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2014.04.03

「石燕夜行 虚針の巻」 外道と妄執の芸術家、その存在感

 実在の絵師・鳥山石燕を主人公にしつつも、彼に異界を視る異能を与え、妖怪の総大将・塗楽、生き仏と呼ばれる美貌の剣士・鏡花らとともに数々の怪事件に挑ませる「石燕夜行」の第3弾であります。今回登場するのは、恐るべき外道と妄執の芸術家とも言うべき怪人なのですが…

 鳥辺野で死んだ母から生まれ、その幽霊に育てられた青年・石燕。その数奇な生まれ故か、彼の灰色の瞳はこの世ならざるものを映し、彼の持つ筆は、数々の奇瑞を起こす――そしてそれにより、彼は妖怪たちが引き起こす数々の事件に巻き込まれることとなります。

 これまでの2巻では、石燕と、彼を取り巻く奇妙な人々――特に、妖怪たちを束ねる食えない老人(?)塗楽と、彼らにとっては天敵とも言える妖殺しの専門家たる御影・椿鏡花の基本設定が語られてきましたが、この巻では、それを踏まえた上で、さらにその先の物語が描かれている印象があります。

 この巻に収められているのは、三つの短編…というより、後ろ二編は前後編的内容ですので、短編と中編が一つずつと言った方がよいかもしれません。
 最初の短編は、石燕と、彼を一心に慕う女性・紗枝が石燕の母の墓に詣でるべく訪れた京で、人々が寝ている間の夢を奪われるという奇怪な事件に巻き込まれるという物語。
 事件の背後で糸を引く怪人の正体という謎もさることながら、孤独だった石燕が愛する女性のために奔走するさまは、これまでの物語の蓄積あってのものと言えましょう。
 結末のある人物(?)の言葉は、お約束的ではありますが、やはり感動的であります。


 しかし圧巻は、それに続く表題作「虚針の巻」でありましょう。江戸で続発する、体に龍の刺青を入れた者たちの怪死事件。死んだ後、体に彫られていた自慢の刺青が消えていた――いや、体から刺青の龍が抜けた末に命を落とすという奇怪極まりないこの事件を追うことになった鏡花は、犠牲者に一つの共通点があることを知ります。

 それは、彼らに刺青を彫った彫り師の存在――己の気に入った者の仕事しか受けず、尋常の人間とは思えぬ異形の老怪人、その名は虚針貞安。
 そして事件は、媒体は違えど絵という点では共通と鏡花に協力を求められた石燕、虚針のかつての弟子の男、そして彼らとは浅からぬ因縁を持つ女博徒・雨龍らを巻き込み、意外な方向に展開していくのですが――

 作中で描かれる事件(怪奇現象)の描写だけでも驚かされる本作ですが、しかし何よりも強烈な印象を残すのは、陰の主人公ともいうべき虚針のキャラクターでありましょう。
 刺青の魅力に取り憑かれ、誰にも負けない、いや、誰も達したことのない境地にたどり着くために異常な執念を燃やし、そのためには人の道に外れることも躊躇わない…
 狂気の芸術家、というキャラクター自体は珍しいものではありませんが、しかし彼が憑かれたのは、人の肌に絵を彫り込むという、ある主の背徳感を感じさせる刺青。そしてそれを極めるための数々の外道の行為の鬼気迫る描写――そしてそれが主に彼のかつての弟子の視点から描かれるのがまた効果的――と相まって、その存在感は、奇怪なキャラクターが次々と登場する本作においても、頭抜けたものと感じます。

 そして何故彼の刺青の龍が抜け出すのか、彼がいかにしてその技を身につけたのか、さらには彼とある人物の意外な因縁と、本シリーズは、ここに一つのクライマックスを迎えたと言ってよいかもしれません。


 …しかしながら、正直なところ読後感がすっきりしないのは、虚針のその邪悪な存在感に当てられたことと、(いささかネタばらしになりますが)良いところで「つづく」となってしまうこともさることながら、主人公たる石燕がほとんど活躍していないためであります。

 もともと、一種の狂言回し的立ち位置のキャラクターではありますが、しかし虚針の存在感と、そして内容的に鏡花と塗楽にスポットが当たっていることもあって、今回のエピソードでは石燕は相当に存在感が薄い。もちろん、よほどのことがない限り先頭を切って戦うようなキャラクターではないのですが…

 しかし今回の敵は、己なりの美を絵の形で描き出し、留めようとする者。その意味では、石燕とはある意味近しい存在ではあります。
 石燕と虚針と、どこが同じなのか。そして何よりも、どこが異なるのか――これは勝手な想像ですが、虚針の妄執に終止符を打てるのは、そんな石燕の存在、石燕の画道なのではありますまいか。

 そんな活躍を見せる石燕の姿が描かれるであろう続巻を心待ちにしているところです。


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