてさらに印象に残るのは、ある意味皮肉さすら感じさせるその結末でありましょう。
 本作で描かれた戦いの全ては、あくまでも自然の則の内の、自然の営みの一つであると感じさせるこの結末からは、妖怪も人間も、ともに大自然の産物、等しくこの世界の住人であるという視点を感じさせます。
 そしてそれは、この結末に対する、人間の態度によって裏打ちされるのであります。


 残る二編は次回紹介いたします。


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2014.04.09

「大妖怪」(その一) 人間と妖怪、死闘真っ向勝負

 今や完全にジャンル内ジャンルとして定着した感のある妖怪時代小説ですが、もちろん、妖怪を題材にした時代小説は近年の産物ではありません。そんな先駆の中でも、人間と妖怪、時に妖怪と妖怪の死闘を真っ向から描いた名短編集が、これから紹介する藤原審爾の「大妖怪」であります。

 直木賞作家である藤原審爾は、非常に多岐に渡る作品を執筆した作家ですが、しかしその中でも本書が独特の輝きを放つ作品であることは間違いありますまい。昭和51年から53年にかけて発表された本書の収録作品6編は、いずれも妖怪時代小説のマスターピースとして、今読んでも全く古びたところのない作品揃いであります。
 以下、収録全作品を紹介していきましょう。


「天魔空狐異聞」
 岡山藩主の庶子である無為流剣術の達人・池田左右衛門。ある日狐を助けた彼は、以来その狐と不思議な交流を続けることに…

 先に本書は人間と妖怪との死闘を中心に描いたもの、と述べましたが、冒頭に収められた本作は、その中では少々毛色の変わった一編。というのも、本作のメインとなるのは、孤独な青年剣士と、不思議な老狐の交流なのであります。

 藩主の庶子として生まれ、国の外れの屋敷で静かに暮らしてきた主人公のもとに、以前助けた狐が恩返しにやって来て…という本作は、よくある昔話のように感じられるかもしれません。
 確かに展開自体はそのとおりではありますが、しかし一人と一匹の交流を当然この世にあり得るものとして描く筆致は、不思議な滋味とおかしみ、そしてどこか突き抜けた現実感に満ちており――そしてその真っ正面から描く作者の筆は、本書の収録作品全てに共通するものなのです。

 もっとも、本作は人間と妖怪のポジティブな関わりのみを描いたものではありません。クライマックスに登場する岡山城天守閣に憑いた幽鬼と主人公、そして老狐の対決は、本書に相応しい死闘なのであります。


「千仞峡谷の妖怪」
 藩命で藩内を騒がす九尾の狐と戦うこととなった東馬次郎右衛門。無数の眷属を操る妖狐に苦戦を強いられた彼に残された手段は…

 二作続いて狐の登場ではありますが、本作に登場するのは、徹頭徹尾人類の敵。なにしろ、九尾金毛の狐と、それに操られる妖狐たちの群れなのであります。
 それに対する主人公が、気合術を修めた伊賀忍者の末裔とくれば、大伝奇活劇が展開するように思われるかもしれませんが、しかし本作で展開されるのは、人間たちと妖狐たちの、地に足のついた攻防戦。そしてそれが滅法に面白いのであります。

 さしもの妖狐も、一対一では鉄砲を持つ人間に敵うものではありませんが、しかしそれはあくまでも一対一の場合。無数の群れを成し、手を変え品を変え、ゲリラ的に襲いかかる妖狐たちの前に、次郎右衛門たち人間軍は、唯一彼らが侵入できない山中の神社神域に立てこもることを余儀なくさせられます。

 完全に中央と分断された中で、いかに援軍を求め、いかに囲みを破るか? 人間と狐の真っ向からの、ある意味対等な立場での攻防戦というのは、これはかなり珍しい作品ではありますまいか(そしてそんな対峙の中、夜毎不気味な唸り声を上げて人々にプレッシャーをかける狐たち…というシーンに、「リオ・ブラボー」の一シーンを思い出したり)

 しかし本作は、終盤に至り、とんでもない方向に飛翔していくこととなります。九尾の狐の猛威に打つ手を無くした人間たちに最後に残された手段、それはまさかの○○○!
 果たして敵の敵は味方なのか、あたかもジャンルが変わったかのようなラストの死闘には、興奮を隠せないのであります。


