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2014.06.20

「唸る長刀」 剣の道が結びつける武士の公と少年の私

 筑後柳川藩の剣術・槍術指南役の子・大石進は、まだ十五歳ながら身の丈七尺の大男。その体格を生かした剣で向かうところ敵なしだった進だが、しかし藩の武芸試合で大敗し、勘当されてしまう。折しも城下に凶悪な押し込みの一団が出没、自分の剣に悩みながらも進は押し込みとの対決を決意するが…

 「洛中洛外画狂伝 狩野永徳」でデビュー、第二作の「蔦屋」が先日発表されたばかりの谷津矢車、待望の第三作は、文庫書き下ろし時代小説、それも剣豪もの。これまでの作品とは大きく趣を変えた印象がありますが、しかしいかにも作者らしい瑞々しい青春ドラマであります。

 主人公となるのは、江戸時代後期の剣豪・大石進。筑後柳川藩の出身の彼は、その巨躯を生かした独自の剣で、江戸の名だたる剣士、名門道場を総なめし、大いに恐れられた人物であります。いや、人物になります。なるはずです。

 というのも本作の進はまだ前髪立ちの十五歳。その年齢から身の丈七尺というのは後年の怪物ぶりの片鱗を示しているといえそうですが、しかしまだまだ悩み多き少年であります。
 何しろ、家のお役目であり、自らも生涯を賭ける覚悟である剣の道に、今彼は迷っている真っ最中。その巨躯から振り下ろされる剣は無敵…のはずが、懐に入り込まれると極端に弱いと見抜かれて以来、スランプ続きなのです。

 おかげで今は藩の武術指南役の父からも勘当され、同年代の少年たちからも嘲りの目を向けられる毎日。唯一、幼なじみの幹助だけはこれまでと変わらぬ接してくれるものの、スランプを抜け出すあてはなく――


 この進の悩みが本作の縦糸だとすれば、横糸になるのは、城下町を騒がす凶悪な押し込みの一団を巡るエピソードです。
 老若男女を問わず、押し入った先の人間を皆殺しにするという、凶悪極まりない一団。もちろん藩の捕り方も総力を挙げて挑むものの、一つにはその剣の恐るべき強さの前に、そしてもう一つは彼らを庇うような上層部の不可解な動きの前に、いたずらに犠牲は増えるばかりであります。

 捕り方である幹助の父や、学問所の同窓も斬られ、進と幹助は自分たちの力で、この悪鬼の群れに挑もうとするのですが…


 進の剣の悩みが私の問題とすれば、押し込みの跳梁は公の問題。相反するもののようですが、しかしそれを結びつけるのは剣と如何に向き合うか、という点であります。
 そしてそれは言い換えれば、剣を象徴とする武士としてどう生きるかという時代特有の悩みであり、さらに同時に、自分はどのような大人になるかという普遍的な悩みなのです。

 すなわち本作は、進という剣豪の卵を通じて、私と公、その時代特有の問題と我々にも通じる普遍的な問題、相反する幾つもの要素を一つの物語として描いてみせているのであります。
 しかし一歩間違えれば重く、あるいは青臭くなりそうな内容を、本作は進とはじめとする若者たちの、微笑ましくも明るくまっすぐな姿を通じて、何とも爽やかな物語として仕上げているのが嬉しいところでしょう。


 しかし難点もあります。構造はともかく、ストーリー的にはシンプルなわりには、本作の展開は少々遅く感じられるところがあるのです。
 これは――進の将来を知っている故でありますが――彼がどんな技を使うか、どのような境地にたどり着くかが見えているだけに、そこがもどかしく感じられたのは事実です。

 また、進たち、地に足のついた存在はなかなかに魅力的でありつつも、悪役はいささか定型的に見えてしまうのも――本作の構造を考えれば――少々残念ではあります。
(さらに個人的な趣味をいえば、剣戟シーンであまり台詞が多いのも緊迫感とリアリティが…)

 最後に厳しい評価になってしまい恐縮ですが、それも本作の持つ可能性を感じるがゆえ。進に対する周囲の反応と同じ、というのは調子に乗りすぎかもしれませんが、この物語はまだまだ先に行けると信じるところでもあります。

 進が江戸に出るまで、まだしばしの時があります。それまでの物語がこれから描かれることを、楽しみにしているところであります。


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