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2014.07.20

「燦 5 氷の刃」 田鶴に仇なす者、運命を狂わされた者たち

 ここのところは年1冊の刊行ペースとなり、ファンを悶え苦しませてきたあさのあつこの「燦」、待ちに待ったその最新巻であります。謎の敵・闇神波の出現、卑劣な刺客の刃の前に絶体絶命の窮地に陥った伊月と、気になる展開だらけだったのですが、ようやく物語の続きを読むことができます。

 父や兄の急逝により、江戸に出て藩主になる準備を始めた田鶴藩の後嗣・圭寿と、彼に常に付き従ってきた伊月。
 特に読本作家を目指していた圭寿にとって江戸での生活は刺激的なものでありましたが、しかしそんな彼らに迫るのは、謎の刺客、そしてその影に存在する、闇神波なる謎の存在であります。

 奇しき因縁に結ばれた燦――田鶴藩に滅ぼされた神波一族の生き残りにして伊月の弟――とともに、刺客に挑む伊月。
 しかし圭寿の兄の側室であり、今吉田御殿とも言うべき乱行を繰り返す妖婦・静門院に招かれた帰り、何もかに毒を盛られた伊月は、刀も満足に振るえぬまま、刺客とただ一人対峙することになるのですが…


 と、絵に描いたようなクリフハンガーで一年間待たされたわけですが、しかし待たされた本作は、やはり実に面白いのです。

 深手を負った伊月を前にした燦と圭寿のやりとりと、二人の伊月への態度の違い。初登場時は明らかにブラックにしか見えなかった静門院の秘めた哀しい過去。そしてこれまで伊月たちを苦しめてきた刺客の意外な正体――
 いずれも本作の肝とも言うべき部分であり、力が入っていて当たり前と言えば当たり前かもしれません。しかし、時に軽妙に、時に哀切に、時に緊迫感に満ちた作者一流の筆で描かれる物語の前には、ただただ、こちらの感情を手玉に取られるばかりなのであります。

 特に感心させられたのは、静門院の過去の物語であります。
 よくある内容と言えば言えるかもしれませんが、しかし瑞々しくも痛々しい女性の心理を描かせれば超一流の作者だけあって、彼女の背負った悲しみは、それが我がことのように、こちらの胸にも突き刺さるのです。

 決して彼女の所業は受け入れられるものではありませんが、しかし決して彼女の心のうちは理解できない怪物でもない。
 そんな彼女の姿は、本作でついに姿を現す刺客の素顔と対比されるべきものであり――そして田鶴藩に仇なす者と見做されていること、そして田鶴藩によって運命を狂わされた者という意味では、燦と…あるいは伊月や圭寿と等しい存在なのかもしれません。

 そんなシビアな物語が展開される一方で、燦と伊月と圭寿と――三人の少年のやりとりは、実に活き活きとして心地よい。
 先に女性の心理描写について触れましたが、それと同じくらい作者が得意とするのは少年の心理描写であり、この点を楽しみに本シリーズを読んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか(後半で明らかとなる、誰もが突っ込むであろうある真実には大いに笑わせていただきました)。


 しかし…まことに恐縮ですが、これまで同様、今回も言わなくてはなりません。やはり分量が少なすぎると――

 読者の側の我が儘なのは百も承知、しかしこれほどの作品、一年間待ち続けた作品を、あっという間に読んでしまう、いや分量的な意味であっという間に読み終わってしまうのは、やはり残念でなりません。

 せめてもう少しスピードアップを…と、今回も願ってしまうのであります。

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