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2014.07.26

「眠狂四郎殺法帖」下巻 一筋縄ではいかぬ男の旅のゆくえ

 眠狂四郎シリーズ第3作、豪商・銭屋五兵衛の巨大な陰謀に挑む狂四郎の孤独行もいよいよ後半戦に突入。江戸を離れた狂四郎はいよいよ敵の本拠地とも言うべき加賀に乗り込むこととなるのですが、そこには意外な強敵たちが待ち受けているのでありました。

 後見人である水野忠邦の側用人・武部仙十郎の依頼で、佐渡金山を巡る不正の証拠にまつわる事件に巻き込まれた狂四郎。
 飄然と死地に踏み込み、次々と襲いかかる敵を斬った先で狂四郎が知ったのは、開国を狙い老中・水野忠成と結んだ銭屋五兵衛が、なんと時の将軍・徳川家斉に麻薬を盛り、廃人と化さしめるという陰謀でありました。

 別に徳川家に恩があるわけでもなければ銭屋に恨みがあるわけでもないが、そこに危険があれば踏み込むというのが狂四郎という男。結果として、彼は銭屋の陰謀を次々砕いていくこととなるのですが…

 と、そんな本作でありますが、この下巻に入ってからはしばらく物語の色彩を変じることとなります。
 というのも、この下巻の半分辺りまでで描かれるのは、物語の本筋とほとんど関係なく、狂四郎が各地を旅し、そして様々な事件に出会うという旅日記スタイルの連作。時折思い出したように本筋に絡む展開があるものの、基本は独立したエピソードの連続であります。

 その意味では、少なくともこの部分では長編としての構成はほとんど破綻しているのですが、しかし個々の物語は猛烈に面白いから困る…いや困りません。

 特に狂四郎が出会った底辺に生きる夫婦の姿を描く「弱い狂四郎」、アル中同士の敵討ち譚が奇妙な結末を迎える「酔眼記」、ある男の長年に渡る愛欲の妄執の切ない幕切れ「黒髪恋い」など、異形の人情譚とも言うべきエピソードの切れ味が素晴らしい。
 およそ常人の人情とは無縁のような――それでいて実は情を完全に捨て切れぬ――狂四郎だからこその佳品たちであります。


 しかしもちろん、物語が進むにつれて、展開は本筋に戻っていくこととなります。
 それも本作におけるクライマックスは、銭屋に雇われた五流派の忍び――上杉流・武田流・真田流・平氏流・源氏流の達人たちが、一人一人狂四郎に襲いかかるという一種メジャーな展開。

 それぞれがそれぞれに得意とする技を持ち、そして誰が術者であるか全く悟らせぬままに、狂四郎に数々の罠を仕掛けて待ち受けるというのは、やはり大いに盛り上がる展開であります。

 しかし本作の盛り上がりはそれに止まりません。五人の忍びの一人にして最後の敵・真田流の忍びの名は「影」。柴錬ファンであればその名に「おっ」となるでしょう。
 そう、名作「赤い影法師」で、寛永御前試合を散々に騒がせた孤高の忍びの子孫なのであります! 思わぬドリームマッチの実現に、テンションの上がらぬファンはいないでしょう。

 …と、盛り上がる要素はあり、もちろん個々のエピソードも見事なものばかりですが、しかし先に述べたとおり、長編としての完成度には不満が残る本作。
 それでもやはり面白く読んでしまうのは――そして面白く出来ているのは――「敵の刃では疵つかない御仁だが、自分の言葉で自分を傷つけ」る、一筋縄ではいかぬ狂四郎のキャラクターがそのまま現れているようなのが、何だか面白く感じられるのです。


 ちなみに本作を原作にしたのが、市川雷蔵が狂四郎を演じた記念すべき第1作である同名の映画。
 こちらは原作の本筋やキャラクターを巧みにまとめ、結局本編では脇役に終わってしまった中国拳法の達人・陳孫(演じるは若山富三郎!)とラストの決闘を行うという内容であります。

 しかし物語の格好としてはこちらの方が優れているものの、全体の味わいの豊かさという点では原作に軍配が上がるように感じられるのが、やはり狂四郎の厄介さであるなあ…と、感じ入った次第。


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