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2014.07.02

「天保水滸伝」 己の道を貫いた竜の美しき心意気

 かつて北辰一刀流・千葉道場で竜・虎・鯨と呼ばれた平田造酒之進、神崎圭助、市松。しかしある事件が彼らの運命を一変させた。家を捨て名前を変え、流浪の末に下総に流れ着いた平手造酒は、笹川繁蔵の用心棒となり、一時の安らぎを得る。しかし、運命は三人を皮肉な形で再会させるのだった…

 中公文庫から三ヶ月連続刊行された柳蒼二郎の江戸水滸伝三部作の一作目、「天保バガボンド」のタイトルで刊行されたものの改題であります。
 「天保水滸伝」といえば、講談や浪曲で知られた笹川繁蔵と飯岡助五郎の争いを描いた物語。特に、笹川方の用心棒・平手造酒が大利根河原の決闘に臨むくだりは名場面としてよく知られていますが――本作はそれを踏まえつつも、全く新しい男の熱い魂の物語を描き出してみせた快作であります。

 千葉周作の下で剣技を磨く三人の青年――旗本の嫡男・平田造酒之進、貧乏御家人の次男・神崎圭助、平田家の下男・市松。それぞれに恐るべき剣の天稟を持ち、師から一門の竜虎、そして鯨と呼ばれた三人を、ある事件が無惨に引き裂き、大きくその運命を変えることになります。

 自ら廃嫡を望み、家を捨てて流浪の身となった平田造酒之進改め平手造酒。立身の野望から、八州廻りの家に養子に入った神崎圭助改め桑山圭助、目の光を失い、按摩と抜刀術を身につけた市松改め座頭市…
 運命の変転により生き方を、名前を変えた男たち。そして彼ら三人は、いずれも「天保水滸伝」を彩った男たちなのであります。
(座頭市に関しては、子母澤寛の「座頭市物語」がさらにベースとしてあるのは言うまでもありませんが)


 笹川方の用心棒の造酒、飯岡の子分の市、八州廻りの圭助、それぞれ対立する立場にあった彼らが、実はかつて同門の仲間たちであった、というだけでも痺れます。
 しかし本作の最大の魅力は、心ならずもアウトローとなった男たちのその生き様でありましょう。

 三人の男たちの中でも中心となる造酒は、客観的に見れば、堕ちに堕ちた人物であります。旗本の嫡男という恵まれた地位にありながらも、やむを得ぬ仕儀とはいえ怒りに身を委ねて人を斬り、出奔。流浪の末に労咳を病み、酒と剣だけを生きがいに、下総の片田舎で博徒の用心棒となる――

 絵に描いたような無頼浪人の転落の様であり、事実、彼をそのような視点から描いた作品も少なくありません。本作における彼の人物像も、それを敷衍したものではあります。
 しかしながら、本作における造酒像が従来のものとは全く異なる、むしろ好漢としてのそれとして映るのは、たとえアウトローとなろうとも、彼が男としての潔さと爽やかさ、剣士としての清冽な誇り、そして何ものにも――己の迫り来る死期にも――恬淡とした心意気を持った者として描かれるゆえでありましょう。

 そしてそれは、かつての親友でありながら、宿敵ともいえる立場となった圭助の人物像と照らし合わせた時、より明確になります。
 無宿者たちを取り締まる地位という、アウトローとは正反対の立場に異数の出世を遂げた桑山。しかし彼の用いる手段は、そして心の内は暗く澱み、そして彼もまた、より大きな力に流される存在でしかないのであります。

 さらに本作はそこに、人として自由に飄々と生きる市を加えることにより、単純な善悪の対決な物語に留まらない構造としているのも心憎い。
 そう、本作においては、造酒も市も繁蔵も助五郎も、そして圭助もまた、己の中に複雑な光と影を抱え、望まないままに剣を振るい、他人を、そして自分を傷つけていく存在として描かれるのであります。
(特に圭助が心の内に抱えた空虚は、彼の行動を決して正当化できないものの、しかし全否定できぬ哀しみを感じさせるものとして印象に残ります)


 しかしその中でもやはり群を抜いて造酒の存在が印象に残るのは、先に述べた通り、彼の心の中にあるのが、アウトローという立場に屈しない、いやそれを輝かせる男の心意気である点でありましょう。

 私は、「水滸伝」という物語の最大の魅力は、常の道を外れることを余儀なくされながら、それでも己の道を貫こうとする好漢たちの心意気にあると常々考えております。
 その点からすれば、本作はまさしく、「水滸伝」の名を冠するにふさわしい物語と感じるのであります。


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天保水滸伝 (中公文庫)


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