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2014.05.31

「蒼の乱」 定型を踏まえつつ外してみせた将門伝

 左大臣家に仕える武士・将門小次郎は、宴の余興に殺されかけた渡来人の女・蒼真を助ける。都にいられなくなった小次郎は、蒼真を連れて故郷の東国に戻るが、家と領地は叔父たちに奪われていた。叔父たちを討った小次郎の前に現れた蝦夷の王・常世王は、小次郎こそが新皇だと宣言するのだが…

 諸般の事情で紹介が遅れましたが、先日千秋楽を迎えた、劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎最新作「蒼の乱」であります。これで新感線には三度目の登場となる天海祐希と、これは初登場となる松山ケンイチの二人を中心に、あの平将門伝説をモチーフとした物語が描かれることとなります。

 平安時代を思わせる時と場所。貴族が都で豪奢な暮らしを送る一方で、庶民は塗炭の苦しみを味わっていたころ――東国から都に出て左大臣家に仕えていた男・将門小次郎と、渡来人の女・蒼真が出会ったことから、時代は大きく動き出します。

 貴族たちになぶり殺しにされかけた蒼真を助けて都を離れた小次郎を故郷で待っていたのは、ここでも変わらぬ貴族の暴戻。伝説の英雄・蝦夷の常世王に導かれるように、決起し、東国をその手に収めた小次郎を周囲が歓呼の声で迎える中、一人蒼真のみは、危ぶみながら見つめます。
 何となれば、彼女はかつて大陸の故国で蜂起し、圧制者たちを倒した過去を持つ者。しかしその後の混乱を収められず、故国は他国に攻め滅ぼされ、彼女は仲間たちとこの国に逃れてきたのであります。

 小次郎がかつての自分と同じ運命を辿るのではとためらう蒼真は、しかし彼のひたむきな想いにほだされ、共に生きることを誓います。かくて、新皇小次郎と新妻を讃える声が武蔵野に響いて…


 ここまでが全二幕の第一幕まで。なるほど、第二幕では小次郎と蒼真の理想郷が崩壊していく様が描かれるのだな…というこちらの予想は、大きく外れることとなります。

 戦いに次ぐ戦いに民の心は離れ、己の往くべき道を見失った小次郎はなんと国を捨てて出奔。小次郎(と結んだ常世王)と方向性の違いはあったものの、もう二度と理想の国を壊させないと誓った蒼真は将門御前を名乗り、板東を守るために戦うこととなります。
 一方、放浪の末、かつて自分に同情的であった貴族と再会した小次郎が知る真実。この戦いを真に画策した者を倒すため、生まれ変わった小次郎が名乗った名は…!

 と、第二幕は将門ものであればこう来るであろうというこちらの予想を、軽々と飛び越えてきた展開の連続。
 決して少なくはない平将門を題材とした物語では、ある程度押さえておくべきポイントというべきものがありますが、本作はそれをわかった上でわざと外してきた、という印象なのです。
 その一つが上で触れた小次郎の新たな名でありますが、その他にもキャラクターの名によるミスリード的な面が見え隠れしているのが面白い。

 この辺りはやはり新感線…というより脚本の中島かずきの伝奇センスでしょう。
 必ずしも史実通りの世界ではないものの、そこに見え隠れする史実のかけらが、物語に尖った部分と深みを与える…
 史実を知らなくとももちろん楽しめるものの、史実を知っていればなお面白い、伝奇ものの理想型の一つでありましょう。

 しかしそれももちろん、蒼真と小次郎という二人の主人公――というより正確には主人公と副主人公――の設定の妙に依るところが大でありましょう。
 特に蒼真の、かつて腐った権力を叩きのめしたものの、その後の統治に失敗して――
 という過去は、風来坊的な自由人として悪を叩き潰し、またいずこかへ去っていくというかつてのいのうえ歌舞伎の主人公のネガとも感じられるのが実に興味深い。

 そんな彼女と、危ういほどにピュアな部分を持った小次郎の運命が絡み合い、分かれ、ぶつかり合う姿は、ひどく切なくも、しかしどこか爽やかであり――数多い将門ものの中でも一際救いのある物語として感じられた次第です。


 ほかにも――他にできそうな人間がいないという意味で――はまり役とも言える橋本じゅんの演技(ギャグにしか見えなかった要素が、一転後半でキャラクターの変心を抉るという演出が冴える!)や、段差や傾斜のある回り舞台の上で見せた早乙女兄弟の殺陣など、語り出したらなお止まらない本作。

 いずれ必ずゲキシネ化、映像ソフト化されるかと思いますが、その折りにはまた必ず観たい、そんな作品であります。


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2014.05.30

「剣と旗と城 城の巻」 戦国に立つあらまほしき人間の姿

 応仁の乱後の時代を舞台に、己自身の生きた証を打ち立てんと狂奔する人々の姿を描く柴田錬三郎の「剣と旗と城」の最終巻、城の巻であります。その名のとおりある者は城を打ち立てて戦い、またある者は城を捨て彷徨い、様々に交錯する人々の運命は、怒濤のごとく結末に向かっていくこととなります。

 一度は山城を奪い戦国の世に乗り出しながらも、不幸にして全てを喪い、再び孤剣を友に放浪する眉間景四郎。しかし運命が引きつけるように、彼はあるいは戦国の世に大きな意味を持つかもしれない、思わぬ人物を助けることに…

 そして義に依って立つ若き俊英・小松重成は、奸計を以て大江近江守の城を奪った津雲秀郷と死闘を繰り返し、景四郎とは腐れ縁の戦場牢人・等々力権十郎は無頼の果てに思わぬ境遇となり、彼らとは縁浅からぬ浮浪児・銀太郎は自分と同じ身の上の孤児たちを集めて旗揚げすることとなります。

 かくて、剣と旗と城――戦国の世に覇を唱えるに不可欠なものを、ある者は求め、ある者は拒み、幾重にも絡まった人間曼荼羅は、ついに結末を迎えることになるのであります。


 そしてこの最終巻で注目すべきは、やはり景四郎の去就でありましょう。
 前の巻では、ある意味いかにも戦国の男らしい重成と秀郷に押され、影が薄かった――自身、城を失って無一物となったこともあり――景四郎ですが、この巻においては、彼の目を通じて、戦国の人間模様が描かれていくことになるのであります。

 戦国の世で無我夢中に生き続けながらも一度全てを失い、しかしその中で剣理に目覚め、そして人を愛することを知った景四郎。
 ここに至り、いかにも柴錬戦国ものの主人公然とした佇まいとなった彼は、行く先々で様々な人間と出会い、強敵と戦いながらも、孤独に、しかし自由にこの世界を旅していくことになります。

 そんな彼の姿勢、剣で己を守りながらも、大義も名利も――すなわち旗と城を――求めることなく生きる姿は、実は本作の表舞台から降りたに等しいものではあります。
 それは、ある意味戦国の荒波に立ち向かうことを放棄したに等しいのかもしれませんが…しかし、前巻の景四郎が荒波に翻弄されていたとすれば、この巻の彼は、荒波に逆らわず、自然体で波間を行くやに感じられるのです。

 そしてそれが、柴錬戦国ものにとってあらまほしき姿の一つであることは言うまでもありません。
 ここに至り、重成と秀郷の戦いは景四郎の旅と重なることなく、物語のもう一つの極ではあるものの、一種の遠景として、物語の果てに消えていくのですから。
 そしてそれは、彼ら以外の、剣と旗と城を求めた人々にも、共通する結末であるのですが…
(特に、重成の乳母であり、彼の立身出世のために行動し続けてきた老女・志摩が迎える結末は、強烈な皮肉に満ちて印象に残ります)


 戦国に駆ける英雄たちの物語を求める向きには、期待はずれに感じられるかもしれません。
 歴史ものとして見ても、将軍も天皇も具体的な名前が示されることなく、その存在自体がアイコン、「旗」として機能しているのみである点には不満を感じられるかもしれません。

 しかし本作はそうした一種ニュートラルな視点で以て、戦国という極限状況での人間の姿、そのあらまほしき姿を描き出した物語と言うべきでありましょう。
 大きなカタルシスはないものの、不思議な充足感を残す物語でありました。


「剣と旗と城 城の巻」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon


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2014.05.29

「松永弾正」上巻 聡明なる久秀が見た三好政権

 入れられた寺から飛び出し、弟とともに浮浪の盗賊となった多聞丸。奇妙な因縁から堺の豪商・天王寺宗達の屋敷に捕らえられた多聞丸は、そこで父を失ったばかりの三好家の幼い嫡男・千熊丸を託される。そのまま三好家に仕えることとなった多聞丸は、やがて松永久秀と名を変え、頭角を現していく…

 これまでかなりの割合で戦国ものを扱ってきた身で言うのも恐縮ですが、戦国武将で誰が好きか、と言われるとハタと困ってしまいます。というのも、どれだけ格好良い人物像が伝わっていようと、やはり戦争で飯を食っている御仁たちは剣呑すぎてどうにも…という気分なのです。
 しかし誰が気になるか、といえば、その筆頭は松永弾正久秀になります。後世に伝わるその事績は、剣呑どころかむしろ異常と呼べるレベルですが、しかしその躊躇いのない生き様と、確かな美意識には、我々とは全く別種の人間として、大いに興味を惹かれます。

 と、そんな彼の名を冠する本作は、しかしそんな乱世の梟雄とは裏腹の人物像を描き出す、なかなかにユニークな作品であります。

 なるほど、幼い頃から才気煥発な美少年でありながらむしろ沈鬱な気性であり、欲しいものは自分の手で奪い取る、と嘯く様は確かに後年の人物像を彷彿とさせられます。
 しかし数奇とすら言える運命を経た故か、三好家と出会った彼は、大きくその印象を変えていくことになるのであります。

 盗賊に入った天王寺宗達の屋敷で弟以外の仲間を全て喪った多聞丸(久秀)。しかしそれと時同じくして、細川家内の――すなわち幕府内の争いに巻き込まれて阿波の名族・三好元長が命を落としたことから、彼の運命は大きく変わっていくこととなります。

 宗達の依頼で、元長の子・千熊丸(後の長慶)を首尾良く堺から脱出させ、そのまま三好家に仕えることとなった久秀。
 それはもちろん、流浪の身であった彼にとって出世の糸口であったかもしれませんが、何よりも彼は千熊丸自身(と彼の乳母である女性)に惹かれ、彼の内ノ者(側近)として仕えていくことになります。

 武将として頭角を現す弟とは対照的に、ただ控え目に、しかし着実に己の役目をこなし、そして長慶とは肉親の情にも似た想いで結ばれ、静かな、しかし堅い忠義を尽くす…
 なるほど、これだけ聞けば、どう考えても松永久秀の人物とは思えますまい。

 この辺り、久秀のピカレスクぶりを期待した向きには大いに不満かと思いますが、しかし本作はむしろ、久秀という氏素性も不明な、しかし聡明な人物の目を通した、三好家の盛衰を語る物語なのではありますまいか。

 三好家というのは、まさに久秀と長慶の関係故に、戦国時代についていけずに、下克上の波に飲み込まれた、どちらかと言えば間の抜けた一族というイメージが失礼ながら強くあります。
 しかし少なくとも戦国時代の前半、室町時代の末期においては、俗に三好政権などと呼ばれるとおり、天下に一番近い、いや天下そのものとも言えた家門だったのであります。

 この上巻で描かれるのは、その長慶が父・元長の仇の一人である木沢長政を討った大平寺の戦いの辺りまで。
 滅びつつある既存の権力と、全く新しい新興の勢力がしのぎを削り、そしてそこに地縁血縁が絡んでさらにドロドロと混沌とした世界にどっぷりと浸かった三好家の姿を、久秀はそのむしろ沈鬱な眼差しで、静かに見つめていくのであります。

 それがどこまで作者の意図したところかはわかりませんが、なるほど、こういう描き方もあったかと――畢竟、久秀は、三好家あってこそ存在し得たのですから――大いに興味深く拝見した次第。

 もちろん、果心居士や柳生七郎右衛門(石舟斎宗巌の叔父)といった作者好みの人物の登場も嬉しいのですが、こうした淡々と、しかし人の心の機微を踏まえつつ歴史群像を描き出すのもまた、作者ならではと感じるのであります。


「松永弾正」上巻(戸部新十郎 中公文庫) Amazon
松永弾正〈上〉 (中公文庫)

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2014.05.28

「東天の獅子」第2巻 技と技、力と力 心と心、思想と思想

 夢枕獏の明治格闘ものというと、ついに最終回を迎えた「真・餓狼伝」が思い浮かびますが、そちらでも重要なキャラクターだった嘉納治五郎を中心に、明治の柔道・柔術界を描いた「東天の獅子」の第2巻であります。講道館柔道と古流柔術の激突に向け、物語は大きく動き始めることに…

 と、ここで個人的に呆れるのを通り越して感心してしまったのは、第1巻を紹介してから今まで、実に5年が過ぎてしまっていること。特に大きな理由はないのですが、第1巻を読み終えてから今まで、よくもまあ我慢できたものだ…とつくづく思います。
 すなわち、本作はそれだけ面白い。読んでいてテンションが上がる作品は少なくありませんが、もしかして自分は倒れるのではないか、というレベルまで来たのは久々であります。

 と、そんな本作は、起承転結でいえば、まさに承といった内容。第1巻では嘉納治五郎の講道館柔道、その興隆が描かれましたが、今回描かれるのは、その講道館の存在を受けて大きく動き始める明治の武術界の姿なのです。

 そしてその契機となるのが、明治中期に行われた警視庁武術試合。簡単に言ってしまえば、各流派を集めた武術大会であります。
 たとえ一回の勝負とはいえ、もちろん選手の、いやそれ以上に流派の名誉がかかった大会に向けての各流派の猛者たちの姿が語られていくのですが――いやもうこれが抜群に面白い。

 講談の武術もの、御前試合ものでは、実際の試合の前に、その試合に登場する選手の来歴が語られる銘々伝が入りますが、この巻の内容はまさにそれ。
 柔術王国・久留米は良移心頭流の中村半助、古流の名門・千葉の揚心流戸塚派からは大竹森吉、照島太郎、好地円太郎など、いずれ劣らぬ豪傑・奇傑が登場し、彼らの物語が描かれていくことになります。

 この展開は、しかしある意味単純といえば単純――次から次へと凄い奴が登場し、その凄さ、強さが語られていくのですが、しかしそれがたまらない面白さ。
 史実を踏まえつつもいかにも夢枕ナイズされた彼らの来歴、試合描写が良いのはもちろんです。
 しかし何よりも強く心に残るのは、彼らが柔術にかけた想い――ただひたすらに、自分の流派で以て、自分の強さを求める姿であります。

 本作の舞台となるの明治十数年…既に武士の時代は終焉して久しく、同時に武士の表芸たる武術も過去のものとなってしまった時代。
 そんな中で、なおも古流の武術たる柔術を磨き続ける彼らは、もはや後がないからこその気迫と強い輝きを見せてくれるのであります。

 そしてその姿はもちろん、新しい時代の武術として、それを通じて世間に貢献しようという講道館の思想とは対局にあるものであり――すなわち、警視庁武術試合は技と技、力と力だけなく、心と心、思想と思想、さらにいえば生き様と生き様の激突となるのであります。
 その生き様を描く物語がつまらないわけがありましょうか?


