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2014.06.30

「読楽」2014年7月号 短編特集「斬撃の輪舞曲」(その1)

 今年の1月号もユニークな時代小説特集を掲載した「読楽」誌の7月号もまた、見逃せない特集であります。「斬撃の輪舞曲」と題しての時代伝奇小説の短編四編が掲載されたこの特集、執筆陣もなるほど、と言いたくなるような顔ぶれで、まず必見と申せます。以下、一編ずつ紹介していきましょう。

「隠神刑部」(乾緑郎)

 旅の途中、隠神刑部なる老人と出会った稲生武太夫。この藩を壟断する国家老を守る怪人・後藤小源太に挑むことになった彼は…

 ミステリ等と並行して、一貫して時代伝奇小説を発表してきた乾緑郎は、なるほどこの特集に登場するのに最もふさわしい一人でしょう。
 その作者の作品は、妖怪ファンであればタイトルを見ただけでニヤリとできる物語。松山藩の御家騒動を舞台として、小野一刀流の達人・稲生武太夫が、妖剣・神免鳥羽玉の太刀を操る後藤小源太と対決する、講談などで知られたあの物語であります。

 何しろ主人公たる武太夫の幼名は平太郎――といえば、驚く方もいらっしゃるでしょう。かの「稲生物怪録」で物怪相手に一歩も引かなかったあの少年の後身が武太夫。
 そんな彼が怪人・妖犬と対決するのですからたまりません。

 実のところ、内容的には原典(の異説)とほとんど同じであり、それゆえオチも読めてしまうのは残念なところではありますが(ちなみに講談のタイトルがそのままネタバレに…)、武太夫の生き生きとした人物描写が楽しく、この一編で終わらせるにはやはりもったいないとしか言いようがないキャラクターであります。


「あけずのくらの」(輪渡颯介)

 専横を極める次席家老を闇討ちすることとなった若者たち。その一人である半平は、不敗の剣が眠るという不開蔵に忍び入るが…

 怪談ミステリ「浪人左門あやかし指南」シリーズでデビューし、現在は怪談人情譚「古道具屋 皆塵堂」シリーズを展開中の作者は、今般、時代怪談の有数の描き手と言えるでしょう。
 そして本作もまた、実に怖くもどこかペーソス漂う、いかにも作者らしい作品であります。

 悪家老を闇討ちする役目を半ば押しつけられた主人公たち。しかし家老には藩最強の剣士が護衛につき、文字通り必殺(自分たちが)の任務であります。
 そんな任務から、一番剣が劣る半平を外した主人公ですが、半平は何とか力になるために、家老と結んだ商人の屋敷にあるという、封印が施された開かずの蔵に潜り込んで…

 その蔵で待つものは、もちろん(?)身の毛もよだつような怪異の存在。その怪異が、不敗の剣とどう結びつくのか、主人公たちの運命は…
 先の読めない物語展開と、やはり今回も真剣に怖い怪異描写と――今回の特集のベストと呼べる作品かもしれません。


 残り二編は次回紹介いたします。


「読楽」2014年7月号(徳間書店) Amazon
読楽 2014年 07月号 [雑誌]


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2014.06.29

7月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 今年の上半期も終わり、いよいよ後半戦に突入です。学生さんは夏休みがありますが、社畜にはそんなものは…と暗くなる気分の支えになるのは時代伝奇もの! 7月は数はさほど多くはありませんが、なかなかユニークな作品が目につきます。というわけで7月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず文庫小説で楽しみなのは朝松健のシリーズ第2弾「ろくヱもん もののけ葛籠」。朝松作品は7月にはもう一冊、廣済堂モノノケ文庫から「棘の闇」が発売されますが、こちらは「異形コレクション」に収録された未単行本化作品が収録されているとのことで、こちらも楽しみです。

 その他、シリーズの新刊としては、風野真知雄「新・若さま同心 徳川竜之助7 大鯨の怪(仮)」、上田秀人「御広敷用人大奥記録 六 茶会の乱(仮)」、あさのあつこ「燦 5 氷の刃」と楽しみな作品が並びます。
 すっかり年に一度のお楽しみという印象の「燦」は、もう少しページ数が多ければ言うことなしなのですが…

 また、文庫化では何とも懐かしい六道慧「源氏夢幻抄 安倍晴明あやかし奇譚」が登場。15年近く前の作品ですが、最近ではすっかり非伝奇ものがメインとなってしまった作者だけに、またこうした作品も読みたいものです。

 さて漫画の方では、なんと言っても気になるのは、聖ヨハネ騎士団の騎士で蒲生氏郷に仕えたというジョバンニ・ロルテスを主人公とした、幸田廣信&太田ぐいや「蒼眼赤髪 ローマから来た戦国武将」第1巻。
 まったくもって事実は小説より奇なりというほかない人物ですが、題材としては最高に面白いだけに、どのような物語が展開されるか、期待です。

 また、新登場としては、作画担当が変わって少々驚いたシリーズ最終章の出口真人「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次花語り」第1巻、懐かしの名作がこの人以外ない、という作画で復活する蜷川ヤエコ「モノノ怪 海坊主」上巻が楽しみなところ。

 シリーズの続巻の方は、惜しくも先日最終回を迎えた野部優美&夢枕獏「真・餓狼伝」第6巻、ドラマ続編も放送開始の梶川卓郎&西村ミツル「信長のシェフ」第10巻が要チェック。

 そして再刊の方では、山田章博のレトロ冒険活劇「ラストコンチネント」上巻が登場。私が持っているのは一巻本となった版ですが、オリジナルは全2巻なのでそちらに戻ったのかな…?


 最後にちょっと驚いた作品を。
 佐々木裕一原作の文庫書き下ろし時代小説の漫画版、南部ワタリ「公家武者 松平信平」が登場ですが、本作が連載されていたのは「花とゆめ文系少女」。あの作品を少女漫画化!? とこれは大いに興味をそそられるところです。



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2014.06.28

「仮面の忍者赤影Remains」第4巻 そして赤影は行く!

 神崎将臣が「仮面の忍者赤影」に挑んだ「仮面の忍者赤影Remains」の第4巻が発売されました。掲載誌の休刊に伴い、まことに残念ながらこの巻にて終了となる本作ですが、最後の最後まで全く油断できない特大の爆弾をガンガンと炸裂させてくれた、痛快なクライマックスであります。

 自分たちと同じく魂龍の力を操り、金目教を配下に天下を狙った幻妖斎を倒すため、敵の本拠、奪われし罵邉屡(バベル)に突入した赤影・青影・白影。
 最強の力に覚醒した幻妖斎との決戦は、幻妖斎の暴走と、第四の影――伊賀の影丸(!)の乱入により水入りとなりましたが、しかしその頃、既に黒富士党なる奇怪な一団が蠢き始めて…

 と、いわば第二部に突入した本作ですが、しかし主人公たる赤影は先の戦いで大きなハンデを背負ってしまったことが発覚します。
 魂龍を持たずとも、自分や幻妖斎を遙かに上回る力を発揮する影丸に教えを請い、新たな力を身につけんとする赤影。影丸はそんな彼を、封印された秘宝が眠るという自らの里へと誘います。

 その頃、表の世界では、浅井・朝倉連合軍と織田の戦いが勃発。かの金ヶ崎の退き口で奮戦し、見事に生還してみせた藤吉郎と半兵衛は、しかし、何者かに追われて白影と青影を頼ることに…

 果たして藤吉郎たちを追うのは何者か、そして黒富士党の持つ奇怪な力・禍賽と、それを操る者の驚くべき正体とは(いやまったく、この人物だったら何をやっても仕方ない…!)。
 赤影と影丸、白影と青影、二手に分かれた影たちの物語は、意外な形で交錯することになります。


 冒頭に述べたとおり、新展開が始まったばかりでありながらも、惜しくも終了することとなった本作。残念ながら、物語もその途上で完結を迎えることとなります。
 語られなかったもの、これから語られるべきものは、数多くありましょう(特に、影丸が赤影に問う忍びとしての道、彼の戦う理由は、まだまだ掘り下げられるべきものであったかと)。

 しかし本作はそれでありながらも、いやそれでありつつも、最後まで物語を盛り上げに盛り上げ、その最高潮の時点で終了を迎えるのであります。
 ベテランの作者のこと、その気になれば、それなりに整った形で一応の結末をつけることもできたでしょう。しかし小さくまとまることを選ばず、最後まで戦いを挑み続けたその意気やよし。

 特に最終話の展開は、これは連載が普通に続いていたらまた別の形で描かれていたのではないかと感じてしまうのですが、しかし、
「おお、まさかこんな連中が!? あんなキャラも!? やっぱりアレはアレだったのか!? おおおお、まさかここでこれが!」
と、いう気持ちにさせられるのは、むしろ爽快ですらありました。

 もちろん勢いだけでなく、影一族や影丸にあらざる「影」、戦国時代であればむしろ当然に存在した「影」に光を当ててみせたアイディアにも注目すべきであることは、言うまでもないのですが…


 あらゆる意味で、最後の最後まで神崎作品らしかった本作「仮面の忍者赤影Remains」。
 不運に見舞われた作品ではありますが、偉大な原作にいたずらに縛られることなく、自らの道を貫いた跡に残されたものは、決して小さくはなかったのではありますまいか。

 もちろん、その行き着くところを見届けたかったという気持ちはありますが…


「仮面の忍者赤影Remains」第4巻(神崎将臣&横山光輝 秋田書店プレイコミックシリーズ) Amazon
仮面の忍者赤影Remains 4 (プレイコミックシリーズ)


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2014.06.27

「逢瀬 もののけ若様探索帖」(その二) 向かい合う「男」と「女」

 「もののけ若様探索帖」シリーズ通算第4弾、「逢瀬」の紹介の続きであります。過去と現在が複雑に絡み合う本作。そんな物語だからこそ描けるものとは…

 年老いた静山が、若かった自分を振り返った時に初めて理解できるもの。それは様々な喜びや悲しみを味わい、他人――もののけも含めて――の想いを理解できるようになったからこそ理解できる、「過去」の真実であります。
 そしてそこにあるのは、真実を知った喜び以上に、その時に理解できなかったことに対する一種の悔恨の情であり――そしてそんな事件もまた輝かしいものとして感じられる懐旧の情なのです。

 本作に収録されたエピソードの中で、特にそれを強く感じさせてくれるのは「雨降り小僧」であります。
 静山にしきりにまとわりついてくる雨降り小僧。そもそも男なのか女なのかもわからぬこの妖怪と、怪しげな大年増に翻弄された静山は、大名失格の烙印すら押されかねない状況に追い込まれていくことになるのですが…

 が、「過去」の物語は、雨降り小僧と大年増の「正体」も語られぬまま、もやもやとしたものが残ったまま、終わりを告げます。
 その真相が語られるのは、「現在」になってから、静山が年老いてから――未熟だった若き日と違い、様々な人の心の綾を理解できるようになってから。
 そして彼の前に再び現れた雨降り小僧の姿は…いやはや、この結末をなんと評すべきか。静山ともののけたちの関係の、ある意味ネガとも言える人物の姿には、哀しみと切なさ、そして恐ろしさが漂います。
(ちなみにこのエピソード、伝奇的にもなかなかユニークなアイディアが用いられております)


 そしてもう一つ、本書のタイトルともなっている「逢瀬」も圧巻の内容です。
 艶福家であった静山が、しかし終生愛し抜いた――しかし若き日に死別した――正室・鶴年子。これまでのシリーズでも断片的に登場していた彼女が、今回初めて本格的に物語に絡んでくるのですが、それがまた意外な切り口なのであります。

 「現在」の静山の前に、死別した時の若く美しい姿で現れた鶴年子が語るのは、かつて彼女が上屋敷から家出した「過去」の物語であります。
 ある日突然、静山のもとから姿を消した鶴年子の行方を、彼女が実家から連れてきた腰元とともに捜索に奔走する静山。杳として彼女の行方は知れぬまま、しかし数日して自分から帰ってきた彼女は、家出の理由と、不思議なもののけにまつわる物語を語るのですが…

 鶴年子が語る「過去」の物語は、やはり理不尽に感じられる箇所は残りつつも、それなりの決着をみることになります。しかし「現在」の静山の目に映るのは、それとは全く異なる真実。
 鶴年子が静山に語った物語は何を意味しているのか、そしてその背後にある家出した真の理由は――そこに浮かび上がるのは、「過去」と「現在」に加えて、「男」と「女」の不可思議な関係なのであります。

 なるほど、本シリーズにおいて語られる物語は、人間と妖怪の物語であると同時に、あくまでも男と女の物語でありました。
 その構図が静山の最も愛した女性にして正室という立場の女性にまつわる物語で最も色濃く浮かび上がったのも、偶然ではありますまい。


 先に述べた通り、構造としてわかりやすいとは言えない部分もあります。しかしそれを読み解いた先に浮かび上がるのは、何とも魅惑的で、そして恐ろしい世界。
 明るく楽しいだけではなく、それに加えてドキリとするような人の生の真実を描く、油断のならぬ作品であります。


「逢瀬 もののけ若様探索帖」(伊多波碧 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
逢瀬 もののけ若様探索帳 (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.06.26

「逢瀬 もののけ若様探索帖」(その一) 絡み合う「過去」と「現在」

 現代にまでその名を残す随筆「甲子夜話」を記した平戸藩主・松浦静山を主人公に、彼ともののけたちの不思議な因縁の数々を描く「もののけ若様探索帖」シリーズ、移籍第2弾、通算第4弾であります。本作では、これまで謎めいた存在であった静山の正室・鶴年子がクローズアップされるのですが…

 藩主として腕を振るい、「甲子夜話」を遺し、そして剣の腕も達人クラスだったという静山。しかし本シリーズでは、彼のもう一つの顔が描かれます。
 それは「視える人」としての顔――実は彼は、幼い頃から人ならざるもののけたちを視ることができたのであります。