 以下、次回に続きます。


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2014.04.08

「廃帝綺譚」 琥珀の玉が導くここではないどこかという救い

 もう一つの神器・真床追衾に包まれて海に消えた幼帝・安徳天皇を巡る幻想譚「安徳天皇漂海記」の外伝にしてもう一つの結末ともいうべき短編集であります。「廃帝」の語が示すように、登場するのは、いずれも帝でありながらも廃され、その地位を失った者たち。彼らが幻影の中に見たものは…

 壇ノ浦の戦で海に消えた安徳天皇。彼の体は、琥珀色の玉の姿を取る真床追衾に包まれ、幼いままの姿で生き続けていました。そんな帝と出会った鎌倉幕府第三代将軍・源実朝、そして南宋最後の少年皇帝の不可思議な縁を描いたのが「安徳天皇漂海記」という物語でありました。

 そして本作に収録された四つの物語のうち、「北帰茫茫 元朝篇」「南海彷徨 明初篇」「禁城落陽 明末篇」の三編で描かれるのは、その後の時代の物語…安徳帝の旅の終わりを見届けることとなったかのマルコ・ポーロが持ち帰った古の混沌の一部――すなわち、真床追衾の一部が、廃帝たちにもたらしたものが語られるのであります。

 元朝末期、国が存亡の危機にありながらもひたすら帝位にしがみついた順帝。望まぬままに叔父と対立させられた後、炎に消えた明の二代皇帝・建文帝。そしてその猜疑心から国を損ね、明朝最後の皇帝となった崇禎帝。
 彼らのもとにもたらされた琥珀の玉(そしてその由来を記したマルコ・ポーロのもう一つの「東方見聞録」)は、彼らに様々な夢を見せることとなります。

 全編妖しい夢のような世界を描き上げた前作に比べ、本作で描かれるものは、より現実に近しいと言えるでしょうか。むしろ歴史小説的なタッチで描かれる物語の中で、琥珀色の玉が起こす奇跡は――そのサイズに比例して――あまりに小さく、儚いものに感じられます。

 しかし、それだからこそ一層胸に迫るのは、そのような儚い、異国からもたらされた混沌の一部にしがみつくしかない、廃帝たちの孤独の姿であります。
 この世で最高の権力を持ち、人ならぬ身とすら称される皇帝――そんな彼らを彼らたらしめる身分を失った時、失いかけた時、彼らは何になるのか?

 彼らが玉の中に見るのは、彼らが彼ら足り得る世界であり――そしてそれは「ここではないどこか」にほかなりません。それは何と哀しく、残酷で、しかし同時に救いに満ちたものでしょうか。
 結局は一人の人間である彼らを彼らたらしめつつ、そして同時に彼らを縛ってきた現実という軛。そこからの救いが、そこにはあるのですから…

 そしてこの玉の物語は、「禁城落陽 明末篇」の結末で、一つの終わりを迎えます。それは、人間があくまでも現実の中で生きると、そう宣言したと取ることができるでしょう。
 しかし――人が人である限り、そして現実の軛が厳しければ厳しいほど、必ず「ここではないどこか」を求める心は存在するのであり、そこに再び、琥珀の玉は現れるのではありますまいか。


 そして廃帝の姿をまた別の角度から描き、前作のもう一つの結末というべきものを描いたのが、最後に収められた「大海絶歌 隠岐篇」であります。

 時代を遡り、安徳天皇の弟であるもう一人の廃帝――承久の乱の末に隠岐に流された後鳥羽院を主人公とする本作に登場するのは、もう一つの真床追衾というべき神器「淡島の小珠」。
 壱岐で老境を迎えた院のもとに、ある男がもたらしたそれは、真床追衾と呼応し、彼を幼き頃のままの安徳天皇と、彼が抱く実朝の首と見えさせるのであります。

 自分を権力の座から逐った武家たちを呪い続けた院。自ら兵を蓄え、ついに挙兵したもののあっさりと敗れ、自分以外の者を差し出して生きながらえてきた院。
 そんな彼の畏れとコンプレックスの対象であった安徳帝と実朝、ともに若き日に無念の死を遂げた二人が現れた時、彼は何を思うのか…本作はその複雑な想いを、実朝と院を結ぶもう一つの――政治的対立ではない――絆である和歌をキーに描き出します。

 すでに半ば「ここではないどこか」にあった院。そんな彼が神器の力で最後に見たもの…ほとんど芸道小説的な歌に対する執念と業の姿を通して浮かび上がる彼の姿は、もう一人の、そうであったかもしれない安徳帝ともいうべきものであり――
 そしてそんな彼の魂が琥珀の玉に誘われて昇華する姿は、本作の、そして「安徳天皇漂海記」のもう一つの結末としてまことに相応しいものと感じられた次第です。


「廃帝綺譚」(宇月原晴明 中公文庫) Amazon
廃帝綺譚 (中公文庫)


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2014.04.07

「戦国の長縞GB軍」第1巻 戦国のプレイボール 伝説の奇書、漫画で復活!?