 しかしさらにたまらないのは、この巻の終盤で描かれる、保科(西郷)四郎の物語であります。
 彼にとっても決して負けられぬ試合を前に、養父・西郷頼母に対して伝授を願った技、それは…!

 姿三四郎のモデルである西郷四郎の養父が、昨年の大河ドラマにも登場していた西郷頼母であった、というのはそれ自体が伝奇めいた史実でありますが、本作でその二人を繋ぐのは、あの伝説の武術という展開がたまらない。
 そしてそこにもう一人、四郎以前の伝承者として絡むのが、あの武田惣角、大東流合気柔術の怪人だというのですから、これはもう伝奇者にはたまらない展開であります。
(ちなみに中村半助の試合を見物した惣角が、自分なら相手を三回は殺していた、などと夢枕イズム溢れる台詞を吐くのも実にイイ)

 たまらない続きの本作を4年も放っていた自分の不明はただただ恥じるしかありませんが、これだけ面白い物語に出会えたのは本当に幸せというほかありません。
 後半2巻はすぐに読み始めるつもりであります。


「東天の獅子」第2巻(夢枕獏 双葉社フタバノベルス) Amazon
東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術 第二巻 (フタバノベルス)


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2014.05.27

八犬伝特集その十七 こぐれ京「南総里見八犬伝」

 久々の「八犬伝」紹介であります。今回取り上げるのは、児童向けレーベルである角川つばさ文庫から刊行された、こぐれ京による「南総里見八犬伝」であります。分量的にはわずか一冊ではありますが、これがなかなかに油断できない快作なのです。

 実は本作に先立ち(と言うべきか)、作者が同じレーベルから刊行していたのが、八犬伝の現代パロディとも言うべき「サトミちゃんちの8男子」シリーズ。してみると本作は、その遅れて出たオリジンとも言うべきかもしれませんが、もちろん独立した八犬伝リライトとして楽しめることは言うまでもありません。

 さてその内容ですが…これが驚くほど原典に忠実であり、そして原典の見せ場を網羅しているのであります。
 これは当たり前のように感じられるかもしれませんが、しかし最初に述べたようにわずか一巻ものの児童文学という点から考えれば、決して容易いものではありますまい。

 さすがに後半部分は、管領戦をごくわずかに残して大幅にカットされておりますが、むしろ八犬伝リライトにおいて、そうでない方が極めて珍しいので、これは当然許容範囲と言うべきでしょう。

 しかしそこに至るまでの物語、犬江親兵衛を除く七犬士が次々と登場し、それぞれの冒険を繰り広げる部分においては、ほとんど描きあげ、芳流閣の決闘に刑場破り、毛野の仇討ちに庚申山の怪異など、有名な場面ももちろんきっちりと盛り上げてくれるのが嬉しい(直接的な描写がないのは、道節の火定くらいではないかしらん)。

 限られた分量でこれを可能としているのは、八犬士以外のキャラクターを大胆にカットしている点はあるかと思いますが、しかしそれ以上に巧みに――作品のイメージを変えるほどではなく――作中の出来事の順番を入れ替え、整理して見せている点にあるでしょう。
 おかげで、お馴染みの物語でありつつも、なかなか新鮮な気分で読むことができたのですが、これはまあ、余禄かもしれません。


 もちろん、あくまでも子供向けの作品ゆえ、浜路口説きのシーンなどはずいぶん現代的ですし(それでもあることに感心)、船虫のキャラクターも、特にその末路などかなりアレンジされている部分はあります。

 アレンジといえば、八犬士の人物像自体も相当に現代的な脚色が為されており(特に道節と荘介)、この辺りは好みは分かれる点でありましょう。

 …が、本作の心憎いのは、そんな大人のウルサい視線も十分考慮に入れて、そんな相手のいなし方を、あとがきで本来の読者層に教えている点であります。
 それも単なる皮肉に止まらず、そこから八犬伝の発展史と、八犬伝と史実・現実の関係にまで言及してみせるのには感心させられました。


 よほどのマニアの方でもない限り、大人が手を出すことをお勧めするものではありません。
 しかし初めての八犬伝として本作に触れた子供は、かなりの確率で八犬伝ファンになるのではないか…そんな印象を受けた一冊であります。


「南総里見八犬伝」(こぐれ京 角川つばさ文庫) Amazon
南総里見八犬伝 (角川つばさ文庫)


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2014.05.26

「PEACE MAKER鐵」第7巻 北上編開始 絶望の中に残るものは

 ジャンルマニアの信条の一つとして、あきらめずしつこく待ち続ける、というのがあるのではないかと思いますが、失礼ながらその信条が役に立ちました。アニメ化もされ、根強いファンを持ちながらも長きにわたり中断していた新撰組漫画「PEACE MAKER 鐵」の続巻がここに発売されたのであります。

 最後の最後まで土方歳三の小姓として仕えた実在の新撰組隊士・市村鉄之助を主人公とする本作。第6巻までで大波乱の油小路編が完結しましたが、この第7巻からは、おそらくまず間違いなく最終章であろう北上編がスタートすることになります。

 夢を抱いて新撰組に入隊しながらもも、幕末の動乱の中で様々なものを背負ってきたの鉄之助。
 この第7巻の前半に登場するのは、戊辰戦争も終盤、会津戦争を経験し、蝦夷地に向かおうとする彼の姿なのですが――

 敗走を続けながらも、まだ見ぬ蝦夷地への憧れを持つ少年・田村銀之助。
 かつての鉄之助を思わせる彼が出会ったのは、しかししかし、そこで描かれるのはかつての熱血少年の面影もない、底知れぬ虚無を背負った暗い瞳の鉄之助でありました。

 戦場で彼の周囲半径十尺以内に近づいたものは敵味方の区別なく何者かに射殺されることからついた渾名は死神憑き、そして鉄之助自身も、戦意を失った相手に対しても容赦なく…
 いやはや、想像以上に暗黒展開ですが、しかし悪趣味で終わらず、ここから読者の感情を思い切り揺さぶってくるのが本作の見事な点であります。

 死神とは何者なのか、何故鉄之助が時に残忍に見えるほど冷徹に振る舞うのか…
 全てが明かされるわけではないにせよ、銀之助の存在を通じて浮かび上がる鉄之助の心中は、彼の経験してきた地獄と、その中で彼が何を支えに戦ってきたのかを感じさせるに余りあるものであり、こちらのハートにも刺さりまくる。

 そして銀之助の問いに答えて、油小路の後に何があったのか、鉄之助が重い口を開く…という形で過去に遡り、北上編本編が始まるという構成も実に心憎いものがあります。


 作者が「絶望編」と称するこの北上編。その内容はまだまだ語り始められたばかりとはいえ、その帰結たる蝦夷での鉄之助の姿を見れば、あながち冗談とも思えません。
 この巻の後半は、まだ嵐の前の静けさという印象ですが、しかしそれだけに我々の知る史実のとおり、そして我々の知らない物語の中で、恐るべき絶望が示されるであろうことはひしひしと感じさせられます。
(何よりも、死神の正体が、それも一番勘弁していただきたい人物として、早くも暗示されているのが…)

 しかしそれに大いに怖気をふるいながらも、しかしそれでもこれから先も見届けていこうという気持ちにさせられるのも言うまでもないことであります。
 それはひとえに、銀之助という、名前も立ち位置もかつての彼に似た、一種過去を映す鏡のようなキャラクター(そして彼もまた実在の人物というのに驚かされます)を通じ、鉄之助という、我々読者の分身であった主人公が、今もなお懸命に生き続けていることが痛いほど伝わってくるからにほかなりません。


 絶望の中に多くのものが消え去っていく中、しかしそれでも彼の手に、心に残るものがあることを信じたい…
 その想い故に、この先も、最後までこの物語を追い続けたいと感じるのです。


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2014.05.25

「妻は、くノ一 最終章」第1回 彦星の涙

 いつの日か…そう信じてきた想いがついに叶う日が来ました。TVドラマ版「妻は、くノ一」の続編、最終章の放送開始でます。しかしいきなり主人公カップルの前途は多難、原作ファンでも予想のつかない、いや、原作ファンだからこそ仰天の展開が、第一回からいきなり飛び出すことになります。

 天体の知識だけが取り柄の冴えない平戸藩士・雙星彦馬のもとにやって来た美しい妻・織江。しかし彼女は平戸藩を探りに来た御庭番のくノ一、たった数ヶ月の新婚生活の後、彼女は姿を消してしまい…

 が、それでも彦馬は織江をあきらめず、江戸に出てきて彼女を捜すことに。そして織江も彦馬を忘れられず、やがて御庭番としての自分に疑問を抱くことに。
 物語は、平戸前藩主・松浦静山の大望と、それを阻まんとする幕府の暗闘を背景に展開し、そして母の命を犠牲に、ついに織江は御庭番を抜けることになるのですが…

 というのが前作のあらすじ。御庭番を抜けたものの、監視の目の前に彦馬に近づくことができない織江。静山の密命を受け、海の向こうに旅立つこととなった彦馬。相変わらず離ればなれの二人ですが、彦馬は海の向こうに織江を連れて行くことを決意します。
 が、出航までは残すところ三ヶ月。その間に彦馬は織江を見つけ出し、彼女を伴って平戸まで行かなければならないのであります。

 が、相変わらず、いやこれまで以上に二人の行方は前途多難。これまで彦馬の頼もしい(?)守り手だった養子の雁二郎(ほとんど台詞での描写だったとはいえ、原作でのシーボルトとの人を食ったやり取りがこちらでも描かれたのが嬉しい)がここでいきなり…
 と、前作で原作とは違った展開には馴れたつもりでも、さすがに少々――どころではなく驚かされる展開が、初めから待ち受けているのであります。

 この辺り、原作ファンには賛否あるのではないかと思いますが(個人的にはかなり残念な展開ではあります)、これから先、二人を待つものはいわば国法との対決と言うべきもの。これはまだまだ序の口と言うべきでしょうか。

 それにしても今回少々驚かされたのは、アクションの充実ぶり。
 織江と御庭番たち、雁二郎と御庭番たちと敵の不気味な刺客・白瓜の寒三郎(原作では呪術師寒三郎。演じるは瀬川亮)、そしてラストの織江と寒三郎と、様々なシチュエーションで忍者同士の対決を見せてくれたのには、素直に感心いたしました。
 その中には時代劇版パルクールとも言うべきものもあり…いやはや、まだまだ見せ方次第で様々なことができるものだと大いに感心したところです。


 ちなみにちょっと驚かされたのは、まさかの(?)姫は三十一、静湖姫の登場でしょうか。
 設定の方は原作同様なので、どうにもシビアな展開のこのドラマ版のコメディリリーフ的な存在になりそうですが…さて。


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 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2014.05.24

「鬼心の刺客 素浪人半四郎百鬼夜行」 日常と超常と、二つの現実で戦う男

 前作のあまりの完成度の高さ、そして描かれた怪異の恐ろしさに心底驚かされた芝村涼也「素浪人半四郎百鬼夜行」シリーズ待望の続編「鬼心の刺客」が刊行されました。重い過去を抱え江戸を彷徨う若き浪人・榊半四郎が、今回も次々と怪異の世界に踏み込むこととなるのですが…

 やむを得ぬ仕儀から藩の重職の息子を斬って藩を捨て、藩の追っ手に討たれて死ぬことを覚悟して江戸に出てきた榊半四郎。
 愚かな藩主の気まぐれで放置されることとなり、かといってこの先を生きる希望もない半四郎は、しかし、謎の老人・聊異斎と不思議な小僧の捨吉と出会ったことで、この世のものならざる怪異の世界に踏み込むことに…