 しかし視えるだけではありません。静山の体質なのか、女のもののけはほとんど例外なく彼にベタ惚れ。彼に張り付いて離れず、仕方なく平戸藩の上屋敷に連れ帰った静山は、彼女たちを奥女中として召し使っていた…という、可笑しくも何とも大変な状態なのであります。

 そして本シリーズのユニークな点はそれに留まりません。実は本作は、死を目前とした静山が、そんなもののけたちとの若き日の物語を振り返る、甲子夜話異聞。
 それ故、本シリーズにおいては老いた静山と若き日の静山と、二人の静山の姿が描かれることになるのであります。

 そんなシリーズの極めて特徴的なスタイルは、もちろん本作においても変わることはありません。「忠義狸」「雨降り小僧」「あまのじゃく」「逢瀬」――収録された4つのエピソードは、いずれも死の床の静山が、己の懐かしくもほろ苦い過去の数々を振り返る物語なのであります。


 実のことを言えば、本シリーズのスタイルは、時に煩雑に感じられることがなしとは言えません。
 「過去」と「現在」が複雑に絡み合い、「過去」についても、各エピソードで順番に描かれるのではなく、行ったり戻ったり。「過去」では描かれなかった真実が、「現在」で初めて明らかになることもあり、混乱するとは言わないまでも、わかりやすい状態とは言えない状態であります。

 しかしもちろん、こうしたスタイルだからこそ描ける物語があります。

 若き日の静山――庶子の身から平戸藩主となったばかりであり、まだ藩主としても人間としても未熟な彼が巻き込まれた事件。
 その時にはただただ奇妙で理不尽に思われた事件(ちなみに本作に収録されたエピソードは、理不尽系とでも評したくなるような内容のものが多いのは一つの特徴かと)も、老いてから振り返れば、全く違うものとして見えてくるのであります。


 長くなりますので、次回に続きます。


「逢瀬 もののけ若様探索帖」(伊多波碧 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
逢瀬 もののけ若様探索帳 (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.06.25

「ひょうたん のっぺら巻ノ二」 のっぺらぼう同心の笑いと泣かせと恐怖と

 南町奉行所の名物男、柏木千太郎が肌身離さず持っていたひょうたんが盗まれた。のっぺらぼうである千太郎にとって、ひょうたんは自分の口の代わり。ひょうたんがなければ食事ができない千太郎を救うため、下っ引きの伊助、親友の同心・片桐正悟は奔走する。しかし現れた犯人には意外な事情が…

 江戸の人々の間で人気の南町同心・柏木千太郎が、目も鼻も口もないのっぺらぼうだった! …という、空前絶後の設定で大いに驚かせてくれた「のっぺら」シリーズ、待望の第2弾であります。

 人間の父親と王子の狐の母親の間に生まれ、父の務めであった南町奉行所の同心を継いだ千太郎。生まれついてののっぺらぼうで、口がないため言葉を発せず、自分の意志を伝えるには筆談を用いる千太郎。
 これがまた色々と実に可笑しい展開を招くのですが、それはさておき、口がないなら食べ物はどうするのだろう? というのは、冷静に考えれば当然の疑問でありましょう。

 その答えが、彼の代わりにものを食べてくれる不思議なひょうたんの存在なのですが、こともあろうにそのひょうたんが何者かに盗まれてしまった、というのが第1話「ひょうたん」の発端。
 彼以外が持っても何の役にも立たない(彼の代わりに誰かの腹が満たされるわけでもない)ひょうたんを、誰が、何のために盗んだのか…その謎を追ううちに、物語は意外な展開を見せることとなります。

 言うまでもなく本作の最大の特徴である、主人公がのっぺらぼうであるということ。それを踏まえて、まさに本作でなければ描けないようなこの展開は、千太郎には申し訳ないのですが、彼が必死になればなるほど、どこかユーモラスな空気が漂います。
 しかし盗難の謎が解ける物語後半ではそれが一変、一種のジェントルゴーストストーリーに転じていくのには唸らされました。

 特に終盤の展開には、実は人情ものに弱い私はただ涙涙…。○○と動物ならぬ、○○と妖怪というのは、泣かせにおいては反則的な組み合わせと、コロンブスの卵的な発見をいたしました。


 しかしそれだけで感心していてはいけません。本作の後半に収録された第2話「丑の刻参り」では、がらりと雰囲気を変え、真剣に怖い時代ホラーが展開されるのです。

 ある日発見された萎びた男の死体。老人と思われた男は実は壮年の男、前日までは健康な体でぴんぴんとしていた――
 この世のものならざる事件には人ならざる探偵を、ということで真相を追うこととなった千太郎は、男が丑の刻参りを見物しにいく、と語っていたことを知ります。

 一方、伊助の許嫁の町娘・お由良は、男に手酷く裏切られ、丑の刻参りをすると言い出した親友に引きずられ、上野の山にあるという「咲かずの桜」を探すことになります。そこで呪えば必ず相手の命を奪うことができる、という噂が流れるその桜を見つけた二人が、そこで出会ったのは…

 丑の刻参りについては、ここで説明するまでもないほど、有名な呪いでありましょう。時代ものにおいても、使い古された題材であるこの呪いでありますが――しかし、本作は、それにも関わらず本当に恐ろしい。

 江戸の闇で密かに生み出されていた犠牲者たち、お由良たちにつきまとう不気味な女(本当にその描写が怖い!)、陰惨な呪われた樹の伝説…もちろん、千太郎周りのユーモラスな描写は健在であるものの、展開される物語自体は、元々ホラーを得意とする作者の筆の冴えも相まって、純度100パーセントのホラーとして成立しているのであります。

 面白いのは、本作の構造――一種の都市伝説めいた怪異の噂に好奇心を抱いた少女たちが、その背後に実在した呪いの恐怖に直面するというそれは、いわゆるJホラー映画の定番パターンに重なっていることでしょう。

 Jホラーで定番(そしてそれは、このパターンが一番恐ろしいことを意味しましょう)ながら、時代ものではあまりお目にかかったことのないこのパターン。
 本作はそれを見事に時代もののフォーマットに落とし込み、希有の時代ホラーとして成立させているのであります(そしてこれも定番ながら、恐怖に挑む少女の成長物語としてもきっちり機能しているのが嬉しい)。


 笑いと泣かせ、笑いと恐怖――それぞれ異なる感情を、のっぺらぼう同心という極めて特異なキャラクターを軸にすることで、自然に成立させてみせた本作。単なる鬼面…いやのっぺらぼう人を驚かす態の物語ではないのであります。


「ひょうたん のっぺら巻ノ二」(霜島ケイ 廣済堂モノノケ文庫) Amazon
ひょうたん のっぺら巻之二(仮) (廣済堂モノノケ文庫)


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2014.06.24

「鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録」第1巻 芭蕉と曾良、(超)自然と世俗の合間を行く

 門人にしてお目付役の河合曽良とともに、東北の歌枕を巡る旅――後にいう「おくのほそ道」の旅に出た松尾芭蕉。しかし彼の目には、この世ならざるものを視る力があった。その目に導かれるように、各地で不思議な事件に出会う二人。しかし二人を待ち受けているのはそれだけではなく…

 少女漫画の時代ものは宝物の山だと常々考えているのですが、本作もそんな宝物の一つでしょう。誰もが知る松尾芭蕉と河合曽良の東北紀行――「おくのほそ道」の世界を、ちょっぴり不思議でユニークな世界に移し替えてみせた作品であります。

 「おくのほそ道」で描かれるのは、芭蕉と曾良が元禄2年の春から秋にかけての約半年間、江戸から東北、北陸を経て、美濃までの旅。本作のタイトルは、その江戸を発った際に芭蕉が詠んだ句であります。

 本作はその旅程を忠実に辿る(と思われる)ものですが、しかし旅の主役たる芭蕉・曾良のコンビの造形がなかなか楽しい。
 ちょっと天然気味で常にテンション高め、そして超の付く源氏マニアの芭蕉。師と対照的にクールで突っ込み役兼抑え役、それでいて温泉マニアというおかしな(?)一面を持つ曾良。

 そんな師弟のやりとりを見ているだけでも楽しいのですが、しかし二人の設定には、さらに一ひねりが加えられているのです。
 その一つが、芭蕉の持つ、この世のものならざるものを視る力であります。神仏や妖怪といった、摩訶不思議な存在――芭蕉の目が青く光る時、そこには彼らの姿が浮かび上がり、そして時に芭蕉を助け、時に芭蕉を迷わせるのであります。

 果たして芭蕉のその力は何に由来するものなのか…物語の中でしばしば芭蕉が見る、幾多の人々が命を落としていく戦場の夢。東北でかつて行われたと思しきその戦が、彼の力とどのような関わりを持つのか、気になるところであります。

 そんな力を持つ芭蕉が巻き込まれるのは、しかし、そうした超自然的な存在がもたらす事件のみではありません。
 むしろ極めて世俗的な面倒事――彼らを幕府の隠密と見做し、警戒する諸藩の動きが、彼らの旅をさらにややこしいものとしていくのであります。

 作中でも触れられますが、芭蕉が伊賀の出身であることはよく知られた話。それ故か、彼のおくのほそ道の旅が(そしてその他の旅も)、隠密として各地を探りに行く旅であった…というのは、しばしば用いられる題材であります。
 本作はそれを一応は否定するものの、しかし曾良が何やら謎の顔を持つことがほのめかされるのですが…さて。


 (超)自然と世俗と、幾重にも入り組んだ芭蕉と曾良の旅。しかし考えてみれば、自然と世俗の両方に身を置き、そこで目に映ったものをわずかな文字の中に詠み込んでいくのが俳諧でありましょう。
 その意味では、本作で繰り広げられるユニークな騒動の数々もまた、俳諧の在り方に根ざしたものであり――それ故に、作中で芭蕉が詠む句の数々が、より新鮮に、意味深く感じられるのであります。

 この第1巻の段階では、まだ二人の旅は白河の関の辺り、日数でいえばようやく出発から一ヶ月を過ぎたか過ぎないかといったところ。
 まだまだ続く二人の旅で何が描かれるのか、そしてそれが我々のよく知る「おくのほそ道」と何が重なり、何が異なるのか――何とも楽しみな旅の始まりであります。


「鳥啼き魚の目は泪 おくのほそみち秘録」第1巻(吉川うたた 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鳥啼き魚の目は泪~おくのほそみち秘録~ 1 (プリンセスコミックス)

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2014.06.23

「義経鬼 陰陽師法眼の娘」第1巻 合体事故!? 空前絶後の「義経」登場

 打倒平氏のため、鬼の兵法を知るという陰陽師・鬼一法眼のもとを訪れた源義経。その兵法を体内に持つという自分と瓜二つの娘・皆鶴との儀式に臨む義経だが、儀式は失敗、義経は皆鶴の中に消えてしまう。義経が復活するまでの身代わりとして、正体を隠して奥州に向かう皆鶴を待つものは…

 ユニークなアイディアと、堅実な人物描写、時代描写で、時代漫画ファンであれば見逃すことのできない作品を送り出してきた碧也ぴんくの新作は義経もの。
 これまで無数に描かれてきた義経ものではありますが、しかしこの作者の手になるものが、通り一遍のものになるわけがない…と思っていれば、その期待はもちろん裏切られることはないのであります。

 何しろ、単行本を手にしてまず目に飛び込んでくるのが、帯に大きく書かれた「合体事故!?」。メガテン? 英雄ヨシツネ? などと思っていたら、本当に合体事故なのですから驚くほかありません。

 そして事故を起こすのは、義経と、彼と瓜二つの少女・皆鶴――鬼一法眼の娘であります。


 鬼一法眼といえば、平安時代末期に活躍したという陰陽師。いや、陰陽師であるのみならず、古流剣術の一つ・京八流の祖とも言われるのですから、まず立派な怪人と言えましょう。
 そして、義経伝説に興味をお持ちの方であればよくご存じのように、この法眼は、義経とも因縁のある人物。法眼が持つ伝説の兵法書・六韜を目にするため、義経は彼の娘・皆鶴を誘惑して、兵法書を盗み出させたというのですから…

 言うまでもなく、本作の下敷きとなっているのはこの伝説ですが、しかしそれがそのまま描かれるわけではありません。
 法眼が記したという鬼の兵法書の在処、それは皆鶴の体の中。それを得るためには、法眼の手によるある儀式が必要なのですが――そこで合体事故、本来であれば義経の中に皆鶴が吸収されるはずが、その逆に皆鶴の中に義経が吸収されてしまったのであります。

 何かの拍子に表に出ることもあるものの、基本的には皆鶴の中に眠り続ける状態。それでも彼の、いや源氏の大望たる平氏打倒のために、義経は奥州に行かなければなりません。
 かくて、偶然真実を知ってしまった荒法師・弁慶らを供に北へ向かった皆鶴は、途中、佐藤継信・忠信兄弟を加えるのですが、正体を隠すために四苦八苦して…


 冒頭で述べたように、これまで無数に描かれてきた義経もの。しかし「○○もの」のほとんどがそうであるように、物語の中で描かれるべきこと、押さえておくべきお約束が、義経ものにもあります。
 しかしそれを押さえていれば良いというわけではもちろんありません。それを踏まえつつ、そこから如何に踏み出してみせるか。如何に新しい物語を作りだしてみせるか…そこにこそ、作品の成否がかかっていると言っても過言ではありますまい。

 その点では、本作はスタート時点で既に独創性の塊のような展開。義経女性説自体は、いくつか見たことがあるように思いますが、しかし本作のような「義経」像は、空前絶後でありましょう。

 そしてもちろん、鬼面人を驚かすだけでは終わらないのがこの作者の作品。
 真実を知る者、知らぬ者、そのそれぞれの人物が、「義経」に出会ったとき、何を想い、何が生まれるか…それをきちんと描写していくからこそ、本作は――これまでの作者の作品同様――明るく楽しくも、時に重たくしっかりと読み応えある物語として成立しているのです。

