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2014.10.19

『悪采師』 いかさま賽が描く賭博・職人・そして人情

 彼の作品で売り出し中の親分・鬼船俊次が江戸を牛耳る栄蔵を追い落としたことから一躍名を挙げたいかさま賽子造りの音吉。彼の家に押しかけてきた栄蔵の子・紫乃と五平と、反発し合いながら距離を縮めていく音吉だが、俊次の非道が彼らを引き裂く。全てを取り戻すため、音吉の一世一代の博打が始まる……

 第三回朝日時代小説大賞を受賞した平茂寛による、ユニークな作品であります。
 タイトルにある「悪采」とは、仕掛けのある采=賽、すなわちいかさま賭博用の賽子のこと。本作の主人公・音吉は、そのいかさま賽子造りに取り憑かれた青年なのです。

 幼い頃に家を出され、やがて悪采造りの道に入った音吉。小さな中に精密な細工を仕掛けた悪采に魅せられた音吉が仕上げた賽が、物語の中心となります。
 彼の賽によって大きく勢力地図が塗り替えられた江戸の暗黒街。しかし良い賽を造ることだけが目的の職人である彼にとっては、それは無関係だったはずですが、彼の賽によって一文無しとなり、江戸を追われた親分・栄蔵の子・紫乃と五平が家に転がり込んできたことから、彼の運命は大きく変わり始めます。

 初めは生意気な二人に反発するだけだったのが、紫乃の隠れた優しさと可愛らしさ、五平の優れた悪采造りの賽に興味を持つうちに、やがて二人とも打ち解けていく音吉。
 そして紫乃と五平も同様に音吉に心を開き始めますが――音吉がかつて賽を造り、栄蔵を追い落とした親分・鬼船俊次の魔手が二人に迫ったことから、全ての運命が狂い始めることになります。

 それぞれの理由から姿を消した二人を取り戻すため、必死に賽造りに打ち込む音吉。しかし運命の皮肉は、彼の前に最強の敵の姿をとって現れることになります。
 果たして最強の敵に音吉は打ち克ち、そして幸せを取り戻すことができるのか。そのために彼は、理想とする究極の悪采・無上の賽を完成させようとするのですが……


 本作の魅力は幾つかありますが、まず挙げるべきは、博打の世界を舞台としつつも、主人公をそのための賽を造る職人としたことでしょう。
 物語の中に博打の世界の緊迫感を維持しつつも、そこから一定の距離を置いた人種を主人公とすることで、博打につきもののアンダーグラウンドな空気を良い意味で無くしているのは、これは工夫というべきでしょう。
(それでいてラストの大勝負は最高に盛り上がるシチュエーションが用意されているのがたまらない)

 そしてもちろん、主人公が職人ということで、職人ものとしての面白さが生じることもあります。
 特に物語後半に入ってから彼が求める無上の賽――賽の仕掛けを生かすのに壺振りの腕が必要になる通常の悪采ではなく、誰が使っても同じようにいかさまができるという賽――完成に向けての苦心は、ものが普通の工芸品でないだけに、より引き込まれるものがあります。
(ただし、自分が造ったものが引き起こす結果に(そのために大変な苦労をしたものの)ほとんど無自覚にも感じられるのはちょっと残念)


 しかし何よりも強く印象に残るのは、本作の背骨として貫かれているのが「家族の再生」というテーマである点であります。

 幼い頃に口減らしのように家を出され、ようやく一本立ちして故郷に帰ってみれば一家は離散していた音吉。幼い頃から両親からの愛情を受けることができず、二人以外に心を開かずに生きてきた紫乃と五平。
 思わぬことから共同生活を送ることとなった三人の心が少しずつ引き寄せ合い、そして一度は大きく引き離されても、また新たな家族として再生しようとする――そんな姿を、本作はスリリングな勝負の背景に用意しているのであります。

 結末で明かされるある事実については賛否あると(おそらくは後者がだいぶ多いと)思いますが、この点から考えれば、納得はできるのではないでしょうか。

 賭博もの、職人もの、人情もの――それぞれの作品はありますが、それを巧みに組み合わせ、一つの作品として成立させてみせた作者の腕に感心した次第です。


『悪采師』(平茂寛 朝日新聞出版) Amazon
悪采師

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