『築地ファントムホテル』 外国人写真家が見た明治の幽霊たち
明治5年、銀座大火で築地ホテル館が焼失した。英国人写真家フェリックス・ベアトは、英語の生徒の青年・菅原東次郎と共に取材に向かった先で、ホテルで一人の英国人が殺されていたことを知る。成り行きから事件の捜査に協力することとなったベアトと東次郎だが、事件は複雑怪奇な様相を呈する…
名手・翔田寛の『築地ファントムホテル』が文庫化されました。以前このブログでも紹介いたしました『参議暗殺』同様、明治初頭に起きた事件を題材に、その背後に蟠る時代の闇を描き出した時代ミステリの名品であります。
本作の舞台となるのは、かつて築地に存在した日本初の本格洋式ホテルである築地ホテル館。時代ミステリファン的には、どうしても山田風太郎『明治断頭台』を思い出してしまう場所ですが、このホテルが焼亡したという史実から、物語は始まります。
本作の主人公たるフェリックス・ベアトは、この時代の清や日本の歴史的事件の現場に居合わせ、数々の貴重な記録を残した実在の写真家ですが、その彼が取材のために駆けつけたホテル跡で知ったのは、その炎の中で一人の英国人が何者かに刺殺されていたという事件。
しかも火事の混乱の中、偶然被害者の部屋に足を踏み入れた発見者は、炎の中に、長大な剣を持ち、鎧兜を身につけた男を目撃したというのであります。
そして取材の最中、捜査責任者の米倉警視と出会い、独占取材と引き替えに、焼け出された外国人たちへの取材(という名目の探索)をすることになるベアト。
かくてベアトは、英語を教えている生徒である青年・東次郎を助手に、事件の謎をおうことになるのですが――
これまでも数々の時代・歴史ミステリの名品を送り出している作者だけに、本作はもちろん、本格ミステリとして実に興味深い内容となっています。
一見誰もが出入りできるように思われる場所でありながら、当時の特異な社会情勢から、一種の出島的存在として政府の監視を受けていた――すなわち不審者の出入りは不可能な一種の密室となっていたホテル。
あたかも「幽霊」のようにそこに潜入した犯人の正体は、何故被害者は殺されたのか。そして何よりも炎の中にいた鎧兜の怪人とは…
詳細は語れませんが、さらに物語は後半に至り二転三転、意外な展開を見せるのですが、そのいずれにも論理的な回答が容易されているのにはただ唸らされるのみです。
(特にある重要なキャラクターの○○に、全く別の意味が――そして人物設定を考えれば至極当然の――用意されていたのには感心)
しかし本作を本格ミステリであると同時に、優れた時代もの・歴史ものとして成立させているのは、事件の背後にこの時代の(安易な言い方に聞こえるかもしれませんが)闇の存在が描かれている点であります。
ベアトら外国人の目から見れば「革命」というほかない政治的・社会的変動が起きてからわずか五年――目まぐるしく変化していく日本という国家。
しかしその変化の陰には、巨大な歪みが存在しているのであり、そして変化について行くことができず、歪みに囚われた者たちも無数にいたであろうことは、容易に想像できます。
本作で描かれる事件の背後にあるものは、まさにこの変化と歪み。本来であれば人を救うはずのものが、かえって貶められ、人を苦しめることとなるという、痛切なまでに皮肉な真実が、そこにはあります。
本作のタイトルである「ファントム」、すなわち「幽霊」とは、上で述べたように幽霊のようにホテルに現れ、消えた犯人のことを指します。
しかしそれと同時に、時代の変化と歪みの中で、あたかも幽霊のように存在を無視され、消されていった者たちの存在もまた、指すのでありましょう。
アジア史の一ページを後世に残した外国人写真家が写した、時代の陰の幽霊たちの記録――本作をそのように評するのは、少々センチメンタルに過ぎるでしょうか。
『築地ファントムホテル』(翔田寛 講談社文庫) Amazon

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