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2014.10.16

『島津戦記』 島津四兄弟を動かす世界のダイナミズム

 島津四兄弟――島津義久・義弘・歳久・家久には、祖父の代からの秘命があった。明を開国し、我が国の銀で全てを手にする――そのために彼らは武力を高め、三州を統一し、海内を静謐にせんと表に裏に動いていたのだ。近江と薩摩、遠く離れた二つの地で動く彼らの策は果たして成るのか……

 とてつもないものを手にしてしまった、というのが偽らざる第一印象であります。
 SFとライトノベルで活躍してきた新城カズマの初歴史小説は、それだけのポテンシャルを持った作品としか言いようがありません。

 島津戦記というタイトルから察せられるように、本作は戦国ファンにはお馴染みの島津四兄弟を主人公とした作品であり、彼らが悲願である三州統一のために活躍する姿を描くのですが――断じてそれだけではありません。

 何しろ冒頭で描かれるのは、明智光秀によって焼け落ちる本能寺と二条城を見つめる織田長益(有楽斎)の謎めいたモノローグ。
 そして一気に時間を遡って語られるのは、遠く中東から薩摩に落ち延びてきた異国の美女と彼女を守る二人の供の物語であり、キリスト教徒に追われた彼女たちの最後の希望たる「三つの宝」の存在――

 と、これはもう歴史小説というお堅い響きの世界というより、全くもって私好みの世界なのですが、しかしそれだけでもありません。
 本作の主題となるのは、16世紀の「世界」――我が国のみではなく、明や遠くヨーロッパ、中東に至るまでの国々を動かし、結びつけ、相互に作用する経済、なかんずく「銀」の動きなのですから。

 貨幣経済の成立がごく一部に限られた時代、ものをいうのは貴金属であることは言うまでもありますまい。この時代、日本と南米で大量に産出された銀は、航海技術の進歩と結びつき、世界中を経済という糸で結びつけ、そしてその糸を通じる振動が、世界の政治を、外交を……そして戦争を動かしてきたのであります。

 そして本作の主役たる薩摩――日本列島の南端である薩摩は、周囲を海に囲まれた、すなわち海を介して世界に繋がった地。銀を、経済を通じて世界と繋がる物語の発端として、相応しい地なのであります。

 我々が(日本を舞台にした)歴史小説を考えたとき、対外戦争を扱ったものでなければ日本一国のことのみを考えてしまいますが――しかし、その繋がりは、特にそれが伝わる速度は現代ほどではないにせよ、しかし現代同様に、日本は一国のみで存在しているわけではありません。

 間近で見ているだけでは気づかない、そうした海を越えた他国との繋がり――日本で起きたことが他国に、他国で起きたことが我が国に思わぬ結果をもたらす。
 そのダイナミズムを描くには、世界そのものを俯瞰した視点、というよりも世界全体を踏まえた物語設計が求められましょうが……本作はその難事を、見事に成し遂げていると言えましょう。


 そして何よりも素晴らしいのは、その構造のみに拘れば生きた人間の存在しない、無味乾燥なものになりかねぬ内容を、先に述べたとおり極めて豊かな物語性を以て描く点でありましょう。
 実際のところ、本作は戦国時代を描く作品としてみれば、屈指の伝奇性を持っていると言えましょう。
(「三つの宝」の意味が明かされた時のこちらの胸の高鳴りと言ったら!)

 そして同時に本作は、「人間」の存在を忘れません。島津兄弟はもちろんのこと、彼らとと対比される存在、一種の鏡像たる織田兄弟を通じて幾度となく問いかけられる人の、人の世の在り方は、これほどの希有壮大な物語だからこそ、確かな意味を持って感じられます。


 そんな本作の欠点を敢えて挙げるとすれば、(これは目次を見れば瞭然のために書いてしまいますが)本作のクライマックスが「木崎原の戦い」、すなわちようやく島津家が三州統一に大きく踏み出したところで終わりを迎えていることでしょう。(もちろん物語は一つの結末を迎えるのですが……)

 しかしもちろん、この先も島津家は歴史に大きな足跡を残し続けます。そして、本作の世界観においては、この先の歴史上のあの事件も、この人物の存在も、全く違ったものとして立ち上がってくるはず。

 聞くところによれば、本作と世界観を一にする姉妹編も近々刊行されるとのこと。
 この島津戦記、いや島津年代記が、我々の良く知る歴史の裏側に如何なる絵を描き出すのか――まだまだ楽しみにしてよさそうです。


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島津戦記

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