 そしてもう一つ、個性的なイケメンたちの中に女性が紛れ込んでドキドキという(「天下一!!」にも通じる)少女漫画としてのセールスポイントをきっちりと押さえているのもまた、心憎いところでありますが…


 この第1巻の時点では、まだまだプロローグ的印象も強い物語ですが、いよいよ義経の出陣も近いはず。そこで何が生まれるのか…新たな「義経記」、いや「義経鬼」に期待であります。


「義経鬼 陰陽師法眼の娘」第1巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~ 1 (プリンセスコミックス)

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2014.06.22

「百万石の留守居役 三 新参」 強敵たちと無数の難局のただ中で

 出だし絶好調という言葉がこれ以上ないほどしっくりくる「百万石の留守居役」シリーズ第3弾であります。いよいよ主人公・瀬能数馬もタイトルどおり江戸留守居役に任じられ、活躍はこれから…と言いたいところですが、前途多難というも愚かな障害の数々が、彼の前に立ち塞がることとなります。

 4代将軍家綱の命が旦夕に迫る中、前田綱紀を第5代将軍に据えようという奇策に出た大老・酒井忠清。辛うじてこの罠を回避したものの、その影響は決して小さいものではありません。

 そしてその影響を最も大きく被ったのは、数馬であることは言うまでもありません。その剣と頭の冴えを見込まれ、家老・本多政長の娘婿とされた上、幾多の剣戟に巻き込まれ、果ては異例の若さで江戸留守居役に抜擢されてしまったのですから…

 剣戟はともかくその他は一見うらやましい境遇のようにも思えますが――しかしそうそう簡単なものではないのは言うまでもない話。
 簡単に言ってしまえば、留守居役は外交官のようなもの。その座に就くのは、通常であれば政治・行政的にある程度の経験を積んだ人間が選ばれるべきところ、役勤めの経験もない数馬がいきなり活躍できるはずもありません。
 しかもこの抜擢の背後にいるのは、かの謀臣・本多家の最後の血を引く父娘。いかに数馬が年の割りに切れ者とはいえ、その裏には当然剣呑な理由があるわけで…

 しかも時は将軍が後嗣を持たぬまま死の床にある=後継争い必至という、荒れに荒れる状況。そんな中に放り込まれた数馬は、自分の役目を把握するのもそこそこに、言葉による戦いに臨むことになるのであります。


 剣の腕は立つものの、まだ若く経験の浅い主人公が、突然権力闘争のまっただ中に放り込まれ、自らの手に余るような強敵と、時に敵より始末の悪い上司に悩まされる――
 これは上田作品の一つの定番でありますが、本作もその系譜に属するものと言えるでしょう。

 しかし明確に異なるのは、これまでの主人公たちがいずれも幕臣、将軍の直臣であったのに対し、数馬は外様大名家の家臣という点でしょう。
 これまでの作品ではまがりなりにも味方、自分の側であった幕府が、本シリーズにおいては最強の敵に回りかねない…いや、戦うべき相手はそれだけではありません。石高の違いはあれ、立場的には同格の他大名家もまた、油断できないライバルとなるのですから…

 正直に申し上げて、本作の段階では、まだまだ数馬はこの強敵たちの間で埋没しているという印象。
 何しろ、嫌みな先輩たちのために宴席を開いたり、招かれて吉原に行くというだけでも大仕事なのですから…

 それでも本作が物足りないと思わせないのは、そんな数馬の奮闘ぶりの面白さ(というのはちと申し訳ないのですが…)もさることながら、そんな彼を取り巻く状況――それを動かす人間たちも含めて――が実に興味をそそるからにほかなりません。

 一種企業小説的な内容の(ちなみにこれまでの作品は官僚小説的と言えるかもしれません)作品ではありますが、もちろん本シリーズはそれ以前に時代小説。
 たとえば本作のクライマックスともいえる5代将軍選びを巡る幕閣や御三家、その家臣たちの動きなどは、史実を踏まえているからこその面白さがあります。

 そして、これまではあの人物の専横の結果として描かれることがほとんどだったある出来事が、全く逆の角度から描かれるなど、それだけに留まらないのも嬉しい。
 この史実を踏まえつつもその背後の意外な「真実」を描いてみせる伝奇性こそは、作者の大きな武器の一つ…というのはこちらの偏った見方かもしれませんが。


 いずれにせよ、時代の流れが意外なまでに早く動いていく中で、数馬に求められているのは、その流れに押し流されず生き延びること、いやそれだけでなく、自分自身の流れを作り出すことでしょう。
 新参者で済まされる期間はごくわずか、外でも内でも油断できない厳しい現実が彼を待ち受けているのですが…彼ならばこの難局を切り抜けてくれる、そう信じられる輝きがあることもまた事実であります。

 とはいえ、本作のラストで描かれるのは、また全く異なるベクトルの難局。まずはこれを如何に御してみせるのか…お手並み拝見であります。


「百万石の留守居役 三 新参」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
新参 百万石の留守居役(三) (講談社文庫)


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2014.06.21

「妻は、くノ一 最終章」 最終回「海の彼方」

 「妻は、くノ一 最終章」もついに最終回。船出の日が刻一刻と近づく中、海の向こうの安息の地へ、彦馬は愛する織江と再会し、共に旅立つことができるのか? いよいよ最後の戦いであります。

 御庭番頭・川村の命を受け、彦馬抹殺に現れた元くノ一・浜路。織江の母・雅江の朋輩であり、いまは引退して小料理屋の女将となりながらも刺客として使われる彼女と、織江は対峙することとなります。

 浜路は織江の説得で退いたものの、織江も姿を消し、一人残された彦馬はそれでも織江を信じ、海の向こうに旅立つ天竺丸の待つ伊豆に向かいます。
 一方、そうとは知らずに彦馬の家を覗きに来た織江を待っていたのは、静湖姫――織江が自分の妹であること、そして彦馬が伊豆に旅だったことを伝え、笑顔で彼女を送り出すのでありました。姫様、本当にいい人だ…

 しかしその織江の前に立ち塞がるのは寒三郎。と、彼女を行かせるべく、代わりに寒三郎の足止めを買って出た人物が…
 さらに彦馬や織江とは別に伊豆に向かった静山一行を阻むべく現れた御庭番の群れ。そして最後に伊豆で彦馬たちを待ち受けるのは、御庭番頭・川村――

 と、最終回らしく、戦いに次ぐ戦いだった今回。前シリーズからそうであったとおり、本作の殺陣は、普通の剣戟とは異なる(剣士である静山は別として)忍者としての動きを見せる一風変わったアクション。
 それがまた実戦的に見えて格好良いのですが、それは最終回まで変わることなく、堪能することができました。

 特に織江と敵の副官格の対決での目潰しから起動しての流れるように腕を巻き込む動き、さらにラストバトルでの、太刀の斬撃を躱しつつ腕を固めようとする織江と、そこから脇差を使って脱出しようとする川村など、最近の時代劇ではなかなか見られないような泥臭くも端正な、そして迫力のあるアクションを見せていただきました。


 が――アクションについては前作最終回の大人数入り乱れてのバトルに比べると、やはり寂しい印象。そしてそれはアクションのみならず、物語全体を通じても言える印象であります。

 本作全5話を通して見ると、この内容でいくのであれば、少々話数が多かった――というのが正直なところ。
 物語がどこに向かっていくかわからなかった前作であれば、全8話でも短いくらいに感じられたのですが、今回は織江と共に最初から海の向こうを目指すという最終目的が見えている状況であります。
 それだけに、そこに向かうまでの二人のすれ違いで保たせるには、少々話数が多く、各話は薄味に感じられてしまった…というのが、個人的には偽らざる印象でした。
(原作ではよいアクセントとなっていた、彦馬パートのミステリ展開が、今回はほぼ完全にオミットされていたためなおさら…)

 もちろん、限られた時間で原作の再現は不可能なのは当然と感じますし、また、原作では比較的チョイ役に近かった静湖姫のキャラを大いに立たせてくれたのは嬉しく(もっとも、その割りを食うように雁二郎が退場したのは最後まで納得いきません)、また先に述べた通りアクションも見事ではあったのですが…


 などとブツクサ言いつつも、山崎まさよしの美しい主題歌をバックに描かれるラストシーンには素直にグッときてしまうのですが…(特に小道具の使い方が抜群にうまい)

 主役カップルの取り合わせも良く――特に瀧本美織のマンガチックな可愛らしさと強さを漂わせる存在感――なんだかんだと言いつつも、最後まで楽しませていただいた次第です。


関連サイト
 公式サイト

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 「妻は、くノ一」 第5回「いのちのお守り」
 「妻は、くノ一」 第6回「つぐない」
 「妻は、くノ一」 第7回「身も心も」
 「妻は、くノ一」 第8回(最終回)「いつの日か」
 「妻は、くノ一 最終章」 第1回「彦星の涙」
 「妻は、くノ一 最終章」 第2回「織姫の行方」
 「妻は、くノ一 最終章」 第3回「届かぬ想い」
 「妻は、くノ一 最終章」 第4回「運命の奔流」

 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?
 「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ
 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
 「風の囁き 妻は、くノ一」 夫婦の辿る人生の苦楽
 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2014.06.20

「唸る長刀」 剣の道が結びつける武士の公と少年の私

 筑後柳川藩の剣術・槍術指南役の子・大石進は、まだ十五歳ながら身の丈七尺の大男。その体格を生かした剣で向かうところ敵なしだった進だが、しかし藩の武芸試合で大敗し、勘当されてしまう。折しも城下に凶悪な押し込みの一団が出没、自分の剣に悩みながらも進は押し込みとの対決を決意するが…

 「洛中洛外画狂伝 狩野永徳」でデビュー、第二作の「蔦屋」が先日発表されたばかりの谷津矢車、待望の第三作は、文庫書き下ろし時代小説、それも剣豪もの。これまでの作品とは大きく趣を変えた印象がありますが、しかしいかにも作者らしい瑞々しい青春ドラマであります。

 主人公となるのは、江戸時代後期の剣豪・大石進。筑後柳川藩の出身の彼は、その巨躯を生かした独自の剣で、江戸の名だたる剣士、名門道場を総なめし、大いに恐れられた人物であります。いや、人物になります。なるはずです。

 というのも本作の進はまだ前髪立ちの十五歳。その年齢から身の丈七尺というのは後年の怪物ぶりの片鱗を示しているといえそうですが、しかしまだまだ悩み多き少年であります。
 何しろ、家のお役目であり、自らも生涯を賭ける覚悟である剣の道に、今彼は迷っている真っ最中。その巨躯から振り下ろされる剣は無敵…のはずが、懐に入り込まれると極端に弱いと見抜かれて以来、スランプ続きなのです。

 おかげで今は藩の武術指南役の父からも勘当され、同年代の少年たちからも嘲りの目を向けられる毎日。唯一、幼なじみの幹助だけはこれまでと変わらぬ接してくれるものの、スランプを抜け出すあてはなく――


 この進の悩みが本作の縦糸だとすれば、横糸になるのは、城下町を騒がす凶悪な押し込みの一団を巡るエピソードです。
 老若男女を問わず、押し入った先の人間を皆殺しにするという、凶悪極まりない一団。もちろん藩の捕り方も総力を挙げて挑むものの、一つにはその剣の恐るべき強さの前に、そしてもう一つは彼らを庇うような上層部の不可解な動きの前に、いたずらに犠牲は増えるばかりであります。

 捕り方である幹助の父や、学問所の同窓も斬られ、進と幹助は自分たちの力で、この悪鬼の群れに挑もうとするのですが…


 進の剣の悩みが私の問題とすれば、押し込みの跳梁は公の問題。相反するもののようですが、しかしそれを結びつけるのは剣と如何に向き合うか、という点であります。
 そしてそれは言い換えれば、剣を象徴とする武士としてどう生きるかという時代特有の悩みであり、さらに同時に、自分はどのような大人になるかという普遍的な悩みなのです。

 すなわち本作は、進という剣豪の卵を通じて、私と公、その時代特有の問題と我々にも通じる普遍的な問題、相反する幾つもの要素を一つの物語として描いてみせているのであります。
 しかし一歩間違えれば重く、あるいは青臭くなりそうな内容を、本作は進とはじめとする若者たちの、微笑ましくも明るくまっすぐな姿を通じて、何とも爽やかな物語として仕上げているのが嬉しいところでしょう。


 しかし難点もあります。構造はともかく、ストーリー的にはシンプルなわりには、本作の展開は少々遅く感じられるところがあるのです。
 これは――進の将来を知っている故でありますが――彼がどんな技を使うか、どのような境地にたどり着くかが見えているだけに、そこがもどかしく感じられたのは事実です。

 また、進たち、地に足のついた存在はなかなかに魅力的でありつつも、悪役はいささか定型的に見えてしまうのも――本作の構造を考えれば――少々残念ではあります。
(さらに個人的な趣味をいえば、剣戟シーンであまり台詞が多いのも緊迫感とリアリティが…)

 最後に厳しい評価になってしまい恐縮ですが、それも本作の持つ可能性を感じるがゆえ。進に対する周囲の反応と同じ、というのは調子に乗りすぎかもしれませんが、この物語はまだまだ先に行けると信じるところでもあります。

 進が江戸に出るまで、まだしばしの時があります。それまでの物語がこれから描かれることを、楽しみにしているところであります。


「唸る長刀」(谷津矢車 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
唸る長刀 ((幻冬舎時代小説文庫))

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2014.06.19

「開化怪盗団」 悪党たちが求めたここではないどこか

 明治時代、貧乏学生の安岡保は、ふとしたことから宝石商の高牟礼三太郎と知り合った。一見気障で軟弱だが、時として尋常ならざるものを感じさせる三太郎。それもそのはず、三太郎には一癖も二癖もある悪党たちを束ねる裏の顔があった。次々と荒稼ぎを重ねる三太郎の、驚くべき真の目的とは…

 ミステリと並び時代小説を得意とした多岐川恭による、非常にユニークな時代小説であります。ジャンルでいえばピカレスクもの、ということになるかと思いますが、それに留まらぬ、奇想天外でどこか切ない輝きを持つ…そんな作品です。

