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2014.08.03

『血汐笛』 ニヒリズムと表裏一体のロマンチシズム

 ある晩、何者かに襲われていた旗本の娘・由香を助けた若き浪人・きらら主水。ことの成り行きに興味を抱き、彼女を守ることとなった主水の前に、不敵な怪盗・笛ふき天狗が現れる。由香を巡る秘密、そして幕府と朝廷を揺るがす陰謀に対し、主水と笛ふき天狗は、時に対立し、時に手を組み立ち向かう。

 柴錬の時代伝奇活劇であります。発表時期は昭和32年と、『眠狂四郎無頼控』や戦国三部作とほぼ同時期――すなわち初期作品に属するものであり、それゆえ後の作品とは少々変わった味わいの部分もございますが、しかし面白さは当然変わることはありません。

 本作の主人公の一人・きらら主水は、秀麗な面差しながら虚無的な陰を湛え、黒の着流しをまとった浪人。孤独な生の中、日々を虚しく過ごし、自ら望んで危険の中に身を置き、必殺の剣法を振るう――
 とくれば、これはもう完全に柴錬ニヒリスト主人公の定番に見えますが、主水の場合はまだ若い、というのが特徴と言えましょうか。真に虚無的になりきっておらず、まだ正義感や熱き血潮を色濃く残した青年であります。

 そんな主水を支えるかのように登場するのが、もう一人の主人公たる笛ふき天狗。頬に赤い笛の刺青を入れた神出鬼没な怪盗であり、実によいタイミングで現れては、何故か主水たちを助けるというその立ち位置は、柴錬主人公ではかなり珍しい部類に入りますが、伝奇時代劇ではしばしば見られるキャラクターともいえます。

 さらにその正体が(すぐに明らかになることゆえ明かしてしまえば)その将来を嘱望されながら、何のためらいもなく職を辞してきままに暮らす先の若年寄・松平千太郎とくれば、これは虚無どころかむしろ明朗型主人公と言えましょう。

 このように主人公像を見ても、後の柴錬作品とはだいぶ異なる印象がある――いわば「普通の時代劇」的な本作。
 もちろん、柴錬一流のどこか気品すら感じられる端正な文体は本作においても健在であり、むしろその明るさが好もしく感じられる作品ではあります。

 しかしそれでも私が、ああ柴錬作品だなあと本作を読んで感じるのは、主水の行動原理が、あくまでも「美しいもの、愛するものを命を賭けて守る」ことにあります。

 柴錬主人公たちも様々ですが、およそ彼らの中でかなりの割合で共通するのは、彼らが戦う理由が、社会正義や大義のためといった公に属するものではなく、むしろそれとは反対側にある、ある種私的な感情にあると言うことはできましょう。
 これまで再三述べてきたように、柴錬主人公のメインストリームともいえるニヒリストたちは、いずれも個人の感情の赴くまま、その剣を振るっているのですが――

 しかしその個人の感情で最も強いものは――少なくとも作者がそう信じているのは――愛ではありますまいか。
 女性に狼藉を働くことも躊躇わぬニヒリストになんの愛よ、と笑われるかもしれませんが、その代表格たる狂四郎が、母や最愛の妻のような薄幸の女性にどれだけ真摯な眼差しを向けていたか――しかしそれが同時に自虐的な振る舞いと表裏一体なのがまた彼らしいのですが――を考えれば、明らかでありましょう。

 そして本作においては主水のほかにもう一人、愛に命を賭ける男がいます。未読の方のために詳細は伏せますが、いかにもな悪役、典型的な剣鬼キャラとして登場しながら、その無頼の心に残っていた最後の愛故に、男は大きくその運命を変えていくこととなります。


 柴錬作品から人が受けるイメージは、やはり「無頼」「ニヒリズム」でありましょう。しかし私はむしろそこからそれと表裏一体の「ロマンチシズム」を感じます。

 虚無的に生きるしかないこの生においても、必ず命を賭けるに相応しい美しいものが存在する――それこそが柴錬のロマンチシズムであり、まだそれを覆うスタイルが確立する以前の作品だからこそ、本作はそんなロマンチシズムが特に色濃く感じられる作品なのではないか、と考えてしまうのは、贔屓の引き倒しでありましょうか。


 ちなみに、インパクト重視のネーミングが多い柴錬キャラの中でも、おそらくは「きらら主水」は最強でありますまいか(まさしくキラキラネーム?)
 小島剛夕がパロディにしたのもむべなるかな。


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