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2014.05.30

「剣と旗と城 城の巻」 戦国に立つあらまほしき人間の姿

 応仁の乱後の時代を舞台に、己自身の生きた証を打ち立てんと狂奔する人々の姿を描く柴田錬三郎の「剣と旗と城」の最終巻、城の巻であります。その名のとおりある者は城を打ち立てて戦い、またある者は城を捨て彷徨い、様々に交錯する人々の運命は、怒濤のごとく結末に向かっていくこととなります。

 一度は山城を奪い戦国の世に乗り出しながらも、不幸にして全てを喪い、再び孤剣を友に放浪する眉間景四郎。しかし運命が引きつけるように、彼はあるいは戦国の世に大きな意味を持つかもしれない、思わぬ人物を助けることに…

 そして義に依って立つ若き俊英・小松重成は、奸計を以て大江近江守の城を奪った津雲秀郷と死闘を繰り返し、景四郎とは腐れ縁の戦場牢人・等々力権十郎は無頼の果てに思わぬ境遇となり、彼らとは縁浅からぬ浮浪児・銀太郎は自分と同じ身の上の孤児たちを集めて旗揚げすることとなります。

 かくて、剣と旗と城――戦国の世に覇を唱えるに不可欠なものを、ある者は求め、ある者は拒み、幾重にも絡まった人間曼荼羅は、ついに結末を迎えることになるのであります。


 そしてこの最終巻で注目すべきは、やはり景四郎の去就でありましょう。
 前の巻では、ある意味いかにも戦国の男らしい重成と秀郷に押され、影が薄かった――自身、城を失って無一物となったこともあり――景四郎ですが、この巻においては、彼の目を通じて、戦国の人間模様が描かれていくことになるのであります。

 戦国の世で無我夢中に生き続けながらも一度全てを失い、しかしその中で剣理に目覚め、そして人を愛することを知った景四郎。
 ここに至り、いかにも柴錬戦国ものの主人公然とした佇まいとなった彼は、行く先々で様々な人間と出会い、強敵と戦いながらも、孤独に、しかし自由にこの世界を旅していくことになります。

 そんな彼の姿勢、剣で己を守りながらも、大義も名利も――すなわち旗と城を――求めることなく生きる姿は、実は本作の表舞台から降りたに等しいものではあります。
 それは、ある意味戦国の荒波に立ち向かうことを放棄したに等しいのかもしれませんが…しかし、前巻の景四郎が荒波に翻弄されていたとすれば、この巻の彼は、荒波に逆らわず、自然体で波間を行くやに感じられるのです。

 そしてそれが、柴錬戦国ものにとってあらまほしき姿の一つであることは言うまでもありません。
 ここに至り、重成と秀郷の戦いは景四郎の旅と重なることなく、物語のもう一つの極ではあるものの、一種の遠景として、物語の果てに消えていくのですから。
 そしてそれは、彼ら以外の、剣と旗と城を求めた人々にも、共通する結末であるのですが…
(特に、重成の乳母であり、彼の立身出世のために行動し続けてきた老女・志摩が迎える結末は、強烈な皮肉に満ちて印象に残ります)


 戦国に駆ける英雄たちの物語を求める向きには、期待はずれに感じられるかもしれません。
 歴史ものとして見ても、将軍も天皇も具体的な名前が示されることなく、その存在自体がアイコン、「旗」として機能しているのみである点には不満を感じられるかもしれません。

 しかし本作はそうした一種ニュートラルな視点で以て、戦国という極限状況での人間の姿、そのあらまほしき姿を描き出した物語と言うべきでありましょう。
 大きなカタルシスはないものの、不思議な充足感を残す物語でありました。


「剣と旗と城 城の巻」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon


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