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2014.08.23

『隠密愛染帖』 逆隠密・日本左衛門、裏社会での暗闘

 高木彬光が、享保期に活躍したという大盗賊・日本左衛門を主人公とした全5話の連作短編集であります。彼については虚実取り混ぜ様々な逸話が残されていますが、本作はその中でも有名な、彼が元は尾張徳川家に仕えた武士であったという説を踏まえ、虚々実々の暗闘が描かれることとなります。

 本作に登場する日本左衛門は、六尺豊かな体躯の堂々たる押し出しの男。得意とするのは緑林流の投げ玉(鎖鎌から鎌を外したという武器)、これを左手に、太刀を右手に暴れ回れば、向かうところ敵なしという豪傑であります。

 さて、高木彬光の時代小説――というより、オールドファッションな時代伝奇小説全般と言うべきでしょうか――においては、彼のような大盗賊はほとんど毎回のように登場いたします。
 そしてこれもほとんど毎回のように、心正しき主人公を悩ませ、最後には倒される役回りなのですが…本作においてはその大盗賊が主人公というわけで、いささか捻った設定が用意されています。

 実は本作の日本左衛門は、最初に述べたように、旧主である尾張万五郎のために敢えて盗賊となった男。
 将軍位を狙うかつてのライバルであり、今なお油断ならない相手という疑心暗鬼にとらわれた将軍吉宗の張り巡らす隠密網に対し、地下に潜り、逆隠密として牽制しようと考えたのが日本左衛門なのであります。

 かくて本作で描かれるのは、日本左衛門と幕府隠密団、さらにはまた別の立場から日本左衛門を捕らえんとする大岡越前の町奉行所との、三つ巴の暗闘。
 誰が味方で誰が敵かわからぬ状況の下で繰り広げられる戦いの様は、ピカレスクものや隠密ものというよりも、時にアンダーカバーもののような味わいすら感じさせるものであります。


 正直なところ、ストーリーや人物描写における深みという点では…な高木時代小説の法則(?)は本作においても当てはまる部分はあるのですが、しかしこの設定に妙により、救われている部分が大きいのも事実です。

 特に第1話「美女と怪盗」は、日本左衛門を名乗る男が、日本左衛門の愛妻を殺すという意外性に満ちた場面から始まり、愛妻と瓜二つの娘の登場に女賊の跳梁、黒装束の一党の暗躍に大岡越前の知恵と盛り沢山の内容。
 それだけでなく、描かれる事件の数々にはほとんど全て裏があり、次から次へとひっくり返されていく果てに真実が見えるという構造は紛れもなくミステリのそれで、高木彬光のミステリ作家としての顔と時代小説作家としての顔が最も良い形で結びついた作品――というのも、あながち大げさではないかもしれません。

 そのほか、尾張徳川家の秘事が記されてるという青竜秘帖を巡り、これまでの三つ巴に加え、不敵な振袖若衆・雲間竜之丞(これまた作者が得意とするタイプのキャラクターであります)が様々な勢力を向こうに回して活躍する第3話「隠密若衆」も面白い。
 ある程度展開の先は見えてしまうのですが、日の当たる武士の世界の裏側で陰険な戦いを繰り広げる盗賊や隠密の世界の非情さは印象に残るところであります。


 ちなみにこの吉宗と宗春の暗闘の背後で暗躍する日本左衛門という構図は、作者の時代小説の中でも最長編の一つ「隠密月影帖」にも共通するものであり、やはりいずれそちらも取り上げなければ、と考えているところであります。


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