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2014.04.09

「大妖怪」(その一) 人間と妖怪、死闘真っ向勝負

 今や完全にジャンル内ジャンルとして定着した感のある妖怪時代小説ですが、もちろん、妖怪を題材にした時代小説は近年の産物ではありません。そんな先駆の中でも、人間と妖怪、時に妖怪と妖怪の死闘を真っ向から描いた名短編集が、これから紹介する藤原審爾の「大妖怪」であります。

 直木賞作家である藤原審爾は、非常に多岐に渡る作品を執筆した作家ですが、しかしその中でも本書が独特の輝きを放つ作品であることは間違いありますまい。昭和51年から53年にかけて発表された本書の収録作品6編は、いずれも妖怪時代小説のマスターピースとして、今読んでも全く古びたところのない作品揃いであります。
 以下、収録全作品を紹介していきましょう。


「天魔空狐異聞」
 岡山藩主の庶子である無為流剣術の達人・池田左右衛門。ある日狐を助けた彼は、以来その狐と不思議な交流を続けることに…

 先に本書は人間と妖怪との死闘を中心に描いたもの、と述べましたが、冒頭に収められた本作は、その中では少々毛色の変わった一編。というのも、本作のメインとなるのは、孤独な青年剣士と、不思議な老狐の交流なのであります。

 藩主の庶子として生まれ、国の外れの屋敷で静かに暮らしてきた主人公のもとに、以前助けた狐が恩返しにやって来て…という本作は、よくある昔話のように感じられるかもしれません。
 確かに展開自体はそのとおりではありますが、しかし一人と一匹の交流を当然この世にあり得るものとして描く筆致は、不思議な滋味とおかしみ、そしてどこか突き抜けた現実感に満ちており――そしてその真っ正面から描く作者の筆は、本書の収録作品全てに共通するものなのです。

 もっとも、本作は人間と妖怪のポジティブな関わりのみを描いたものではありません。クライマックスに登場する岡山城天守閣に憑いた幽鬼と主人公、そして老狐の対決は、本書に相応しい死闘なのであります。


「千仞峡谷の妖怪」
 藩命で藩内を騒がす九尾の狐と戦うこととなった東馬次郎右衛門。無数の眷属を操る妖狐に苦戦を強いられた彼に残された手段は…

 二作続いて狐の登場ではありますが、本作に登場するのは、徹頭徹尾人類の敵。なにしろ、九尾金毛の狐と、それに操られる妖狐たちの群れなのであります。
 それに対する主人公が、気合術を修めた伊賀忍者の末裔とくれば、大伝奇活劇が展開するように思われるかもしれませんが、しかし本作で展開されるのは、人間たちと妖狐たちの、地に足のついた攻防戦。そしてそれが滅法に面白いのであります。

 さしもの妖狐も、一対一では鉄砲を持つ人間に敵うものではありませんが、しかしそれはあくまでも一対一の場合。無数の群れを成し、手を変え品を変え、ゲリラ的に襲いかかる妖狐たちの前に、次郎右衛門たち人間軍は、唯一彼らが侵入できない山中の神社神域に立てこもることを余儀なくさせられます。

 完全に中央と分断された中で、いかに援軍を求め、いかに囲みを破るか? 人間と狐の真っ向からの、ある意味対等な立場での攻防戦というのは、これはかなり珍しい作品ではありますまいか(そしてそんな対峙の中、夜毎不気味な唸り声を上げて人々にプレッシャーをかける狐たち…というシーンに、「リオ・ブラボー」の一シーンを思い出したり)

 しかし本作は、終盤に至り、とんでもない方向に飛翔していくこととなります。九尾の狐の猛威に打つ手を無くした人間たちに最後に残された手段、それはまさかの○○○!
 果たして敵の敵は味方なのか、あたかもジャンルが変わったかのようなラストの死闘には、興奮を隠せないのであります。


 以下、次回に続きます。


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