 本作の舞台となるのは明治時代、自由民権運動が盛んになってきた頃であります。
 このような運動が高まっていたのは、裏を返せば薩長土肥が権柄ずくで世の中を動かしてきた故であり、そしてまた四民平等と言いつつも、歴然と身分の差が存在していたが故――

 そんな、時流に取り残されたもの、低い身分の者たちが馬鹿を見る時代に、強盗、掏摸、詐欺…様々なやり口で派手に稼ぐのが、本作の主人公・高牟礼三太郎。
 彼の表の顔は、舌先三寸で調子の良い宝石商。しかし裏の顔は、日本の泥棒や掏摸はおろか、イギリス人の悪党連中も味方につけて、金持ち連中の貯め込んだ金をむしり取る…そんな一味の頭なのであります。

 本作は、そんな三太郎と仲間たちの活躍(?)と、そうとは知らずに彼に関わっていく富豪令嬢の那美や貧乏学生の安岡ら周囲の人々の姿、そして三太郎一味に迫る警察の姿が絡まり合い、展開していくこととなります。

 主人公は盗賊団、しかも三太郎は何かの目的のために、腕利きを集めているらしいとくれば、物語のパターン的には、クライマックスで彼らが大仕掛けな悪事を働くのだろうな、と予想してしまいますが、それは半分当たり、半分外れます。

 三太郎と仲間たちの目的、なりふり構わずとすら感じられるほどのやり口で荒稼ぎする彼らの真の目的がなんであるか――

 その詳細はここでは触れません。
 しかしそれが明かされる時、本作は痛快なピカレスクロマンから一転し、切ないまでに「ここではないどこか」を求める物語へと転じるのであります。

 思えば本作の登場人物のほとんど――主人公格である三太郎一味のみならず、安岡ら周囲の人々、あるいは敵である警察の下っ端たちも含めて――舞台となる明治の世では、半ばドロップアウトした者たち。
 薩長土肥が支配する世に受け入れられず、あるいは自ら背を向けて生きる者たち――本作の中心となるのは、そんな人間たちなのであります。

 本作で描かれるのは、そんな人間たちがせめてもの夢を見ようとあがく姿。そしてそれは、段々と息苦しくなりつつある今この時に生きる我々にとってなじみ深い、いや我々自身の姿に感じられるのです。


 ある意味全てを投げ出してしまったかにも感じられる本作の結末については、賛否分かれるかもしれません。
 しかし私には、ピカレスクロマンからどこかもの悲しいおとぎ話へと変貌を遂げたこの物語には、相応しい結末に感じられるのです。


「開化怪盗団」(多岐川恭 光文社文庫) Amazon
開化怪盗団 (光文社文庫)

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2014.06.18

「松永弾正」下巻 彼の下克上が始まるとき

 戦国時代の悪人の代名詞ともいえる松永弾正久秀を、戸部新十郎が一味も二味も違う切り口で描く「松永弾正」の下巻であります。流浪の身から思わぬ縁で三好長慶に仕えることとなり、頭角を現していく久秀。しかし戦国の混沌は、長慶と久秀の運命を徐々に狂わせていくことに…

 主家を乗っ取り、将軍を弑し、大仏を焼いた――かの信長をして自分にもできない悪行を為したと言わしめた松永久秀。後世に残る彼のイメージは、やはりこれらをはじめとする悪行によるところが大きいでしょう。
 しかし本作で描かれる久秀の姿は、これとは大きく異なります。本作の久秀は、主君の長慶に一心に仕え、怜悧かつ沈着な現実主義者。確かに術策を弄する面はあり、女好きではありますが、しかしそれだけではない、複雑な人格なのであります。

 堺の豪商・天王寺屋とのおかしな縁がもとで、父を殺されたばかりの長慶に仕えることとなった久秀。以来、彼は長慶の内ノ者(側近)として最も近くに仕え、内政・外交の面で、三好家に欠くべからざる存在となっていきます。

 しかし当時の三好家をとりまく情勢は複雑怪奇であります。
 後に三好政権と呼ばれたほどの勢力を畿内に誇りながらも、身分的には足利将軍の下の管領・細川晴元の被官(家臣)に過ぎない長慶。しかもその晴元や義輝は長慶を敵視し、時に公然と、時に陰から、彼を討ち、その力を奪わんとするのです。

 これがもう少しだけ時代が下っていれば――あるいは長慶にもう少し人間性が乏しければ、下克上の流れの中、あるいは全く異なる歴史が生まれたかもしれません。
 しかし本作における長慶は、争いを好まず上下をわきまえ、自分に対して憎悪の目すら向ける晴元に対しても律儀に振る舞う人物。
 そんな長慶の意を汲んで、しかし三好が滅ぼされることがないように、久秀は孤独に自分なりの戦いを続けるのですが…そんな心身を削る日々が長慶の心を蝕んだ時、全てが崩壊していくこととなります。


 既に触れたように、本作の久秀は、あくまでも長慶への忠義の念、いや、長慶を己にとっての「神」と崇める信仰の念に生きる人物。
 そんな彼の神が壊れた時、そしてそれが幕府という制度――既に時代に取り残され、形骸化しながらもなお人を理不尽に縛り続ける制度とそれにしがみつく者――によるものであった時、そこに初めて、久秀の「下克上」が生まれるのであります。

 それは現実が見えすぎるほど見えながらも、かつての理想に生きる主君を崇拝してきた彼にとって、あるいは必然であったのかもしれません。
 しかしそれはむしろ、作中にあるように「心優しく、義理固く、寛容な実権者が涙し、心常なく、狡猾な流浪者が威張」る世界への、彼なりの復讐にも感じられるのです。

 しかし、まことに無惨なことに、たとえ復讐を成就させたとしても、失われた時は戻ることなく、壊れた神が甦ることはありません。
 そこに残るのは、ただ残りの空虚な生を送る者の、形骸が残るのみ…


 本作は、久秀の義輝襲撃を描いた後に一気に時代は飛び、信長の麾下となった久秀の姿がごくわずか描かれた後、あの印象的な姿を描いて終わることとなります。
 その構成に不満を抱く方もあるかもしれませんが、しかしそれまでに描かれてきたものを見れば、それ以上の描写は必要ない…というのは言い過ぎにせよ、十分にその間のことは想像できましょう。

 ピカレスクとしての松永久秀物語を求める方には不満でありましょう。しかし、他の作品にはない形で久秀像を作り上げ、それを以て時代のうねりに飲み込まれた者の悲劇を描いた本作は――久秀の後世の評判も考えれば一層――胸に迫るものがあると感じられます。


「松永弾正」下巻(戸部新十郎 中公文庫) Amazon
松永弾正〈下〉 (中公文庫)


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2014.06.17

「冬青寺奇譚帖」 生臭和尚、復讐というサガに挑む

 「幽霊寺」と噂される深川は冬青寺には、雨柳を名乗る、飄々としながらも生臭な若い和尚がいた。折しも江戸で付け火が頻発、雨柳は岡場所の取り立て屋の少女・冴、父の仇を追う青年武士・彦四郎はその犯人を追って奔走することとなる。愛憎と復讐心が入り乱れる中、雨柳たちが知った真相とは…

 「裏閻魔」で第1回ゴールデンエレファント賞を受賞した中村ふみによる、初の文庫書き下ろし時代小説であります。
 デビュー以来、エンターテイメント要素の強い時代ものを発表してきた作者だけに、本作もなかなかにユニークな、私好みの趣向の作品です。

 時は寛政の頃、江戸は深川のボロ寺・冬青寺に住み着いた有髪の青年僧・雨柳は、僧侶ながら大した生臭、岡場所にも大手を振って出入りする始末。
 しかし法力があるという噂と、医師としての腕、何よりもその人懐っこさで、町の人々(特に女性たち)の間では人気者であります。

 そんな彼が出会ったのは、父の仇を探して旅しているという青年武士・彦四郎。行き倒れ同然のところを、同心の父を亡くして今は腕っ節一つ、岡場所の取り立て屋として暮らす少女・冴に拾われた彼は目を病んでおり、ものが奇妙に歪んで見える状態にありました。

 折しも江戸では付け火による火事が連続、その現場から姿を消した少女・美代を探すことになった冴と雨柳、彦四郎は、彼女こそが付け火の犯人ではないかと恐ろしい疑いを抱くようになるのですが…


 物語の中心となる三人をはじめ、登場人物の多くがどこかコミカルで、どこか漫画チックな印象のある本作ですが、しかし展開される物語は、「復讐」という人の行為と、その根底に存在する人の愛憎をテーマとした、どこまでもシビアな内容であります。

 父の仇だけでなく、自分自身に対しても深い憤りと悔恨の念を背負った彦四郎。最も有名な復讐劇である「忠臣蔵」に喝采を送る江戸の人々に対して嫌悪感を隠さぬ美代。そして過去の怨念を背負い、それを晴らすために彷徨する亡霊…

 彼らは皆、「復讐」という合わせ鏡の周囲に立った者たち。それが自身のものであれ他者のものであれ、それが正当なものであれ逆恨みであれ――本人たちにとっては既に止まらない、止むに止まれぬ復讐の念に、僧侶として、一人の人間として(そして…として)雨柳は挑むのであります。

 ある意味人にとっては当然のサガであるだけに、単純な善悪など付けがたい復讐の想い。しかし同時に、それを拒み、止めようとするのもまた、人の情でありましょう。
 復讐にそれぞれの形で対峙しながらも、雨柳に、冴に、彦四郎の胸に共通して在るのはこの情。その情があるからこそ、本作は哀しくも、それ以上の温かさ、微笑ましさを感じさせてくれるのであります。


 雨柳の背負ったもの(の一端)など、ある程度読めてしまう部分はありますし、人物設定など、少々無理を感じる部分がないわけではありません。
 しかし本作の物語運びや、個々のキャラクター描写や時代ものとしてのひねり(特に彦四郎の病んだ目が一ひねり二ひねりも意味を持つのがうまい)など、見るべきところは多くあるかと思います。

 そして、まだ雨柳自身の物語はその一端が描かれたに過ぎません。彼の、そして周囲の人々の次なる物語を、この先も読んでみたいものです。


「冬青寺奇譚帖」(中村ふみ 幻冬舎時代小説文庫) Amazon
冬青寺奇譚帖 (幻冬舎時代小説文庫)

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2014.06.16

「運命のひと 姫は、三十一」 消えゆく人々、崩壊する世界

 現在放映中の「妻は、くノ一 最終章」においてまさかの(?)活躍を見せている松浦静山の娘・静湖姫が謎解き屋として活躍する「姫は、三十一」シリーズもいよいよクライマックス目前。今回の事件自体も相当に奇妙なものではありますが、それ以上に静湖に大きな運命の変転が訪れることになります。

 つまらない依頼ばかりのところに退屈していた中、とある長屋の大家が静湖のところに持ってきた依頼。それは、その長屋の住人8人が一晩にしていなくなり、そっくり別の住人に入れ替わった謎の解明でありました。

 確かに奇妙ではありますが、一見なんら事件性のないこの一件の背後に、容易ならざる大事件が潜んでいるのでは、と睨んだ(妄想したともいう)静湖は、勇躍この謎に挑むこととなります。
 新しい住人の一人に、恋人候補の瓦版作者がいたことから、彼を足がかりに調べを進めていく静湖ですが、しかし調べれば調べるほど、浮かんでくるのは新旧住人の奇妙な素顔と人間関係。

 さらに長屋に関連すると思われる死体が見つかり、さらに瓦版作者が何者かに襲撃されるに至り、正体不明の一件は、明確に事件性を帯びていくのですが…


 と、どんどん大がかりになっていく謎解きパートの面白さもさることながら、何よりも見逃せないのは、静湖を巡る恋模様であります。
 三十一歳まで独身で過ごしてきたものの、数万年に一度のモテ期に当たって次から次へと恋人候補が登場してきた静湖。その数たるや、十人を軽く越え、人物紹介がなければ、全員はとても把握できなかったのですが――それが本作においては、次々と静湖の周囲から去っていくことになります。

 ある者はよんどころない事情で自ら去り、ある者は静湖の側から冷め、またある者は別の相手とカップルになり…そしてまたある者は、静山と静湖の敵に回る。

 これまでが賑やかであっただけに、彼らの退場ぶりは相当の崩壊感すら感じさせるものですが、それはとりもなおさず、静湖の周囲の世界が崩壊していくことにほかなりません。
 そして、ここに来て描かれることとなる、静湖の真情が切ない。「姫は、三十一」――そこに込められた想いが溢れ出す場面は、まさに本作ならではの、本シリーズがこれまで積み上げてきたものあっての、美しくも哀しい名シーンと言えましょう。
(もう一つ、これまで散々笑わせてくれたお約束展開が、ここにきてグッとくるような泣かせどころに転じるのも実にイイ)


 ラストには、ある意味静湖にとって最も近しかった者までも去り(その去り方がまた妙なリアリティが…)、ついにほとんど一人となってしまった静湖。
 三十一歳の年も残りわずか、彼女にとって本当の運命のひとは現れるのか、静山を、静湖を狙う悪意に打ち勝つことはできるのか…
 次巻、いよいよクライマックスであります。


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運命のひと姫は、三十一 (6) (角川文庫)


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 「鳥の子守唄 姫は、三十一」 鳥のミステリと崩れ出した真実

 「妻は、くノ一 最終章」 第1回「彦星の涙」
 「妻は、くノ一 最終章」 第2回「織姫の行方」
 「妻は、くノ一 最終章」 第3回「届かぬ想い」
 「妻は、くノ一 最終章」 第4回「運命の奔流」

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2014.06.15

「姫路城リビングデッド」第1巻 正真正銘、対ゾンビの籠城戦始まる

 戦国の世が終わり、徳川幕府が誕生したばかりの頃、完成したばかりの姫路城を突如包囲した、奇怪な屍人たちの群れ。それを指揮するのは、いずれも死んだはずの戦国の英雄たちだった。そして図らずも姫路城に籠城することとなった人々の中には、城を愛してやまないただの農民(?)・七尾虎次がいた…

