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2014.05.28

「東天の獅子」第2巻 技と技、力と力 心と心、思想と思想

 夢枕獏の明治格闘ものというと、ついに最終回を迎えた「真・餓狼伝」が思い浮かびますが、そちらでも重要なキャラクターだった嘉納治五郎を中心に、明治の柔道・柔術界を描いた「東天の獅子」の第2巻であります。講道館柔道と古流柔術の激突に向け、物語は大きく動き始めることに…

 と、ここで個人的に呆れるのを通り越して感心してしまったのは、第1巻を紹介してから今まで、実に5年が過ぎてしまっていること。特に大きな理由はないのですが、第1巻を読み終えてから今まで、よくもまあ我慢できたものだ…とつくづく思います。
 すなわち、本作はそれだけ面白い。読んでいてテンションが上がる作品は少なくありませんが、もしかして自分は倒れるのではないか、というレベルまで来たのは久々であります。

 と、そんな本作は、起承転結でいえば、まさに承といった内容。第1巻では嘉納治五郎の講道館柔道、その興隆が描かれましたが、今回描かれるのは、その講道館の存在を受けて大きく動き始める明治の武術界の姿なのです。

 そしてその契機となるのが、明治中期に行われた警視庁武術試合。簡単に言ってしまえば、各流派を集めた武術大会であります。
 たとえ一回の勝負とはいえ、もちろん選手の、いやそれ以上に流派の名誉がかかった大会に向けての各流派の猛者たちの姿が語られていくのですが――いやもうこれが抜群に面白い。

 講談の武術もの、御前試合ものでは、実際の試合の前に、その試合に登場する選手の来歴が語られる銘々伝が入りますが、この巻の内容はまさにそれ。
 柔術王国・久留米は良移心頭流の中村半助、古流の名門・千葉の揚心流戸塚派からは大竹森吉、照島太郎、好地円太郎など、いずれ劣らぬ豪傑・奇傑が登場し、彼らの物語が描かれていくことになります。

 この展開は、しかしある意味単純といえば単純――次から次へと凄い奴が登場し、その凄さ、強さが語られていくのですが、しかしそれがたまらない面白さ。
 史実を踏まえつつもいかにも夢枕ナイズされた彼らの来歴、試合描写が良いのはもちろんです。
 しかし何よりも強く心に残るのは、彼らが柔術にかけた想い――ただひたすらに、自分の流派で以て、自分の強さを求める姿であります。

 本作の舞台となるの明治十数年…既に武士の時代は終焉して久しく、同時に武士の表芸たる武術も過去のものとなってしまった時代。
 そんな中で、なおも古流の武術たる柔術を磨き続ける彼らは、もはや後がないからこその気迫と強い輝きを見せてくれるのであります。

 そしてその姿はもちろん、新しい時代の武術として、それを通じて世間に貢献しようという講道館の思想とは対局にあるものであり――すなわち、警視庁武術試合は技と技、力と力だけなく、心と心、思想と思想、さらにいえば生き様と生き様の激突となるのであります。
 その生き様を描く物語がつまらないわけがありましょうか?


 しかしさらにたまらないのは、この巻の終盤で描かれる、保科(西郷)四郎の物語であります。
 彼にとっても決して負けられぬ試合を前に、養父・西郷頼母に対して伝授を願った技、それは…!

 姿三四郎のモデルである西郷四郎の養父が、昨年の大河ドラマにも登場していた西郷頼母であった、というのはそれ自体が伝奇めいた史実でありますが、本作でその二人を繋ぐのは、あの伝説の武術という展開がたまらない。
 そしてそこにもう一人、四郎以前の伝承者として絡むのが、あの武田惣角、大東流合気柔術の怪人だというのですから、これはもう伝奇者にはたまらない展開であります。
(ちなみに中村半助の試合を見物した惣角が、自分なら相手を三回は殺していた、などと夢枕イズム溢れる台詞を吐くのも実にイイ)

 たまらない続きの本作を4年も放っていた自分の不明はただただ恥じるしかありませんが、これだけ面白い物語に出会えたのは本当に幸せというほかありません。
 後半2巻はすぐに読み始めるつもりであります。


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