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2014.06.05

「天皇家の忍者」 朝廷対幕府、静原対八瀬

 後白河法皇以来、天皇の近くに仕えていた静原冠者。しかし後醍醐天皇の時代にその役目は八瀬童子に替わられてしまった。二代将軍秀忠の時代、若き頭領・竜王丸の下、復権のため、最後の勝負に出ようとする静原冠者。折しも幕府と朝廷の緊張関係が頂点となった中、静原と八瀬の暗闘は続く。

 天皇家に仕える忍者(的存在)といえば浮かぶのは、隆慶一郎の作品で知られるようになった八瀬童子でありましょう。
 代々の天皇の輿を担ぐ彼らは、その役目柄天皇の最も近くに控え、その意を受けて隠密に活動していた…という設定は、なるほどなかなかに魅力的であります。

 本作「天皇家の忍者」は、その八瀬童子が登場する作品ではありますが、しかし彼らに並ぶ、もう一つの天皇家の忍者たるべき集団として静原冠者なる存在を設定し、その両者の戦いを軸の一つとしている点が目を惹きます。

 ともに洛北の隠れ里然とした地に住まいながらも、後醍醐帝の頃を境に運命が逆転してしまった静原と八瀬。八瀬に対して帝が与えた綸旨がある限り、彼らの地位は揺るぐことなく――つまり静原復権の目はない。
 物語前半の中心となる静原の頭領・竜王丸は、この綸旨を奪い、静原がいわば天皇家の忍者たらんと、立ち上がることになります。

 これだけであれば、あるいは歴史の陰の小さな暗闘で終わったかもしれない対決は、しかし寛政という時代を背景に、表の歴史と結びつくこととなります。
 家康亡き後、将軍、そして大御所の座を継いだ秀忠は、朝廷の力を弱めるべく様々な手をうち、それに対して強く反発した後水尾天皇。

 おそらくは江戸時代を通じて最も幕府と朝廷の緊張が高まったこの時期を舞台とした作品は少なくはありませんが、本作の面白い点は、幕府の最終目標として、江戸への遷都というとてつもない目的が描かれる点でしょう。
 もちろん朝廷方がこれをのむはずもなく、しかし秀忠の厳命の下、これに挑む幕府側も、朝廷方の切り崩しにかかり…

 その幕府による切り崩しの対象となったのが八瀬童子、そしてこれに抗すべく朝廷の影の戦力となったのが静原冠者――両者の暗闘は、朝廷と幕府の対立と相まって一気に炎となって燃え上がるのでありました。


 …と、なかなかにユニークかつ伝奇的にも非常に面白いアイディアを提示してみせた本作ですが、しかし、残念ながら小説として面白いかといえば――

 作者のスタイルである、一種短編連作的に、史実を描写しつつ、それと平行する形で、対立する二つの勢力の暗闘を描いていく形式が、いささか淡泊に感じられるという点は、まずあります。

 しかしそれ以上に残念なのは、本作に登場する各勢力、登場人物たちに感情移入できない点でありましょう。
 本作の背景となるのは、上で述べたとおり幕府と朝廷との、将軍と天皇との対立。いわば雲の上の存在同士の対立は、物語上は将軍側が悪役とされているものの、その悪たる前提(説得力とも言えましょう)に乏しく、結局は権力者同士の争いに見えてしまうのです。

 その印象を、我々庶民の側まで引きつけるのが、静原と八瀬側…特に静原冠者でありましょうが、彼らもまた、天皇家の意を体現する存在に過ぎず、結局は遠い存在としか感じられません。
(身も蓋もない言い方をすれば、彼らの争いは権益争いではあり、その意味では身近かもしれませんが、そこに感情移入できるかといえば…)

 さらにいえば、彼らが当時の情勢を指して、国体の危機云々と評するのも、この意味で国体という語が使われ始めたのがいつ頃かと考えれば、違和感が残ります。


 大変に厳しい見方となってしまいましたが、題材は面白くとも、物語として見れば…というのが、偽らざる印象であります。


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