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2014.10.11

『剣術抄』第1巻 奇矯にして真摯なる剣の道

 『柳生連也武芸帖』『柳生兵庫助』など、剣術描写の巧みさでは斯界屈指のベテランであるとみ新蔵の新作です。『剣術抄』とそのものズバリのタイトルのとおり、剣術の妙諦を描く作品……なのですが、こちらの想像を遙かに凌駕する、正直に申し上げて一種の怪作であります。

 圧政を敷く悪家老により、父をはじめとする一家を惨殺された百姓の青年・吾作。仇を討つために近くに住む老剣士・辻月探に弟子入りを志願した彼は、最初は疎まれたものの、その熱心さを認められ、剣術を伝授されることになります。

 かくて本作では、月探・吾作師弟の姿を通じて、剣術の何たるかが微に入り細をうがって描かれるのですが……しかしどこかがおかしい。

 何しろ辻月探(実在の剣豪であり無外流の祖・辻月旦の孫という設定)からして、実に奇矯な人物であります。

 見かけはむさいなりながら、ひとたび刀を抜けばその腕はまさしく達人――というのはある意味定番ですが、普段は、自分のもとに遊びにやってくる仙女(……としか言いようがないキャラ)の蘭と乳繰りあってばかり。 ほかにも蘭が持ってきたブラジャーを嬉々としてつけたり、シュシュを着て踊り出したりと、読んでいて戸惑わされることも少なくありません。

 さらに驚かされるのは、月探の小屋の近くの洞窟にはタイムマシンが存在していること。
 このタイムマシンを使って、師弟は古代ローマや17世紀のフランス、後漢末期の中国へと飛び、その時代の達人たちと異種武術対決を繰り広げるのであります。


 ……自分で書いていても信じられませんが、全て本当のことであります。
 そして素晴らしいのは、これだけ自由奔放な物語を展開しながらも、あくまでも剣術については、丁寧かつリアルな描写を貫いている点でありましょう。

 特に居合の――時代劇によく登場するような派手なものではなく、真に実戦的な――描写、特にその修行法の描写などは、これまで他の漫画では見たことがないようなもので、その合理性にはただ驚かされたばかり。

 そしてタイムマシンで向かった先の達人たちとの対決も、それぞれの武器の長所短所を描いた上で、説得力と迫力十分の描写を展開してみせるのには大いに痺れさせられました。


 そして、月探の人物もまた、もちろん奇矯なだけではありません。

 彼が決闘の末、倒した相手に問いかける言葉「人間は性善と思うか、性悪と思うか」。それに対する答え如何によっては――斬る。
 人を性悪と言うもの、信じられぬ者が強大な武を手にすることが、周囲の不幸となる。それ故、相手を斬るのであります。

 どれほどの剣術を修めようとも、心正しからざれば、心穏やかならざれば、それは他者を、ついには自分を傷つけるものでしかない。
 月探の信念は、剣禅一如といった形而上的な概念ではなく、剣術を支える心法として納得できるのであります。

 いやはや、奇矯と思えば真摯――本作における月探の姿は、そのまま本作を描く作者の姿にも重なって見えるではありませんか。


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