 というのが本シリーズの基本設定ですが、本作は、これを踏まえた全四話の短編連作スタイルとなっています。
 藩主の心変わりで命を狙われることとなった半四郎がかつてない強敵と対峙する「討手来襲」
 さる商人の妾が住む寮で起きる怪事の謎解きを依頼された半四郎が知った人の想い「産土神に愛でし女」
 狸が化けているという噂の使僧がやって来たことから半四郎が巻き込まれた騒動「狸勧進」


 …と、そのうちの三話をまず読んだのですが、正直に申し上げれば、ここで少々首を傾げることとなりました。
 どのエピソードも面白い。エンターテイメントとしてはもちろんのこと、何よりも時代小説としてよく描けている(たとえ妖怪ものであれ、この点を疎かにして面白かった作品に出会ったことがありません)。

 しかし――大人しい。前作で圧倒された斬新さ、そしておぞましさ、恐ろしさがここまでは感じられなかった、というのが実のところなのです。

 …が、しかしもちろん、この三話が劣っていたり、魅力がないということではありません(特に第二話は、人情ものとして出色の作品でしょう)。
 この三話の底流にあるもの、それは「生きる」ということの意味であります。

 江戸に出て様々な怪異に出会い、それを通じて様々な人々――友や仲間と呼べる人々に出会い、賑やかになってきた半四郎の周囲。しかし彼の心にはいまだに自分がこの世で生きていくことの迷いが残り続けています。

 この三話で彼が出会う事件は、そんな彼にとって「生きる」ことの意味と意義を問いかけるもの。他者を平然と踏みつけにする者、他者のために己を捨てようとする者、他者とともに寄り添い在ろうとする者…
 事件の中で半四郎が出会う者たちは、それぞれに彼が生きること、「人」として――それは生物学的にヒトであることだけではなく―この世に生きることの意味を教えるのです。


 そして第四話「裏燈籠」は、この三話を通じていわば人として再生された半四郎が仲間たちとともに、恐るべき怪異から真っ向から挑む待望のエピソード。
 大名屋敷が並ぶ紀尾井坂で続発する、謎の行方不明事件…ただ一人夜道を歩いていた者たちがわずかな時間に消えていくという怪事件に共通するのは、目撃者たちが、現場が夜道とは思えぬ明るさを目にしていることでありました。

 半四郎の友人であり、一度ならず彼と事件に挑んできた北町臨時廻り同心(彼の好漢ぶりは本シリーズの魅力の一つでしょう)に引きずられ、怪異に挑むことになった半四郎。
 一度は彼らの警戒をすり抜けて眼前で発生した怪異を元にその正体を分析し、一か八かの対策を練った彼らと怪異の対決の行方は…!

 と、嬉しくなってしまうほどの妖怪ホラー、いやモンスターホラーというべき本作。
 しかしそれでいて嬉しいのは、恐怖と奇怪さは十全に描きつつも、あくまでも描写と展開には抑制を効かせ、むしろロジカルとすらいえる世界を展開している点でしょう(上で触れた怪異の正体分析のくだりなどはその真骨頂)。

 思えば前作もそうでしたが、本作の怖さ、そして面白さを支えているのは、この超常リアリズムとも言うべきスタンスでありましょう。
 そしてそれが、先に触れた「生きる」ということ、日常のリアリズムと表裏一体であることも、言うまでもありません。


 物語の方はこれからがいよいよ怪異の本番という印象。これはすなわち、日常と超常と、二つの現実で戦う半四郎の戦いもまた、これからが本番ということであります。
 いや、本作が刊行されたばかりで恐縮ですが、次巻が今から楽しみでならないのです。


「鬼心の刺客 素浪人半四郎百鬼夜行」(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
鬼心の刺客 素浪人半四郎百鬼夜行(二) (講談社文庫)


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2014.05.23

「ニコライ盗撮」(その二) 盗撮が抉る大津事件の真実と虚構

 風野真知雄の初期の代表作「盗撮」三部作の掉尾を飾る作品、ロシア皇太子ニコライが襲われた大津事件、そして西郷隆盛生存説の謎を描く「ニコライ盗撮」の紹介の続きであります。

 本当に西郷は生きているのか。畝傍はロシアに奪われたのか。薩摩士族たちの企みとは何か。そこに小夜はどのように絡んでいるのか。そして津田三蔵は単独犯だったのか――
 数々の謎の先に浮かんだある巨大な疑いを確かめるために、悠之介はニコライの盗撮を図ることになります。

 本作、いや本シリーズにおいて重要な意味を持つ「盗撮」――それは単なるパパラッティなどではなく、歴史の陰に隠されたものを、写真という嘘偽りのない、ありのままを映し出すメディアでもって切り取って見せる行為であります。
 そしてその中に浮かび上がるのは、権力者たちの手によって隠され、あるいは作り替えられた真実――日本が急速に近代化していく中で虚構の中に隠された真実なのであります。

 大津事件、いやニコライ来日の陰に仕掛けられた巨大な虚構。それは何なのか、そしてそれに何の意味があるのか――悠之介がその写真でえぐり出す真実は、もちろんそれ自体が――いささかメタな表現となりますが――フィクション、虚構であります。
 しかしその虚構、歴史の陰の虚構を描き出す虚構は、同時にあり得たかもしれないもう一つの真実を描くものであり…物語自体の面白さはもちろんのこと、その構造自体もまた、大いに興味深いものがあります。

 しかし本作の結末においては、シリーズのラストとして、もう一つの仕掛けがほどこされています。
 巨大な虚構、真実をも覆い隠そうとする虚構に挑むとき、武器となるもの、それは…上で述べた「盗撮」の意味、それを根底から覆すような悠之介の選択は――それが全くやむを得ないものであったとはいえ――本作の幕引きに相応しいものでありましょう。

 そしてさらに言えば、その先に彼が見たもの、彼が写そうとして写せなかったもの――その存在は、いまこの時代こそ、暗く重い意味を持つものとして感じられるのであります。
 もちろん、まったくの偶然ではありますが…


 最後になりましたが、本作で悠之介のいわば相棒として活躍するのは、東京日日新聞の若き記者・岡本敬二。
 伝奇者としては嬉しくなってしまうような趣向ですが、ここで彼がなぜ本作に登場したのか――その意味を考えてみるのもまた一興でありますまいか。


「ニコライ盗撮」(風野真知雄 新人物往来社) Amazon
ニコライ盗撮


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2014.05.22

「ニコライ盗撮」(その一) 剣豪写真師への三つの依頼

 ロシア皇太子ニコライ来日が目前となった頃、志村悠之介は伊藤博文からロシア艦の撮影を依頼される。さらに山形有朋、西郷従道からも別々の依頼を受ける悠之介。それらはいずれも西郷隆盛生存説に結びついていた。それらの動きに不穏なものを感じ、ニコライを追う悠之介の眼前で大事件が――

 明治時代を舞台に、元武士の写真家・志村悠之介を主人公とする「盗撮」三部作の第三作となる作品であります。
 第一作「西郷盗撮」で西南戦争を背景に西郷の素顔を巡る謎を、第二作「鹿鳴館盗撮」では、鹿鳴館華やかなりし陰で展開するある陰謀を、それぞれ描いてきたこのシリーズですが、本作においては前二作の流れを踏まえた、いわば集大成とも言うべき物語が描かれることとなります。

 今は浅草で妻の小夜とともに写真館を営む悠之介のもとに、前作で不思議な因縁のできた伊藤博文から持ち込まれた、長崎に入港したロシア艦の撮影依頼。それは、行方不明となった新造艦・畝傍がロシア艦とされ、さらにそれにかの西郷隆盛が乗って帰ってくるという噂に基づくものでありました。

 さらに、伊藤の政敵たる前総理・山形有朋からは、どこからか流出した――かつて悠之介が撮影したものに加工を加えた――隆盛の写真の出所探しを、そしてその隆盛の弟・従道からは、銀座で目撃されたという隆盛の姿の撮影を依頼される悠之介。
 かくて、いずれも大西郷にまつわる事件を追うことになった悠之介ですが――長崎で不穏な動きを見せていた大西郷を慕う薩摩士族たちが、ニコライ暗殺を狙っていることを察知した彼は、ニコライを追って大津に向かうことになります。

 そこで彼らの暴挙を阻止したかに見えた悠之介ですが、その時…!


 明治24年、日本を訪れたニコライ皇太子が、警護の巡査・津田三蔵に切りかかられた大津事件。本作は、ちょうど物語の中間地点で描かれるこの近代史上の大事件を巡る謎と陰謀が描かれていくこととなります。

 そのニコライ来日に当たり実際に世間に広く流布された、実はシベリアで生きていた西郷隆盛が畝傍に乗って帰ってくるという不気味な噂。
 第一作で西郷の存在に迫った悠之介が乗り出すにふさわしい題材ですが、しかし彼と事件の関わりはそれだけに止まりません。かつて西郷に仕え、それが縁で結ばれた小夜が、一連の事件の陰に見え隠れしているのですから…

 長くなりますので、次回に続きます。


「ニコライ盗撮」(風野真知雄 新人物往来社) Amazon
ニコライ盗撮


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2014.05.21

「天皇の代理人」 外交戦の陰の人間性

 新米外交官・津村昌雄は、佐分利貞男公使が謎めいた自殺を遂げた一件の後処理に向かった箱根のホテルで、特命全権大使相当の権限を持つという謎の男・砂谷周一郎と出会う。これが、日本の命運を握る外交案件の背後で鮮やかな活躍をみせる砂谷と、津村の長きに渡る物語の始まりだった…

 戦前戦中の日本と諸外国との外交戦を背景にした、外交裏面史、国際謀略戦ともいうべき4つの物語から成る、連作短編集です。
 作者は赤城毅――と聞けば納得される方も少なくないでしょう。レトロな香気溢れる冒険活劇等、数々のエンターテイメントを発表する一方で、作者は大戦前の日独関係を中心とする研究者、歴史家なのですから…

 いわば本作は作者の二つの顔が一つになって描かれたというべき作品、それがつまらないわけはない――というこちらの期待、いや確信は違わず、歴史エンターテイメントとして、いや近現代史を描く物語として、実に内容豊かな作品であります。

 物語の始まりは銀座のシェリーバー、作者の分身たる人物「僕」が、悠々自適の老人と知り合う場面から始まります。
 かつては外交官として第一線で活躍したという老人と意気投合した「僕」に老人――津村が語るのは、かつて彼が謎の男・砂谷とともに経験したという外交秘史の数々で…

 という、何とも胸躍るスタイルで綴られる本作は、昭和4年から20年にかけて、すなわち日本という国が戦争に向けてひた走り、そしてそれに敗れ去るまでの時代を舞台として描かれることとなります。

 今なお真相は藪の中の佐分利貞男公使「自殺」事件の驚くべき真相を鮮やかに解き明かす開幕編「死神は誤射した」
 ロンドンを舞台に、吉田茂公使が日独防共協定の締結に頑固に反対していた理由を描き出す「頑固な理由」
 ドイツでスパイ戦に奔走する津村が巻き込まれた、英国要塞を巡る極秘文書争奪戦「操り人形の計算」
 そしてチューリヒからベルンまで、日米の終戦工作の鍵を握る人物を護衛することとなった二人の最後の冒険「終幕に向かう列車」

 奇矯な天才(というのはちと言い過ぎかもしれませんが)と、優秀な凡人のコンビというのは、これはシャーロック・ホームズ物語をはじめとする定番の構図ではあります。
 しかし本作においては、明察神の如き――実際、本作の事件は彼により最初から解決しているに等しい――砂谷と、外交知識には長けているものの常識人の津村とを組み合わせることにより、我々にとっては近くて遠い近現代史の、それもさらに庶民に縁遠い外交の世界を、活写することに成功しているのです。

 そこで描かれる事件とその真相も、どこまでが史実でどこから虚構なのか、素人目には全くわからないようなユニークなものばかりであり、この点は冒頭に述べたとおり、まさにこの作者ならでは、でありましょう。


 …しかし、そうしたエンターテイメントとしての直接的な面白さもさることながら、私にとって特に強く印象に残ったのは、本作を
通じて――気取った言い方をすれば――近現代史に人間性を取り戻そうとする試みが為されている点なのであります。

 近現代史というものは、それが我々の暮らす時代に近いにもかかわらず、いや近ければ近いほど――詳細な記録が残されているゆえに――単なる事実の羅列として認識されがちなのではないか…そう感じてきました。
 もちろん、史実とはそういうものかもしれませんが、そこに記されたのは史実という結果であり――その背後に在ってその結果をもたらしてきた、有名無名の人間の顔は見えなくなっているのではないでしょうか。
 本来であれば我々と地続きの世界のはずなのに、まるで別の世界の出来事のように。

 本作はそれに対し、厳然たる史実を提示しつつも、しかしの裏側で繰り広げられた極めて生々しい、人間臭い世界を(物語性豊かに)描くことで、近現代史を動かしてきた、そこで生きてきた人間一人一人――すなわち、かつての我々――の存在を示してくれるのです。
(そしてそれはもちろん、現代人の安易な感傷を投影する行為とは全く異なるものであることは言うまでもありません)