 連載開始時から一部で話題となっていた、あの作品が単行本化されました。志茂田景樹が約20年前に発表した「戦国の長嶋巨人軍」を原案とした日高建男「戦国の長縞GB軍」――タイトル通り、長嶋、いや長縞監督率いる球団が戦国時代にタイムスリップするという奇想天外な作品であります。

 物語は1995年、前年度にペナントレースを制した東京グレートベアーズ(GB軍)が、合同キャンプとして自衛隊の実弾演習に参加している場面から始まります。
 そこで何故かタイムスリップしてしまったGB軍が現れたのは、1560年の桶狭間…そう、織田と今川の戦いが始まる寸前に、彼らは現れてしまったのであります。

 しかしそこは長嶋…いや長縞監督、あっという間に状況に適応してしまった彼は、一緒にタイムスリップした戦車ほか近代武装で織田軍を援護、それがきっかけで織田信長の庇護を受けることとなるのでした。

 いつか現代に帰るため、そしてこの時代の人々に野球の素晴らしさを伝えるため、戦国時代で野球を始めようとする長縞監督。新しい物好きの本領を発揮してさっそく野球を取り入れんと、野球奉行を設置して家臣団による野球チームを組織する織田信長。
 ついにGB軍対織田軍の野球対決の火蓋が切って落とされることに…


 現代人が戦国時代にタイムスリップ、それも織田信長に対面というのは、これはある意味定番中の定番。時代ものに野球が登場するというのも絶無ではありませんし、長嶋監督がタイムスリップする小説もほかにもあるのですが――
 しかし、その全ての要素が一つに集まった作品というのは、やはり空前絶後というほかありますまい。

 もちろん、冷静に考えれば無茶苦茶な設定ではありますが、しかしそこに絡むのが、戦国時代きっての進歩人(として描かれることの多い)織田信長であり、そして何よりもあの長嶋監督(がモデルになった人物)であれば、大抵のことは何となくOKに思えてしまうのが恐ろしい。
 ある意味天下御免、「長嶋さんだったら仕方ない」と思わせた時点で、本作の勝利というべきでしょう。

 しかし本作は、そんな飛び道具のみで構成された作品ではありません。ほとんど現代の物資が存在しない中(この点、自衛隊の演習に参加していた最中なので野球道具がほとんどない、という設定が光る)、いかにしてボールを、グラブを作ってみせるか。いかにしてルールを戦国武士に教え込むか。
 そんなシミュレーションを、本作はコミカルに、しかし真摯に丹念に描き出します。
(特に鹿革で作ったボールの感覚にピッチャーがなかなか馴れないというあたり、実に面白い)

 キャラクター面でも、監督の長縞のみならず、選手たちも、実に「らしい」言動を見せてくれるのが楽しく、その一方で、戦国ファンの東風(落合)の知識が、彼らがこの時代で生き延びる契機となるのも面白い。
 戦国武士側も、柴田勝家が豪腕打者として活躍したり、木下藤吉郎が、この時代でほとんど唯一野球の本質を理解する人物として描かれるなど、武将たちのイメージを踏まえて巧みにキャラを立てているのにも感心いたします。

 もっとも、信長はあくまでもGB軍を戦力として見ているという不穏な設定もあり、何よりもGB軍が桶狭間であっさりと近代兵器で今川軍を攻撃したりと、引っかかる点がないわけでもないのですが…


 しかし少なくともこの第1巻の時点では、あくまでも戦いの場は野球場であり、戦国時代で珍プレー好プレーを見せる彼らの姿は、微笑ましさすら感じさせるものがあります。

 本作はとりあえずこの巻に収められた半年間の連載を行った後、現在は休止中の模様。しかしまさにプロ野球シーズンは、いままさに始まったばかり。戦国時代でも、早くシーズン再開して欲しいものです。


「戦国の長縞GB軍」第1巻(日高建男&志茂田景樹) Amazon

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2014.04.06

「義経になった男 3 義経北行」 二つの呪いがもたらすもの

 義経の影武者となった男・沙棗の目を通じ、平安時代末期から鎌倉時代初期の動乱と、その中で奥州藤原氏の興亡を描く「義経となった男」もいよいよ後半戦の第3巻。頼朝に疎まれ、逃亡の末に奥州に帰り着いた義経主従を中心に、ついに平泉の運命が激しく動き出すこととなります。

