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2014.08.07

『鬼舞 ふたりの大陰陽師』 「芦屋道満」の見た絶望と希望

 先日、平安京を炎に包む一大クライマックスの末に第一部「呪天編」完結を迎えた「鬼舞」シリーズ。今回はその呪天編のエピローグであり、次なる物語へのステップであり、そして何よりも、全ての始まりの物語である過去編という趣向。タイトルも「見習い陰陽師」ではなく、「大陰陽師」であります。

 様々な鬼を操り平安京を騒がせた怪人・呪天による大混乱の中、ついにその姿を現した宇原道冬の中の「漆黒」。
 これまでも魔を惹きつけ、そして強大な、そして制御不能の力を発揮してきたその漆黒により、呪天も及ばぬほどの災厄が都に及ばんとした時、かろうじて道冬が漆黒の正体たるある怨念をくい止めたところで、呪天編は完結となりました。

 本作は、そのラストシーンの翌日の物語。己の中に眠るものの正体を知った道冬に対し、彼の父・蘆屋道満を殺したと噂される安倍晴明が、ついに真実を語ることになります。

 言うまでもなく蘆屋道満と言えば、安倍晴明最大のライバルとして知られる陰陽師であります。様々な伝説や物語の中で対決してきたこの二人ではありますが、本作においてはそうした大陰陽師像を踏まえた上で、全く新しい二人の――道満の物語が描かれることとなるのであります。

 これまでもこのシリーズの過去エピソードにおいて、二度ほど登場している道満。その人物像は、まだ幼さすら感じさせる容姿でありつつも、どこか人として欠落した部分を感じさせるものとして描かれてきました。
 それはある意味、晴明の「敵役」として相応しいキャラクターに感じられますが、しかし本作において描かれるのは、その道満の内面――彼が何ゆえにそうなり、何を思って晴明と対峙し、そして道冬が何を託されたのか、それであります。


 行近を連れての旅の途中、とある地方貴族の姫君・灯子と出会った道満。彼女が縊鬼に苦しめられているらしいこと、そして何よりもそれを祓うために都から晴明が呼ばれたことを知った道満は、半ば強引に、晴明が来るまで彼女を守る役目につきます。

 幼い頃に実の母を亡くし、継母に虐げられる灯子。父も母も早くに亡くし、そして幼い頃から「蘆屋道満」の名と使命を背負わされていた道満。偶然の、そしてかりそめの出会いに過ぎなかったはずの二人は、しかし孤独な魂を埋め合わせるように、次第にその距離を縮めていくことになるのですが…

 ここから先は物語の根幹に関わる部分ゆえ、なかなか紹介が難しいのですが、本シリーズにおける「蘆屋道満」とは、かの漆黒とは決して離れることのできない宿命を背負わされた存在。
 道満の特異なキャラクターは、その過酷な宿命に対する、一種の絶望の発露だったのであります。

 しかし同時に本作においては、彼の前にあったものが、絶望だけでなかった…いや、絶望だけではなくなったことをも描き出します。
 それが何故か、そして彼にとっての希望の「象徴」が何なのか…それはここで言うまでもありますまい。

 一つだけ言えるのは、この「鬼舞」という物語自体が、芦屋道満にとっての――いや、彼に関わった人々にとっての、絶望と希望の姿であるということ。
 そして少なくとも今のところは、希望が絶望に打ち克っていると…そう言っても良いでしょう。


 さて、最大の謎とも言える過去の物語が明かされた「鬼舞」ではありますが、物語は続きます。そこに何が待つのかは、まだまだわかりません。しかしそこで描かれるのが、次代の希望の勝利であることを、今から願ってやみません。

 そしてもう一つ――本作で嬉しいのは、名前こそ出なかったものの、どこかで見たような懐かしいキャラクターの消息が語られること。あとがきも含めて、あのシリーズのファンは必見であります。

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コメント

この話の蘆屋道満はかなり新鮮でしたね。まさか、あーも可愛らしい人だったとは。で、思わずニヤリとする人達が出るわ出るわ。おまけにあいつもいるとは。一条じゃなかった晴明に日々どつきまわされているんだろうなぁ。彼の子供達が道冬の屋敷で大して驚いていないのも「まあ、あれよりは解りやすいよねぇ」という理由だったりして。これで仕上げに関東に行ってしまった彼が「道冬の縁者」か「綱の大叔父」とか「師匠」できたらトドメでしょうね。何しろこの話は「大江山」に至る話でもあるのでしょうから。綱が彼とあの人の間に出来た子供の血を引いていたらとかね。或いはとか。まあ、戻ったりしたら色んな人から小言を言われまくるのでしょうが。でも彼と晴明のコンビと、道冬達が思わぬ共闘をするのを見たいとも思ってしまいますね。ああならなければ彼は帝が妹と妻合わせて「北野少将」か「加茂少将」とかなってあの太刀を持って帝の側に侍り「帝のお側にはかの者がおわす。陰陽寮は全力で怪異を祓うべし」とかなって晴明と並ぶ「都の守人」となってたかも。そうなると「王都妖綺譚」になってしまうでしょうが。

投稿: almanos | 2014.08.09 22:25

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