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2014.06.10

「眠狂四郎独歩行」上巻 風魔と黒指と狂四郎と

 何者かの挑戦状で呼び出された先で、葵の刺青を入れられた娘を救った眠狂四郎。それがきっかけで狂四郎は、徳川家正統を称し幕府転覆を謀る風魔一族と、旗本八万騎から選び出された秘密集団・黒指党の暗闘に巻き込まれることとなる。次々と起きる奇怪な事件と剣戟の中を、狂四郎は独り歩む…

 眠狂四郎シリーズの第2弾、「無頼控」に続く「独歩行」であります。大きな流れはありつつも、基本的には連作短編の集合というスタイルだった前作に対し、本作は、一つの長編の各章が短編的な形で描かれていると申しましょうか――
 ある意味、その後のシリーズのスタイルを決定づけた本作、初読以来、実に20年以上間を開けての再読となります。。

 江戸で次々と起きる奇怪な事件。その肌に葵の刺青を施された女性たちが何者かに襲われ、犯されるというその事件の背後にあったのは、戦国時代よりその名を知られる風魔一族でありました。
 かつて幾度にもわたり、徳川家康の絶体絶命の窮地を救ったという風魔一族。何ゆえを以てか、代々の頭領が「秀忠」を名乗る彼らはいつしか歴史の闇に埋もれていたものが、この時代に決起し、幕府転覆を狙っていたのであります。

 これを迎え撃つのは、松平定信が組織した隠密集団、旗本八万騎の子弟の中から選び出されて剣法と忍びの術の修行を積んだ幕府の隠密集団・黒指党。
 その存在を知る者は幕府でもごくわずかの極秘戦力であり、ただその証は、漆黒に染められた右手の指のいずれかの爪のみ…

 この世に隠れた二つの集団が火花を散らす中に、飄然と現れたのが、眠狂四郎なのであります。


 いったい狂四郎という男は、いざその立ち位置を説明しようとすると、ハタと困ってしまう人物でありましょう。
 破邪顕正の太刀を振るう正義の味方などではもちろんなく、人を斬るに躊躇いはなく女性に平然と落花狼藉を働くものの、野獣でもない。
 一応の後見人が老中側用人であることから、その求めにより幕府サイドで動くことはあるものの、決して幕府の味方などではない。

 誰に命じられるでもなく、ただ気の赴くままに生き、孤剣を振るう放浪者…それが狂四郎という人物。
 そんな彼の在り方は、彼自身の
「これまで、わたしという男を、味方につけた徒党はない。わたしは、常に、独歩している。敵にまわして頂いた方が、気楽なのだ。そういう男なのだ、わたしは――」
という台詞に現れていると言えるでしょう。

 そんな狂四郎だからして、風魔一族にも、黒指党にも、どちらの側にも属することはありません。
 ただ彼は襲ってくる者を斬り、陰謀を巡らす者を暴くのみ…ある意味受け身といえば受け身、不安定といえば不安定な立ち位置ではありますが、それが全く違和感なく、むしろそれでこそ、と感じられるのが狂四郎の狂四郎たる所以でしょう。

 しかし興味深いのは、本作で相争う二つの集団が、どちらも歴史の陰に埋もれた存在であるということでしょう。しかも彼らは――風魔は時を経てその性質を変えたとはいえ――どちらも徳川家のために働いた/働く者たち。言ってみれば同じコインの裏と表にある者同士が、鎬を削っているのであります。

 そしてそんな争いに時に割って入り、時に傍観者となるのが、やはり歴史の表に出ることなく生きながら、しかし幕府をはじめとするこの世の権威一切に背を向けた狂四郎というのが実に面白い。

 狂四郎の存在を以て、風魔と黒指党の争いの奇怪さ、愚かさが浮き彫りとなり――そして風魔と黒指党の存在を以て、狂四郎の「無頼」、誰に拠ることもなくただ己のみを頼んで生きる心意気が際だつ。本作はそんな構造を持つ物語なのであります。


 さて、いつ果てるとも知れぬ風魔一族と黒指党の戦いの果てに何があるのか、そして狂四郎がそこで何を見るのか――下巻もすぐに手にせずばなりますまい。

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