 既に時代ものにゾンビというのは、定番の題材…というのはさすがに大げさかもしれませんが、しかしそのなかなかに意外な組み合わせが、かえって不思議な魅力を生み出すことは、これまでこのブログでも取り上げてきたところであります。
 そしてその最新の成果が、本作「姫路城リビングデッド」であります。

 時は17世紀初頭、本多忠政により姫路城が完成した直後とありますから、大坂の陣で豊臣家が滅んで数年のことでありましょう。
 今日も今日とて、姫路城の美しさに惹かれては城に忍び込み、門番に叩き出されていた城マニアの少年・虎次は、そこで奇怪な屍人の兵士に襲われます。

 その場は梟を連れた謎の青年・梟司に救われた虎次ですが、しかし時既に遅く、城下に次々と出現する奇怪な屍人の兵士たち。
 いつの間に出現したか、姫路城を包囲していた謎の軍により送り込まれた屍人兵たちは城下を蹂躙、辛くも逃れた人々は姫路城に立てこもることとなるのですが…


 ゾンビものといえば、籠城戦はつきものであります。基本的に圧倒的に数の多いゾンビ側に対し、人間側にまずできることはといえば、逃げること、そして立て籠もること――
 それが物語途中の出来事であれ、物語を通じての主題であれ、これまで無数のゾンビもので籠城戦は描かれてきました。

 しかし、そんな中でも、そして冒頭に述べたとおり、既にゾンビ時代ものも少なくないにもかかわらず、本当にゾンビ相手に籠城戦を行うのは、本作が始めてではありますまいか。
 しかも舞台はその美しさ、堅牢さにおいて史上に残る姫路城――いやはや、この組み合わせの時点で脱帽であります。

 そしてこの籠城戦に参加する面々もまた個性的。城マニアでどうやら築城術の心得もあるらしい主人公・虎次に、屍人たちとある因縁を持つ梟司。剛力を持ちつつも心優しき門番・小熊雪治郎。
 本作オリジナルの登場人物だけでもなかなか面白いのですが、そこに本多忠政・忠刻の城主親子、そして彼らの客分である宮本武蔵が加わり、さらに姫路城といえばあの伝説の…まで登場するのですから、顔ぶれをみるだけでも胸が躍ります。
(特に武蔵の登場は、その手があったか! と)


 もっとも、引っかかる部分がないわけでもありません。本作で姫路城を包囲する謎の軍団――それを率いるのが、信玄・謙信・信長ら、甦った戦国オールスターというのは、本作のウリの部分かとは思いますが、しかしあまりにも豪華すぎてかえって統一感が感じられないようにも思います。

 虎次に力を貸すのが上で触れた伝説の…というのも、人間とゾンビの真っ向勝負にはちと余計な要素のようにも感じられます(それ以前に、虎次の髪型が個人的には気になって仕方ないのですが…)


 しかし物語はまだ始まったばかり。ここで私が感じた違和感も、この先にきちんと説明される時がくるのではないか…と感じています。

 というのも、上で触れた本多忠刻がこの籠城戦に闘志を燃やす理由に、妻の千に、再び落城の悲しみを味合わせないため、という描写があるのを見るに、作者は相当にわかって描いているのではないか、と感じられるためなのですが…

 何はともあれ、いよいよ始まった史上初の籠城戦。ラストでは思わぬ大物が城内にいたことも判明し、さてこの先いかなる戦いが、人間模様が描かれるのか――これはこの先が楽しみな作品です。


「姫路城リビングデッド」第1巻(漆原玖 新潮社バンチコミックス) Amazon
姫路城リビングデッド 1 (BUNCH COMICS)

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2014.06.14

「妻は、くノ一 最終章」 第4回「運命の奔流」

 早くも残りあとわずか2回となった「妻は、くノ一 最終章」。海外への出航まで日限を決められながらも、ようやく織江の生存を確かめた彦馬。一方織江の方には、懐かしい人物が現れるのですが、しかし…。そしてさらに静湖姫も彦馬への想いを露わにし、いよいよ事態は混沌として参りました。

 静山が海外貿易、いや開国のために海の向こうに送らんとする施設船・天竺丸に織江を連れてともに海外に行こうとする彦馬。しかし静山の周囲を探る幕府の目も厳しくなり、出航は早められることになります。
 それまでに織江を見つけようと必死になる彦馬に対して差し向けられた御庭番の刺客・寒三郎の刃が彦馬に迫ったとき、ついに織江の姿が!

 と、なかなか盛り上がる前回のクライマックスでしたが、しかし織江は再び姿を消し、事態はふりだしに戻ったようなもの。しかし一度再会できたからには…とエキサイトする彦馬は、なおもあきらめることなく織江を探そうとします。さすがに周囲を振り回し過ぎな気もしますが。

 そして当の織江は、彦馬も何度か顔を出したことのある小料理屋・浜路を訪ねます。実はその主、名前も同じ浜路こそは織江の母・雅江の同輩であり、織江も娘のように可愛がってくれた相手。
 しかしわざわざ彦馬の長屋の近くに店を出したことで、浜路は刺客になったのではないかと、姿を見せたのであります(と、追われてる身にしてはうかつすぎる気がしますが…)

 これに対し、自分は単に引退して店を開いただけ、と答える浜路。いや、確かにくノ一は色々と員数外かもしれませんが、そんな簡単に足を洗えるのかしら…と思いきや、やはり裏では川村と繋がっていた浜路は、彦馬暗殺を命じられることになります。

 と、主役二人が深刻な状況の中、相変わらず元気なのは静湖姫。まずは胃袋を掴む! と言うことか、前回知り合ったおつるの干し魚を大量に彦馬に贈り、さらに彦馬の着物を仕立てて長屋まで乗り込んでくるという行動力であります。

 お金持ちお嬢様キャラを時代もので描くとこうなるのだなあ…と何だか楽しい気持ちになってしまいますが、しかし彦馬の気持ちが動くはずもありません。妻がいることを聞かされた静湖は憤然と長屋を去るのですが…腹いせに静湖が投げ捨てた七夕の笹をちゃんと戻す供侍は良い人だ。

 しかしその彦馬も、織江が静山の娘だったと聞かされ、奇しき因縁に愕然となります。そして同様に驚いたのは、それを立ち聞きしていた静湖。彦馬の妻が静山の娘、つまり自分の妹であり、そしてあの織江だったとは――と、そういえば織江は偽名も何もなしにおつるのところに世話になっていたんだっけ、とこちらも驚きましたがそれはさておき(しかし普通に顔晒して江戸市中で行商やっているし、さすがに大胆すぎるのではありますまいか)。

 折悪しく織江は不在だったものの、ようやくその所在の手がかりを掴むことができた彦馬。そしておつるも、生き別れの息子が、彦馬の長屋に預けられていたことを知り――何となく前作から引っ張られていたこちらのエピソードも、すぐには解決とはいかないものの、まずは一安心であります。

 が、彦馬に迫る御庭番の魔の手。彦馬を誘い出した浜路の刃が彦馬に迫ったとき、再び織江が参上! というところで次回に続きます。


 ううむ、こうしてあらすじを書いてみると、やはり堂々巡りが続いているという印象は否めません。追われる身の割に、織江がかなり不用心なのも気になるところですし、やはり彦馬の頭の冴えを描くシーンがほとんどないのも寂しい…
 などと今更言っても残すところはあと1回。ラストの盛り上がりに期待しましょう。


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 「身も心も 妻は、くノ一」 静山というアクセント
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 「月光値千両 妻は、くノ一」 急展開、まさに大血戦
 「宵闇迫れば 妻は、くノ一」 小さな希望の正体は
 「美姫の夢 妻は、くノ一」 まさかのライバル登場?
 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2014.06.13

「眠狂四郎独歩行」下巻 亡霊と亡霊の対決の果てに

 眠狂四郎シリーズ第2弾、「眠狂四郎独歩行」の下巻であります。徳川家正統を名乗り幕府転覆を企む風魔一族と、それを阻まんとする公儀隠密集団・黒指党、二つの勢力の暗闘に巻き込まれた狂四郎の孤独な戦いはなおも続くのですが…

 戦国時代、徳川家康が窮地に陥る度に忽然と現れ、家康を救ったと言われる伝説の風魔一族。彼らの頭首は、代々奇怪にも「秀忠」の名を継ぐのですが…実は彼らの祖こそは徳川秀忠その人。
 業病に犯され、徳川家を継げなくなった彼は、異父弟にその座を譲り、自らは徳川家の影の戦力となったのであります。

 そして天保の世に至り、自分たちが徳川正統と暗躍を開始した風魔一族に、成り行きから挑むこととなったのが、眠狂四郎であります。
 はじめは行きがかり上とはいえ、風魔の挑戦を次々と退けるうちに風魔の不倶戴天の敵となった狂四郎。風魔が江戸を離れて何やら陰謀を巡らすのを知るや、その邪魔も面白いと、狂四郎もまた飄然と旅に出るのですが…


 上巻同様、この下巻も、連作短編と長編の中間をいくかのようなスタイルの本作。
 しかしその内容は、この下巻に至り、より自由な――簡単に言えば、風魔一族との戦いとは無関係の、独立したエピソードが増えていくこととなります。
 その意味では、この下巻はシリーズ第1弾の「無頼控」に近いと言えるかもしれません。

 さらに言ってしまえば、本作の構成は、一つの長編としてみるには、あまり精緻なものとは言い難いものがあります。
 上で触れた本筋に関わらないエピソードも多い上に、本作のもう一つの勢力である黒指党も後半ほとんど顔を見せなくなり、また重要なキャラクターの退場のさせ方もいささか…

 が、それで本作がつまらないかといえば、否としか言いようがないのが本作のユニークなところ。すなわち、個々のエピソードが抜群に面白いのであります。
 先に触れたとおり、本作は、短編の連続が大きな長編を形作るというスタイル。単に長編が各章に切り分けられているのではなく、起承転結を備えた物語一つ一つが、この独歩行という大きな物語を構成しているのであります。

 考えてみれば、狂四郎にとっては、風魔との戦いも、その他の事件も、等しく退屈な人生の彩り。その意味では全てのエピソードは等価――というのはさすがに大げさかも知れませんが、本筋からの距離を置いたエピソードもまた、実に狂四郎らしく、本作でなければ読むことができないであろう物語なのは間違いありません。


 それでは風魔一族との戦いに意味はないのか、と取られかねませんが、もちろんそれも否であります。
 風魔一族のいかにも柴錬らしい伝奇的興趣に溢れる設定の面白さはもちろんのこと、その存在は、ある種狂四郎の合わせ鏡的位置にあるのですから…

 隠れたりとはいえ、かつては戦国の世で活躍を見せたものの、歴史の陰に埋もれた風魔一族。今なお自分たちは徳川の正統としての権利を持つと天保の世に決起した彼らではありますが、しかしその姿は、むしろ過去の亡霊というべきものでありましょう。

 そしてその過去の亡霊を祓うべき狂四郎もまた、一種の亡霊的存在…といえば驚かれるでしょうか。
 もちろん狂四郎はあくまでも生者ではあります。しかし彼は「無頼控」(正編)の死に損ねた――そしてそこで彼自身の物語はほぼ完結した――人間。

 その意味では、本作におけるその後の狂四郎は、この世から外れた存在であり…その点で風魔一族と近しい存在と言えるのではありますまいか。本作において狂四郎が風魔と敵対しつつも、どこか傍観者的立ち位置にあったことも、何となく頷けるところではあります。

 もちろんこれは牽強付会に過ぎますが、しかしこうした視点から見れば、本作の結末もまた、少々違った色合いで見えてくるように感じられるのです。


「眠狂四郎独歩行」下巻(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon
眠狂四郎独歩行 (下) (新潮文庫)


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2014.06.12

「ますらお 秘本義経記 羅刹の章」 義経の伝奇性と人間性と

 今月第3巻(最終巻)が発売されたばかり、そして月末には待望の新刊が登場する「ますらお 秘本義経記」の廉価版コミックの第2巻であります。自分の向かうべき先も定まらず、美しき悪鬼羅刹の如く荒れ狂っていた遮那王も、様々な人々と出会い、新たな道へ踏みだしてくこととなります。

 幼い頃に鞍馬山に入れられながらも、自らの境遇に満足せず、脱走を繰り返していた遮那王。
 天狗を名乗る謎の男に連れ出されて山を捨て、伊勢三郎、常陸坊海尊らを仲間に加え、天狗の下で武芸を磨く遮那王。しかしそれに飽き足らず都に出た彼は、怨敵清盛を狙うのですが、もちろん成功するはずもなく――

 という第1巻を受けたこの巻で描かれるのは、この京から瀬戸内、九州、奥州へと、次々と舞台を変えて描かれる、いわば遮那王…いや義経の青春時代とも言うべき物語であります。
 かの弁慶を加えて京を逃れた遮那王たちが向かった先の瀬戸内で、源氏ゆかりの、しかし今は平氏方の河野水軍と出会い、その内紛に巻き込まれる瀬戸内編。
 天狗の作った源氏の隠れ里に向かった義経の前に現れたもう一人の義経との対面と、宿敵・平維盛との対決を描く九州編。
 そして謎の人物・金売り吉次により半ば強引に奥州に誘われた義経一行が、奥州を騒がす謎の鬼と対峙する奥州編。

 この時代は、義経の生涯の中でも記録の少ない頃であるためか、バラエティに富み、かつ伝奇性も豊かな物語が、ここでは展開されることとなります。
 ことに謎の老人・天狗の意外かつ納得の正体、そして奥州でその弓術と馬術で義経を苦しめた鬼の正体などは、比較的堅めに思われた本作でこのような展開が読めるか、と嬉しい驚きであります。

 そんな中でも、元服して「八郎義経」と名乗った義経が、自分と全く同じ名の、為朝の子を名乗る「八郎義経」と対峙する九州編は、特に印象に残ります。
 その設定・趣向の面白さもさることながら、自分と似たような出自で全く同じ名前を持つ人間と照らし合わせることで、「義経」としてのアイデンティティーを再確認する――そのタイミングとして元服直後を選ぶのも心憎い――ことで、義経の成長を描いてみせるのには舌を巻かされます。

 そしてこの巻で注目すべきは、これらの伝奇的趣向もさることながら、それ以上に、まさにこの義経の人間としての成長でありましょう。

 第1巻の時点では、自分の周囲の人間全てを敵、あるいは利用すべきものとして睨みつけるばかりだった義経。
 唯一その例外は、(作中で要所要所で再登場する)静の存在でありましたが、しかしこの巻において広い世界に旅立ち、様々な人々と出会っていくことで、義経は、静以外に対した時もまた、人間くさい表情を見せるようになっていくのです。

 その人間的成長のきっかけとなったのが有情熱血の男・武蔵坊弁慶であり、そしてリーダーとしての覚悟と自覚を促すのが天狗の○○というのが泣かせるのですが――
 いずれにせよ、義経の孤独な精神がこれでもか、とこれまでも描かれてきただけに、変わりゆく彼の姿が、何よりも嬉しく感じられるのです。

 そして時は流れ、この巻の終盤ではついに頼朝が決起。それに合流せんと義経主従は奥州を発つのですが…
 ここから先、義経を待つのは、我々もよく知る歴史のうねり。その中で彼の成長がどれほどの意味を持つのか――期待半分、不安半分で待っているところであります。


「ますらお 秘本義経記 羅刹の章」(北崎拓 少年画報社ヤングキングベスト廉価版コミック) Amazon
ますらお秘本義経記 羅刹の章 (ヤングキングベスト廉価版コミック)


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2014.06.11

「江戸の陰陽師 風流もののけ始末帖」 陰陽師、大仕掛けでもののけに挑む?

