« 『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期 | トップページ | 『もぐら屋化物語 3 用心棒は就活中』 内藤新宿崩壊の危機!? »

2014.10.26

『蔦屋』 彼を縛るもの、力づけるもの

 商いに失敗し店を閉めようとしていた地本問屋の小兵衛の前に現れた男・蔦屋重三郎。吉原で成功していながら、さらに外に打って出ようという重三郎に魅せられ、小兵衛は彼と組むこととなる。喜多川歌麿や太田南畝・山東京伝らとともに旋風を巻き起こす重三郎だが、その前に松平定信の改革の陰が……

 『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』でデビューを飾った谷津矢車の第2作であります。

 本作の題材はタイトルのとおり蔦屋――江戸中期・後期に活躍した書肆、すなわち出版業者です。
 ご存じの方も多いかと思いますが、この蔦屋はこの時代に大ヒット作を連発した出版社とも言うべき存在であります。

 元々は吉原で吉原細見(簡単に言えば吉原の店と遊女のガイドブック)を出していた書店ですが、やがて「外」の世界に進出。
 当時の出版業界の中心地であった日本橋に店を構え、作家では大田南畝、恋川春町、山東京伝、曲亭馬琴、浮世絵では喜多川歌麿、葛飾北斎、東洲斎写楽といった錚々たる面々を送り出した蔦屋――その主人、つまりは当時の一大プロデューサーが蔦屋重三郎なのです。

 本作はその蔦屋重三郎の姿を、上記のとおり日本橋に進出した瞬間から描き出します。
 廃業寸前の地本問屋(本の出版・卸し・小売りを行う業者)豊仙堂の丸屋小兵衛の前に颯爽と現れた重三郎。既に初老にさしかかり、隠居を考えていた小兵衛は、重三郎の不敵とすら言える熱意に引きずられるように、一種の雇われ番頭のような形で彼と組むことになります。

 しかし重三郎といえば、本を出すわけでもなく、毎晩吉原に出かけては何処の誰とも知らぬ遊び人連中とどんちゃん騒ぎの毎日。
 そんな彼の姿に呆れ、気持ちも冷めかかった小兵衛ですが、しかしそれも全ては蔦屋流。当代きっての文化人たちを集めた蔦屋による快進撃が、ここから始まるのであります。


 蔦屋の――というより江戸中期・後期の出版文化とそこに集った文人サロンというべき存在は、それだけ魅力的な題材ということか、特にこの数年、メディアを問わずこれを扱った作品が増えているという印象があります。

 その中で本作で描かれる蔦屋の物語は、表面的には史実に忠実なそれとして感じられます。
 豪華な顔ぶれによる、奇想天外な仕掛けによる大ブームと、その先の寛政の改革による弾圧、そこからの再起……ある意味定番というべき内容です。

 しかしそんな中で本作は、いくつかのユニークな趣向を用意しています。
 一つは本作が、重三郎ではなく、小兵衛からの視点で描かれていることであります。

 これから昇る一方の重三郎ではなく、一時は引退を考え、既に当時の年齢から考えれば晩年にさしかかった小兵衛。その半生もあくまで真っ当な(?)商売人としてのそれであり、重三郎のようなケレン味に満ちたものとは大きく異なります。

 そんな我々読者の大半であろう常識人代表とも言える小兵衛の視点を通すことにより、重三郎の商売の斬新さがより鮮烈に焼き付けられる。
 と同時に、若い読者は重三郎に、年輩の読者は小兵衛に感情移入できるという、世代の違いもカバーしているのも面白いところです。

 そしてもう一点――重三郎の原点、世間をひっくり返してやろうという彼の想いのルーツが、彼の生まれ育った吉原にあるという設定も面白い。

 冒頭に述べたように、吉原で書店としてのスタートを切った蔦屋。しかしそもそも重三郎は吉原生まれの吉原育ちであります。
 江戸の中にあって文化の中心地でありつつも、周囲から切り離された一種の異界、「虚」の世界であった吉原。自由と不自由が絡み合う世界で生まれ育った彼が、それを突き破り、そして「外」と「内」、「実」と「虚」をないまぜにして新しい世界を生み出そうとする――それが本作で描かれる、蔦屋の商売なのです。


 重三郎を縛るもの、そして力づけるものはもちろん、この時代、この土地ならではのものでありましょう。しかしその中に、我々それぞれに通じるものを見いだし、切り出してみせる。
 派手さはありませんが、胸にスッと入り込み、残る――そんな味わいの作品であります。


『蔦屋』(谷津矢車 学研マーケティング) Amazon
蔦屋

|

« 『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期 | トップページ | 『もぐら屋化物語 3 用心棒は就活中』 内藤新宿崩壊の危機!? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/60548005

この記事へのトラックバック一覧です: 『蔦屋』 彼を縛るもの、力づけるもの:

« 『大江戸恐龍伝』第5巻 二匹の大怪獣の最期 | トップページ | 『もぐら屋化物語 3 用心棒は就活中』 内藤新宿崩壊の危機!? »