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2014.05.29

「松永弾正」上巻 聡明なる久秀が見た三好政権

 入れられた寺から飛び出し、弟とともに浮浪の盗賊となった多聞丸。奇妙な因縁から堺の豪商・天王寺宗達の屋敷に捕らえられた多聞丸は、そこで父を失ったばかりの三好家の幼い嫡男・千熊丸を託される。そのまま三好家に仕えることとなった多聞丸は、やがて松永久秀と名を変え、頭角を現していく…

 これまでかなりの割合で戦国ものを扱ってきた身で言うのも恐縮ですが、戦国武将で誰が好きか、と言われるとハタと困ってしまいます。というのも、どれだけ格好良い人物像が伝わっていようと、やはり戦争で飯を食っている御仁たちは剣呑すぎてどうにも…という気分なのです。
 しかし誰が気になるか、といえば、その筆頭は松永弾正久秀になります。後世に伝わるその事績は、剣呑どころかむしろ異常と呼べるレベルですが、しかしその躊躇いのない生き様と、確かな美意識には、我々とは全く別種の人間として、大いに興味を惹かれます。

 と、そんな彼の名を冠する本作は、しかしそんな乱世の梟雄とは裏腹の人物像を描き出す、なかなかにユニークな作品であります。

 なるほど、幼い頃から才気煥発な美少年でありながらむしろ沈鬱な気性であり、欲しいものは自分の手で奪い取る、と嘯く様は確かに後年の人物像を彷彿とさせられます。
 しかし数奇とすら言える運命を経た故か、三好家と出会った彼は、大きくその印象を変えていくことになるのであります。

 盗賊に入った天王寺宗達の屋敷で弟以外の仲間を全て喪った多聞丸(久秀)。しかしそれと時同じくして、細川家内の――すなわち幕府内の争いに巻き込まれて阿波の名族・三好元長が命を落としたことから、彼の運命は大きく変わっていくこととなります。

 宗達の依頼で、元長の子・千熊丸(後の長慶)を首尾良く堺から脱出させ、そのまま三好家に仕えることとなった久秀。
 それはもちろん、流浪の身であった彼にとって出世の糸口であったかもしれませんが、何よりも彼は千熊丸自身(と彼の乳母である女性)に惹かれ、彼の内ノ者(側近)として仕えていくことになります。

 武将として頭角を現す弟とは対照的に、ただ控え目に、しかし着実に己の役目をこなし、そして長慶とは肉親の情にも似た想いで結ばれ、静かな、しかし堅い忠義を尽くす…
 なるほど、これだけ聞けば、どう考えても松永久秀の人物とは思えますまい。

 この辺り、久秀のピカレスクぶりを期待した向きには大いに不満かと思いますが、しかし本作はむしろ、久秀という氏素性も不明な、しかし聡明な人物の目を通した、三好家の盛衰を語る物語なのではありますまいか。

 三好家というのは、まさに久秀と長慶の関係故に、戦国時代についていけずに、下克上の波に飲み込まれた、どちらかと言えば間の抜けた一族というイメージが失礼ながら強くあります。
 しかし少なくとも戦国時代の前半、室町時代の末期においては、俗に三好政権などと呼ばれるとおり、天下に一番近い、いや天下そのものとも言えた家門だったのであります。

 この上巻で描かれるのは、その長慶が父・元長の仇の一人である木沢長政を討った大平寺の戦いの辺りまで。
 滅びつつある既存の権力と、全く新しい新興の勢力がしのぎを削り、そしてそこに地縁血縁が絡んでさらにドロドロと混沌とした世界にどっぷりと浸かった三好家の姿を、久秀はそのむしろ沈鬱な眼差しで、静かに見つめていくのであります。

 それがどこまで作者の意図したところかはわかりませんが、なるほど、こういう描き方もあったかと――畢竟、久秀は、三好家あってこそ存在し得たのですから――大いに興味深く拝見した次第。

 もちろん、果心居士や柳生七郎右衛門(石舟斎宗巌の叔父)といった作者好みの人物の登場も嬉しいのですが、こうした淡々と、しかし人の心の機微を踏まえつつ歴史群像を描き出すのもまた、作者ならではと感じるのであります。


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