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2014.08.10

『怪建築十二段返し』 古風にして「新しい」時代小説の誕生

 突然ずいぶん古い作品を、と思われるかもしれませんが、深い意味はございません。『富士に立つ影』の白井喬二のデビュー作をはじめとした初期短編四編を収めた作品集、はじめ桃源社の日本ロマンシリーズで刊行され、後に大陸文庫からも同じ作品を収めて刊行されたものであります。

 表題作、そしてデビュー作である『怪建築十二段返し』は、タイトルのとおり、江戸に作られた怪建築を巡る奇談であります。
 姪が行方不明となった建築家が、彼女の手がかりを追ってたどり着いた先は、かつて自分が設計した、しかしその全容を知らされることはなかった怪建築。そこに潜入するも消息を絶った建築家を追い、その息子や町奉行所の敏腕与力が謎に挑むこととなります。

 ここに奉行所の与力が登場することからわかるように、本作は一種の捕物帖として読むことが出来ますが、それは本書に収録された他の三編も程度の差こそあれ同様。
 黒船来航を背景に、江戸の商人たちを狙う大陰謀に奉行所与力と船大工が挑む『全土買占の陰謀』
 仕事のために預かった将軍家の文書を紛失した漆器職人が忍術修行の末に活躍する『白雷太郎の館』
 奇怪な巫女との術比べに破れた奇術師が、彼女が開いた新興宗教の神殿で繰り広げる冒険『江戸天舞教の怪殿』

 いずれも探偵趣味と怪奇趣味、そしてテクノロジーへの興味が濃厚に漂う作品ばかりであります。


 しかし正直に申し上げれば、本書の収録作品は、今の目から見ればかなり粗い内容という印象は否めません。
 特に表題作などは、まだまだこれから、というところでバタバタと物語が畳まれておしまい、という狐につままれたような気分になってしまう結末で、悪い意味で驚かされます。

 もっともこの辺りは、掲載誌がいわゆる講談誌(名前もそのまま「講談雑誌」)に掲載されていたことや、表題作の発表が1920年という今から百年近く昔という時代背景を考えるべきかもしれません(特に慌ただしい結末は、講談の、続きはまたのお楽しみ的な方式ともとれます)。

 とはいえ、今の時代の万民に勧められるかといえば、それは少々躊躇われるものがあるのですが――


 しかしここで注目すべきは、上で触れた本書の収録作品の発表時期であります。表題作は1920年、その他の作品もその1、2年後に発表されたものですが――捕物帖の祖たる『半七捕物帖』の開始が1917年であったことを考えると、わずか三年後に、捕物帖は大いに進歩したものだと驚かされます。

 これも先に述べたように、本書の収録作に共通するのは、一種のテクノロジーへの興味であります。

 その象徴となるのが、表題作をはじめとして、どの作品にも登場する怪建築でしょう。
 その存在自体は、むしろ江戸時代の読本などの影響も濃厚に感じますが、しかしたぶんに煙に巻くような表現ではあるとはいえ、どこかロジカルに描かれたその描写は、確実に新しい時代のものであると申せましょう。
(さらにいえば、表題作で描かれる催眠術や電気を用いた捕物術などのガジェットも同様の流れによるものでしょう)

 この辺りに着目すると、題材こそ一見古風であっても、確実に本書の収録作は「新しい」作品であった、と言ってもよいように感じられるのです。


 さらに言えば、これも本書の収録作に共通する要素として、物語の主人公/中心人物が、いずれも何らかの技術者である点も、このテクノロジーに対する興味の度合いを感じさせるものであり――そして、『富士に立つ影』の主人公たちがどのような職業・身分であったことを考えれば、さてこそは、と頷ける気がするのであります。


『怪建築十二段返し』(白井喬二 大陸文庫) Amazon

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