 そう考えると、ある意味直球である本作のタイトルは非常に象徴的に感じられるのですが…


 歴史は人間が作り、動かしてきたもの。それを忘れたとき、人は必ず道を誤ります。そう考えれば、本作が今この時に文庫化されたことは、図らずも大きな意味を持って感じられる――というのは言い過ぎかもしれませんが、私は今この時に本作に触れることができたことを、感謝しているのであります。


「天皇の代理人」(赤城毅 ハルキ文庫) Amazon
天皇の代理人 (ハルキ文庫 あ)

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2014.05.20

「煉獄に笑う」第1巻 三百年前の戦いに集う者たち

 時は天正、羽柴秀吉に仕える石田佐吉は、主の命で、「髑髏鬼灯」なる謎の存在を求めて近江は曇神社に向かう。そこで彼を待っていたのは、近隣の住人から疎まれる双子の男女――曇芭恋と阿国だった。主命を果たすため二人に接近する佐吉だが、奔放な二人に翻弄された末、国友衆と対峙する羽目に…

 いよいよキャストも発表され…というのは昨日も書きましたが、アニメ化されていま大いに勢いづいている「曇天に笑う」、明治時代を舞台とするその本編から実に300年を遡り、天正時代を舞台とした前日談が、本作「煉獄に笑う」であります。

 前日談にしても300年とは遡りすぎのようですが、本編読者であればその理由はすぐにおわかりでしょう。
 人類の敵たる呪大蛇――曇神社の一族をはじめとする者たちと戦い続けてきたこの怪物は、封印されても300年に一度復活する存在。すなわち本作は、本編の一つ前の戦い――本編終盤でその結果の一部がさらりと触れられた、その戦いを描いた物語なのであります。

 それだけでも本編ファンとしては大いに気になる作品であることは言うまでもありませんが、さらに興味深いのは、本作においては主人公が曇一族ではなく――それも歴史上の有名人である(とこの第1巻の時点では思われる)ことでしょう。
(ちなみに、本作からさらに300年前を描いた「泡沫に笑う」でも曇一族は主役ではなかったので、これが初めてというわけではないのですが)

 そう、本作の主人公は石田佐吉――すなわち、石田三成。以前に比べると、遥かにフィクションの扱いが良くなった人物ですが、それでもこうした伝奇活劇の主人公は珍しい…と思いましたが、なるほど、後年、彼がどこに城を構えたかを考えればニヤリとさせられます。

 閑話休題、主人公が三成である一方で、曇一族はといえば、これが一種のトリックスター的な存在。忌み嫌われる双子として生まれてきたことで、周囲からは差別と嫌悪の対象となっているというヘビーな設定でありますが、これはもちろん、300年後に彼らの子孫が地元の人々の敬愛の対象となっているのと対をなすものでありましょう。

 それはともかく、彼ら兄妹は、そんな周囲の目に屈することなく――いや、それどころか率先して事態をかき乱し、周囲に争いと混乱をばらまく存在なのが面白い。
 カタブツの佐吉(これはある意味定番の、期待通りの設定)は、マイペースかつ邪悪な彼らに散々に振り回されるのですが…しかし、彼のクソ真面目さが、逆に兄妹を振り回すのがまた楽しいのであります。
 主人公を実在の有名人としたことで、他のキャラクター――もちろんその筆頭が曇兄妹ですが――が目立たなくなるのでは、と始まった時は心配しましたが、どうやらそれは杞憂のようであります。


 さて、そんな彼らが暴れ回る物語の方は、まだまだ序盤、これからどこに転がっていくことになるのか、全くわからない状態ではあります。
 しかし秀吉の命で佐吉が求める――そして他の者たちも探し求める謎の存在、オロチと何らかの関係を持つという「髑髏鬼灯」(この伝奇感溢れるネーミングがたまらない!)が、全ての鍵を握ることは間違いありますまい。

 何よりも第一話ラスト、天空を一筋の帚星が横切り、続くページではこれから登場するであろうキャラクターたちがシルエットで立ち並んだシーンは、もう理屈抜きで最高に格好良く――本作がこれから描くであろう胸躍る物語を期待させて止まないのであります。


「煉獄に笑う」第1巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う(1) (ビーツコミックス) (マッグガーデンコミックス Beat’sシリーズ)


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2014.05.19

「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来

 いよいよキャストも発表され、アニメへの期待も高まる「曇天に笑う」、その「外伝」上巻と、過去の物語を描いた「煉獄に笑う」第1巻が同時発売となりました。ファンとしてはもちろん両方に飛びついたわけですが、まず今日は「外伝」の方を紹介いたしましょう。

 明治初期の琵琶湖周辺を舞台に、三百年に一度復活するという人類の敵・呪大蛇と、それを封じてきた曇神社の三兄弟――天火・空丸・宙太郎たちの戦いを描いた「曇天に笑う」。
 今回発売された外伝は、その後日談であり前日談であり、語られざる物語であり――本編で語られなかった、特にキャラクターの過去と未来にスポットライトを当てた内容となっています。

 この上巻は全四話構成――
 オロチ消滅から一年後、平和になった世界でそれぞれの時間を過ごすキャラクターたちの日常を描く第一話。
 第一話から12年前(すなわち本編から約10年前)、?存命だった曇三兄弟の父・大湖と、天火を含む特殊部隊「犲」の面々の交流を描く第二話。
 再び一年後に戻り、すれ違いが続いていた天火と犲の間の和解、天火が背負ってきた想いが描かれる第三話。
 そして本編ラストで命を絶った…と思われたあの人物が、自分と弟の辿ってきた凄惨な過去を振り返ることになる第四話。

 このように、基本は一年後の「現在」を舞台にしつつ、キャラクターたちの「過去」が掘り下げられていく構造となっていますが、しかしそれと並行して時間は「現在」進行形で流れ続け、さらなる物語が紡がれていくというのが、なかなか楽しい趣向であります。
(個人的には、本編最終回でいつの間にか姿を消して、そのままラストまで姿を見せずにいたため安否を気遣っていたあのキャラが元気に日常を送っていたのにホッと一安心)

 そんな本書の中で、特に印象に残るのは、第四話でしょうか。

 ファンタジックな要素も少なくない「曇天に笑う」という物語において、また別のベクトルの非日常感を漂わせていた一族、伝奇ものではメジャーな存在とはいえ、本作では語られることの少なかったあの集団――

 そこに属していたあるキャラクターの過去を描いたエピソードは、やはり強烈に三兄弟たちのそれとは異なる、文字通り住む世界が違うという印象なのですが、しかしこれほどの過去があってこその、本編でのあの大どんでん返しか…と納得させられます。
 そして(あの人物の去就も含め)分量的、内容的に本編に含めるのは難しかったであろうことを考えれば、まさに外伝向きのエピソードと感じた次第です。


 しかしこのエピソードは、そしてこの外伝は、これだけでは終わりません。
 第四話のラストで語られるのは、ここまでの物語を受けての天火の新たな旅立ちですが――しかし物語はそれに止まらず、あるキャラクターに関する爆弾が炸裂して、次に続くことになるのであります。

 なるほど考えてみれば、この大蛇を巡る物語の中で、このキャラは最も大きな過去と解決されるべき問題を抱えた存在。
 さてそれがどのようにこの先描かれるのか…過去を中心とした外伝なのに未来が気になるというのは、これはやはり本作ならではの魅力と言うべきでありましょう。


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2014.05.18

「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と

 「ねこぱんち」「お江戸ねこぱんち」誌の看板漫画の一つ、「猫絵十兵衛御伽草紙」も、気づけば二桁の大台も目前の第9巻。久々の単行本のような気もいたしますが、ページを捲れば、変わらぬ楽しくも暖かく、どこか懐かしい世界はもちろん健在であります。

 この巻に収録されているのは、「石猫」「味見猫」「麓猫」「仔猫の花見」「菖蒲猫」「猫の仲」「牽牛猫星」「しゃぼん玉猫」と、いつもより少し多めの全8話。
 今回もお江戸を舞台に(時に江戸を飛び出すこともありますが)、猫絵師の十兵衛と相棒の元・猫仙人のニタを狂言回しとした、人間と猫にまつわるエピソード揃いであります。

 そんなこの巻の表紙は――一瞬、おや、新キャラかい? と失礼ながら感じてしまいましたが――サブレギュラーの女性木彫り師・信夫さん。
 女性キャラが表紙を飾ったのはこの巻が初めてとのことですが、それが象徴しているように――というのはいささか牽強付会ですが、この巻は女性が印象に残るエピソードが多いように思われます。

 教え子の家を飛び出した猫又を追って旅に出た西浦さんが山中で出会った女性ばかりの館の怪を描く「麓猫」、見世物小屋の大女力持ち太夫(これはまた本当に珍しい題材…)三姉妹と十兵衛ら江戸の人々との触れあいを描いた「牽牛猫星」「しゃぼん玉猫」…

 そしてその中でも特に強く印象に残るのは、表紙の信夫が活躍する巻頭の――記念すべき単行本での第50話である――「石猫」でありましょう。
 とある火事以降、江戸の町から次々と何者かによって盗まれる狛犬や狛狐。偶然「犯人」を見かけ、後を追った十兵衛と信夫が見たものは――

 という本作、狛猫なる珍しい風物に、不思議な猫の精が絡み、そこに信夫の優しさと十兵衛&ニタのお節介が加わって、そこに不可思議だけれども、暖かく美しい世界が生まれる…という、実に本作らしい一編であります。
 しかし何よりも心を打つのは、本作に登場する猫の精の描写でありましょう。
 この世のものならぬ存在でありつつも、その姿は――その形のみならず、作中で見せる表情や仕草は――まさしく「生きた」猫そのもの。そんな猫が、信夫の丹精込めた贈り物に対して見せる表情こそは、このエピソード最大の見所であり、泣かせどころでありましょう。

 これは毎回述べているような気がいたしますが、本作に登場する猫たちは、それが普通の猫であれ猫又であれ、それ以外のこの世のものならざる猫であれ、皆それぞれに、実に生き生きと魅力的に映ります。
 これは間違いなく、日頃から猫を愛し、親しんできた――その辺りは、先日発売されたエッセイ漫画「続ねこかぶりん」からも明らかですが――作者ならではのもの、と言うべきでしょう。
(だからこそ、不思議な要素のないエピソードもまた、同様に魅力的に感じられるのであります)

 キャラクターや物語、あるいは江戸の風物や文化といった題材の面白さはもちろんのこと、やはり本作の魅力は、その猫描写がその根っこにあるからこそ…と、毎度のことながら、再確認した次第なのです。


「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛~御伽草紙~ 9 (ねこぱんちコミックス)


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2014.05.17

「平安Haze」 桃太郎・金太郎・浦島太郎、平安の鬼に挑む

 源頼光に仕えることになった幼なじみの金太郎とともに京の都に出てきた桃太郎。都に出るなり百鬼夜行に出くわした桃太郎は、安倍晴明に助けられるが、その正体は…。そんな中、都を騒がす鬼たちが、帝も関心を持つかぐや姫を狙っていた。金太郎たちとともに、姫を守ろうとする桃太郎だが…

 今から約7年前に「コミック怪」誌に連載された、堤抄子の非常にユニークな平安ファンタジーであります。

 物語のメインの背景となるのは、源頼光と配下の四天王の鬼――大江山の酒呑童子退治の物語。
 …というのはさほど珍しくない、というより大変有名なエピソードですが、本作が何よりもユニークなのは、そこに絡むのが桃太郎、金太郎、浦島太郎といった、おとぎ話の主人公たちである点であります。

 なるほど、金太郎は頼光四天王の一人・坂田金時。彼が登場することはむしろ当然ですが、桃太郎と浦島太郎を含めた三人が幼なじみ同士というのは、何よりの独自性であります(二人ともモデルはいるわけですが、それは本作においてはオミット)。
 さらに鬼が狙うヒロインはかぐや姫、彼女の親友は若き日の紫式部(もちろん誌基部ではなく、「紫」という名の少女として登場)、帝の(中宮の定子の)側には清少納言。さらにはゲストキャラとして三年寝太郎と一寸法師が意外な形で…

 と、こう書いてしまうとまるでギャグのように聞こえるかもしれませんが、それを丁寧にディテールを積み上げることで歴としたオールスターの伝奇活劇として成立しているのが素晴らしい。
 一人一人のキャラクターが、原典のそれを踏まえつつも本作ならではのアレンジを加えられ、大きな物語の中に、ぴったりとその位置がはまって感じられる…それが本作ならではの「リアリティ」を生み出しているのであります。

 全体的に比較的派手さを抑えた描写と展開のため、作品的に地味に感じられる部分はあり、そこは勿体なく感じる点ではあるのですが――これは作者のカラーと言うべきでしょうか。


 ちなみに本作は単行本全2巻相当の分量であったところ、第1巻が発売されたものの、第2巻が発売されずじまいであった作品。
 それが絶版作品等を電子書籍として無料配信するJコミにおいて、未刊行部分も配信されたものであります。

 電子書籍自体はもう珍しくありませんが、こうした形で隠れた名品に再会できるようになったのは、何ともありがたいことです。


「平安Haze」(堤抄子 Jコミ 全2巻) Jコミ

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2014.05.16

「剣と旗と城 旗の巻」 揃った役者が向かう先は

 応仁の乱後の混沌たる都周辺を舞台に、様々な人間群像を描く柴錬の「剣と旗と城」の第2巻であります。序破急でいえば破に当たるこの巻では、前の巻から3年を経て様々に登場人物たちが運命を変えた中、いよいよ物語が大きく動き出すこととなります。

