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2014.09.06

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』 荒ぶる魂が見つけた戦いの理由

 中関白家の藤原隆家は、心に荒ぶるものを秘め、強敵を求める気性の持ち主だった。花山法皇や藤原道長との闘乱に明け暮れる隆家だが、そんな彼にある目的を持って、法皇に仕える「鬼」が近づく。時は流れ、隆家が自ら望んで任官した九州に、異民族・刀伊が襲来する。果たして刀伊を率いる者とは…

 主に江戸時代を舞台に、細やかな情の世界を描いてきた印象のある葉室麟が、平安時代を舞台に、それも異民族の襲来を描いた作品であります。
 タイトルから一目瞭然のとおり、題材となるのは1019年の刀伊の入寇、主人公はこれを撃退した藤原隆家。歴史の教科書ではほとんど一行で済まされそうな、しかし史上かつてない大事件を、本作は独自の視点から描き出します。

 関白として権勢を誇った藤原道隆の子であり、貴公子として、文人としても名を残す隆家。しかし個人的には隆家と聞くとまず思い浮かぶのは、花山法皇の輿に矢を射かけたというとんでもない逸話であります。
 一体何をどうすればそんなことをしでかすのか…と、今まで隆家に対するイメージは、控えめに言っても芳しからざるものがあったのですが、本作はそうした彼の行状を踏まえつつも、全く新しい隆家像を示しております。

 本作の隆家は、名家の貴公子であり、それに相応しい品格と知性を持ちつつも、それ以上に心の中に、荒ぶる、満たされぬものを抱えた男として描かれます。
 彼の求めるのは、父や兄が行ってきたような地位や身分を求める政争ではなく、己自身の力を以てする闘争――「どこかに強い敵はおらんものかな」と呟いてしまうような、そんな男であります。

 本作はそんな彼と刀伊との、まさしく運命的な戦いを、二部構成で描き出します。
 第一部の舞台となるのは、刀伊入寇のはるか以前、隆家の青年期。朝廷におけるライバルたる道長や、父からの因縁で敵対する花山法皇との闘争と、その中で中関白家が没落していく様が描かれるのですが――

 一見、刀伊の入寇とは無関係に感じられるこの時期の物語が、意外にも伝奇的趣向を以て展開していくこととなります。

 花山法皇に仕える謎の剽悍な男女たち――鬼とも護法童子と呼ばれる者たち。隆家の前に幾度となく立ちふさがる彼らを、かの安倍晴明が指して告げた名こそは…!
 さらに、その中の美女・瑠璃が隆家に接近、二人の出会いは、後々になって隆家の、そしてこの国に対して、運命的な影響を与えることになるのであります。

 正直なところ、作者の作品でここまで伝奇的な趣向を味わうことができるとはと、大いに驚喜した次第です。


 そして第二部で描かれるのは、いよいよ刀伊の入寇。刀伊の存在を知り、自ら望んで太宰権帥となった隆家が、刀伊の大軍に対して繰り広げる、因縁の戦いの結末が描かれることとなります。

 その因縁とは何か、そして最後に隆家が見たものが何か…それはここでは触れません。
 代わりに隆家にとってこの戦いが何のためのものであったのか、それを述べるとすれば――それは、彼が彼自身であることを見出すための戦いだったのではありますまいか。

 若き日から、何かに突き動かされるように戦いを求めてきた隆家。法皇や道長といった権力者に対して、時に蛮行とすら言えるような戦いを挑んできた彼の心の中にあるのは、しかしどこか虚しさに似た想いであります。

 自分は何のために、何を求めて戦うのか? そんな隆家の想いは、言い換えれば、何のために生きるのか、ということとなりましょう。
 自らの生まれた境遇に飽きたらず、(それゆえに)荒ぶる心を持ってしまった彼が、刀伊の戦いに際して見出した戦う理由――地位のためでも名誉のためでもなく、単純な愛国心のためでもないそれは、それ自体が感動的なものではありますが、しかし私にはそれ以上に、彼がそれを見出したことこそが、感動的に感じられるのであります。

(そして最後の戦いの勝敗を分けたものは、その理由の有無であった…と感じるのはあながち穿った見方ではありますまい)


 史実を伝奇的に味付けし、迫力ある戦いの絵巻を描きつつも、その中に一人の迷える男の魂の遍歴を浮かび上がらせる――やはり本作もまた、作者ならではの作品と感じるのであります。


『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』(葉室麟 実業之日本社文庫) Amazon
刀伊入寇 藤原隆家の闘い (実業之日本社文庫)

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