 尊敬する兄・頼朝のために平家との戦で大活躍しながらも、それがために兄に疎まれた義経。鎌倉に入り、兄と対面することも許されず、ついには謀叛人として扱われることとなった義経は、その現実を受け入れることができず、ついには廃人と化してしまうのでありました。
 ことここに至り、沙棗は「義経」として一党を率い、初めて義経と出会った奥州平泉にまで落ち延びた…というのが第2巻までのあらすじであります。

 そしてこの巻で描かれるのは、義経の死と奥州合戦の始まり。奥州に逃れた義経が、頼った先の奥州藤原氏に攻められて自刃して果て、そしてその奥州藤原氏もまた、頼朝の鎌倉幕府の攻撃を受けて滅亡する…
 これは紛れもない史実であり、そしてもちろん、本作もその軛からは逃れられるものではありません。確かに義経はここで死に、そして奥州藤原氏は滅びに向かって動き始めるのであります。

 ――が、これまでがそうであったように、いやこれまで以上に、「正史」を敷衍しつつも、その裏にあるもう一つの「真実」を描いていくのが本作なのです。
 確かに義経は平泉で死んだ。しかし「義経」は生きているとしたら。確かに奥州藤原氏は滅びに向かい始めた。しかしそれも全て、ある目的のために自らが望んで仕組んだものとしたら。

 正史と表裏一体のもとして存在する稗史。日本においてその最大のものは、間違いなく義経生存説、義経北行説でありましょう。
 多くの伝説が遺されつつも、それだけにかえってその信憑性には疑問を感じざるを得ない義経生存説、フィクションの題材としても正直なところ手垢のついたこの題材を、しかし本作は意外な角度から掘り下げ、独自の意味を与えていきます。
 それは義経の頼朝に対する複雑な思い…自らを狂気の淵に落とし込むほどのその意思は、これまでの本作の義経の原動力として描かれてきましたが、それが彼の死後もまた、大きく物語を動かすキーとなるとは、ただ感嘆するほかありません。
(そしてそれがまた、彼らの宿敵ともいえるある人物の内面にも影響を与えていくのが興味深い)

 しかしそれ以上に、本作で描かれる奥州藤原氏滅亡の真の理由は、これはもう時代伝奇小説として、白眉と呼ぶしかありません。
 歴史上の敗者をして、あるいは勝者となれるはずだった(のに、ある原因のために惜しくも敗れざるを得なかった)と描くのは、これはまさに「判官びいき」の典型であり、本作もその系譜にあると言えるかもしれません。
 しかしここで描かれるその真因たるや…「判官びいき」などというレベルではない、あまりにも意表を突いた、しかし崇高なるもの。あまりに巨大な歴史のifに、怒るか笑うか感心するか――あまりにスレスレでありつつも、しかしそこに秘められた意思には、心打たれるほかないのです。

 そして本作は、この二つの意思を「呪い」と呼びます。なるほど、時の権力者にとってみれば、それはまさしく「呪い」としか思えぬものでありましょう。
 そしてその呪いがこの先、本作の中に生きる人々全てに何をもたらすのか…それは最終巻で描かれることとなります。

「義経になった男 3 義経北行」(平谷美樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
義経になった男(三)義経北行 (ハルキ文庫 ひ 7-5 時代小説文庫)


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2014.04.05

「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」(その二) そしてフリーダムの境地へ

 復活・剣聖一心斎の最終巻、「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」の紹介の後編であります。一心斎が救った無名の人々。後世に名前を残さなかった彼らが一心斎に救われたことに意味がなかったのか――

 それはもちろん、否であります。

 たとえ後世の我々に知られることはなくとも、彼らの人生は彼ら自身のものであり、誰の人生と比べても軽重をつけられることのない、尊く意味のあるものなのですから。
 そして彼らに、我々にそれを教えてくれるのは、言うまでもなく一心斎先生であります。

 本作のタイトルとなっている「魂を風に泳がせ」は、収録された短編のタイトルの一つであると同時に、そんな彼らの一人が一心斎からかけられた言葉――「人は、人に束縛をされてはならない。(中略)己の生命にまず活を入れよ。すなわち、己が魂を風に泳がせよ」から来たもの。そして一心斎はその境地を「フリーダム」、自由と呼ぶのであります。

