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2014.09.24

『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と

 東北の小藩・香山藩にある山村が、一夜にして壊滅した。生き残りの少年・蓑吉は、隣の永津野藩主の側近・曽谷弾正の妹・朱音に助けられる。そして村を壊滅させた謎の怪物は、その後も次々と犠牲者を増やしていく。激しく反目する両藩は、この怪物を撃退することができるのか。そして怪物の正体は…

 宮部みゆきの最新作『荒神』が単行本化されました。東北の二つの小藩の境にある山を舞台に展開する本作は、何と怪獣時代小説とも言うべき快作。
 本作に先行すると思われる作品は、『泣き童子』に収録された『まぐる笛』がありますが、本作はそれを質・量ともにパワーアップさせた、まさしく大作であります。

 舞台となるのは、東北と関東が接する辺り、南東北の小藩・香山藩と永津野藩。表向きは主藩と支藩という関係ながら、戦国時代から元禄の今に至るまで対立し、特に永津野はたびたび国境を侵し、香山の民を攫っていくなど、一触即発とも言える状況であります。

 そんな中、両藩の間の山中で、香山側にあった山村が一夜にして壊滅。周囲の村や砦も、次々と壊滅していくこととなります。
 後に残されたのは、何かに食われ、そして半ば溶けたかのような無惨な骸…明らかに人間や山の獣では不可能なこの惨劇の犯人は、突如としてこの山に現れた恐るべき怪物だったのであります!

 どちらの藩もこの非常事態に気付かず、あるいは黙殺する中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることとなります。そしてその先に明らかになる怪物の意外な、恐るべき正体とは…


 私が冒頭に、妖怪時代小説ではなく、怪獣時代小説と申し上げたのには、もちろん理由があります。それは、本作に登場するのが、巨大さと生物感、そして異形と能力を兼ね備えた、異常な存在感を持ったモノであるからにほかなりません。

 人間を、いやこの時代のこの場所にいる全ての動物を遙かに上回る巨体と、この世のあらゆる生物とは異なる姿と能力。そしてそれでいて、はっきりと実体を持ち、物理的に人を害することができる存在…それこそはまさしく「怪獣」と呼ぶべきでしょう。

 そして本作においては、その怪獣の巨体から、異形から、特殊能力からくる脅威を真っ正面から余すことなく描ききり、幾度となく人間との真っ向対決を(大半は一方的な内容ですが)描いてくれるのが嬉しい。
 あくまでも本能に従い、人の想いを斟酌せずに暴れ回る…これこそが怪獣、と思わせてくれる見事な怪獣ぶりであります。
(途中、最近定番の××による○○○○○○まで見せてくれるのには驚かされました)


 しかし、本作のさらに素晴らしい点は、こうした怪獣の暴れっぷりを描きつつも、それと同時に、それに抗する人々を中心とした、見事な群像劇を成立させていることであります。的側面を強く持つ物語であります。

 怪獣の襲撃から辛くも生き残った山村の少年、香山藩上層部の動きに巻き込まれた若き藩士、永津野藩の実権を握る酷薄な兄とは正反対の慈愛に満ちた美女、彼女の用心棒を務める飄々とした放浪の浪人、二つの藩に出没して謎めいた動きを見せる旅絵師…

 生まれも育ちも、行動の目的も依って立つところも皆異なる人々が、怪獣の出現によって生じた混乱に巻き込まれる中、それぞれの役割を果たしていく――怪獣ものではある意味定番の図式ではありますが、しかし本作ほどそれを高レベルで実現しているものは、そうはないのではないか、と感じます。

 そしてさらに言えば、本作の構図――超自然の理不尽なまでの猛威や人間の悪意に翻弄されながらも、そこに巻き込まれたごく普通の人々が、それぞれの持つ人間としての善意を胸に必死に生き延びようとする姿は、作者も敬愛するスティーブン・キングの諸作に通じるものを感じるのです。

 そう、凄惨な戦いと数多くの犠牲者の姿を描きつつも、本作の読後感があくまでも爽やかなものであるのは、そこに確かに存在する人間の善意が感じられるからではありますまいか。


 本作の舞台が南東北、関東と東北の境に近い地に設定されていることの意味は明白であります。香山と永津野、両藩の在り方も含めて、そこに現代に通じるものを読み取ることは容易でありましょう。
 そんな物語の中で、人間の善意の姿とその傷だらけの勝利を描いたことは、何よりも嬉しく――そして本作が今この時にこそ描かれるべき物語であると、そう感じるのです。


『荒神』(宮部みゆき 朝日新聞出版) Amazon
荒神


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