 夢も希望もなく戦場から戦場へ渡り歩いていた傭兵牢人・眉間景四郎が、数奇な運命の果てに、平家の落人集落・手鞠の里の人々を手勢に、京の大商人・石の長者の財力を背景に旗揚げして三年――

 かつて彼とすれ違った高貴の生まれの青年・小松重成は、3年の漂泊の中で磨いた見事な軍略を武器に、家を滅ぼされた姫君を守って立ち上がることに。
 一方、上洛して天下に号令をせんとする北陸の梟雄・津雲秀郷はその第一歩として近江に兵を進め、景四郎の拠る陀羅尼谷の山城を狙うことになります。

 そして彼らの戦いは、名家の智将として知られながらも、業病で余命幾ばくもない大江近江守忠近の城と兵を巡り、大きく動いていくこととなります。
 さらに、老将に守られ、陰謀渦巻く都を脱した幼い帝もまた、漂泊の旅を続けることに…


 第1巻の時点で多士済々、個性的なキャラクター揃いだった本作でありますが、この第2巻において、戦国大名の一典型とも言うべき――そしておそらくこれから先、景四郎か重成のいずれかが雌雄を決するであろう津雲秀郷の登場により、ついに役者が揃った、という印象があります。

 特にこの巻では、秀郷と大江忠近、新登場の二人が中心となって物語を大きく動かした感がありますが、もちろん物語の冒頭から登場している面々もまた、ある者は決起し、ある者は相変わらず放浪を続け、またある者は陰謀を巡らし…と、さながら人間模様の一大曼荼羅のような様相を呈することとなります。

 その中には、戦う男たちだけではなく、それに翻弄される女たちも数多く登場するのですが――婉曲な表現を用いれば、女性読者を想定していないような彼女たちの扱いは(いかに執筆時期が時期とはいえ)いかがなものかと思いつつも、しかし彼女たちにもそれぞれの個性と運命が用意されているのは、作者の筆の冴えと言えるでしょうか。
(その中でも、怪女としか言いようのない動きを見せる忠近の母・葛城の存在感はあまりにも強烈なのですが…彼女を並みの女性と呼んでよいかは大いに疑問が)

 そして、本作の主人公たるべき景四郎が、この巻においてはこうした女性たちの間で大いに翻弄――自業自得の面が多々あるとはいえ――されるのもまた、柴錬作品の常と呼ぶべきでありましょうか。


 さて、そんな物語のうねりの中にまだ本格的には絡んでいないものの、おそらくはこの先の台風の目となるであろうと思われるのが、幼き帝の存在。
 乱世に覇を唱えんとする者にとっては、またとない「旗」印となる彼を誰が奉じ、そして己の「城」を打ち立てるのか――

 残すところはわずか1冊、そこで物語がどのような結末を見せるのか、まったく予想がつかないのですが…それだけに、大いに楽しみであるのも、言うまでもないことであります。


「剣と旗と城 旗の巻」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon


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2014.05.15

「水滸伝 伏龍たちの凱歌」(その二) コンビ/ライバルたちの知られざる物語

 吉岡平が、比較的にマイナーな好漢たちにスポットを当てた水滸外伝集「伏龍たちの凱歌」の紹介の後半であります。今回は設定的には面白いものの、原典ではほとんど活躍できなかった二組のコンビが主役を務めることとなります。

「火攻水守」
 冒頭に述べられた、梁山泊にはトリオは多いが兄弟以外のコンビは少ない…というなかなかユニークな指摘から始まる本作の主人公は、タイトルを見れば想像がつくように、神火将魏定国と聖水将単廷珪です。
 この二人、その実に格好良い渾名が示す通り、片や火計の使い手で赤い装束に身を包み、片や水攻めの使い手で黒い装束(五行思想で水を象徴する色は黒)に身を包み――そして二人コンビで常に行動する好漢であります。
 が、この二人、原典では正直に申し上げて名前倒れの印象。七十回本終盤の官軍入山ラッシュの中で慌ただしく入山して以降、あまり印象的な活躍はなく、特に単廷珪はその設定にもかかわらず、作中で水攻めを使用することはなし…

 そんなあまりに勿体ない二人を描いた本作で語られるのは、ともに凌州の団練使を務めながら、二人が犬猿の仲だった頃のお話。
 とにかく仲の悪い二人に手を焼いた上司が一計を案じ、兵糧の配分などをわざと曖昧なまま送り出した先は(この上司、地味ながら非常にやり手であります)、曾頭市攻め!
 かくて火水二将と、迎撃に討って出た曾家五虎の四男・曾魁との激突が繰り広げられることになります。

 クライマックスの展開自体はまず予想通りですが、やはりそこに至るまでの二人のキャラクター描写が面白く、原典での勿体ない感が払拭…とは言わないまでも、かなり補われた印象があります。


「智将巧将」
 最後に控えしは、原典でも百八星のうちでほとんど最後に入山した、そしてその個性的な造形の割りには(何よりも日本のリライトでの)出番が少ない張清と董平――その特に前者を中心とした物語であります。

 少年の時分からライバルとして切磋琢磨しながら成長してきた二人。しかし董平が文武に優れた天才肌であるのに対し、張清は努力派の秀才タイプであり、なかなか追いつけぬまま、董平は東平府に仕官し、張清は東昌府に仕官して離ればなれとなります。

 と、そこで投げ槍を得意とする無頼漢・キョウ旺を捕らえた張清は、彼の何気ない一言がヒントで礫投げに開眼し…

 と、物語前半は、本作独自のオリジンが語られますが、後半は原典の梁山泊を向こうに回しての張清の活躍がほぼそのまま描かれることになるのですが…
 そもそも二人が梁山泊と対峙することになった理由は、宋江と盧俊義のどちらが頭領となるかを決めるために、それぞれ東平府と東昌府を攻めたため。しかし本作においては、それをちょうど裏返しにしたように、董平と張清の側でも、どちらが梁山泊を破るかで、互いの勝負をつけようとしていたという設定が加えられているのがなかなか面白いところでありました。

 ラストでは張清といえばあの人、の存在もちらりと匂わされるのも心憎いところです。

 ちなみに本作の董平は、先に述べたとおり終始張清の一歩先を行くライバルとして実に格好良いのですが――
 あまりにも格好良いと思ったら、我が国で彼の悪名を轟かせることとなった彼の入山の経緯が丸ごと削除されていたのでありました。そりゃ格好良く見えるはずです。


 というわけで全四編、水滸伝ファンであれば歯がゆく思っていた部分を補完するようななかなかの好編揃いでありますが、一点気になるとすれば、その語り口。
 本書に収録された各作品は、いずれも現代の作者(読者)の視点から語られており、現代から振り返っての水滸外伝というべき内容となっているのであります。地の文に横文字も多用されており、この辺りはムードが崩れると感じる方も少なくないのでは…とは感じた次第です。


 しかし、本書の刊行から19年経った今でもなお、同様の企画がほとんど存在しない状況を何と言うべきか…というのは水滸伝マニアの繰り言でありますが。


「水滸伝 伏龍たちの凱歌」(吉岡平 光栄歴史キャラクターノベルズ) Amazon
水滸伝 伏龍たちの凱歌 (歴史キャラクターノベルズ)

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2014.05.14

「水滸伝 伏龍たちの凱歌」(その一) 好漢たちのオリジンと掘り下げと

 久々に水滸伝ネタの一冊を。実にほぼ19年前に発売された吉岡平による水滸伝外伝集「水滸伝 伏龍たちの凱歌」です。本編では語られなかった梁山泊の豪傑たちのオリジンを語る全四話の短編集である本作、作者が作者だけに、なかなかにツボを突いた内容であります。以下、全話紹介いたします。

「彫師」
 まず第一話は九紋竜史進のトレードマークとも呼ぶべき背中の刺青にまつわる物語であります。
 史進は原典でも一番最初に登場する好漢であり、その意味ではここでわざわざ取り上げる必要はないのでは…と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、しかし彼はその後の活躍がどうにも微妙なキャラクター。ここでその人物像を補強しておくのは、故なきことではありますまい。

 武術の師匠であった李忠の薦めで、開封東京府一と謳われる彫り師・墨尹を尋ねた史進。刺青を入れるみかわりに墨尹が史進に対して出した条件とは、ライバル彫り師を…
 という本作、物語の展開的には先の予想はつくものの、武侠もの的味わいのある内容は、いかにも原典の語られざる物語といった趣向で実に楽しい。

 何よりもキャラクター配置が面白く、史進の相棒的立ち位置に、武術では劣るものの、世知に長けた李忠を設定しているのが実にいい(考えてみれば、彼も地サツ星では最初に登場するものの、ずいぶんと微妙な立ち位置のキャラクターではあります)。
 さらに終盤には(名前は伏せますが)刺青といえばもう一人この人、という人物がサプライズ出演してくれるのが嬉しい。

 原典では行ったことがないにも関わらず、何故か東平府で彼の馴染みという設定だった李睡蘭を、都で賊に襲われていたところを史進に助けられる役どころで登場させるのも面白く、本書の冒頭を飾るにふさわしい作品でありましょう。


「銀の魚」
 作者の見たところでは、後半の四寇での勝利に最も貢献した好漢である李逵…ではなく、その脇を固めた李袞・項充・樊瑞・鮑旭にスポットを当てた、ユニークな一編。
 項充と樊瑞については、横山光輝水滸伝で外伝に登場した例はあるものの、李袞や、特に鮑旭が取り上げられるのはなかなかに珍しいことでありましょう。

 物語としては、地主の不良息子だった李袞が、飛刀投げの旅芸人だった項充と出会って意気投合、村を襲ってきた樊瑞と対決するも、妖術に敗れて仲間に入る…

 というオリジン自体は――そこに彼らの獲物をかすめ取る鮑旭が絡むのは面白いものの――さまで珍しいものではありません。しかし本作の楽しさは、登場する彼ら一人一人のキャラクターがきっちりと書き込まれている点であります。
 これは一見当たり前に見えるかもしれませんが、原典の時代の作品では、むしろそうでないのが当たり前のような話、特に本作に登場するような脇役においては、なおさらであります。

 その辺りをなおざりにせず補強してみせた点は、やはり本作の魅力というべきでしょう。


 残り二編は、次回紹介いたします。


「水滸伝 伏龍たちの凱歌」(吉岡平 光栄歴史キャラクターノベルズ) Amazon
水滸伝 伏龍たちの凱歌 (歴史キャラクターノベルズ)

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2014.05.13

「真・餓狼伝」第5巻 開かれた未来と立ち塞がる過去と

 連載の方は(婉曲に申し上げて)クライマックス目前といった印象の「真・餓狼伝」、第5巻においてもまだまだ過去編が続きます。丹波文吉の拳と黒岡京太郎の剣、破天荒な異種格闘技、いや異種武術戦は大団円を迎えるのですが、その先に文吉と父・久右衛門を待つものは…

 文吉と同じく丹水流を修めながらも、自らの、そして何よりも父・喜八が磨いてきた剣が、明治の世に受け入れられることがないと荒む京太郎。
 そんな彼の姿に業を煮やした文吉は、京太郎にとっては父の形見であり、自らの魂の拠り所である彼の愛刀をへし折るという暴挙で挑発、喜八を知る警視総監の立ち会いの下、拳と剣の真っ向勝負となるのですが――

 しかしこれはさすがに無茶にもほどがある。試合は木剣で行われるとはいえ、ほとんど無策のように突っ込んでいく文吉は京太郎に滅多打ちに…
 というところから始まるこの巻ですが、肉が裂け、骨が軋む激突が描かれながらも、その中で描き出されるのが、友と友、親と子の、魂の繋がりであるのが実に爽快であります。

 実は互いの父が少年時代からの親友であったという過去を知る二人。武術はからっきしだが、記録者として、指導者として天賦の才を持つ久右衛門が残した剣術書が、勝負の命運を握る…
 だけではなく、それが現在、互いにぶつかり合う文吉と京太郎の間の絆を浮かび上がらせ、孤独の殻に閉ざされていた京太郎の心を動かしていくという展開は、定番かもしれませんが、胸を打ちます。

 そもそもこの勝負は、時代に取り残されたと荒れる京太郎の目を覚まさせ、先に進ませるために文吉が挑んだもの。
 その中で、京太郎が、文吉が、過去から現在へ――すなわち、移りゆく時代の流れの存在を知り、それのさらなる先に、未来という新しい時代があるということを知るという構図は、実に美しいではありませんか。

 この辺りの展開は、あまり「餓狼伝」らしくない、夢枕獏的ではないと感じるところもありますが、しかし一個の「時代」格闘技ものとして、大いに頷けるものがあるのです。


 しかしこうして文吉の前に開かれたかに見えた新たな時代の扉の前に、過去という時代の影が立ちふさがることとなります。

 丹水流の交流会――という名の凄惨な死闘を(ページ数的にはあっさり)勝ち上がった文吉を待つのは、一種伝奇的な、いやそんなことよりも大いに理不尽な流派の秘命。
 丹水流を最強たらしめてきたある行為の使者として選ばれてしまった文吉を待つものは、進むも死、退くも死の運命…

