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2014.08.02

『ますらお 秘本義経記 修羅の章』 「義経たち」の叫びの先に

 既にシリーズ最新作『大姫哀想歌』が刊行された後に今頃で恐縮ですが、その前に廉価版コミックで刊行されてきた18年前のシリーズの完結巻『修羅の章』を紹介いたしましょう。ついに挙兵した兄・頼朝の下に馳せ散じた義経。しかし彼が怨敵・平氏の前に戦うこととなった相手とは――

 瀬戸内、九州と、数々の死闘の果てに少しずつ成長し、仲間を増やしてきた義経。そして奥州に招かれた彼は、そこで一時の安らぎを得、人間性を回復していったかに見えたのですが…しかし歴史が示すように、この先に彼を待つのは修羅の生。そしてこの巻で描かれるのも、頼朝麾下で戦いに次ぐ戦いを繰り広げる義経の姿です。

 鞍馬山を脱出し、荒れ狂う少年時代の義経を描いた第1巻、放浪時代の義経主従の姿を伝奇性豊かに描いた第2巻に比べれば、この巻で描かれるのは、ある意味史実通りの義経の姿であります。
 しかし、表に表れる姿は史実通りであっても、その下の義経の――そして彼と同じ時を生きる人々の心は、優れて本作独自の、本作ならではのものでありましょう。

 その本作独自の視点が象徴的に表れているのが、この巻で描かれる義経最初の戦い――旭将軍・木曾義仲との戦いであります。

 平氏を都から追って凱旋し、一度は征夷大将軍の位に就きながらも、その横暴により同族である義経ら鎌倉勢に討たれた義仲。
 …と書けば何の疑問もない史実(通りの物語)のようですが、しかし本作においては、実は矛盾があります。

 というのも本作の義経の戦う動機は、己の運命を歪めた平氏への復讐。たとえ周囲の思惑はあれど、その義経が自分の血族であり、平氏と戦う同志を討つ理由はないのですから…

 しかし、そこで大きな意味を持って描かれるのが、義仲の息子であり、頼朝の娘・大姫の許嫁である義高の存在であります。
 娘の許嫁とは言い条、実質的には人質の身である義高。つまり大人たちの思惑によって自由を失った籠の中の鳥である義高は、本作の義経にとっては、もう一人の自分とも呼べる存在なのです。

 そして義経が義仲との戦いに向かうのは、義高の父である義仲を救うため――すなわち義高を、さらに言えば過去の自分を救うため。いささかウエットにすぎる――特にこれまでの義経の姿からすれば――と感じられるかもしれませんが、しかし本作の義経からすれば、いささかも矛盾はありますまい。

 それにしてもこれまで無数に描かれてきた義経ものではありますが、ここまで義高の存在を、いわばもう一人の義経としてクローズアップした作品はほとんどなかったのではありますまいか?(「大姫哀想歌」ではその度合いがさらに高まっているのですが…)


 そしてこの先描かれるのは、義経にとっての真の戦い――物語当初からのライバル(とあちら側がみなしていた)平維盛、そして義経にとっては最大の敵となる平知盛との戦いなのですが…
 しかし、その戦いの中においても、単純に善悪が分かれて描写されることはないことは言うまでもありません。いや、そもそもこの戦場に善悪などはなく――そこにあるのは、ただ歴史のうねりに運命を狂わされた者たちの怒りと怨念の叫びのみでありましょう。

 それこそが本作における義経の「歪み」なのであり――そしてその歪みを背負ったのが一人彼のみでなく、義高も、義仲も、維盛も、知盛も、そして敦盛もそうであることを思えば、本作はあるいは「義経たち」の物語であり、その総称としての「ますらお」だったのではありますまいか。


 しかしそんな世界に救いがあるとすれば、そんな中でも人を信じ、愛する静のような存在があることでしょう。
 そんな彼女と義経の再会で本作が一旦の幕を閉じるのは、一つの救いと感じられるのですが…

 それがほんの一時のものでしかなかったことは、18年後の続編が語ることとなりますが、それはまた別にご紹介するとしましょう。


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コメント

 初めまして。キーワード検索経由でお邪魔しました。
 僕が大学生だった時期にサンデーで連載されていた『ますらお』、単行本も初めて全巻買い揃えたほど嵌った、思い出深い作品です。
 第61話「決断」(修羅の章所収)ラスト見開き、空を見上げる母衣(ほろ)武者姿の九郎。宿敵のひとりである平維盛と同じく内兜は大童(おおわらわ)の長い髪、そして鉢の頂辺孔(てへんのあな)から出した烏帽子も目を引きます。
 モデルは故・井筒雅風氏(京都・風俗博物館先代館長)の著書『原色日本服飾史』に登場する「大鎧をつけた武将」、あるいは30年前のNHK連続時代劇『武蔵坊弁慶』で川野太郎さんが扮した義経の鎧姿─このどちらかに違いないでしょう。
 アワーズ誌での新展開も小休止中、今は気長に待ちましょうか。

投稿: ネズミ色の猫 | 2016.07.27 00:55

 連投で失礼します。『ますらお』修羅の章、九郎と対峙する敵方の武将達にも着目しましょう。
 謀叛人となった木曽義仲。かつての戦友・山本八郎。笛の名手・平敦盛。乱髪姿の九郎や維盛とは異なり、兜から出る烏帽子の中にはきちんと髻(もとどり)を結い上げています。
 それだけに、大姫哀想歌版の義仲が乱髪の武者姿に変わっていたのはちょっと残念なところですね。

投稿: ネズミ色の猫 | 2016.07.28 18:36

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