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2014.04.18

「契り桜 風太郎江戸事件帖」 二人の主人公、陰の中の光

 「にんにん忍ふう」のタイトルで刊行された作品の続編に当たるのが、本作であります。主人公は風魔一族の長の子で、抜け忍狩りと行方不明の母探しのために江戸に出てきた少年忍者・風太郎というのはもちろん同じですが、タイトルからも察せられるように、作品そのものが持つムードは大きく異なります。

 表の顔である下っ引きとして深川で働くうちに一年経った風太郎。頼りないながらも弟分もでき、何よりも親分の娘・綾乃とも互いに憎からず想い合い…と、なかなか充実した生活であります。
 しかしこの時江戸を騒がしていたのは、法の網にかからぬ悪人ばかりが次々と殺されるという、悪人殺し事件。たとえ悪人とはいえ殺しは殺し、姿なき下手人を追う風太郎は、馴染みの飯屋――前作の事件で兄を失った娘が営む飯屋で、里を抜けた名うての忍びが働いているのを知ります。

 そんな矢先に行方不明となる当の風太郎。一連の事件の鍵を握るのは、深川でも鬼が棲むとして誰も近寄らぬ暗黒街・鬼通り――


 と、ここでおおっ、と思った方は、相当熱心な高橋ファンではありますまいか。この鬼通りは、本作と同じ光文社文庫から刊行された「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」シリーズの第2弾「忘れ簪」に登場した場所。
 つまり本作は、同シリーズと世界観が繋がっているのであります。それも読者サービスというレベルではなく、明確な続編として。

 そうであるならば、前シリーズの主人公であった仙次は、といえば、これがしっかりと、ほとんど第二の主人公ともいえるウェイトで登場するのですが、しかし今の彼はなんと…!
 そんな彼の設定についてはここでは伏せますが、色々な意味で読者を驚かせることは間違いありますまい。それだけの思い切った展開なのであります。

 思い切ったといえば、本作の方向性もまた、相当思い切ったものと言えましょう。
 高橋作品といえば、どこかすっとぼけたもののけたちが、同じくすっとぼけた人間たちとともに騒動を繰り広げる、陽性の物語という印象が強くあるかと思いますが、本作を覆うムードは、はっきりと「陰」。

 不幸の中に生まれ、不幸の中に生きる貧しき者たち。そんな彼らをあざ笑い、踏みつけにして生きる外道たち。ちょっとした気の迷いで、思惑のすれ違いで運命を狂わせていく者たち――
 本作で描かれるのは、そんな江戸の暗い部分で生きる者たちの物語。そしてそれは決して鬼通りのような特異な世界ではなく、ごく普通の、我々と変わらぬ人々が暮らす世界での出来事なのであります。

 この方向性の違いに戸惑うファンはさぞ多かろうと思うのですが、しかし個人的には大いに歓迎いたします。
 というのも、上で挙げたようなイメージにもかかわらず(というよりそのイメージに隠されているのですが)、実は作者の作品は――特に初期の作品は――以前からこうした人々の暗い部分、世間の陰の部分を取り上げることが多いのであります。
 実は私などは、その部分こそが作者の真骨頂なのではないかと思っているほどなのですが、まあそんなへそ曲がりはさておき。

 しかしこれだけは言えるのは、暗い中にこそ描ける物語が確かにあるということであり――そしてその暗さがあって初めて気づく明るさもある、ということであります。
 本作に収録された三つの短編は、いずれも様々にやりきれないものを感じさせるところではありますが、しかしそれもまたこの世界の一部。そこから目をそらすのは簡単でも、しかし決して消えぬ陰が存在することを思えば、それを敢えて描くのは、決して誤ったアプローチではないと感じるのであります。
 そしてそこに小さな人間性の明かりも存在するのであればなおさら――

 残念ながら、物語として粗さを――作中でも「大雑把」と評されるなど――感じさせる部分はあります。肝心の「暗さ」の描写が通り一遍に感じられる部分もないではありません。
 しかしその一方で描かれる物語が魅力的であるのもまた事実。特に、善人ばかりが勤めていることで知られる船宿で起きた小僧殺しの真相を描いた第二話、風太郎の存在自体が抜け忍カップルの運命を狂わせ、思わぬ事件を招く第三話などは、なかなかによくできていると感心いたしました。

 確かに異色作ではありますが、しかし作者のもう一つの持ち味が存分に表れた本作。その粗さが取れたとき、大きく化けるのではないか――そんな風に感じられるのであります。


「契り桜 風太郎江戸事件帖」(高橋由太 光文社文庫) Amazon
契り桜: 風太郎江戸事件帖 (光文社時代小説文庫)


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