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2014.06.13

「眠狂四郎独歩行」下巻 亡霊と亡霊の対決の果てに

 眠狂四郎シリーズ第2弾、「眠狂四郎独歩行」の下巻であります。徳川家正統を名乗り幕府転覆を企む風魔一族と、それを阻まんとする公儀隠密集団・黒指党、二つの勢力の暗闘に巻き込まれた狂四郎の孤独な戦いはなおも続くのですが…

 戦国時代、徳川家康が窮地に陥る度に忽然と現れ、家康を救ったと言われる伝説の風魔一族。彼らの頭首は、代々奇怪にも「秀忠」の名を継ぐのですが…実は彼らの祖こそは徳川秀忠その人。
 業病に犯され、徳川家を継げなくなった彼は、異父弟にその座を譲り、自らは徳川家の影の戦力となったのであります。

 そして天保の世に至り、自分たちが徳川正統と暗躍を開始した風魔一族に、成り行きから挑むこととなったのが、眠狂四郎であります。
 はじめは行きがかり上とはいえ、風魔の挑戦を次々と退けるうちに風魔の不倶戴天の敵となった狂四郎。風魔が江戸を離れて何やら陰謀を巡らすのを知るや、その邪魔も面白いと、狂四郎もまた飄然と旅に出るのですが…


 上巻同様、この下巻も、連作短編と長編の中間をいくかのようなスタイルの本作。
 しかしその内容は、この下巻に至り、より自由な――簡単に言えば、風魔一族との戦いとは無関係の、独立したエピソードが増えていくこととなります。
 その意味では、この下巻はシリーズ第1弾の「無頼控」に近いと言えるかもしれません。

 さらに言ってしまえば、本作の構成は、一つの長編としてみるには、あまり精緻なものとは言い難いものがあります。
 上で触れた本筋に関わらないエピソードも多い上に、本作のもう一つの勢力である黒指党も後半ほとんど顔を見せなくなり、また重要なキャラクターの退場のさせ方もいささか…

 が、それで本作がつまらないかといえば、否としか言いようがないのが本作のユニークなところ。すなわち、個々のエピソードが抜群に面白いのであります。
 先に触れたとおり、本作は、短編の連続が大きな長編を形作るというスタイル。単に長編が各章に切り分けられているのではなく、起承転結を備えた物語一つ一つが、この独歩行という大きな物語を構成しているのであります。

 考えてみれば、狂四郎にとっては、風魔との戦いも、その他の事件も、等しく退屈な人生の彩り。その意味では全てのエピソードは等価――というのはさすがに大げさかも知れませんが、本筋からの距離を置いたエピソードもまた、実に狂四郎らしく、本作でなければ読むことができないであろう物語なのは間違いありません。


 それでは風魔一族との戦いに意味はないのか、と取られかねませんが、もちろんそれも否であります。
 風魔一族のいかにも柴錬らしい伝奇的興趣に溢れる設定の面白さはもちろんのこと、その存在は、ある種狂四郎の合わせ鏡的位置にあるのですから…

 隠れたりとはいえ、かつては戦国の世で活躍を見せたものの、歴史の陰に埋もれた風魔一族。今なお自分たちは徳川の正統としての権利を持つと天保の世に決起した彼らではありますが、しかしその姿は、むしろ過去の亡霊というべきものでありましょう。

 そしてその過去の亡霊を祓うべき狂四郎もまた、一種の亡霊的存在…といえば驚かれるでしょうか。
 もちろん狂四郎はあくまでも生者ではあります。しかし彼は「無頼控」(正編)の死に損ねた――そしてそこで彼自身の物語はほぼ完結した――人間。

 その意味では、本作におけるその後の狂四郎は、この世から外れた存在であり…その点で風魔一族と近しい存在と言えるのではありますまいか。本作において狂四郎が風魔と敵対しつつも、どこか傍観者的立ち位置にあったことも、何となく頷けるところではあります。

 もちろんこれは牽強付会に過ぎますが、しかしこうした視点から見れば、本作の結末もまた、少々違った色合いで見えてくるように感じられるのです。


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