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2014.06.17

「冬青寺奇譚帖」 生臭和尚、復讐というサガに挑む

 「幽霊寺」と噂される深川は冬青寺には、雨柳を名乗る、飄々としながらも生臭な若い和尚がいた。折しも江戸で付け火が頻発、雨柳は岡場所の取り立て屋の少女・冴、父の仇を追う青年武士・彦四郎はその犯人を追って奔走することとなる。愛憎と復讐心が入り乱れる中、雨柳たちが知った真相とは…

 「裏閻魔」で第1回ゴールデンエレファント賞を受賞した中村ふみによる、初の文庫書き下ろし時代小説であります。
 デビュー以来、エンターテイメント要素の強い時代ものを発表してきた作者だけに、本作もなかなかにユニークな、私好みの趣向の作品です。

 時は寛政の頃、江戸は深川のボロ寺・冬青寺に住み着いた有髪の青年僧・雨柳は、僧侶ながら大した生臭、岡場所にも大手を振って出入りする始末。
 しかし法力があるという噂と、医師としての腕、何よりもその人懐っこさで、町の人々(特に女性たち)の間では人気者であります。

 そんな彼が出会ったのは、父の仇を探して旅しているという青年武士・彦四郎。行き倒れ同然のところを、同心の父を亡くして今は腕っ節一つ、岡場所の取り立て屋として暮らす少女・冴に拾われた彼は目を病んでおり、ものが奇妙に歪んで見える状態にありました。

 折しも江戸では付け火による火事が連続、その現場から姿を消した少女・美代を探すことになった冴と雨柳、彦四郎は、彼女こそが付け火の犯人ではないかと恐ろしい疑いを抱くようになるのですが…


 物語の中心となる三人をはじめ、登場人物の多くがどこかコミカルで、どこか漫画チックな印象のある本作ですが、しかし展開される物語は、「復讐」という人の行為と、その根底に存在する人の愛憎をテーマとした、どこまでもシビアな内容であります。

 父の仇だけでなく、自分自身に対しても深い憤りと悔恨の念を背負った彦四郎。最も有名な復讐劇である「忠臣蔵」に喝采を送る江戸の人々に対して嫌悪感を隠さぬ美代。そして過去の怨念を背負い、それを晴らすために彷徨する亡霊…

 彼らは皆、「復讐」という合わせ鏡の周囲に立った者たち。それが自身のものであれ他者のものであれ、それが正当なものであれ逆恨みであれ――本人たちにとっては既に止まらない、止むに止まれぬ復讐の念に、僧侶として、一人の人間として(そして…として)雨柳は挑むのであります。

 ある意味人にとっては当然のサガであるだけに、単純な善悪など付けがたい復讐の想い。しかし同時に、それを拒み、止めようとするのもまた、人の情でありましょう。
 復讐にそれぞれの形で対峙しながらも、雨柳に、冴に、彦四郎の胸に共通して在るのはこの情。その情があるからこそ、本作は哀しくも、それ以上の温かさ、微笑ましさを感じさせてくれるのであります。


 雨柳の背負ったもの(の一端)など、ある程度読めてしまう部分はありますし、人物設定など、少々無理を感じる部分がないわけではありません。
 しかし本作の物語運びや、個々のキャラクター描写や時代ものとしてのひねり(特に彦四郎の病んだ目が一ひねり二ひねりも意味を持つのがうまい)など、見るべきところは多くあるかと思います。

 そして、まだ雨柳自身の物語はその一端が描かれたに過ぎません。彼の、そして周囲の人々の次なる物語を、この先も読んでみたいものです。


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