 と、前半の爽やかな展開から後半のこの陰鬱な展開へと、大きな落差に、文吉は翻弄されることとなります。
 未来を掴んだはずの彼を縛る過去の軛――どうすればそこから抜け出すことができるのか、いよいよ悲劇の予感が大きく膨らんだところで、物語は次の巻に続くのであります。


「真・餓狼伝」第5巻(野部優美&夢枕獏 秋田書店少年チャンピオン・コミックス) Amazon
真・餓狼伝 5 (少年チャンピオン・コミックス)


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2014.05.12

「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚

 北からやって来た盲目の美少女修法師・百夜が、付喪神にまつわる数々の怪異に挑む「修法師百夜まじない帖」の続編が刊行されました。前作「冬の蝶」同様、今回もweb連載された作品6編+書き下ろし2編の、全8編から成る短編集となっております。

 先日第3弾「丑寅の鬼」が刊行された「ゴミソの鐵次」シリーズで活躍している鐵次の妹弟子である百夜は、盲目ながらもあたかもものが見えるように振るまい、仕込み杖を手に侍言葉を喋るという一風変わった主人公。
 実は彼女は自分の身に侍の亡霊を憑けることで、視覚と江戸言葉を身につけているのですが、見かけは美少女にもかかわらず、このギャップが実にユニークなヒロインであります。

 彼女が江戸に出てきた真の目的については、上で触れた「丑寅の鬼」で語られましたが、本作の彼女は相変わらずの(?)修法師稼業、今回も頼りない商家の手代・佐吉をお供に、物の怪――付喪神調伏に奔走する姿が描かれます。

 本作に収録されているのは――
 骨董集めが趣味の商人を襲う伐叉羅神将の怪を描く書き下ろし「神将の怒り」
 どこからともなく現れて商人を襲う大蝦蟇のような怪物の意外な正体「春な忘れそ」
 卒中で倒れ、意識を失ったままの男が感じる心地よい風の謎「薫風」
 女中部屋でどこからともなく響く悲鳴と奇怪な人影に挑む「あかしの蝋燭」
 祝言を間近に控えた大工の前にどこからともなく現れる蜻蛉の正体を追う「勝虫」
 調子に乗りすぎて百夜に一喝された佐吉を襲う奇怪な紅い烏との対決を描く書き下ろし「紅い烏」
 武蔵野の酒蔵に夜な夜な現れる巨大な赤鬼の意外な正体と、そこに込められた切ない想いを描く表題作「慚愧の赤鬼」
 夜毎山鹿流陣太鼓を叩く赤穂浪士の亡霊を巡り、百夜と旗本奴が激突する「義士の太鼓」

と、今回も全て付喪神絡みというレーベル由来の縛り(本シリーズは様々な作家が付喪神を題材として描く短編シリーズ「九十九神曼荼羅」の一つとして発表)はあるものの、よくもこれだけのバラエティがあるものだ…と感心させられます。

 題材的にあまり派手な展開にはなりにくいこともあり、内容的には比較的静かな作品がほとんどではあり、その点で物足りなく感じる方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし人の想いと年経りた器物が結びついて生まれる付喪神を描く物語は、変形の――そしてそれが逆に人の想いをより鮮烈に浮かび上がらせる――人情譚とも呼ぶべき味わいが感じられます。
(さらにいえば「あかしの蝋燭」の怪異描写などは、実話怪談でも活躍していた作者ならではのものを感じます)

 特に「薫風」や「勝虫」などは、ジェントル・ゴースト・ストーリーの佳品と言えるかと思いますし、恐ろしげな鬼の謎解き(ちなみに百夜は謎解きを勿体ぶるというちょっと子供っぽいところがあるのが楽しい)と、東北人の想いを絡めた「慚愧の赤鬼」などは、実に作者らしい作品でありましょう。

 ちなみに個人的には、時代ものファンであれば「おや?」と感じる違和感が大きな意味を持つ――そして一種メタな怪異として立ち上がる――「義士の太鼓」がお気に入りであります。


 さて、これでこれまで16話の短編がまとまったわけですが、連載の方は発表ペースは落ちているもののまだまだ続行中。
 こちらもシリーズは続くという「ゴミソの鐵次」ともども、ユニークな時代怪異譚をこれからも味わわせていただけそうです。


「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」(平谷美樹 小学館文庫) Amazon


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2014.05.11

「『妻は、くノ一』謎解き散歩」 ファンには充実のハンドブック

 いよいよ今月からドラマ完結編が放映される「妻は、くノ一」の公式読本「『妻は、くノ一』謎解き散歩」が新人物文庫から発売されました。舞台となる史跡巡りを中心に、インタビュー、短編二本をはじめとして、企画記事も充実した、楽しい一冊であります。

 「謎解き散歩」は、各都道府県ごと(エリアごと)に名所旧跡巡りや雑学をまとめた、新人物文庫のほとんどメインとも呼べるようなシリーズですが、本書は言うまでもなく「妻は、くノ一」という作品を中心にした一冊。
 大まかに内容を挙げれば
・市川染五郎インタビュー
・妻恋町をはじめとする物語の舞台紹介
・著者・編集者インタビュー
・書き下ろし短編「したたかで、やさしくて」
・短編版「妻は、くノ一」再録
・原作と対比した「甲子夜話」紹介
など、興味深い内容が並びます。

 個人的には公式読本の類は、期待したほどでは…ということもあったので用心していたのですが、書き下ろし短編と著者インタビューがあるのであれば見逃すことはできず手に取りましたが、これが想像以上に充実した内容でした。

 「謎解き散歩」としてのメインであろう物語の舞台紹介については、原作の主な舞台が妻恋町周辺のため、どうするのだろう…と思っていたら、江戸だけでなく、物語の始まりと終わりの地である平戸も紹介。
 ここまできたら…と思ったら、期待通り「蛇之巻」の舞台であるあの国まで紹介されていたのが素晴らしい。この時点で本書に対する不安はなくなりました。

 楽しみの一つだったインタビューも、作品執筆のきっかけや、作者の読書傾向、作者の忍者もの観など、ファンにとっては興味深い内容。
文庫書き下ろし時代小説は、ほとんどの場合あとがきがついていないので、こうして作者自身の言葉を読むことができるのは貴重なのです。
 さらに編集者のインタビューも掲載されており、個人的にはある意味作者インタビュー以上に貴重な内容でありました。

 そして最大の楽しみだった書き下ろし短編の方も実にいい。
 内容的には織江がまだ御庭番だった頃、原作でいえば第4巻と第5巻の間あたりのエピソード。彦馬の長屋に引っ越してきた女が、幽霊のような姿でどこかに出掛けていくという一種の日常の謎を解く一編であります。

 このメインの謎解きはもう貫禄と言いたくなるような安定の内容でもちろん面白いのですが、何よりも素晴らしいのは、彦馬と織江の、互いを想い合う心情描写。
 上で述べたように、作中の時期的には二人がいつ会えるともわからぬ(特に彦馬は織江が何者かもわかっていない)時期ですが、それでも相手の自分への、そして自分の相手への想いを疑わぬ二人の姿が実に美しい――というより、君たち引き裂かれてるのにベタベタだな! と言いたくなってしまうほどなのです。
 この辺りは、一度物語が完結してから振り返っているからの余裕かもしれず、なるほどこのタイミングだからこそ描けるボーナストラックと言えるかもしれません。

 もう一編、原作のプロトタイプとも言うべき短編版「妻は、くノ一」は、私は既読(紹介はこちら)でしたが、今では読みにくい作品だけにファンにとっては嬉しいプレゼントでしょう。

 その他、原作紹介の企画もの記事は、ある意味定番ではありますが、原作で取り上げられた「甲子夜話」の記述の抄訳など、本作のもう一つの楽しみともいえる要素を取り上げた、実に面白い試みであります。


 と、ファンにとっては楽しい一冊なのですが、注意すべき点が一つ。
 本書は、原作ラストまでの内容をベースに書かれているため、原作と並行して読むと完全にネタバレになってしまうという…これはもう企画の性質上どうしても仕方ないことではありますが。

 もちろん、原作既読者が、作品全体を振り返るには良い一冊であることは間違いありません。


「『妻は、くノ一』謎解き散歩」(風野真知雄 新人物文庫) Amazon
『妻は、くノ一』謎解き散歩 (新人物文庫)


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2014.05.10

「戦国武将列伝」 2014年6月号 呪術と自衛隊と鬼と

 早いもので、隔月で刊行の「戦国武将列伝」誌も、最新号発売の時期となりました。最新号の6月号は、黒田官兵衛の妹を描いた大竹直子の特別読切「八朔の雛祭り」以外は通常の連載陣のほぼ平常運行ですが、しかしそれでも読み応え十分であります。今回も、特に印象に残った作品を取り上げましょう。

「孔雀王 戦国転生」(荻野真)
 物語の中心人物ともいうべき信長のオリジンも描かれ、いよいよ物語の核心に迫りつつある本作。死んだはずの斎藤道三の式神であった濃姫により稲葉山城に連れ去られた信長ですが…

 その前で展開されるのは五番の呪術能。しかしそれを舞うのは、それぞれかつて信長が殺した、信長の周囲で死んだ者たち。
 能の持つ呪術的性格に着目した作品は少なくないかと思いますが、本作で描かれるそれは、演じるのがそれぞれ信長に恨みを呑んで死んだ者たちであることで、ダイレクトに呪術としての恐ろしさを感じさせてくれるのが実に面白い。

 まだまだ続く呪術能、果たして最後まで信長は見届けることができるのか…そして後を追う孔雀たちは間に合うのか。いや、やはり伝奇活劇の大ベテランらしい、次回が大いに気になる展開です。


「戦国自衛隊」(森秀樹)
 この最新号で一番インパクトがあったのがこの作品。これまでがプロローグだとすれば、連載第三回の今回からがいよいよ本番…というよりいきなりクライマックスに突入した印象であります。

 野武士から百姓を守ったものの、「今」がいつか、何故タイムスリップしたのか、そしてどうすれば現代に戻れるのか――それもわからぬままだった自衛官たち。
 しかし天に輝く彗星から割り出したその「今」は…まさに本能寺の変の直前!

 と、ここで原作読者であれば、本能寺の変と聞けば「おっ」と思うのではありますまいか。詳しくは述べませんが、原作で重要な意味を持つあの事件が、ここで全く別の意味を持って立ち上がってくるのが――すなわち、戦国の自衛隊にとって全く違う形で絡んでくるのが実に面白い。

 …そしてそれだけでなく、今回は名台詞、怪台詞のオンパレード。「すごいぞタイムスリップ!!」「そりゃすごい介入だ!!」「信長、俺について来い!!」そして「ん――○○○」。
 いやはや、内容そのものの面白さもさることながら、こういう方面でも攻めてくるとは、全く隙のない作品であります。


「鬼切丸伝」(楠桂)
 前回登場したのは豊臣秀次でしたが、今回はそれとほぼ同時期か少しだけ遡った千利休の娘・お吟にまつわるエピソード。
 彼女を扱った作品としては、今東光の「お吟さま」が最も有名ではないかと思いますが、あちらでは高山右近に恋したお吟が、本作で恋した相手は石田三成なのであります。

 しかもこの三成、秀吉に逆らう者に対しては殺生も厭わぬ「鬼」のような男。そして三成がお吟の前に現れた理由は、彼女を側室にと望む秀吉の意を汲んでなのですが…

 千利休の死の理由については諸説ありますが、その一つが、お吟を側室に差し出すのを拒んだためというもの。本作においてはそれを三成へのお吟のねじれた恋情ゆえと設定し、そこからさしもの鬼切丸も驚くような鬼の出現に結びつけていくという展開が見事としかいいようがありません(そこに至るクライマックス直前の惨劇も、彼女にまつわる無惨な巷説を巧みに絡めているのがイイ)。

 鬼切丸の吐き捨てるようなラストの台詞も良く、これまでの四話の中でも一番の出来ではありますまいか。


 というわけで、特に印象に残っただけでもこれだけの作品が並んだ「戦国武将列伝」。次号は篁千夏&叶精作の女海賊ものの読み切りが掲載される模様ですが、これはまた随分と濃い作品になりそうで、早くも楽しみなところです。


「戦国武将列伝」 2014年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2014年 06月号 [雑誌]


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2014.05.09

「ガーゴイル」第1巻 聖域を守る鬼ふたたび

 最近、小説家としてはすっかり時代ものづいている冲方丁が、近藤るるると組んで送る幕末異能アクション「ガーゴイル」の第1巻であります。異能力者の集団・新撰組が、聖域たる京の都を守るため、同じく異能の持ち主たちと死闘を繰り広げることとなるのですが…おや、この話は?

 時は池田屋事件の直後、それまで壬生狼と忌み嫌われていた新撰組が、一躍京の守護者として人気者となった頃――
 沖田に捕らえられたものの、尋問される前に何者かに奇怪な形で殺害された長州浪士。そしてその何者かは、土方の前にも姿を現します。

 その正体は八瀬童子…帝の御駕籠を担ぐ者たち。そしてその中でも八大金剛を自称する男が、奇怪な能力で土方に襲いかかるのですが――しかし、迎え撃つ土方もまた、異能の持ち主だった!