 そして――一心斎の求めるフリーダムは、もちろん彼一人のものではありません。彼の求めるフリーダムは、いわばこの国に住む無名の人々――日々の暮らしに喘ぎ、しかしその中でも一つの輝きを胸に抱いて生きる人々のためのもの。
 そう、一心斎が作中でひたすらに埋蔵金を――しがらみのない(フリーダムな!)大金を求めてきたわけは、この国を買い取り、人々が自由に生きることができる国とするためであったのです。

 いやはや、いかに超人一心斎とはいえ、途方もない夢であることは間違いありません。しかしそれこそは一心斎の魂であり、彼を自由人たらしめているものなのであります。

 しかし――彼の時代から今に至るまでを眺めてみれば、残念ながら彼の求める世界は現れていないようです。しかし、それだからといって彼の夢が無になったわけでもなく、そして彼の夢が否定されるわけではありません。
 彼の夢は、彼自身も自分の生きている間には不可能とわかっている夢。しかしそれでも、いやそれだからこそ追いかけるに足るものであり、そしてそれが人を真に自由な存在とするのだと、本作は高らかに謳い上げているのです。

 この「(大江戸)剣聖一心斎」シリーズは、私にとっては心から愛すべき、そして迷った時の心の柱とも言うべき作品でありますが、それはまさにこの点に依るのであり――そしてそれは、初読から十年近くが経った今も変わらず、いや様々に社会のあれこれを経験した今だからこそ、まぶしく、美しく感じられるのであります。


 とはいえ…一つだけ贅沢を申し上げれば、今回の再文庫化で、やはり一心斎先生の新たな活躍を見たかった、という思いは強く強くあります。
 幼い坂本龍馬に「ぐっどらっく」と告げる一心斎、読みたかったなあ…


「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」(高橋三千綱 双葉文庫) Amazon
魂を風に泳がせ-大江戸剣聖一心斎(3) (双葉文庫)


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2014.04.04

「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」(その一) 剣聖、無名の人々を救う

 剣聖・中村一心斎が、周囲の人々を煙に巻きながら埋蔵金を求めて西へ東へ神出鬼没の活躍を見せる「大江戸剣聖一心斎」シリーズの第3弾が発売されました。惜しくもこれで最終巻ではありますが、一心斎先生の真の狙いが、ここでついに語られることとなります。

 剣を取っては超人…いや神のごとき強さを見せながらも、決して剣に拘泥せず、むしろ軽んじるような態度を見せる。犬はおろか熊にも好かれる不思議な魅力を持ち、しかし金には汚く、そしてちょっと助平で俗っぽさが抜けない――そんな中村一心斎が求めるのは、武田の埋蔵金をはじめとする、日本中に眠る埋蔵金。

 いかにもいかがわしい噂を頼りにどこからともなく現れては、偶然居合わせた人間を――それも勝小吉や男谷精一郎、大石進や鼠小僧次郎吉といった有名人たちを――巻き込み、あれよあれよという間にお宝をいただき、そして悩める者たちの心を晴らす…

 そんな一心斎先生の姿は、最終巻たる本作でも変わることはありません。本作に収録されているのは、旧版である「暗闇一心斎」の後半部分、「秘剣ふぐりほぐし」「妖怪七変化」「秘め事」「異国の空」「夕映えを斬る」「魂を風に泳がせ」「鳥のごとく、フライ」と全7編の短編ですが、そのいずれにおいても、このスタイルは基本的に貫かれ、一心斎先生の大いにとぼけた、しかしどこか優しく、そして清々しい活躍を楽しむことができます。


 …いや、本作においては、これまでと少々異なる点があります。それは物語の中で一心斎と出会い、救われる者の顔ぶれに、有名人ばかりではなく、無名の人々が入り混じることであります。
 暗殺者として利用され続けてきた娘、味気ない人生を堪え忍んできた侍、親友に裏切られ追われる身となった若者…と。

 本作にこれまで登場してきた有名人たちは、様々な形で屈託を抱え、少なくとも作中ではまだ芽の出る前の姿でありました。しかし、彼らにはこの後、輝かしい(少なくとも現代の我々にも知られる)「未来」があります。
 その一方で、本作に登場する無名の人々の
その後の人生は、たとえ一心斎の存在に救われたとしても、決して有名人たちのように残ることなく、歴史の中に消えていくことになるのであります。

 それでは、彼らが一心斎に救われたことに意味がなかったのか――それはもちろん、否であります。
 それではその意味は…長くなりますので、次回に続きます。


「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」(高橋三千綱 双葉文庫) Amazon
魂を風に泳がせ-大江戸剣聖一心斎(3) (双葉文庫)


