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2014.04.08

「廃帝綺譚」 琥珀の玉が導くここではないどこかという救い

 もう一つの神器・真床追衾に包まれて海に消えた幼帝・安徳天皇を巡る幻想譚「安徳天皇漂海記」の外伝にしてもう一つの結末ともいうべき短編集であります。「廃帝」の語が示すように、登場するのは、いずれも帝でありながらも廃され、その地位を失った者たち。彼らが幻影の中に見たものは…

 壇ノ浦の戦で海に消えた安徳天皇。彼の体は、琥珀色の玉の姿を取る真床追衾に包まれ、幼いままの姿で生き続けていました。そんな帝と出会った鎌倉幕府第三代将軍・源実朝、そして南宋最後の少年皇帝の不可思議な縁を描いたのが「安徳天皇漂海記」という物語でありました。

 そして本作に収録された四つの物語のうち、「北帰茫茫 元朝篇」「南海彷徨 明初篇」「禁城落陽 明末篇」の三編で描かれるのは、その後の時代の物語…安徳帝の旅の終わりを見届けることとなったかのマルコ・ポーロが持ち帰った古の混沌の一部――すなわち、真床追衾の一部が、廃帝たちにもたらしたものが語られるのであります。

 元朝末期、国が存亡の危機にありながらもひたすら帝位にしがみついた順帝。望まぬままに叔父と対立させられた後、炎に消えた明の二代皇帝・建文帝。そしてその猜疑心から国を損ね、明朝最後の皇帝となった崇禎帝。
 彼らのもとにもたらされた琥珀の玉(そしてその由来を記したマルコ・ポーロのもう一つの「東方見聞録」)は、彼らに様々な夢を見せることとなります。

 全編妖しい夢のような世界を描き上げた前作に比べ、本作で描かれるものは、より現実に近しいと言えるでしょうか。むしろ歴史小説的なタッチで描かれる物語の中で、琥珀色の玉が起こす奇跡は――そのサイズに比例して――あまりに小さく、儚いものに感じられます。

 しかし、それだからこそ一層胸に迫るのは、そのような儚い、異国からもたらされた混沌の一部にしがみつくしかない、廃帝たちの孤独の姿であります。
 この世で最高の権力を持ち、人ならぬ身とすら称される皇帝――そんな彼らを彼らたらしめる身分を失った時、失いかけた時、彼らは何になるのか?

 彼らが玉の中に見るのは、彼らが彼ら足り得る世界であり――そしてそれは「ここではないどこか」にほかなりません。それは何と哀しく、残酷で、しかし同時に救いに満ちたものでしょうか。
 結局は一人の人間である彼らを彼らたらしめつつ、そして同時に彼らを縛ってきた現実という軛。そこからの救いが、そこにはあるのですから…

 そしてこの玉の物語は、「禁城落陽 明末篇」の結末で、一つの終わりを迎えます。それは、人間があくまでも現実の中で生きると、そう宣言したと取ることができるでしょう。
 しかし――人が人である限り、そして現実の軛が厳しければ厳しいほど、必ず「ここではないどこか」を求める心は存在するのであり、そこに再び、琥珀の玉は現れるのではありますまいか。


 そして廃帝の姿をまた別の角度から描き、前作のもう一つの結末というべきものを描いたのが、最後に収められた「大海絶歌 隠岐篇」であります。

 時代を遡り、安徳天皇の弟であるもう一人の廃帝――承久の乱の末に隠岐に流された後鳥羽院を主人公とする本作に登場するのは、もう一つの真床追衾というべき神器「淡島の小珠」。
 壱岐で老境を迎えた院のもとに、ある男がもたらしたそれは、真床追衾と呼応し、彼を幼き頃のままの安徳天皇と、彼が抱く実朝の首と見えさせるのであります。

 自分を権力の座から逐った武家たちを呪い続けた院。自ら兵を蓄え、ついに挙兵したもののあっさりと敗れ、自分以外の者を差し出して生きながらえてきた院。
 そんな彼の畏れとコンプレックスの対象であった安徳帝と実朝、ともに若き日に無念の死を遂げた二人が現れた時、彼は何を思うのか…本作はその複雑な想いを、実朝と院を結ぶもう一つの――政治的対立ではない――絆である和歌をキーに描き出します。

 すでに半ば「ここではないどこか」にあった院。そんな彼が神器の力で最後に見たもの…ほとんど芸道小説的な歌に対する執念と業の姿を通して浮かび上がる彼の姿は、もう一人の、そうであったかもしれない安徳帝ともいうべきものであり――
 そしてそんな彼の魂が琥珀の玉に誘われて昇華する姿は、本作の、そして「安徳天皇漂海記」のもう一つの結末としてまことに相応しいものと感じられた次第です。


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コメント

宇月原氏の新作、月の宮~
はお読みになりましたか?

投稿: UFAN | 2014.04.09 08:10

UFAN様:
読んでおりますよ~ブログでも取り上げております。
http://denki.txt-nifty.com/mitamond/2014/02/post-7c15.html

投稿: 三田主水 | 2014.04.12 22:42

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