 安倍晴明の師匠・賀茂忠行の血を引きながらも、江戸時代の今では貧乏暮らしの青年・賀茂柳太郎。一旗揚げてやろうと江戸に出てきた彼に声をかけたのは、両親を殺されたという狸の娘。兄が御用聞きにとり憑いて悪事を働いていると聞かされた柳太郎は、謎のご隠居さんの力を借りて事件解決に挑むが…

 陰陽師というのは今ではすっかりメジャーな題材となりましたが、しかし江戸時代を舞台とした陰陽師ものというのは、まだまだ珍しいものであります。
 というのも、徳川幕府の体制下の陰陽師は、平安時代のような国家陰陽師として帝に仕え、時に政治にまで影響を与えた時代に比べればその地位は低いもの。安倍晴明の血を引く土御門家は残っていたものの…

 と、そこで登場するのが本作の主人公・賀茂柳太郎であります。
 その姓を見ればわかるとおり、かつては土御門家と勢力を二分した賀茂家の血を引く青年なのですが――江戸時代には往事の勢いをすでになくした賀茂家。既に両親もなく、天涯孤独の柳太郎は、思い切って江戸にやってきたのですが、そこで彼を待っていたのはもののけ絡みの奇妙な事件の数々と、これまた奇妙な人々との出会いだったのでありました。


 と、そんなわけで本作で描かれるのは、柳太郎が江戸で出くわした四つの物語、四つの怪事件。復讐のため人に憑いた化け狸、奇怪な傷のついた子供の死骸、千里眼で荒稼ぎする男、貧乏神にとり憑かれた娘――
 これらの事件の陰、この世の裏側で蠢くもののけたちを、柳太郎の陰陽の術が打ち砕く!
 …とはならない、ほとんど全くならないのが本作のユニークな点であり、最大の特徴であります。

 何しろ柳太郎は京から江戸に出てきたばかり、江戸の様子もほとんどわからない状態。そんな状態の彼を教え導く存在なしには、まず活躍のしようもないのですが…
 ここで登場するのが、謎の怪人物・ご隠居さんであります。

 作中では「ご隠居さん」としか名乗らぬこの老人、いくつもの店を持つなど暮らしには困らぬ様子の飄々とした人物。どうやら何かしらの術を心得ているらしく、柳太郎が悩んでいるところにどこからともなく現れては、知恵と力を貸すのですが…そのやり方がまたユニーク。

 大道具師と化粧師と役者――常に塗笠をかぶった配下の三人組を使って大舞台を作り、そこに相手をおびき寄せて文字通り一芝居打つことで、事件を解決に導くのであります。
 陰陽師、陰陽道といいつつ、そして人外のもののけを相手にしつつ、一種の大がかりなペテンでもって事件を解決してしまうのが、実に面白いアイディアだと思います。


 とはいえ、このご隠居さん、そして柳太郎のキャラクターがつかみどころがないのが、少々困りどころの部分もあります。
 二人のすっとぼけぶりは楽しいのですが、これはもう勢いだけで喋ってるのではないかという部分もありますし、キャラクターやストーリーがかっちりしたものを期待する向きには、あまり合わない作品かもしれません。
(ストーリー面でいえば、第2話のトリックはあまりに無理があるかと)

 もっとも柳太郎はまだまだ駆け出し陰陽師。色々な面で腰の定まらない青年ではあります。
 そんな彼の成長物語…にはあまりならないような気がしますが、彼がご隠居さんのうつ一芝居でこれからどのような役割を果たすのか、そして見事一本立ちして見せるのか――
 この先も気楽に、肩の力を抜いてつきあっていくべき作品でありましょう。


「江戸の陰陽師 風流もののけ始末帖」(聖龍人 宝島社文庫) Amazon
江戸の陰陽師 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)

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2014.06.10

「眠狂四郎独歩行」上巻 風魔と黒指と狂四郎と

 何者かの挑戦状で呼び出された先で、葵の刺青を入れられた娘を救った眠狂四郎。それがきっかけで狂四郎は、徳川家正統を称し幕府転覆を謀る風魔一族と、旗本八万騎から選び出された秘密集団・黒指党の暗闘に巻き込まれることとなる。次々と起きる奇怪な事件と剣戟の中を、狂四郎は独り歩む…

 眠狂四郎シリーズの第2弾、「無頼控」に続く「独歩行」であります。大きな流れはありつつも、基本的には連作短編の集合というスタイルだった前作に対し、本作は、一つの長編の各章が短編的な形で描かれていると申しましょうか――
 ある意味、その後のシリーズのスタイルを決定づけた本作、初読以来、実に20年以上間を開けての再読となります。。

 江戸で次々と起きる奇怪な事件。その肌に葵の刺青を施された女性たちが何者かに襲われ、犯されるというその事件の背後にあったのは、戦国時代よりその名を知られる風魔一族でありました。
 かつて幾度にもわたり、徳川家康の絶体絶命の窮地を救ったという風魔一族。何ゆえを以てか、代々の頭領が「秀忠」を名乗る彼らはいつしか歴史の闇に埋もれていたものが、この時代に決起し、幕府転覆を狙っていたのであります。

 これを迎え撃つのは、松平定信が組織した隠密集団、旗本八万騎の子弟の中から選び出されて剣法と忍びの術の修行を積んだ幕府の隠密集団・黒指党。
 その存在を知る者は幕府でもごくわずかの極秘戦力であり、ただその証は、漆黒に染められた右手の指のいずれかの爪のみ…

 この世に隠れた二つの集団が火花を散らす中に、飄然と現れたのが、眠狂四郎なのであります。


 いったい狂四郎という男は、いざその立ち位置を説明しようとすると、ハタと困ってしまう人物でありましょう。
 破邪顕正の太刀を振るう正義の味方などではもちろんなく、人を斬るに躊躇いはなく女性に平然と落花狼藉を働くものの、野獣でもない。
 一応の後見人が老中側用人であることから、その求めにより幕府サイドで動くことはあるものの、決して幕府の味方などではない。

 誰に命じられるでもなく、ただ気の赴くままに生き、孤剣を振るう放浪者…それが狂四郎という人物。
 そんな彼の在り方は、彼自身の
「これまで、わたしという男を、味方につけた徒党はない。わたしは、常に、独歩している。敵にまわして頂いた方が、気楽なのだ。そういう男なのだ、わたしは――」
という台詞に現れていると言えるでしょう。

 そんな狂四郎だからして、風魔一族にも、黒指党にも、どちらの側にも属することはありません。
 ただ彼は襲ってくる者を斬り、陰謀を巡らす者を暴くのみ…ある意味受け身といえば受け身、不安定といえば不安定な立ち位置ではありますが、それが全く違和感なく、むしろそれでこそ、と感じられるのが狂四郎の狂四郎たる所以でしょう。

 しかし興味深いのは、本作で相争う二つの集団が、どちらも歴史の陰に埋もれた存在であるということでしょう。しかも彼らは――風魔は時を経てその性質を変えたとはいえ――どちらも徳川家のために働いた/働く者たち。言ってみれば同じコインの裏と表にある者同士が、鎬を削っているのであります。

 そしてそんな争いに時に割って入り、時に傍観者となるのが、やはり歴史の表に出ることなく生きながら、しかし幕府をはじめとするこの世の権威一切に背を向けた狂四郎というのが実に面白い。

 狂四郎の存在を以て、風魔と黒指党の争いの奇怪さ、愚かさが浮き彫りとなり――そして風魔と黒指党の存在を以て、狂四郎の「無頼」、誰に拠ることもなくただ己のみを頼んで生きる心意気が際だつ。本作はそんな構造を持つ物語なのであります。


 さて、いつ果てるとも知れぬ風魔一族と黒指党の戦いの果てに何があるのか、そして狂四郎がそこで何を見るのか――下巻もすぐに手にせずばなりますまい。

「眠狂四郎独歩行」上巻(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon
眠狂四郎独歩行 (上) (新潮文庫 (し-5-12))


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2014.06.09

「妻は、くノ一 最終章」 第3回「届かぬ想い」

 考えてみれば早いものでもう全5回の折り返し地点まできた「妻は、くノ一 最終章」。相変わらず引き裂かれたままの彦馬と織江のみならず、周囲の人間たちの運命も、入り乱れて物語は進んでいくことになります。その台風の目は、やはり静湖姫…?

 江戸に漂着した幽霊船の中に残されていた松浦家の紋入りの割り符。それを奇貨として静山を追いつめようとする奥右筆は、幕府船奉行・向井将監に松浦家の取り調べを依頼します。

 実はこの幽霊船、静山が平戸で南蛮に向かう天竺丸のカムフラージュに何艘も流したものの一つ。正直なところやり過ぎ感がありますが、真のやり過ぎはここから。
 霊岸島で幽霊船を目の前にして行われた詮議に現れた静山は、舞台仕込み(?)のオーバーアクションで切々と幽霊船に乗っていた者たちの無念を説き、海の男と男にしかわからぬ熱い想いを受け止めた将監は号泣。

 完全に静山を信頼してしまった将監は、彦馬のところから出てきたオランダ語の書状のことを問おうとする奥右筆を越権と叱責、静山にとっては一石二鳥の結末となったのでした。

 …しかし前作の時点から思っていましたが、奥右筆が静山一人を潰すためにここまでやるのは(特に奥右筆の役目的に見て)いかがなものなのでしょう。
 これが同じ役回りを、原作に登場した鳥居耀蔵がやるというのであれば、まあ鳥居様だから…と納得もできるのですが。

 閑話休題、うまく乗り切ったものの、危険を感じ取った静山は天竺丸の出航を早めることに決定。しかし彦馬はすぐに平戸に行けという静山の命に逆らってまで、織江を探し続けます。
 当の織江は相変わらず彦馬を見守っているものの、前回の出来事が尾を引いて――

 と、ひたすらシリアスな展開をひっかき回してくれるのが、その前回の出来事を引き起こした静湖姫。侍らしくない腰抜けと見下していたはずの彦馬のことがいつしか気になり、すっかり胸の中では大きな、唯一の存在にまで膨らむことに…
 そんな想いを周囲に気取られまいと完全に面白い人状態になってしまった姫の姿と、それに気づいているのかいないのか、怪訝な顔の静山の対比も面白く、重い展開の続く本作においては、ほっとできる数少ない貴重な展開であります。

 そして運命の悪戯か、直接顔を合わせることとなる静湖と織江。織江が身を寄せる干物売りのおつるが、破落戸に絡まれているのを助けた(…のは供侍で、またこのくだりがコミカルで楽しかったのですが)静湖は、おつるの小屋に顔を出すことになったのであります。

 そこで始まる女子トークの中、ついつい彦馬(とはもちろん語らぬものの)への熱い想いを語ってしまう静湖。前回の静湖と彦馬の姿を見ている織江は、何とも複雑な表情でそれを見つめ、自分は身を引くべきではとまで思い詰めるのですが…

 しかし、町で織江が見かけたのは、道具屋に並んでいる彦馬の宝物であった望遠鏡。そして織姫を求める彦星のことを歌う芸人の姿――これは、彦馬が織江を探すために望遠鏡を売り払い、その金で人を雇っていたもの。

 しかしそれがかえって御庭番の目を惹きつけ、白瓜の寒三郎に襲われる彦馬の前に、はっきりと姿を現し、彼を庇ってすっくと立つ織江の姿――! 
 これこそは、彼女の想いをはっきりと示すものでありましょう。

 その後のアクションシーンが、チャンバラとは異なる忍者のアクションをなかなか良い動きで見せながらあっさり終わってしまったのは残念なものの、二人の関係性を示す良いシーンと言ってもよいのではないでしょうか。

 しかし寒三郎を退けたものの、再び姿を消した織江。果たして平戸に向かうその前に、二人は再会できるのか…まだまだ先は見えません。


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 「胸の振子 妻は、くノ一」 対決、彦馬対鳥居?
 「国境の南 妻は、くノ一」 去りゆく彦馬、追われる織江
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2014.06.08