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2014.04.03

「石燕夜行 虚針の巻」 外道と妄執の芸術家、その存在感

 実在の絵師・鳥山石燕を主人公にしつつも、彼に異界を視る異能を与え、妖怪の総大将・塗楽、生き仏と呼ばれる美貌の剣士・鏡花らとともに数々の怪事件に挑ませる「石燕夜行」の第3弾であります。今回登場するのは、恐るべき外道と妄執の芸術家とも言うべき怪人なのですが…

 鳥辺野で死んだ母から生まれ、その幽霊に育てられた青年・石燕。その数奇な生まれ故か、彼の灰色の瞳はこの世ならざるものを映し、彼の持つ筆は、数々の奇瑞を起こす――そしてそれにより、彼は妖怪たちが引き起こす数々の事件に巻き込まれることとなります。

 これまでの2巻では、石燕と、彼を取り巻く奇妙な人々――特に、妖怪たちを束ねる食えない老人(?)塗楽と、彼らにとっては天敵とも言える妖殺しの専門家たる御影・椿鏡花の基本設定が語られてきましたが、この巻では、それを踏まえた上で、さらにその先の物語が描かれている印象があります。

 この巻に収められているのは、三つの短編…というより、後ろ二編は前後編的内容ですので、短編と中編が一つずつと言った方がよいかもしれません。
 最初の短編は、石燕と、彼を一心に慕う女性・紗枝が石燕の母の墓に詣でるべく訪れた京で、人々が寝ている間の夢を奪われるという奇怪な事件に巻き込まれるという物語。
 事件の背後で糸を引く怪人の正体という謎もさることながら、孤独だった石燕が愛する女性のために奔走するさまは、これまでの物語の蓄積あってのものと言えましょう。
 結末のある人物(?)の言葉は、お約束的ではありますが、やはり感動的であります。


 しかし圧巻は、それに続く表題作「虚針の巻」でありましょう。江戸で続発する、体に龍の刺青を入れた者たちの怪死事件。死んだ後、体に彫られていた自慢の刺青が消えていた――いや、体から刺青の龍が抜けた末に命を落とすという奇怪極まりないこの事件を追うことになった鏡花は、犠牲者に一つの共通点があることを知ります。

 それは、彼らに刺青を彫った彫り師の存在――己の気に入った者の仕事しか受けず、尋常の人間とは思えぬ異形の老怪人、その名は虚針貞安。
 そして事件は、媒体は違えど絵という点では共通と鏡花に協力を求められた石燕、虚針のかつての弟子の男、そして彼らとは浅からぬ因縁を持つ女博徒・雨龍らを巻き込み、意外な方向に展開していくのですが――

 作中で描かれる事件(怪奇現象)の描写だけでも驚かされる本作ですが、しかし何よりも強烈な印象を残すのは、陰の主人公ともいうべき虚針のキャラクターでありましょう。
 刺青の魅力に取り憑かれ、誰にも負けない、いや、誰も達したことのない境地にたどり着くために異常な執念を燃やし、そのためには人の道に外れることも躊躇わない…
 狂気の芸術家、というキャラクター自体は珍しいものではありませんが、しかし彼が憑かれたのは、人の肌に絵を彫り込むという、ある主の背徳感を感じさせる刺青。そしてそれを極めるための数々の外道の行為の鬼気迫る描写――そしてそれが主に彼のかつての弟子の視点から描かれるのがまた効果的――と相まって、その存在感は、奇怪なキャラクターが次々と登場する本作においても、頭抜けたものと感じます。

 そして何故彼の刺青の龍が抜け出すのか、彼がいかにしてその技を身につけたのか、さらには彼とある人物の意外な因縁と、本シリーズは、ここに一つのクライマックスを迎えたと言ってよいかもしれません。


 …しかしながら、正直なところ読後感がすっきりしないのは、虚針のその邪悪な存在感に当てられたことと、(いささかネタばらしになりますが)良いところで「つづく」となってしまうこともさることながら、主人公たる石燕がほとんど活躍していないためであります。

 もともと、一種の狂言回し的立ち位置のキャラクターではありますが、しかし虚針の存在感と、そして内容的に鏡花と塗楽にスポットが当たっていることもあって、今回のエピソードでは石燕は相当に存在感が薄い。もちろん、よほどのことがない限り先頭を切って戦うようなキャラクターではないのですが…

 しかし今回の敵は、己なりの美を絵の形で描き出し、留めようとする者。その意味では、石燕とはある意味近しい存在ではあります。
 石燕と虚針と、どこが同じなのか。そして何よりも、どこが異なるのか――これは勝手な想像ですが、虚針の妄執に終止符を打てるのは、そんな石燕の存在、石燕の画道なのではありますまいか。

