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2014.07.23

最近の「絵巻水滸伝」 近くて遠い物語の終わりへ

 取り上げるのは大変久方ぶりになりますが、森下翠&正子公也の「絵巻水滸伝」が、この一年近く、最大の盛り上がりとなっております。梁山泊を離れ、数々の強敵を打ち倒してきた百八人の好漢たち。その前に立ち塞がるのは、最強最大の敵・方臘軍――百八星、最後の戦いの始まりであります。

 これまで一人として欠けることなく、大宋国の四寇のうち三つ――遼国、田虎、王慶までを平らげてきた梁山泊の好漢たち。残るは江南の方臘…宗教教団を核に、強固な信仰心で結ばれた強大な集団、史実でも大いに宋国を――梁山泊とは比べものにならぬほど――悩ませた強敵であります。
 そしてこの戦いにおいて、百八星は実にその三分の二を失うことになるのです。

 この方臘軍は、原典でも最後の敵でありますが、我が国の水滸伝リライトでは、小説や漫画とメディアを問わず、描かれることが少なかった存在であります。
 というのも、我が国の水滸伝リライトでは、百八星集結の時点で完結…とまでは言わないまでも、それ以降の物語は相当にダイジェストされ、むしろエピローグ的に語られるのみ。方臘軍も、最後の敵というより、梁山泊崩壊の加害者的に名前が挙げられるのが大半であります。

 そんなわけで水滸伝リライトで方臘軍が明確に描かれるのは杉本苑子の「悲華水滸伝」と北方謙三の水滸伝程度。
 そして両作品とも――後者は言うに及ばず、前者もこの部分については――かなりアレンジされていることから、方臘戦、すなわち梁山泊最後の戦いが原典に(ある程度)忠実に描かれた水滸伝リライトは、実はほとんどなかった、ということになります。

 さて、そこで絵巻水滸伝であります。これまで、細部においては自由なアレンジ…というよりも、細部を掘り下げ、隙間を埋めていくアプローチを取ってきた本作において、この最後の戦いが如何に描かれるか、それは明らかでしょう。
 原典の流れはそのままに、方臘軍の脅威を掘り下げ、そして何よりも、一人また一人斃れていく梁山泊の好漢たちの姿をドラマチックに描いていく――それであります。

 実際のところ、原典で描かれる好漢たちの最期の姿は、現代人の感覚からすればひどくあっさりしたものであります。少数の例外を除けば十把一絡げ、乱戦の中でいつの間にか死んでいたり、疫病でまとめて亡くなったことが、わずか数行で片づけられるのみ…
 もちろん、小説というものの在り方が現代と大きく異なる時代の作品であれば、これはこれで仕方ないとは言えましょう。しかし現代の読者からすれば、これまで親しんできた豪傑たちの最期は、避けられないことであれば、やはり最後まで壮烈に描ききって欲しいというのが、正直な気持ちであります。

 そして現在に至るまで、本作においては既に五人の好漢が命を落としておりますが、その最期の姿はまさに(こういう表現を用いるのはさすがに抵抗感もありますが)期待通り――
 失礼ながら原典では脇役であった、そしてこれまで本作が掘り下げ、新たな生命を与えられてきた好漢たちの物語の結末として遜色ないものであります。そしてもちろん、それは彼らの相対する方臘軍の姿をも、これまでにないものとして描くことにほかなりません。

 もっともそれは、裏を返せば、思い入れのある読者には非常に重い展開の連続ではあります。既に原典での好漢たちの結末――それは本作でもほぼ踏襲されることでしょう――をよく知っている人間にとっては、一つ一つの何気ない描写が死亡フラグに感じられる…というのは半分冗談、半分本気であります。


 しかしそこに描かれるのは、必ずしも暗い死の翳だけではありません。例えば最新回で描かれた、ある人物のその後――好漢の過去のある行動が、現在に思わぬ結果をもたらす様は、大河ドラマの醍醐味である以上に、人の生の妙というものを感じさせてくれるのであります。


 そして上記のある人物が、実は原典では過去の時点で命を落としている人物だという点に、形を変えて受け継がれていく生という、ある種の希望というものを感じるのですが…
 何はともあれ、方臘編は始まったばかり。物語の終わりは、既に近く、そしてまだ遠くにあるのです。


関連サイト
 キノトロープ 水滸伝

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