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2014.05.24

「鬼心の刺客 素浪人半四郎百鬼夜行」 日常と超常と、二つの現実で戦う男

 前作のあまりの完成度の高さ、そして描かれた怪異の恐ろしさに心底驚かされた芝村涼也「素浪人半四郎百鬼夜行」シリーズ待望の続編「鬼心の刺客」が刊行されました。重い過去を抱え江戸を彷徨う若き浪人・榊半四郎が、今回も次々と怪異の世界に踏み込むこととなるのですが…

 やむを得ぬ仕儀から藩の重職の息子を斬って藩を捨て、藩の追っ手に討たれて死ぬことを覚悟して江戸に出てきた榊半四郎。
 愚かな藩主の気まぐれで放置されることとなり、かといってこの先を生きる希望もない半四郎は、しかし、謎の老人・聊異斎と不思議な小僧の捨吉と出会ったことで、この世のものならざる怪異の世界に踏み込むことに…

 というのが本シリーズの基本設定ですが、本作は、これを踏まえた全四話の短編連作スタイルとなっています。
 藩主の心変わりで命を狙われることとなった半四郎がかつてない強敵と対峙する「討手来襲」
 さる商人の妾が住む寮で起きる怪事の謎解きを依頼された半四郎が知った人の想い「産土神に愛でし女」
 狸が化けているという噂の使僧がやって来たことから半四郎が巻き込まれた騒動「狸勧進」


 …と、そのうちの三話をまず読んだのですが、正直に申し上げれば、ここで少々首を傾げることとなりました。
 どのエピソードも面白い。エンターテイメントとしてはもちろんのこと、何よりも時代小説としてよく描けている(たとえ妖怪ものであれ、この点を疎かにして面白かった作品に出会ったことがありません)。

 しかし――大人しい。前作で圧倒された斬新さ、そしておぞましさ、恐ろしさがここまでは感じられなかった、というのが実のところなのです。

 …が、しかしもちろん、この三話が劣っていたり、魅力がないということではありません(特に第二話は、人情ものとして出色の作品でしょう)。
 この三話の底流にあるもの、それは「生きる」ということの意味であります。

 江戸に出て様々な怪異に出会い、それを通じて様々な人々――友や仲間と呼べる人々に出会い、賑やかになってきた半四郎の周囲。しかし彼の心にはいまだに自分がこの世で生きていくことの迷いが残り続けています。

 この三話で彼が出会う事件は、そんな彼にとって「生きる」ことの意味と意義を問いかけるもの。他者を平然と踏みつけにする者、他者のために己を捨てようとする者、他者とともに寄り添い在ろうとする者…
 事件の中で半四郎が出会う者たちは、それぞれに彼が生きること、「人」として――それは生物学的にヒトであることだけではなく―この世に生きることの意味を教えるのです。


 そして第四話「裏燈籠」は、この三話を通じていわば人として再生された半四郎が仲間たちとともに、恐るべき怪異から真っ向から挑む待望のエピソード。
 大名屋敷が並ぶ紀尾井坂で続発する、謎の行方不明事件…ただ一人夜道を歩いていた者たちがわずかな時間に消えていくという怪事件に共通するのは、目撃者たちが、現場が夜道とは思えぬ明るさを目にしていることでありました。

 半四郎の友人であり、一度ならず彼と事件に挑んできた北町臨時廻り同心(彼の好漢ぶりは本シリーズの魅力の一つでしょう)に引きずられ、怪異に挑むことになった半四郎。
 一度は彼らの警戒をすり抜けて眼前で発生した怪異を元にその正体を分析し、一か八かの対策を練った彼らと怪異の対決の行方は…!

 と、嬉しくなってしまうほどの妖怪ホラー、いやモンスターホラーというべき本作。
 しかしそれでいて嬉しいのは、恐怖と奇怪さは十全に描きつつも、あくまでも描写と展開には抑制を効かせ、むしろロジカルとすらいえる世界を展開している点でしょう(上で触れた怪異の正体分析のくだりなどはその真骨頂)。

 思えば前作もそうでしたが、本作の怖さ、そして面白さを支えているのは、この超常リアリズムとも言うべきスタンスでありましょう。
 そしてそれが、先に触れた「生きる」ということ、日常のリアリズムと表裏一体であることも、言うまでもありません。


 物語の方はこれからがいよいよ怪異の本番という印象。これはすなわち、日常と超常と、二つの現実で戦う半四郎の戦いもまた、これからが本番ということであります。
 いや、本作が刊行されたばかりで恐縮ですが、次巻が今から楽しみでならないのです。


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鬼心の刺客 素浪人半四郎百鬼夜行(二) (講談社文庫)


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