 そんな活躍を見せる石燕の姿が描かれるであろう続巻を心待ちにしているところです。


「石燕夜行 虚針の巻」(神護かずみ 角川文庫) Amazon
石燕夜行(3) 虚針の巻 (角川文庫)


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2014.04.02

水滸伝 第23話「西門慶 潘金蓮に出会う」/第24話「潘金蓮 酔って武松を誘う」

 武松が豪快に人喰い虎を対峙し、一躍英雄になった一方で、貧しく暮らす一組の夫婦の姿が描かれて終わった前回。その夫婦の名は、水滸伝ファンにはお馴染みの、武大と潘金蓮――武松の兄夫婦であります。

 使用人として暮らしながらも、そのあまりの美貌から主人とその息子に言い寄られ、嫉妬を買って放逐された上に、町一番のブ男である武大と結婚させられた潘金蓮。
 そんな境遇に周囲から寄せられる好奇の目に耐えかねた二人は、逃げるように他の県に引っ越し、そして越した先でも潘金蓮は家の奥に隠れるように暮らす羽目に…

 という描写が結構な長さで流れた末に、再会する武大と武松の兄弟。町中をパレードする虎退治の英雄と、冴えない饅頭売り…あまりに対照的な二人ですが、しかし二人の兄弟愛は本物。罪を犯して出奔した武松とは久々の再会ですが、大喜びした武大は早速弟を家に連れ帰り、潘金蓮に引き合わせます。

 酒を酌み交わしながら、虎退治の様を身振り手振り語る武松と、彼の物語に本気に手に汗握る武大、そしてそんな二人を優しく見つめる潘金蓮。絵に描いたように幸せな一家であります。(ちなみにここで武松が、少林寺仕込みと称して酔拳を披露するシーンがなかなか楽しい)

 しかし、潘金蓮の境遇を考えれば、それがいかに危ういものであるかは明らかでありましょう。自分の将来に様々な夢を抱いていた女性が、理不尽にそれを奪われ、まったく望まぬ相手と無理矢理結婚させられる…
 そんな彼女の前に、男の中の男とも言うべき快男児が現れたとしたら、その結果は言うまでもありますまい。

 同居することになった武松のことを甲斐甲斐しく世話をする彼女ですが、彼女の内心を知っているためか、どうにも危なっかしい。いや、武松のことを考えながら風呂に入り体を磨く姿は、色々な意味でアウト、というほかありません。

と、そんな日々が続く中、洗濯物を干していて、竿を下に落としてしまった潘金蓮。その下にいたのは、頭に花を挿したいかにもな遊び人風の男。彼女の求めに応じ、ド派手に飛び上がって竿を渡す彼の名は、西門慶――
 そんな二人の姿に、商売の香りをかぎ付けたような隣の伝書屋兼縁結び屋の王婆という、後の展開を思えば目を覆いたくなるような場面で次回に続きます。


 そして続く第24話で描かれるのは、ひたすら潘金蓮の武松に対する想いが高まっていく様。服の直しのための採寸と称して武松に抱きつき、武大が武松に嫁を世話すると言えば取り乱し――
 どんどん歯止めが効かなくなっていく姿が延々と描かれるのは、豪傑たちの活躍を期待する向きにはちょっと困ってしまう展開ではありますが、しかしこれはこれで面白い。

 上で述べたとおり、この行動は、翻弄されるばかりの自分の人生に対して、今度こそ自分の思い通りに動こうという自主性の表れ。一人装って武松を待つ彼女は確かに美しいのですが…しかしそれだからこそ哀しい。
 そしてもちろんその一方で、無上の人の良さを見せる――潘金蓮が望まぬ結婚をしたことを承知している武大の姿を見れば、もちろん彼女の行動を是とするわけにもいきません。特に、純粋に彼女の笑顔を見たいがために買ってきた簪を無碍にされる場面を見れば…
(このくだり、武大が簪を武松に託し、兄からという前に武松が潘金蓮に渡し、一旦喜ばせてしまったのもまた、すれ違いの元なのですが)

 原典ではこの辺りの潘金蓮の行動は、全く同情の余地のない欲得づくのものとして描かれているのですが、単純な悪女ではないものの、しかしやはり…という潘金蓮像は、やはり現代のドラマならではの造形と言うべきでしょう。

 そしてまた、そんな潘金蓮の姿と並行して描かれていく王婆と西門慶の姿の中に、日常の中の陥穽ともいうべきものが浮かび上がるという構造もまた、なかなかに巧みと言うべきでしょう。