「狂書伝」 書に映し出される人の世の有り様

 仙骨を持つ女・斑娘は、この世に災いをもたらすという書を求めてとある町を訪れる。町を支配する非道な権力者・陳遷のもとに書があると睨んだ斑娘は、ちょうど家出してきた陳遷の娘・陳婉を人質にして、書と引き換えようと計画する。しかし事態は次々と意外な方向に転がっていき…

 第23回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した勝山海百合による、何とも不思議な作品であります。

 アジアを題材とした作品を得意とする作者らしく、本作の舞台となるのは、明代の中国。本作の主人公の一人である斑娘は、幼い頃に神隠しに遭った先で仙人の修行を受け、娘の姿から年を取らなくなった女性ですが、各地でその力を活かして活動しているらしい彼女が、仏道に進んだ弟から、この世に災いをもたらす焦点になるという書の回収を依頼されたのが、物語の始まりとなります。

 どうやらその書を持つのは、独自の審美眼を持ち、能書家として知られながらも、権力・財力・暴力で町を支配する男・陳遷。
 旅の途中で知り合った娘・無角の縁戚が、陳遷に無惨に殺されたことを知った斑娘は、陳遷を懲らし、書を手に入れようとするのですが…


 と、これだけ見ればいかにも武侠もの、侠女ものといったところですが、しかし本作はそうした印象を――まず間違いなく意図的に――外し、むしろ志怪小説的な、不思議な味わいの世界を描き出します。

 何しろ、本作の主人公たるべき斑娘からして、それほど強くも有能でもありません。
 確かに仙骨を持ち、不老の彼女ですが、その他に使える力といえば、犬に化ける術くらいで、武術の腕が格別立つというわけではありません。つまりその存在的には、我々一般人に近い存在なのです。

 また、本作のヒロイン的位置にある陳遷の娘・陳婉も、それなりの才女であり、かつまだ見ぬ白馬の王子を夢見て家出してくるようななかなか個性的な人物ではありますが、ヒロイン的な役回りを演じるかといえば、そうでもなく、事態に振り回されるばかりなのであります。

 彼女たちに限らず、本作の登場人物の大半は、ある種定型的な立ち位置に見えつつも、そこから半歩踏みだして、どこか変わった、どこかおかしな、そしてそれが逆にどこか地に足の着いたキャラクター像を生み出しているのであります。
(特に、妙な方向に半歩踏み出した嬢信癖(女性の手紙フェチ)の文人たちは、異常でありつつも、いかにもいそうな造形なのが楽しい)


 本作で描かれるのは、そんな人間たちによって基本的に淡々と、しかし時にユーモラスに時に残酷に生々しく、世の有り様に翻弄される人間の哀しさ、逞しさ、強かさを描いた物語。

 そしてそんな人間模様の象徴となるのが書――物語の発端となる凶書のみならず、全ての書――であると言えるでしょう。
 そこに記す者の想いを如実に示されるかと思えば、陳遷のように内側の邪悪さとは無関係に美しい文を記す者もいる。そしてその目的やそこに込められた本人の想いとは無関係に、他人からその価値を認められ、後世に残ることもある…

 思えば不思議な書の世界。それはそれを書き、読む者の内面を映すものである…というのはいささか陳腐な表現かもしれませんが。

 帯の謳い文句とは少々異なる内容のように思いますが、人の世の諸相をちょっと不思議な切り口で描き出した物語としての本作は、どこか不思議な後味を残します。
 なんとも不思議な作品であります。

「狂書伝」(勝山海百合 新潮社) Amazon
狂書伝

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2014.06.07

「お江戸ねこぱんち」第十号 猫時代漫画専門誌、ついに二桁突入も…

 約三ヶ月ぶりに刊行の「お江戸ねこぱんち」も、この号でついに二桁の大台に突入。猫好き、時代漫画好きとしては欣快の至りなのですが…。これまで同様、印象に残った作品を取り上げていきましょう。

「猫暦」(ねこしみず美濃)
 今回は寛政10年の鯨騒動を背景とした「寛政の鯨」の巻。この鯨騒動、品川沖に迷い込んできた鯨が捕らえられ、大評判となったものですが、それをおえいやヤツメ、勘解由たちが見物に出かけて…というお話です。

 そしてそこに絡むのが、天文方・高橋至時の次男・高橋善助であります。後に勘解由とも何かと因縁(?)のある人物ですが、この頃はおえいとあまり年の変わらぬ子供。
 今回は彼の目を通じて、勘解由の目指す道――この国の全てを測量してみたいという想いが描かれることになります。
(ちなみに最初に高橋至時の子と聞いた時、長男の景保の方かとちょっぴりドキリと)

 おえいの変身シーンはあったものの、前回に比べるとそこまで必然性は大きくなく、その辺りは物足りないところですが、巨大な鯨よりもさらに広大な海の存在と、先述の勘解由の想いが絡めて語られるのは、なかなかに美しい。
 今回は引率者だったこともあって、大人としての勘解由がこれまで以上に印象に残ります。


「外伝 猫絵十兵衛御伽草紙」(永尾まる) 今回は久々に十兵衛とニタが主人公の「蛍髪猫」。
 髪を梳くと炎とも火星ともつかぬものが髪より滴るため、もののけ扱いされて世をはかなんだ娘を助けた二人は…というお話であります。

 内容的には外伝と言いつつ通常運転の内容ですが、十兵衛と女性キャラが直に絡むというのは比較的珍しいパターンで、なるほどこれが外伝…というのは牽強付会かもしれませんが、相手が若い女性だけに十兵衛の台詞がいつも以上に粋に感じられます。
(そして自分から猫として相手に甘えるニタも珍しい)

 クライマックスの描写も美しく、何だかいい雰囲気と思いきや、ニタを選んでしまう十兵衛…というのは曲解ですが、いかにも本作らしいお話でした。

 ちなみに十兵衛が引き合いに出す「代酔編」は、おそらくは中国の「琅邪代酔編」のことかと思いますが、今回のベースになっているのは、むしろそれを踏まえた中山三柳の「醍醐随筆」かな…と知ったかぶり。


「忍者しょぼにゃん」(きっか)
 こちらもいつものことながらしょぼにゃんのどじっこぶりが楽しい四コマですが、新キャラとして、女嫌い(意味深)の天才イケメンが登場いたします。

 何やら才走ったこの男の正体は…と思いきや、なんと歴史上の超有名人。失礼ながら本作で史実とのリンク(?)があるとは予想していなかったので大いに驚きましたが、いやこれは勝手な思い込み。嬉しい驚きではありました。


 …と、今回印象に残ったのはツートップ+αのみという印象。
 今回連載第2回の「猫ノ目夜話」(ほしのなつみ)もなかなか面白いのですが、怪異描写が今ひとつに感じられてしまいました(第1話に登場した雀の怪が、マスコット的な扱いで可愛いのですが)。
 前回がかなり充実していただけに少々寂しいところですが…

 ちなみに「お江戸ねこぱんち」の次号は11月と、かなり間が空いてしまうのですが、その間、8月に「お江戸ぱんち」が登場するとのこと。
 なるほど、劇画誌や若い(女性)向けの歴史もの漫画誌はそれなりにあります(ました)が、それ以外の読者層に向けた時代もの漫画誌というのはほとんどなかったように思います。

 そこに向けた漫画誌というのは、なかなか面白い試みだと思います。あえて猫という人気者を外したこの試みがどうなるか、3ヶ月後に期待しましょう。


「お江戸ねこぱんち」第十号(少年画報社) Amazon


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2014.06.06

「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第4巻 武術家たちの心を繋いだ先にある道

 明治時代、柔道という新たな武術の誕生を描いた夢枕獏の巨編「東天の獅子 天の巻」の最終巻であります。琉球唐手との死闘、突然の友の死、そして再びの警視庁武術試合――様々な出来事を経て、西郷四郎はどこに向かうのか。一つの旅の終わりと始まりであります。

 冒頭で描かれるのは、前の巻からの続き――講道館の柔道家たちを次々と襲う謎の武術家・梟の登場から始まった因縁の物語。
 梟が御式内の遣い手を探していると知った四郎は、自分以外のもう一人の遣い手・武田惣角を訪ね、やはり彼がかつて琉球に渡ったことが発端であることを知るのですが…

 ここから展開されるのは作者十八番の過去話ですが、これがまた抜群に面白い。
 もうこの部分だけで一つの作品になるのではないか…というのはさておき、これまで剣呑で、人間味に乏しい格闘マシーンのようにも見えた惣角の秘めた思いがふと垣間見えるシーンもあり、この辺りの呼吸はさすがとしか言いようがありません。

 そしてこの面白い琉球編をある意味導入として始まるのが、本作においては二度目の継承武術試合。
 前回同様四試合行われたうち、講道館から出場したのは四郎と横山作次郎ですが、四郎の相手は琉球唐手の達人・東恩納寛量、そして横山の相手は、古流柔術の巨人・中村半助――いずれ劣らぬ好カードであります。

 さらに物語を盛り上げるのは、戦いの中で己の道に悩み、迷い、ついには戦いが怖くなってしまった四郎の姿。まともに試合うことすらできなくなった彼を再起させたものは…
 いや、ベタと言わば言え。この辺りから物語はほとんどあらゆるシーンがこちらを全力で泣かせにかかってくるという恐るべき状態に。いやはや、本作を読みながら人目を憚ることになるとは。


 振り返ってみれば、この「東天の獅子 天の巻」という物語は、シンプルといえばシンプル、複雑といえばそうも言える物語であります。
 物語の中心には勃興期の講道館柔道の姿が、そしてその講道館で活躍しながらも、迷い悩みながら己の道を求める西郷四郎の姿があります。しかしそれだけにとどまることなく、本作は融通無碍に視点を、中心となる人物を変え、物語を綴っていくのです。

 そういう点からすれば、厳しい言い方をすれば、ある意味まとまりのない物語ではあるのですが、しかしそれがまったく気にならないのは、本作で描かれる格闘シーンの熱さ激しさはもちろんのこと、そこに流れる人の想いと、それを結びつけるものとしての武術、柔術/柔道の存在があるからにほかなりません。

 そして本作の真に優れた点は、時に死合とすら表すべき戦いの中でも武術家同士が心を通わせあう様を、柔道という武術が、一種のシステムとして取り込もうとしていた、取り込もうとする思想を持っていたと示していることではありますまいか。

 武術が人格形成に役立つというのは、これはかなりの部分神話でしょう。同様に、激しい戦いを繰り広げた者同士が心を通わせ、親友のような間柄となるというのも、多分に理想と感じられます。
 しかし同時に、我々の中に、それらを――特に後者を期待するものがあるのもまた事実。それがあるからこそ、我々は殺し合いや技比べに止まらない格闘技フィクションを求め、愛するのでしょう。

 そして本作に登場する嘉納治五郎は、そんな我々の理想を、現実の武術の中に求め、それによって新たな意味と価値を武術に与えようとした人物として描かれます。
 お互いの人間が、互いの覚悟を試し合い、人としての心の在り方を磨く場としての柔道――それを初めて自覚的に取り入れたのが柔道だと、嘉納治五郎であると、本作は描くのです。

 本作において、治五郎の登場する場面はさまで多くはありません。しかし彼の生み出したこの思想が物語を包み、作り出していることを思えば、本作は、治五郎の物語とも言えるでしょうか。


 四郎の物語の終わりを以て、本作は一応の結末を迎えます。しかしもちろん、講道館柔道と、そこで己を磨く者たちの物語はまだまだ続きます。
 結末で四郎の前に現れた前田光世を主人公とする物語――「東天の獅子 地の巻」は、いずれ必ず書かれるべきものでしょう。


「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第4巻(夢枕獏 双葉社フタバノベルス) Amazon
東天の獅子 第四巻 天の巻・嘉納流柔術 (フタバノベルス)


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2014.06.05

「天皇家の忍者」 朝廷対幕府、静原対八瀬

 後白河法皇以来、天皇の近くに仕えていた静原冠者。しかし後醍醐天皇の時代にその役目は八瀬童子に替わられてしまった。二代将軍秀忠の時代、若き頭領・竜王丸の下、復権のため、最後の勝負に出ようとする静原冠者。折しも幕府と朝廷の緊張関係が頂点となった中、静原と八瀬の暗闘は続く。

 天皇家に仕える忍者(的存在)といえば浮かぶのは、隆慶一郎の作品で知られるようになった八瀬童子でありましょう。
 代々の天皇の輿を担ぐ彼らは、その役目柄天皇の最も近くに控え、その意を受けて隠密に活動していた…という設定は、なるほどなかなかに魅力的であります。

 本作「天皇家の忍者」は、その八瀬童子が登場する作品ではありますが、しかし彼らに並ぶ、もう一つの天皇家の忍者たるべき集団として静原冠者なる存在を設定し、その両者の戦いを軸の一つとしている点が目を惹きます。

 ともに洛北の隠れ里然とした地に住まいながらも、後醍醐帝の頃を境に運命が逆転してしまった静原と八瀬。八瀬に対して帝が与えた綸旨がある限り、彼らの地位は揺るぐことなく――つまり静原復権の目はない。
 物語前半の中心となる静原の頭領・竜王丸は、この綸旨を奪い、静原がいわば天皇家の忍者たらんと、立ち上がることになります。

 これだけであれば、あるいは歴史の陰の小さな暗闘で終わったかもしれない対決は、しかし寛政という時代を背景に、表の歴史と結びつくこととなります。
 家康亡き後、将軍、そして大御所の座を継いだ秀忠は、朝廷の力を弱めるべく様々な手をうち、それに対して強く反発した後水尾天皇。

 おそらくは江戸時代を通じて最も幕府と朝廷の緊張が高まったこの時期を舞台とした作品は少なくはありませんが、本作の面白い点は、幕府の最終目標として、江戸への遷都というとてつもない目的が描かれる点でしょう。
 もちろん朝廷方がこれをのむはずもなく、しかし秀忠の厳命の下、これに挑む幕府側も、朝廷方の切り崩しにかかり…