 実は新撰組はそれぞれ異なる異能の持ち主ばかりが集められた戦闘集団。長州を操り何事かを企む八瀬童子に対し、会津侯の命を受けて全面対決を挑む新撰組ですが――しかし予知能力を持つ沖田は不吉な「夢」を見、そして彼らを束ねる近藤勇の真の姿は…


 と、ありそうでなかった幕末異能バトル、それも新撰組が忍者――というよりX-MENばりの一人一能力の持ち主というのは、これはもうコロンブスの卵というべきアイディア。
 この第1巻の時点でも、土方、沖田だけでなく、武田、緒方(ちらりと永倉も)といった面々も異能を披露し、敵方も含め、この先何が飛び出してくるか全く予想もつかない物語であります。


 …が、私はこの物語を、このキャラクターたちを、かつて見たことがあります。
 それはこのブログでも以前紹介した、同じ冲方丁・原作、野口賢・画の「サンクチュアリ THE 幕狼異新」――そう、本作は、この「サンクチュアリ」のリブートともいうべき内容なのであります。

 非常に斬新な設定であり、時代伝奇ものとしては実に魅力的でありつつも、残念ながら物語の途中で終了した「サンクチュアリ」。
 本作はその続編ではなく、(現時点では)ほとんど同じ設定を用いつつも、初めから語り直した作品なのです。

 そんな本作と「サンクチュアリ」の最大の違いは、言うまでもなく作画担当者であります。
 本作の作画は冒頭に述べたとおり近藤るるる。個人的には「ファミ通」で連載していた諸作の印象が強く、この殺伐とした世界を描くにはいささか可愛すぎるのではないかとも感じたのですが…(実際、沖田は近藤ヒロイン的なビジュアル)

 しかし、考えてみれば作者の作品には、幕末を思わせる世界でのアクション「黒蘭」があります。その辺りを踏まえての起用でもありましょうか、好みは分かれるかもしれませんが、漫画的なディフォルメが効いた描写は、想像以上に違和感のないものでありました。


 しかし物語も描写も、まだまだこの第1巻は序の口という印象ではあります。かつて描かれた世界を、本作がどのように再構築し、そして超えてみせるのか?
 聖域を守る鬼瓦、ガーゴイルの戦いは――すなわち本作はこれからが本番、異能の新撰組の活躍を、今度こそ最後まで見届けたいものです。


「ガーゴイル」第1巻(近藤るるる&冲方丁 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
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2014.05.08

「鬼狩りの梓馬」 二重の弱者が挑む鬼との戦い

 15世紀後半の武蔵国は穏田村に暮らす少年・梓馬には秘密があった。実は彼はかつて人間に封印され、赤子の体に魂が宿った鬼だったのだ。鬼の心を持ったまま育ち、人の心が理解できない梓馬が出会ったのは、近くの村に暮らす薄倖の少女・ゆうだった。心を通わせあう二人。しかしその前に鬼の影が…

 次々とユニークかつ(様々な意味で)地に足の着いた伝奇活劇を発表してきた武内涼待望の新作は、鬼から人間に転生した少年の成長と死闘を描く「鬼狩りの梓馬」であります。

 舞台となるのは、プレ戦国時代ともいうべき15世紀後半の関東。その中でも辺境の穏田村(現代でいう原宿辺り)に暮らす百姓の少年・梓馬が、本作の主人公となります。

 早くに両親を亡くし、ただ一人の姉も失って、村の狩人の家に引き取られた梓馬は、体は細く頼りない一方で、その目には常に剣呑な光を宿らせた少年。
 というのも、彼の魂は鬼のそれ。かつて鬼の中でも恐れられた存在でありながらも人の呪師の術に捕らえられ、人間の赤子の体に魂を封印された彼は、そのまま人間の体の中で成長してきたのであります。

 しかし、18歳になるまで成長しながらも、彼にとって人間は、人間の心は不可解なことだらけ。時に自分よりも強い相手にもかかわらず向かっていく姿など、弱肉強食の鬼にとっては不可解極まりないものであります。それでも少しずつ彼にとっても守りたい者が生まれ、それなりに平和に暮らしてきたのですが…


 かつて魔物の中でも強者と謳われた男が人の中で暮らし、不可解ながらも人と触れあううちに人の情と安らぎを知り、それを守るためにかつての同族と戦う…
 そんな梓馬の設定を見ると、どうしても連想してしまうのはデビルマン・不動明――それもTVアニメ版の――であります。

 もしかすると梓馬の中には、実際に明の面影があるのかもしれませんが――しかし明確に異なる点が二つあります。

 一つは、あくまでも梓馬は肉体的にはただの人間の少年であること。
 鬼時代に強さの源であった、他の鬼の弱点を知る能力は健在なものの、鬼に変身できるということもなく、ごく普通の人間として、彼は戦わなければならないのです。

 もしてもう一つは、彼が15世紀後半の百姓であること。
 それも最下層に近い、身分的には領主や地主と比べるべくもない、吹けば飛ぶような存在なのであります。

 すなわち梓馬は、鬼と比べれば遙かに弱い人間であり、そしてその人間の中でも極めて弱い立場にある、当時の百姓であるという、二重に弱い存在なのです。

 そんな彼を主人公とする物語は、多くの場合、悲しみに満ちたものであり、彼の繰り広げる戦いもまた、苦しみに満ちたものとならざるを得ません。


 しかし――この言葉が適切かどうかは微妙ですが――それが実に面白い。

 決して超人ではない(しかし作中でほとんどただ一人、鬼に対抗できる力を持つ)梓馬の必死の戦いは、人とそれ以外の存在との戦いという、まさに作者がデビュー作以来得意としてきた構図であり、彼が非力であればあるほど、機転と度胸という武器で立ち向かう彼の姿は印象に残るのです。

 そして彼が社会の中で決して強くない、むしろ弱い立場の存在であることは、必然的に重苦しい物語に繋がるのですが――同時に、そのな中でも消えることのない小さな幸せの輝き、人間性という光明の存在を際立たせることになります。

 弱いからこそ、自らの持てるもの全てを振り絞らなければならない。弱いからこそ、誰かを必要とし、そしてその大切な誰かを守らなければならない…
 そう、鬼の魂を持つはずの梓馬が物語の中で示すのは、紛れもなく人間として生き、戦う姿であり――そしてそれは一大伝奇活劇であると同時に、少年の成長物語でもあるのです。


 いかにも作者らしい文体はこれまで以上に癖がありますし、文字通り地べたを這いずるような梓馬たちの暮らしは、読んでいて辛く感じられることもあります。
 しかしそれでもなお、一人の少年が人間として戦い、成長していく姿は――その舞台設定が特殊であればあるほど魅力的であり、彼の成長していく先をまだまだ見つめていきたい、と感じさせられるのであります。


「鬼狩りの梓馬」(武内涼 角川ホラー文庫) Amazon
鬼狩りの梓馬 (角川ホラー文庫)

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2014.05.07

「鬼舞」第2巻 見習い陰陽師たちの合宿騒動

 先日「呪天編」が完結した瀬川貴次の「鬼舞」シリーズを、厘のミキが漫画化した第2弾であります。この巻のベースとなったのは、原作第4巻の「見習い陰陽師と試練の刻」――山中の寺で再試験を受けることとなった若き陰陽師たちの引き起こす大騒動が描かれることとなります。

 地方から都に出てきた少年陰陽師…の卵・宇原道冬。都で住むこととなった家は付喪神だらけの上に亡霊付き、陰陽寮では周囲のいびりを受けたり、奇怪な鬼に襲われたり――
 と散々ながら、安倍晴明の次男・吉昌と知り合ったことで、少しずつ成長していくこととなります。

 しかしそれでもまだまだ修行は始まったばかり、道冬は陰陽寮で行われることとなった試験で、思わぬアクシデントから動揺して最下位に。
 かくて、彼を含む陰陽道・天文道・暦道の最下位の生徒は、それぞれ得業生と組み、一泊二日の再試験に臨むことになるのでした。


 どうも原作を読んでいると、中心となっている鬼関係のエピソードに目を奪われて忘れがちなのですが、本シリーズは陰陽寮を舞台に、道冬ら見習い陰陽師たちの姿を描く、一種の学園ものの要素もある作品。
 そう考えてみると、今回のエピソードは、試験に合宿での再試験など、そうした学園ものの側面が最もよく現れているとも言えます。

 冒頭に述べたように、本作は原作でいえば第4作。ということは第2、3作が飛ばされているということになりますが、学園もの的要素の強いエピソードを原作とすることにより、その辺りの違和感は全く感じさせない構成となっています。
 もちろん、原作と比べてみると、こちらは少なからぬ部分がオミットされています。特に、原作ではシリーズの本筋である「鬼」の中心人物の二人がここで初登場するのですが、こちらでは跡形もなしなのですが…

 しかし、それでも違和感を感じさせないのが面白い。これはもちろん、この漫画版のストーリー面のアレンジの仕方が巧みな点が大きいのですが、同時に、キャラクターたちの何とも楽しく賑やかなやりとりが、漫画として魅力的な点も見逃してはならないでしょう。

 特に今回は吉昌だけではなく、その兄の吉平の存在もクローズアップ。道冬にとっての直接の先輩として、道冬とコンビを組むことになるのですが、それが兄にコンプレックスを抱く吉昌には面白くなく…
 という辺りの人間関係のこじれ(と言っては大げさなのですが)が、この巻の一つの見所といって良いかもしれません。
(また、今回もえらく道冬が可愛らしく描かれているおかげで、微妙に怪しげな雰囲気なのですが…)


 それにしても残念なのは、この漫画版がこの第2巻でひとまず完結なことでありましょう。
 確かに、原作のエピソードをそのまま漫画化するのは難しいかもしれませんが、これだけ原作の持ち味を巧みに描き出しているのであれば、オリジナルエピソードでも…
 というのはなおさら難しいのは承知の上ですが、そう感じさせられた漫画版なのであります。


「鬼舞」第2巻(厘のミキ&瀬川貴次 集英社マーガレットコミックス) Amazon
鬼舞 2 (マーガレットコミックス)


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2014.05.06

「鳥の子守唄 姫は、三十一」 鳥のミステリと崩れ出した真実

 探偵稼業に燃える松浦静山の娘・静湖が怪事件に挑む「姫は、三十一」の第5巻であります。今回の事件は、タイトルにあるように、「鳥」にまつわるものばかり。その事件だけでも興味深いのですが、静湖にまつわるとんでもない秘密も明らかになり、いよいよ物語はクライマックスに向かいます。

 三十八万四千年に一度の超モテ期に突入し、心機一転、自立のために一件三両の謎解き屋稼業を始めた静湖。
 当然(?)持ち込まれる事件はおかしなものばかりなのですが、今回は、大鷲にさらわれたという大店の隠居から、真偽を確かめて欲しいという不思議な依頼であります。

 ある晩、大鷲に掴まれて空を飛び、両国橋はおろか富士山の上を越え、鷲の巣で一晩過ごしたという依頼人。しかし目が覚めたら家の近くにいた…というのは、これは単なる夢のようでありますが、しかしそれにしては真に迫りすぎていることから、静湖の出番となったのであります。

 これに対し、仲間(というか取り巻きの男たち)の助けで、似たような体験談がないか調べ始める静湖ですが…大鷲にさらわれたどころか、天狗に連れられて桃源郷に行ったと言い出す者まで出てくる始末。
 しかし、なにものかによって高空から落とされたと思しき死体が発見され、さらには当の静湖が鷲にさらわれ、同じ体験をする羽目に…

 と、この事件が物語の縦糸だとすれば、静山が密貿易相手と交わした文――もちろん静山には覚えのない偽の――が、渡り鳥の足に結びつけられて見つかるというのが横糸でありましょう。
 「妻は、くノ一」では幽霊船貿易に挑んだ静山ですが、本シリーズでは渡り鳥を利用した貿易ができないかと試行錯誤中。それを知る何者かが、静山を嵌めるために仕組んだものと思われるこの一件も、意外な形で静湖に関わってくることになるのです。


 毎回怪事件、珍事件には事欠かない本シリーズ…というより風野作品ですが、本作はその中でも相当ハイレベルの難事件と言うべきでしょう。
 ハウダニットこそかなり強引ではありますが、そこに一種の心理トリックが絡み、さらにもう一ひねり加わった展開は実に面白く、ミステリファンが見ても十分に楽しめるのではないでしょうか。
(特に高空から墜死した男の一件は、往年の「なめくじ長屋捕物さわぎ」を思い起こさせるものが)


 …が、本作の真骨頂は実は謎が解かれた後にあります。

 ラストで明かされる、静湖に関するある真実…それは、本作の構造を一変させかねぬとんでもないもの。
 さらにそこに加えて、静湖の親友の姫による、静湖の取り巻きの男たちのダメ出しは――何しろ十数人分なだけに――圧巻で、言いも言ったり、何もそこまで、と男としてはグサグサ刺さる…
 というのはさておき、一気に静湖の恋路が暗雲垂れ込めるものとなってしまったように感じさせます。

 既に第6作も発売されていますが、どうやらシリーズのクライマックスも間近な様子。
 突然大嵐のど真ん中に飛び込んでしまったような展開がこの先どこに向かうのか、俄然気になって参りました。


「鳥の子守唄 姫は、三十一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
鳥の子守唄  姫は、三十一 5 (角川文庫)


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2014.05.05

「ますらお 秘本義経記 悪鬼の章」 美しく歪な義経、甦る

 本年になって突如18年ぶりに「コミックアワーズ」誌上で復活した北崎拓の「ますらお 秘本義経記」。その過去が、このたび全3巻の廉価版コミックとして刊行されました。今回紹介するのはその第1弾「悪鬼の章」であります。

