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2014.04.05

「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」(その二) そしてフリーダムの境地へ

 復活・剣聖一心斎の最終巻、「大江戸剣聖一心斎 魂を風に泳がせ」の紹介の後編であります。一心斎が救った無名の人々。後世に名前を残さなかった彼らが一心斎に救われたことに意味がなかったのか――

 それはもちろん、否であります。

 たとえ後世の我々に知られることはなくとも、彼らの人生は彼ら自身のものであり、誰の人生と比べても軽重をつけられることのない、尊く意味のあるものなのですから。
 そして彼らに、我々にそれを教えてくれるのは、言うまでもなく一心斎先生であります。

 本作のタイトルとなっている「魂を風に泳がせ」は、収録された短編のタイトルの一つであると同時に、そんな彼らの一人が一心斎からかけられた言葉――「人は、人に束縛をされてはならない。(中略)己の生命にまず活を入れよ。すなわち、己が魂を風に泳がせよ」から来たもの。そして一心斎はその境地を「フリーダム」、自由と呼ぶのであります。

 そして――一心斎の求めるフリーダムは、もちろん彼一人のものではありません。彼の求めるフリーダムは、いわばこの国に住む無名の人々――日々の暮らしに喘ぎ、しかしその中でも一つの輝きを胸に抱いて生きる人々のためのもの。
 そう、一心斎が作中でひたすらに埋蔵金を――しがらみのない(フリーダムな!)大金を求めてきたわけは、この国を買い取り、人々が自由に生きることができる国とするためであったのです。

 いやはや、いかに超人一心斎とはいえ、途方もない夢であることは間違いありません。しかしそれこそは一心斎の魂であり、彼を自由人たらしめているものなのであります。

 しかし――彼の時代から今に至るまでを眺めてみれば、残念ながら彼の求める世界は現れていないようです。しかし、それだからといって彼の夢が無になったわけでもなく、そして彼の夢が否定されるわけではありません。
 彼の夢は、彼自身も自分の生きている間には不可能とわかっている夢。しかしそれでも、いやそれだからこそ追いかけるに足るものであり、そしてそれが人を真に自由な存在とするのだと、本作は高らかに謳い上げているのです。

 この「(大江戸)剣聖一心斎」シリーズは、私にとっては心から愛すべき、そして迷った時の心の柱とも言うべき作品でありますが、それはまさにこの点に依るのであり――そしてそれは、初読から十年近くが経った今も変わらず、いや様々に社会のあれこれを経験した今だからこそ、まぶしく、美しく感じられるのであります。


 とはいえ…一つだけ贅沢を申し上げれば、今回の再文庫化で、やはり一心斎先生の新たな活躍を見たかった、という思いは強く強くあります。
 幼い坂本龍馬に「ぐっどらっく」と告げる一心斎、読みたかったなあ…


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