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2014.06.08

「狂書伝」 書に映し出される人の世の有り様

 仙骨を持つ女・斑娘は、この世に災いをもたらすという書を求めてとある町を訪れる。町を支配する非道な権力者・陳遷のもとに書があると睨んだ斑娘は、ちょうど家出してきた陳遷の娘・陳婉を人質にして、書と引き換えようと計画する。しかし事態は次々と意外な方向に転がっていき…

 第23回日本ファンタジーノベル大賞を受賞した勝山海百合による、何とも不思議な作品であります。

 アジアを題材とした作品を得意とする作者らしく、本作の舞台となるのは、明代の中国。本作の主人公の一人である斑娘は、幼い頃に神隠しに遭った先で仙人の修行を受け、娘の姿から年を取らなくなった女性ですが、各地でその力を活かして活動しているらしい彼女が、仏道に進んだ弟から、この世に災いをもたらす焦点になるという書の回収を依頼されたのが、物語の始まりとなります。

 どうやらその書を持つのは、独自の審美眼を持ち、能書家として知られながらも、権力・財力・暴力で町を支配する男・陳遷。
 旅の途中で知り合った娘・無角の縁戚が、陳遷に無惨に殺されたことを知った斑娘は、陳遷を懲らし、書を手に入れようとするのですが…


 と、これだけ見ればいかにも武侠もの、侠女ものといったところですが、しかし本作はそうした印象を――まず間違いなく意図的に――外し、むしろ志怪小説的な、不思議な味わいの世界を描き出します。

 何しろ、本作の主人公たるべき斑娘からして、それほど強くも有能でもありません。
 確かに仙骨を持ち、不老の彼女ですが、その他に使える力といえば、犬に化ける術くらいで、武術の腕が格別立つというわけではありません。つまりその存在的には、我々一般人に近い存在なのです。

 また、本作のヒロイン的位置にある陳遷の娘・陳婉も、それなりの才女であり、かつまだ見ぬ白馬の王子を夢見て家出してくるようななかなか個性的な人物ではありますが、ヒロイン的な役回りを演じるかといえば、そうでもなく、事態に振り回されるばかりなのであります。

 彼女たちに限らず、本作の登場人物の大半は、ある種定型的な立ち位置に見えつつも、そこから半歩踏みだして、どこか変わった、どこかおかしな、そしてそれが逆にどこか地に足の着いたキャラクター像を生み出しているのであります。
(特に、妙な方向に半歩踏み出した嬢信癖(女性の手紙フェチ)の文人たちは、異常でありつつも、いかにもいそうな造形なのが楽しい)


 本作で描かれるのは、そんな人間たちによって基本的に淡々と、しかし時にユーモラスに時に残酷に生々しく、世の有り様に翻弄される人間の哀しさ、逞しさ、強かさを描いた物語。

 そしてそんな人間模様の象徴となるのが書――物語の発端となる凶書のみならず、全ての書――であると言えるでしょう。
 そこに記す者の想いを如実に示されるかと思えば、陳遷のように内側の邪悪さとは無関係に美しい文を記す者もいる。そしてその目的やそこに込められた本人の想いとは無関係に、他人からその価値を認められ、後世に残ることもある…

 思えば不思議な書の世界。それはそれを書き、読む者の内面を映すものである…というのはいささか陳腐な表現かもしれませんが。

 帯の謳い文句とは少々異なる内容のように思いますが、人の世の諸相をちょっと不思議な切り口で描き出した物語としての本作は、どこか不思議な後味を残します。
 なんとも不思議な作品であります。

「狂書伝」(勝山海百合 新潮社) Amazon
狂書伝

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