『探偵工女 富岡製糸場の密室』 ミステリで描き出す明治の努力と希望
『参議暗殺』『築地ファントムホテル』と、特に明治時代を舞台とした時代ミステリの名手である翔田寛の最新作は、先日世界遺産に登録されたばかりの富岡製糸場を舞台に、そこで働く工女を主人公としたミステリであります。
日本近代化推進の原動力として富岡製糸場が設立された翌年――工女集めなどに苦労を重ねつつも製糸場も軌道に乗り、皇太后と皇后が行啓するというその数日前に、工女の一人が敷地内で死んでいるのが発見されます。
発見者は製糸場の所長・尾高惇忠の娘でもある工女・勇。不審な行動を見せる被害者を追いかけるうちに、死体を発見してしまったのであります。
しかし死体が見つかったのは、内側から鍵がかけられ、辛うじて戸口に隙間がある程度の石炭小屋の中――そして小屋の中にあったのは死体と何故か小判が一枚のみという、いわゆる「密室」。
凶器すら見つからず、他殺が疑われる状況の中、彼女と同室の工女も姿を消し、製糸場は騒然とすることとなります。
もともと、常駐して指導を行っているフランス人への無知から、「工女になると生き血を吸われる」という噂が周囲で流れていた製糸場。
所長の努力でこれまで治まっていたその噂が再燃し、さらに明治政府への不満分子が、行啓を機会に、製糸場で事件を起こそうとしている疑いも浮上、さらに所長がかつて彰義隊に参加していた過去を抉るかのように、明治政府への不満分子との繋がりを指摘する怪文書も現れ、事態はいよいよ混沌とした状況となっていくのでありました。
そこで立ち上がったのが勇であります。死体の第一発見者であり、死体になった、行方不明となった工女たちの様子がおかしいことに気付いていた彼女は、父のためにも事態を収拾するために独自に調べを始めるのですが――
タイミング的にも主人公のキャラクター的にも、非常にキャッチーな印象を受ける本作。
しかしその印象とは裏腹に、本作もまた極めてシリアスな、明治時代のある側面を、ミステリという刃で切り出して見せた作品であります。
お祭りムードの世界遺産報道の中ではなかなか伝わってこない製糸場の姿。製糸場が何のために、誰によって造られたかはよく知られていても、そこでどのような人間が働いていたか――そして何よりも周囲にどのように受け止められていたかまでは、知られていない部分も多いのではありますまいか。
本作の事件の背後にあるもの、本作の事件を形作るものは、まさしくその華やかな明治像の陰に隠れたものであり――その意味では、先行する作者の明治ミステリと確かに変わらないものであります。
……とは言ったものの、ミステリとしての趣向や、時代ものとしてのスケール、切り込みの深さについては、正直なところ、ライトな味わいであることは否めません。
確かに暗殺や大火といったセンセーショナルな史実があるわけでもなく、また主人公もある程度行動に制限がある工女では、なかなか難しい部分はあったかと思いますが、この作者ならばと大いに期待していただけに少々残念に感じたところではあります。
(内容的にあまりにヘビーであった、冒頭で触れた二作品と比べるのがよくないのかもしれませんが……)
そしてもう一つ、登場人物たちが比較的白黒と明確に分かれている点も影響を与えているかもしれません(真犯人はその限りではありませんが、あまりに卑小な人物なのも……)
特に勇の父である尾高惇忠が格好良すぎて――と言いたいところなのですが、しかし渋沢栄一の義兄であり、生涯の師でもあったこの人物は、本当に傑物であったようですからある意味仕方がないかもしれません。
何よりも富岡製糸場は明治政府の威信がかけられた以上に、彼の努力と希望の賜物なのですから……
あるいは彼こそが、本作の隠れたる主人公である――というのは失礼に過ぎましょうか。
『探偵工女 富岡製糸場の密室』(翔田寛 講談社) Amazon

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