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2014.05.21

「天皇の代理人」 外交戦の陰の人間性

 新米外交官・津村昌雄は、佐分利貞男公使が謎めいた自殺を遂げた一件の後処理に向かった箱根のホテルで、特命全権大使相当の権限を持つという謎の男・砂谷周一郎と出会う。これが、日本の命運を握る外交案件の背後で鮮やかな活躍をみせる砂谷と、津村の長きに渡る物語の始まりだった…

 戦前戦中の日本と諸外国との外交戦を背景にした、外交裏面史、国際謀略戦ともいうべき4つの物語から成る、連作短編集です。
 作者は赤城毅――と聞けば納得される方も少なくないでしょう。レトロな香気溢れる冒険活劇等、数々のエンターテイメントを発表する一方で、作者は大戦前の日独関係を中心とする研究者、歴史家なのですから…

 いわば本作は作者の二つの顔が一つになって描かれたというべき作品、それがつまらないわけはない――というこちらの期待、いや確信は違わず、歴史エンターテイメントとして、いや近現代史を描く物語として、実に内容豊かな作品であります。

 物語の始まりは銀座のシェリーバー、作者の分身たる人物「僕」が、悠々自適の老人と知り合う場面から始まります。
 かつては外交官として第一線で活躍したという老人と意気投合した「僕」に老人――津村が語るのは、かつて彼が謎の男・砂谷とともに経験したという外交秘史の数々で…

 という、何とも胸躍るスタイルで綴られる本作は、昭和4年から20年にかけて、すなわち日本という国が戦争に向けてひた走り、そしてそれに敗れ去るまでの時代を舞台として描かれることとなります。

 今なお真相は藪の中の佐分利貞男公使「自殺」事件の驚くべき真相を鮮やかに解き明かす開幕編「死神は誤射した」
 ロンドンを舞台に、吉田茂公使が日独防共協定の締結に頑固に反対していた理由を描き出す「頑固な理由」
 ドイツでスパイ戦に奔走する津村が巻き込まれた、英国要塞を巡る極秘文書争奪戦「操り人形の計算」
 そしてチューリヒからベルンまで、日米の終戦工作の鍵を握る人物を護衛することとなった二人の最後の冒険「終幕に向かう列車」

 奇矯な天才(というのはちと言い過ぎかもしれませんが)と、優秀な凡人のコンビというのは、これはシャーロック・ホームズ物語をはじめとする定番の構図ではあります。
 しかし本作においては、明察神の如き――実際、本作の事件は彼により最初から解決しているに等しい――砂谷と、外交知識には長けているものの常識人の津村とを組み合わせることにより、我々にとっては近くて遠い近現代史の、それもさらに庶民に縁遠い外交の世界を、活写することに成功しているのです。

 そこで描かれる事件とその真相も、どこまでが史実でどこから虚構なのか、素人目には全くわからないようなユニークなものばかりであり、この点は冒頭に述べたとおり、まさにこの作者ならでは、でありましょう。


 …しかし、そうしたエンターテイメントとしての直接的な面白さもさることながら、私にとって特に強く印象に残ったのは、本作を
通じて――気取った言い方をすれば――近現代史に人間性を取り戻そうとする試みが為されている点なのであります。

 近現代史というものは、それが我々の暮らす時代に近いにもかかわらず、いや近ければ近いほど――詳細な記録が残されているゆえに――単なる事実の羅列として認識されがちなのではないか…そう感じてきました。
 もちろん、史実とはそういうものかもしれませんが、そこに記されたのは史実という結果であり――その背後に在ってその結果をもたらしてきた、有名無名の人間の顔は見えなくなっているのではないでしょうか。
 本来であれば我々と地続きの世界のはずなのに、まるで別の世界の出来事のように。

 本作はそれに対し、厳然たる史実を提示しつつも、しかしの裏側で繰り広げられた極めて生々しい、人間臭い世界を(物語性豊かに)描くことで、近現代史を動かしてきた、そこで生きてきた人間一人一人――すなわち、かつての我々――の存在を示してくれるのです。
(そしてそれはもちろん、現代人の安易な感傷を投影する行為とは全く異なるものであることは言うまでもありません)

 そう考えると、ある意味直球である本作のタイトルは非常に象徴的に感じられるのですが…


 歴史は人間が作り、動かしてきたもの。それを忘れたとき、人は必ず道を誤ります。そう考えれば、本作が今この時に文庫化されたことは、図らずも大きな意味を持って感じられる――というのは言い過ぎかもしれませんが、私は今この時に本作に触れることができたことを、感謝しているのであります。


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