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2014.07.19

「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく

 豊臣と徳川の間が一触即発となった頃、伊賀の忍び・霧隠才蔵は、人違いで襲われたのをきっかけに、両者の暗闘に巻き込まれる。自分の技術を存分に生かすことを望む才蔵は、両者の間を渡り歩くが、その前に甲賀の猿飛佐助が現れる。彼の主人・真田幸村に出会った才蔵は、その器量に惚れ込むが…

 誰もが読んでいるような名作は、かえって読んだのが昔過ぎて、このブログ等で紹介しそびれていたのですが、本作もその一つ。
 司馬遼太郎の忍者ものの代表作であり、NHKでドラマ化されたことで知名度も高い「風神の門」であります。

 私などはドラマの方の印象が強すぎて、初読時には色々とギャップを感じたりもしましたが、今回読む分にはいい具合に(?)記憶が薄れ、新鮮な気持ちで楽しめた次第です。

 さて、主人公は霧隠才蔵、そして彼の周囲にいるのは猿飛佐助に真田幸村…とくれば、舞台となるのは、ほぼ予想できるとおり大坂の陣直前の混沌たる時代。
 関ヶ原の戦で徳川家康が天下を掌中に収めたとはいえ、大坂城には豊臣秀頼が健在であり、何よりも家康も老齢であり、寿命もあとわずかと思われるところ、まだまだ天下の趨勢はどちらに転ぶかわからない…と思われていた頃です。

 そんな時代に現れたのが、伊賀にその人ありと知られた忍びの達人・霧隠才蔵であります。物語が始まった時点では気儘に暮らしていた才蔵でありますが、しかし彼の望みは一風変わったもの。徳川でも豊臣でも良い、己の技術を高く買う者の側について、己の腕を存分に振るい、天下に名を上げたい――
 一見、当時の武士であれば当然の望みのようではありますが、しかし彼には忠義の心などはなく、相手に仕えるつもりはない。そして他の忍びのように、密やかに活動し、己の名も存在も知られぬまま生きるというのでもない。
 個人技を旨とする伊賀出身ゆえといえるかもしれませんが、いずれにせよ、この、忍びらしくない忍びたる才蔵のキャラクターこそが、本作の最大の魅力と言っても良いでしょう。

 忠義と引き替えに禄を得るのではなく、己の技術と引き替えに金を得る。戦国の群雄同士の争いが華やかなりし頃、武士は七人主君を替えて当たり前、と言われましたが、才蔵のメンタリティは、この頃の武士に近いものと申せましょう。
 もちろん、このような武士は世が定まるにつれて姿を消し、やがて朱子学を基底とした窮屈な武士道が生まれるわけですが、そのきっかけとなったのが、大坂の陣の結果で徳川が天下を取ったことだとすれば、才蔵は、その最後の時代に間に合ったといえます。

 しかしもちろん、この当時ですら――特に忍びとしては――彼の生き様は奇矯なもの。才蔵と並ぶ忍びでありつつも、あくまでも旧来の(あるいはこの後の時代の)忍びらしい忍びとしてのあり方を守る佐助にとっては、風狂・傾奇者以外の何ものでもないと感じられるのですが…

 現代の我々にとって、才蔵のキャラクターが違和感なく、魅力的なものとして感じられるのは、もちろん、己の技量のみで立つ彼の生き様に憧れを禁じ得ないためであり――それは同時に、彼の生きる時代と我々の生きる時代と、不自由さではさまで違いがないためかもしれません。


 …と、ひたすら才蔵の魅力ばかり述べてしまったのは、この上巻の時点では、まだあまり事態が大きく動いていないためでもあります。

 しかし上巻の終盤では、才蔵・佐助・三好清海(戦場往来の古武士にして今は酒乱でボケ老人というキャラクター造形がまた強烈)が、家康暗殺に乗り出すという展開。物語を彩る四人のヒロインも全員出揃い、いよいよ物語も佳境に入った印象なのであります。


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