 本作は、そのサブタイトルから明らかなように、源義経を主人公とした歴史漫画。1994年から1996年にかけて「週刊少年サンデー」に連載された作品です。

 この「悪鬼の章」に収録されているのは、義経(遮那王)が鞍馬寺を脱走し、伊勢三郎、常陸坊海尊らを仲間に加え、武蔵坊弁慶と五条の橋の上で出会った辺りまで。
 義経を鞍馬寺から連れ出し、源氏復興の旗印として利用せんとする謎の男「天狗」の存在や、義経が少年の頃に既に静と出会い、宿敵となる平維盛と対峙していた――といった趣向はあるものの、物語的には、よく知られた源義経の生涯から、さまで大きく外れたわけではありません。

 しかし本作が、他の義経伝に比べて強烈な印象を残すのは、その絵の持つ力でありましょう。
 本作における――少なくともこの「悪鬼の章」の時点の――義経は、触れる者皆傷つける刃めいた存在感を持つ少年と言いましょうか…心の中に抱えた満たされぬもの、孤独感や虚無感といったものが、そのまま他者に向けられたような、そんな飢えた狼のような、強烈な印象を残すのであります。

 実は、恥ずかしながら私が本作を読んだのは雑誌連載時以来、すなわち20年ぶりですが、この餓狼義経の存在感は強く印象に残っており、そしてその印象がこちらの記憶違いでなかったことを、今回再読して確認した次第です。
(特に本作の義経は、延々と鞍馬山で周囲から虐げられ、追い詰められ、戦い続けていた印象があったのですが、それもあながち間違いではありませんでした)

 本書の表紙に付された惹句は「日本漫画史上最も美しく歪な義経、ここに出陣す!!」。
 もちろん全ての義経もの漫画をチェックしたわけではないので、本当に「史上最も」であると断言はできませんが、しかしこれはかなりの程度真実ではありますまいか。
 少なくとも本作の義経が非常に「美しく歪な」存在であることは間違いないのですから…


 さて、冒頭に述べたように、18年ぶりに復活した本作。
 惜しくも18年前は壇ノ浦やそれ以降の義経北行は描かれずに連載終了してしまったのですが、今回の復活(といってもシリーズ連載のようなのですが…)によって、その生涯最後の時まで描き切って欲しいものです。

 本作の義経が、最後まで美しく歪んだままであったのか…それを見届けたいのです。


「ますらお 秘本義経記 悪鬼の章」(北崎拓 少年画報社ヤングキングベスト廉価版コミック) Amazon
ますらお秘本義経記 悪鬼の章 (ヤングキングベスト廉価版コミック)

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2014.05.04

「長州シックス 夢をかなえた白熊」 融通無碍で生真面目な荒山幕末史

 先日、三越に買い物に出かけた我が国の首相が買った本の中に含まれていたことで(一部で)話題になった、荒山徹の幕末を題材とした短編集であります。そのタイトルもさることながら、羽織袴姿の白熊という表紙に驚かされる本書ですが、その内容もまた、なかなかもって一筋縄ではいきません。

 本書に収録されているのは、2009年から13年にかけて、「小説現代」誌に不定期に掲載された以下の5つの短編であります。

 幕末に密かにイギリスに渡ったいわゆる長州ファイブにもう一人加わっていた男の奇想天外な後半生が語られる「長州シックス 夢をかなえた白熊」
 富山から英語を学ぶために江戸に出てきた男の必死の学習法が意外な結末を招く「ウルトラ・ダラー 幕末英語教育事始」
 蛤御門の変で両手両足を失い芋虫のような姿になった末に軍神と呼ばれるようになった男「シュニィユ 軍神ひょっとこ葉武太郎伝」
 福沢諭吉の門下生を中心に、不思議な襦袢を巡る仇討ち奇譚に振り回された人々の姿を描く「トゥ・バ・ビヤン 腰撫で襦袢伝奇」
 維新の烽火となりながらも悲惨な運命を辿った天誅組の乱と、五箇条の御誓文の意外な繋がりを描く秘史「ファイヴ・アーティクルズ 維新の魁」

 各作品については個別には触れませんが(その中でも特に大変な「長州シックス」「シュニィユ」については雑誌掲載時に取り上げております)、共通するのは、個々のタイトルを見ればわかるように、程度の差こそあれ、どの作品も一種のパロディとなっている点でありましょう。

 もともと作者の作品は、題材や物語展開の過激さと並んで、そのパロディセンス――時に、何故このネタをここで、と唖然とするような――が特徴の一つでありますが、本書の収録作の多くを彩るのはまさにそれ。
 お得意の朝鮮ネタを封印しても、荒山節は健在なり、と言うべきかと思いますが、パロディによって切り取られる歴史の一幕は、時に、お堅い作品以上に、その意味を良く伝えてくれるように感じられるのであります。

 本書の作品の多くで描かれているのは、幕末の動乱の中、理不尽な運命の前に無名の人々が翻弄されていく姿。
 それは幕末という時代においては珍しくもない出来事であったのかもしれませんが、しかしパロディで以て切り取られた物語は、ディフォルメされた異形であるからこそ、より鮮烈に彼らの姿を――すなわち、一見華やかで感動的な幕末という時代の裏側を――描きだすのであります。

 そしてそんな幕末の裏側を、ほとんどパロディなし、ネタ抜きに真っ正面から描いたのが、ラストの「ファイヴ・アーティクルズ」です。
 五箇条の御誓文が六箇条とならなかった理由こそ、「伝奇的」ではありますが、しかし本作で描かれるのは、副題通り維新の魁となりつつも、時運に乗れず、朝敵として滅ぼされた天誅組の悲劇。

 その気になれば長編一本が書けるような題材を、巧みに配置された人物を通して、短編で過不足なくきっちりと描いてみせるのは、これは作者の筆力ゆえ。
 パロディ抜きでも見事に物語を成立させてみせる、作者の地力が最も良く現れた作品であり――そして他の作品が奔放に(もちろん上で述べたように優れた視点を持ちつつも)描かれてきただけに、ラストを見事に締めてみせた、という印象があります。

(余談ですがこの構成、それまで極めて真面目な内容が並びつつ、ラストで大爆発した「サラン」とは正反対で、逆「サラン」とでも呼びたく感じます)

 時にパロディを通じて融通無碍に、時に真っ正面から生真面目に、時代に翻弄された人々の姿を描いてみせた荒山幕末史とも言うべき本書――どの作品も極めて作者らしい作品であり、そしてどの作品も時代小説家、歴史小説家としての作者の目と腕の確かさを示すものであると、一冊通して読むことで再確認した次第です。


 いや、さすがに表題作はどうかな…


「長州シックス 夢をかなえた白熊」(荒山徹 講談社) Amazon
長州シックス 夢をかなえた白熊


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2014.05.03

作品修正更新

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年12月中旬から本年4月までのデータを追加・修正しています。
 今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを利用させていただいております。
 今回も少しずつデータの追記・修正を行っていますが、なかなか満足いくようにはいかないものです。精進精進。



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2014.05.02

「薔薇色の人 姫は、三十一」 三十路女探偵ならではの事件

 謎解き屋を始めた松浦家の姫・静湖に持ち込まれた依頼は、売れっ子絵師・清麿の美人画に描かれて大人気の町娘たちを付け狙う不届き者探し。一方、町ではかつて美貌を謳われた女性たちが袂に一両入れられて殺されるという事件が発生。そちらの謎にも首を突っ込む静湖だが…

 「妻は、くノ一」の続編ドラマの放映も近づいてきましたが、その原作のスピンオフ、「姫は、三十一」を久々に紹介しましょう。
 主人公は、「妻は」で重要な役割を果たした松浦静山の娘・静湖。不運の連続で三十一になるまで未婚の彼女は、ある年の暮れに、知り合いのおかまから「来年は三十八万四千年に一度のモテ年」と占われることになります。
 その占いが当たったか、次から次へと彼女の前に現れるタイプの違うイイ男たち。彼らの存在も刺激になって、静湖は自立すべく、一件三両の代金で「謎解き屋」を開業するのですが…

 と、色々な意味で豪快な設定の本作ですが、史上空前のモテ期到来の静湖の前には巻を重ねるごとにイイ男たちが現れて、その数は十数名。もう巻頭の人物紹介を見ないと追いつかないほどですが、この巻でもまだ増えます。
 そんな彼女が謎解き屋を開業するに至ったのは、密かに憧れていた「妻は」の主人公・雙星彦馬の影響で、というのも楽しいところです。

 さて、そんな彼女が今回挑むのは、「女」をめぐる二つの事件であります。
 浮世絵に描かれて町のアイドルになった女の子たちにつきまとうストーカー探しに、今は盛りを過ぎてしまったけれども昔は美貌で周囲を騒がせた女性たちの殺人事件――

 それぞれの被害者たちとは年齢的には中間(というより後者にだいぶ近い)の位置にある静湖が捜査の中で見たものは、移ろいやすい女性たちの美と、それに群がる男たちの姿なのであります。


 設定的には面白いものの、彼女ならでは、という事件が多かったような印象のある本シリーズですが、本作はまさに彼女が挑む、彼女ならではの事件。
 事件に絡むのは、かつての彼女、この先の彼女とも言うべき女性たちであり、そして時期はずれているものの、今男たちにモテまくっている彼女にとっては、彼女たちの境遇は、全く他人事ではないのであります。

 その証拠と言うべきか、クライマックスの展開は…というのは伏せますが、女探偵ものとして、こういう物語の作り方があったかと興味深く感じました。


 そしてもう一つ、注目すべきは、そんな静湖が本作で対決する殺人犯の人物造形であります。
 ミステリ色の強い作品を得意とする作者のこと、これまでも様々な「犯人」が登場してきましたが、本作のそれは、これまで描かれてきた中でも、飛び抜けて厭な犯人像。

 冷静に考えてみるとそれほど珍しくもない類型なのですが、物語の小道具や犯人を取り巻く環境、そしてもちろん物語展開も相まって、なかなか強烈。
 特に最後の殺人のハウダニットなどは、この犯人ならでは、この事件ならではのもので、強く印象に残ります。


 もちろん、そんなおぞましい事件も静湖のパワーと男たちの協力で解決してハッピーエンドなのですが…
 さて、このままでは彼女のファンも二十人にまで達しそうな勢いの中、物語はどこに進んでいくのか。やはり本シリーズは面白いな、と再確認したところなのです。


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薔薇色の人    姫は、三十一 4 (角川文庫)


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2014.05.01

「どろろとえん魔くん」第2巻 ついに登場したあの男は…

 手塚治虫の「どろろ」と永井豪の「ドロロンえん魔くん」のコラボ企画――戦国時代を舞台に、成長したどろろとえん魔くんの妖怪退治道中を描く怪…いや快作の第2巻、完結編であります。この巻ではついにあのキャラも登場、どろろの旅もついに終わりか、と思われたのですが…

 本作の舞台となるのは、「どろろ」の数年後の世界。どろろは、「どろろ」の結末で、自分の前から一人姿を消した百鬼丸を追って旅を続けております。
 それも、自分だと百鬼丸にわかってもらえるよう、百鬼丸と同じ格好をし、百鬼丸と同じく妖怪退治を続けているのですが…

 そこに現れたのがえん魔くん(とシャポーじい)。どうやら現代からこの時代にやってきたらしい(のですが特にその辺りの説明はなし)えん魔くんは、半ば無理矢理どろろと同行、コンビを結成して、各地で妖怪退治を繰り広げることになるのであります。

 その基本設定はこの巻でも同様ですが、しかし登場する妖怪や、妖怪たちが引き起こす事件のバカバカしさ――というよりエロさ、下品さはいよいよパワーアップ。
 妙にシモの方に偏った能力を持つ妖怪たちにどろろが追い詰められ、あられもない姿となったところにえん魔くんが駆けつけて――というのが基本パターンで、この辺りはある意味永井豪のギャグ漫画によくある展開ではありますが…
 しかしそれを漫画の神様が作ったキャラでやってしまうのは、なんともダイナミックであります。


 そんなわけで非常に感想が書きにくい作品ではあるのですが、時代伝奇者としてやはり気になってしまうのは、この巻においてついに百鬼丸が登場することでしょう。
 この巻では都合二度百鬼丸が登場、一度目はニアミス、二度目は最終回でついにどろろと百鬼丸が再会することになるのですが――どちらのエピソードも作中でも一二を争うシリアスなエピソードであり、かつ一ひねりある展開でなかなか面白い。

 最初のエピソードでは、百鬼丸が妖怪ではなく一般人を斬った!? という展開で、これは原作の方にあっても違和感ない内容でありましょう。
 そして最終回は…これはさすがにここで詳しくは触れられませんが、クライマックスで明かされるある真実には、唖然とするほかありますまい。
(エピソード冒頭からのえん魔くんの悪夢がここで生きてくるのがうまい)

 これはこれで、原作ファンは他のエピソードとは別の意味で怒りそうな内容ではありますが、ここに来て一気に作品世界が広がる展開を用意してみせたのは、これはさすがは…と言うべきでありましょう。

 原作の無常感をどこか漂わせつつも、今後も続く戦いの予感を描き出した、コラボな結末だった…というのは言いすぎでありましょうか。


「どろろとえん魔くん」第2巻(永井豪&ダイナミックプロ VS 手塚治虫 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon
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