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2014.07.22

「夜風から、夢 柏屋藍治郎密か話」 人の歪みへの優しき眼差し

 身よりもなく一膳飯屋で働くおときは、ある日突然訪ねてきた仙助の誘いで薬種問屋・柏屋に女中奉公に入ることになる。彼女が世話することとなったのは、女物の着物を好んでまとう柏屋の次男坊・藍治郎だった。幼い頃から持つという「先を見る力」で占い稼業を営む藍治郎のもとでおときを待つものは…

 遊郭怪談の名品「柳うら屋奇々怪々譚」の篠原景、待望の第二作である本作は、どこか歪みを抱えた三人の男女の姿を描く作品。ジャンルでいえば人情ものということになるかと思いますが、その言葉から通常受けるイメージとは一風異なる不思議な味わいの作品です。

 主人公・おときは、幼い頃にある事件で両親を失い、親戚をたらい回しにされた末に、今は一膳飯屋で働く娘。そんな彼女の前に現れた青年・仙助は、突然、自分が奉公しているという薬種問屋・柏屋の主の弟・藍治郎付きの女中ににならないかと持ちかけます。
 少々変わり者だという藍治郎に、三ヶ月という期間を区切って仕えるという少々不思議な申し出に惹かれたおせんは、二つ返事で引き受けることになります。

 しかし柏屋で待っていた藍治郎は、女性と見紛うような美男であり、、純粋に美しいものが好きだからという理由で女物の着物に身を包み、人を食ったような言動を見せる少々ではすまないほど変わった男でありました。
 そして何より、彼は先を、未来を見る力を持ち、その力で商家の旦那衆相手に占い稼業を営んでいたのであります。仙助とともに藍治郎の側に仕えるうちに、おせんは藍治郎の占い稼業を間近に見ることになるのですが…

 このあらすじを見れば、本作は、藍治郎の不思議な能力を通じて、おせんが普段は秘め隠された様々な人間模様を目の当たりにする物語かと思われることでしょう。
 もちろん、そうした要素は確かにありますが、しかしそれは本作を構成するものの半分程度といったところ。真に本作で描かれるのは、おときが心のうちに抱え込んだある歪みの存在と、そこからの解放の様であります。

 実は父が人を殺して打ち首となり、母はその後を追うように喉を突いて自害したという過去を持つおせん。その両親の死に様が強く印象に残ったためか、彼女は昔から「喉を破って流れ出す血」のイメージに取り憑かれていたのであります。
 そんな一種の強迫観念に突き動かされて、彼女は時折、密かにある行動を取っていたのですが…

 そのおときが秘め隠し、藍治郎の力が見抜いた秘密は、常人から見れば少なからず驚かされるものであり、確かに、「歪み」と言うほかないものであります。
 しかし――そんな歪みを、そんな歪みを持つ彼女自身に相対した藍治郎と仙助は、そんな彼女の存在を、あるがまま受け入れます。彼らにとっては、そんな歪みなどは、ごく普通のものだと言わんばかりに…

 なるほど、考えてみれば、藍治郎の存在は、常人とはかけ離れたものであります。幼い頃から不思議な力を持ち、女装して占い稼業で暮らす彼の存在自体が、見ようによっては強烈な歪みでありましょう。
 そしてまた、常に穏やかな態度を崩さない仙助も、明敏過ぎる感覚を持つゆえの不思議な行動を見せることがあります。

 さらに、藍治郎のもとに相談事を持ち込む人々の秘めた心中もまた、他人から伺いしれぬものに満ち満ちていることを考えれば…
 おときの、そして藍治郎の、仙助の、彼らの持つ歪みは、実は――もちろん程度の差こそあれ――誰もが持つものであると我々は知ることになります。
 そう、我々人間が生きる上で、誰もがそれぞれの歪みを抱えていくのだと…

 しかし本作は、その歪みの存在を、必ずしも否定的なものとしては描きません。もちろん、それがその人の生に悪しき影響を与えることもありましょう。しかし、本作で描かれるのは、その歪みを持つことが即ち邪なものではないということ――
 そしてまた、人は他人と交わることでその歪みを表に出すことなく、共存して生きていくこともできるのだという、単純な、そして美しい真実であります。

 そしてそんな、人の生の――決して平坦ではない――あるがままの姿を優しく受け止める眼差しは、作者の前作にも共通するものでありましょう。


 ある意味、変化球の物語であります。おときの心情描写を中心とした構成にも、戸惑うことが皆無とは言えません。
 それでも、なお――本作で描かれる三ヶ月間の物語は、おとき自身にとってもそうであるように、不思議な夏の間の夢のように、美しく、どこか懐かしさすらもって、感じられるのであります。

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