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2014.09.02

『表御番医師診療禄 4 悪血』 御広敷番医師、秘事を追う

 江戸城に詰める幕府の表御番医師にして実戦派剣術の使い手・矢切良衛が幕政の闇に挑む『表御番医師診療録』、快調第4弾であります。今回舞台となるのは、上田作品ではお馴染みの大奥。将軍をはじめとする権力者たちの力すら及ばぬ地で、良衛の新たな苦闘が始まります。

 江戸城内での堀田筑前守正俊斬殺事件に不審を抱いたことがきっかけで幕政の闇に巻き込まれ、大目付・松平対馬守の探索方として働く(こき使われる)こととなった良衛。
 そんな彼が、御広敷伊賀者の手当をしたことで、新たな事件に巻き込まれることとなります。

 当番を勤めている時に偶然診察することとなった伊賀者。足の骨が大きく陥没し、しかも怪我をしてから数日経っていることを見抜いた良衛は(よせばいいのに)それを指摘。
 たちまち気色ばんだ伊賀者たちの様子から、何事かあることを察した良衛からの一報を受け、松平対馬守が、柳原吉保が動き出します。

 何しろ御広敷伊賀者といえば、大奥を警備する役目。そんな彼らの一人が何者にそのような怪我を負わされたのか。そして、医者をすぐに呼ばなかったのは何故か…
 あるいは大奥での将軍綱吉の身の安全に関わる事件ですが、問題は言うまでもなく大奥が男子禁制であり、調べの手を入れるわけにはいかぬこと。

 そんな中で今回も白羽の矢を立てられた良衛は、御広敷番――すなわち、大奥の担当医に配置換えさせられ、大奥での探索を行うことに――


 冒頭で触れたように、作者の作品では舞台となることが少なくない大奥。特に御広敷用人を主人公とするシリーズもあるだけに、題材が重なるのでは…
 などというのは、もちろん素人の余計な心配。幕府の勤務医という、主人公の特異な身分をフルに利用して、これまでの大奥を題材とした――もちろん作者自身のそれも含めて――作品とは全く異なる角度から、大奥に本作は切り込んでいくことになります。

 そもそも、御広敷番医師という存在自体、時代もので取り上げられることが相当に珍しい存在。
 冷静に考えればあれだけの人間が犇めいていた大奥に医師がいないわけはないのですが、しかし大奥は男子禁制という思い込みから、医師が出入りしていたというのは、なかなかの盲点に感じられます。
(尤も、本作の語るところによれば、相当の閑職であるようですが…)

 本シリーズは、医師という考えてみれば人の秘め隠す部分に触れられる極めて特殊な、それでいて当然のように存在する職業にあるものを主人公にすることで、従来の作品にはない視点から物語を描いていくところが大きな魅力であります。
 それは特に本作のような特異な舞台で、より輝くのではありますまいか。


 そして本作のもう一つの魅力は、登場人物たちがそれぞれに人間くさい顔を見せる点でしょう。
 本シリーズにおいて良衛の実質的な上役に当たる松平対馬守などはその最たるもので、言動は上田作品定番の無理難題を押しつける厭な上司でありながら、しかし良衛とのやり取りの中で見せる喜怒哀楽の豊かさが何とも楽しい。

 また今回、良衛の義理の父に当たる典薬頭・今大路兵部大輔の出番も多いのですが、彼の描写もなかなかに印象的。
 良衛に妾腹の娘を押し付け、半ば強引に自分の陣営に引き込んだという背景から受ける印象とは裏腹に、その素顔は良衛の先輩として、そして義父として、案外に人間くさい素顔を見せてくれるのであります。

 人間誰しも、医師の前では素顔を晒すもの。そんな医師が主人公の作品故に、本シリーズに登場する人間たちは、より人間くさく描かれるのであり――そしてそれが、雲の上の暗闘を描く作品の中で、印象的なコントラストを生み出していると感じます。


 作者の作品でまま見かけられる、主人公のいないところで悪役が陰謀の内容を一人で喋ってしまうという部分が、今回もあるのは気になるところではあります。
 しかし上で述べたシリーズ自体の魅力に加え、まだまだその全貌を見せない謎の行方といい、良衛に迫る思わぬ敵の存在といい、やはり読んですぐに次巻が気になる作品であることは間違いないのです。


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