 そして、ついに堪えきれなくなった潘金蓮が、兄より先に帰ってきた武松と強引に酒を酌み交わした末、杯以外のものも交わしてみない? と完璧アウト発言をしてしまったところで、次回に続きます。


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2014.04.01

「丑寅の鬼 ゴミソの鐵次調伏覚書」 最終決戦、北の鬼と西の呪

 平谷美樹お得意の東北を題材とした時代伝奇小説の一つ、北から来た修法師・ゴミソの鐵次を主人公とするシリーズの最新巻であります。江戸で様々な亡魂を祓ってきた鐵次の前に幾度も現れた謎の傀儡使の目的がついに明かされるのですが――しかし、同時に鐵次の秘めたる目的も明かされるのであります。

 ある日江戸にふらりと現れた、様々な端切れを縫いつけた長羽織をまとった異装の男・鐵次。彼の稼業は亡魂や怪異を祓う修法師、端切れは祓った報われぬ亡魂から端切れを受け取り、鎮魂のために身につけているという、いかつい外見に似合わぬ(?)優しく熱い情を持つ男であります。

 江戸で意気投合した芝居作者の鶴屋孫太郎(後の五代目鶴屋南北)、妹弟子であり、彼の後に江戸に出てきた盲目のイタコ・百夜(「修法師百夜まじない帖」の主人公)とともに、様々な怪事件を解決してきた鐵次。
 これまでの作品では、鐵次たちの活躍を短編連作形式で描かれてきましたが、本作は冒頭の数話こそ短編的ですが、全体として見れば一冊の長編として構成されております。

 ここで描かれるのは、一つには、これまで幾度となく江戸に現れ、幾多の怪事を引き起こしてきた傀儡使・惣助の真の目的。様々な土地で、怪異の引き金となるような仕掛けを施し、一歩間違えれば大惨事となりかねぬ事件を引き起こしてきた彼の真意が、ついに明かされることになるのです。

 しかし本作で描かれるのは、それに留まりません。それと同時に語られるのは、鐵次と百夜が江戸に現れた真の目的なのであります。
 江戸の市井に暮らし、怪異を祓ってきた鐵次。その姿は修法師としてある意味自然であり、様々な地方からの人間が流入する江戸にあって、その姿から特に違和感は感じられなかったのですが…
 しかし、その存在に不自然さがなかったかと言われれば、なるほど、これまでの作中で、幾度か気になる表現があったのは事実。今回登場する鐵次と百夜の師・竣岳坊高星(平谷読者にはニヤリとできるネーミングであります)が語る彼らに与えられた使命の真実は、惣助のそれを遙かに上回る衝撃を与えてくれるのですが――

 この二つの真実の内容についてはもちろんここで詳しく触れませんが、江戸を挟んで激突する両者の決戦こそは、本作の、本シリーズの最大のクライマックスと呼んでさしつかえありますまい。
 先に述べたとおり、これまで短編を積み重ねる形で丹念に作品世界が描かれてきただけに、この決戦はさらに壮大なものとして、印象的であります。
(そしてまた、鐵次たちの目的は、これまでの平谷作品を読んでいる方であれば、強く頷けるものでしょう)


 …が、大げさに言えばその物語構造の変化が、いささか急に感じられたのもまた、事実ではあります。何よりも、高星をはじめとする、今回の新キャラクターたちの登場が――彼らが個性的であるだけ一層に――慌ただしく感じられたのは残念で、この急激さはある程度計算の上であったことは理解できるものの、やはりもう少しここに至るまでの分量が欲しかった、という想いはあります。

 そうではあるものの、鐵次と惣助の激突の中で、ともに超常の力を操りそれぞれの目的を秘めた両者の、しかし明確に異なる姿が浮き彫りになる構造は見事と感じます。
 何よりも、鐵次最大の個性が彼自身を救うクライマックスは、実に美しく――本シリーズの掉尾を飾るものとして、感服いたしました。


 掉尾、という言葉を使ってしまいましたが、本作の帯で「最終決戦」という言葉が使われており、内容もまさにその通りであることを考えれば、まず今回で一区切りということでありましょう。

 しかし…それであっても、「丑寅の鬼」ならぬ北の優しき修法師の活躍を、またいつか見たいと感じてしまうのは、これも正直な想いなのであります。


「丑寅の鬼 ゴミソの鐵次調伏覚書」(平谷美樹 光文社文庫) Amazon
丑寅の鬼: ゴミソの鐵次 調伏覚書 (光文社時代小説文庫)


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