 その幕府による切り崩しの対象となったのが八瀬童子、そしてこれに抗すべく朝廷の影の戦力となったのが静原冠者――両者の暗闘は、朝廷と幕府の対立と相まって一気に炎となって燃え上がるのでありました。


 …と、なかなかにユニークかつ伝奇的にも非常に面白いアイディアを提示してみせた本作ですが、しかし、残念ながら小説として面白いかといえば――

 作者のスタイルである、一種短編連作的に、史実を描写しつつ、それと平行する形で、対立する二つの勢力の暗闘を描いていく形式が、いささか淡泊に感じられるという点は、まずあります。

 しかしそれ以上に残念なのは、本作に登場する各勢力、登場人物たちに感情移入できない点でありましょう。
 本作の背景となるのは、上で述べたとおり幕府と朝廷との、将軍と天皇との対立。いわば雲の上の存在同士の対立は、物語上は将軍側が悪役とされているものの、その悪たる前提(説得力とも言えましょう)に乏しく、結局は権力者同士の争いに見えてしまうのです。

 その印象を、我々庶民の側まで引きつけるのが、静原と八瀬側…特に静原冠者でありましょうが、彼らもまた、天皇家の意を体現する存在に過ぎず、結局は遠い存在としか感じられません。
(身も蓋もない言い方をすれば、彼らの争いは権益争いではあり、その意味では身近かもしれませんが、そこに感情移入できるかといえば…)

 さらにいえば、彼らが当時の情勢を指して、国体の危機云々と評するのも、この意味で国体という語が使われ始めたのがいつ頃かと考えれば、違和感が残ります。


 大変に厳しい見方となってしまいましたが、題材は面白くとも、物語として見れば…というのが、偽らざる印象であります。


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天皇家の忍者(しのび) (角川文庫)

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2014.06.04

「伏 少女とケモノの烈花譚」第4巻 支配と束縛の因縁を解きほぐしたもの

 桜庭一樹の「伏 贋作・八犬伝」の漫画版、「伏 少女とケモノの烈花譚」もこれで完結であります。江戸を騒がす人獣・伏と戦ってきた少女狩人・浜路。伏の真実を知ってしまった彼女は、自分たちの、そして人間たちの運命をあるべき形に還そうとする信乃と対峙することになるのですが――

 この最終巻の冒頭で描かれるのは、前の巻から引き続き、滝沢冥土が語る伏の由来、忌まわしき真の八犬伝の物語。
 かつて里見家を襲った奇怪な運命の中で浮かび上がるのは、伏が人の業を背負った存在――人の世の災いを背負わされた、一種の贄めいた存在である、という真実でありました。

 しかし驚くのはまだ早い。徳川幕府はその伏の存在を知り、その力を統治のために用いていたというのですから…
 そう、江戸城に眠るのは全ての伏の母たるあの存在。信乃たち伏の真の狙いは、彼女を解き放つこと――すなわち、この世を伏も人もない、弱肉強食の世界に変えることであったのです。

 かくて、江戸城に突入する信乃たちと、彼を止めようとする浜路、そして彼女を追う兄・道節――登場人物たちの最後の戦いが、江戸城を舞台に繰り広げられることとなるのです。


 …これまで、細かいシチュエーションの違いはありつつも、基本的には原作の展開を踏まえてきた本作。しかしこの最終巻の展開は、原作から大きく離れた、独自のものとなっていきます。
 これは言うまでもなく、原作とは異なる(少なくとも明示はされていない)伏の「正体」、その「役割」によることは間違いありません。

 原作も本作も、伏を人のある側面を切り出したものとして描く点においては共通です。しかし原作が伏と人を表裏一体の存在として描いていたように感じられたのに対し、本作は、人から切り捨てられた部分として描いたのが興味深い。

 そこが、伝奇ものとしてはある種定番でありつつもなかなかに興味深く――何よりも、現実世界において伏の存在に当たるのが何であったかを考えれば、かなりギリギリの設定を持ってきた点は、評価できるでしょう。

 その一方で、これだけ深刻な題材、重すぎる展開でありつつも、結末は相当に甘く感じられるのですが――しかし、本作の伏の設定がこうであった時点で、これ以外の結末とするわけにはいきますまい。
 何よりも、世界を支配し、束縛してきた長きにわたる因縁を解きほぐしたものが、畢竟はヒトとヒトとのパーソナルな想いだったというのは、個人的には大いに好みなのであります。
(ただし、台詞での語り合いが多すぎた、という印象はやはり残りますが…)


 忌まわしき物語としての「里見八犬伝」を描きつつも、それを物語として乗り越え、新たな現実の扉を開いてみせる――
 原作とはまた異なる形で、しかし原作に並ぶヒトの物語を提示してみせた本作は、贋作などではなく、正しくもう一つの「伏」と呼ぶにふさわしい作品であったかと感じます。


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2014.06.03

「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第3巻 開催、運命の警視庁武術試合

 明治の世に現れた新しい武術・講道館柔道を中心に、強さを求める男たちの激突を描く「東天の獅子」の第3巻であります。この巻の前半で描かれるのは運命の「警視庁武術試合」――これまで積み上げられてきた講道館柔道と古流柔術の物語が交錯し、まさに死闘が展開されることとなります。

 警視総監肝いりで開催されることとなった警視庁武術試合――その名のとおり、武術家たちが自らの、そして流派の名誉を賭けて激突する場で行われたのは、以下の四試合――

 講道館・山下義韶 対 起倒流・奥田松五郎
 講道館・宗像逸郎 対 久留米良移心頭流・中村半助
 講道館・横山作次郎 対 揚心流戸塚派・照島太郎
 講道館・西郷四郎 対 揚心流戸塚派・好地円太郎

 完全に、講道館柔道と古流柔術の全面戦争とも言うべきマッチメイクであります。

 そして、ここに登場する選手の多くは、これまでの物語の中でその来歴や人となりが――すなわち銘々伝が語られてきた人物たち。
 サブタイトルにあるように、講道館柔道を中心とした本作ではありますが、しかし感情移入の度合いでは、講道館も古流もありません。ただただ、己の全てを――技や力だけでなく、人生そのものをぶつけてただ一戦に臨む男たちの戦いを、見守るのみであります。

 この武術試合の部分は、正直なところ、展開自体はむしろシンプルかつスピーディといえるでしょう。一人ずつ選手が登場し、戦い、去っていく…この繰り返しであります。
 特に試合と試合の合間の描写などはほとんどなく、すぐに次の試合が始まるため、その意味ではあっさり目ではあるのですが…しかしもちろん、試合そのものの描写は極めて濃厚。
 作者の格闘小説スキルの粋を集めた夢枕節全開の死闘が四連続とくれば、これは詠む方も相当の覚悟が必要になるというものです。

 特に、小柄な西郷四郎が、腕力・体格・人格ともに怪物級の好地円太郎と激突する第四試合は、四郎以上に円太郎のキャラクターの掘り下げが行われているのが印象的。
 剣呑極まりない武術家同士の潰し合いが、やがて切ない相互理解の域に昇華されていく様には、ただただため息をつくばかりであります。

 また、講道館の出場選手の中で唯一四天王ではない宗像逸郎が、前の巻で強烈な印象を残した中村半助相手に挑む第2試合も実に良い。
 柔道を、いや武術を初めて数年の宗像が、生涯を柔術に打ち込んできた中村に挑む姿は、ある意味柔道と柔術の理念を象徴するものと呼ぶべきでありましょう。


 さて、警視庁武術試合も終わり、それぞれの後日譚も語られ、一段落といったところですが、もちろんまだまだ物語は続きます。
 ここで描かれるのは、夢枕格闘小説の十八番とも言うべき、謎の格闘家による闇討ち――

 講道館をターゲットにする謎の琉球唐手使い・梟の狙いは何か。
 物語はどうやら再び、西郷四郎と武田惣角、そして二人を結ぶ伝説の武術・御式内に焦点が当てられるようでありますが、さてそれが結末に向かうこの物語にどのような意味を持つのか…もはや期待しかありません。


「東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術」第3巻(夢枕獏 双葉社フタバノベルス) Amazon
東天の獅子 第三巻 天の巻・嘉納流柔術 (フタバノベルス)


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2014.06.02

「妻は、くノ一 最終章」第2回「織姫の行方」

 「妻は、くノ一 最終章」の第2回であります。強敵・白瓜の寒三郎に雁治郎が斃され、そして織江もまた生死不明と、いきなりシビアな展開の本作ですが、その一方で三十一歳の姫君が色々とかき回してくれることに…

 三ヶ月後に船に乗って海外に向かうこととなった彦馬。いわば織江を探すタイムリミットは三ヶ月ということですが、しかしそちらの方は相変わらず…

 そんな中、長崎から(シーボルトをだまくらかして)雁治郎が手に入れてきたオランダ商館長の書状は、寒三郎襲来の際に焼却されたかと思われたのですが…しかし燃え残りは御庭番頭領・川村のもとへ。

 そうとは知らず、静山は彦馬に対し、書状の偽造を命じるのですが…しかしもう一つ静山が依頼してきたのは、静湖姫の部屋から見つかったというカラフルな小石の謎解き。
 勝手に娘の隠していたものを持ち出すのはどうかと思いますが、行き遅れた娘がおかしな信心にはまっているのでは…と心配するのはまあ親心でありましょうか。

 一方、前回織江を斬った寒三郎は、枕元まで忍んでも気付かない彦馬の監視にやる気を失い、正反対に眠っていても剣気を失わない静山に興味を持ちます。
 この寒三郎、編み笠に白衣装、紫の唇と微妙に手鎖食らわされそうなビジュアルですが、自分の上司の川村にも簡単には従わない不羈のキャラクターがなかなか面白い。

 前回織江が落とした守袋の中の貝殻を編み笠にぶら下げているのも意味深で、本作の台風の目になりそうな存在であります。

 しかし、それ以上に巨大な台風の目はもちろん静湖姫。小石の正体が、禁煙した口寂しさにあめ玉代わりに舐めていたものと見抜いた彦馬に興味を持ってみれば…
 道場では自分にあっさりと叩きのめされた上、かえって自分の腕に感心する腰抜けで、小汚らしい長屋に呑気に暮らしているおかしな奴。でも何故だか気になる――と、ツンデレ一歩手前であります。

 そしてそんな状況にようやく江戸に帰ってきた織江。前回水落ちして流された先で一人暮らしの干物売りの女・おつる(誰の関係者なのかすぐに予想がつくのは…)に救われた彼女は、おつるの仕事を手伝って江戸を歩いていたのですが…

 そこで出くわしたのは、彦馬を引っ張り出した静湖が、茶店で二人並んで楽しげに饅頭を食べる姿。そして宵の明星が出たと二人並んで星を指さす姿――
 織江の彦馬ストーキングは、ある意味本作名物ですが、それがこんな形で自爆するとは、いや予想外の展開であります。

 今回はアクションシーンも、静山に襲いかかった寒三郎が静山に捻られる場面くらいで少な目だったこともあり、これが今回最大の山場(川村と彦馬の出会いよりもインパクトはありました)と言って良いかとは思いますが…正直、地味な印象は否めません。

 しかしわずか全五回のところに静湖姫を出さなくとも…と思いましたが、彼女が登場しなかったら、それはそれでさらに地味なことになっていたかと思いますので、それは良かったのかもしれませんが――


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 「妻は、くノ一 濤の彼方」 新しい物語へ…

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2014.06.01

6月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 この原稿を書きながら我ながらぞっとしたのですが、もう来月は6月。今年の折り返し地点であります。さらに(?)6月は祝日が一つもない…という非常に辛い月なのですが、しかし新刊、特に小説の方はかなりの充実ぶり。というわけで6月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず文庫小説で気になるのは、なんといっても柳蒼二郎の江戸水滸伝三部作のラスト「慶応水滸伝」であります。これまで「天保」「明暦」と旧作が改題されて文庫化されてきましたが、今回は書き下ろし。
 作者が得意とする時代からドロップアウトした男たちの意地を描いてきたシリーズだけに、何が描かれるのか気になります。

 その他の作品としては、廣済堂モノノケ文庫からは、第1弾が非常に楽しめた霜島ケイ「ひょうたん あやかし同心捕物控」、レーベルを移して復活を遂げた伊多波碧「もののけ若様探索帖」第2巻にまず注目。

 また、上田秀人「新参 百万石の留守居役」は、いよいよ舞台を江戸に移してシリーズ本格スタートといったところでしょうか。鉄板の面白さを期待して良さそうです。
 また、内容は不明ながら中村ふみ「冬青寺奇譚帖」は、「闇閻魔」の作者の作品だけに気になる一冊。これまた内容は不明ですが、米村圭吾「敬恩館青春譚 1 君がいれば」は、タイトル的に「青葉耀く 敬恩館風雲録」の文庫化か否か悩ましいところですが、ファンとしてはやはり楽しみなところです。

 そして文庫化・復刊の方では、なんといっても荒山徹「シャクチ」でありましょう。R・E・ハワードのコナン的世界を古代アジアを舞台に描き出してみせた意欲作であります。
 その他、中公文庫の岡本綺堂読物集は「今古探偵十話」が、集英社文庫の柴田錬三郎作品は「貧乏同心御用帳」が登場であります。


 一方、漫画の方は想像以上に寂しい状況ですが、なかなかにユニークな作品揃い。

 まず気になるのは、碧也ぴんくが平安時代に挑んだ「義経鬼 陰陽師法眼の娘」第1巻と、奇跡の復活を遂げた北崎拓「ますらお 秘本義経記」の新作「大姫哀想歌」と、二つの義経もの。
 奇しくも(?)同月発売となった両作品、どちらも楽しみであります。

 また新作としては、漆原玖「姫路城リビングデッド」第1巻が登場。既に時代ものにゾンビというのも大変珍しいというわけではなくなりましたが、果たしてどのような切り口となるか期待。

 そして完結の方では、ネット上の一部で話題となったプレイコミック休刊に伴い完結の神崎将臣「仮面の忍者赤影Remains」第4巻が。最後までド派手に駆け抜けていただきたいものであります。



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