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2014.11.30

『風魔外伝』(その二) そして風は未来に吹く

 宮本昌孝の快作『風魔』の前日譚・後日譚を集めた短編集『風魔外伝』の紹介後編であります。今回紹介する残り3話は、いずれも本編より後の物語。小太郎が姿を消した後、残された人々は……


『闇の甚風』
 徳川幕府の体制も固まりつつある慶長18年(1613)を舞台とした本作は、タイトルから察せられるとおり、小太郎の周りにいた三人の甚内――庄司甚内、鳶沢甚内、そして神坂甚内の物語であります。

 かつて北条家の臣として氏姫の側に仕え、北条家滅亡後は吉原の名主という新しい道を歩んだ庄司甚内。一度は風魔の反逆者につきながらも、小太郎に心服して腹心の配下となり、後に古着屋街の主となって江戸風魔の活動を支えた鳶沢甚内。そして元武田家家臣であり、我欲のために数々の悪事を働き、小太郎たちと激闘を繰り広げた隻腕の極悪人・神坂甚内。

 神坂甚内の設定こそ大きくアレンジが加えられていますが、彼ら三甚内は、この時代の江戸時代で知られた実在の人物であり、そして風魔との繋がりが噂された点でも史実どおりであります。
 そうなると先の展開もある程度予想できてしまうのですが(というよりも本編のラストで簡単に触れられているのですが)、本作は彼ら三甚内が繰り広げる江戸の裏社会での死闘と背中合わせに、大久保長安や本多正信らが演じる幕府の表舞台の権力闘争が描かれるのが実に面白い。

 小太郎なくとも風魔は死なず、と言いたくなるような痛快な一編であります。


『姫君りゅうりゅう』
 江戸と大坂の開戦目前となった慶長19年(1614)に展開する本作の中心となるのは、何と氏姫の娘・褐姫であります。

 小太郎によって守り抜かれ、喜連川家に嫁した氏姫ですが、結局は政略結婚。家庭的にはあまり幸福ではないように見えつつも、しかしそれで黙っていないところは変わらぬ氏姫らしさなのですが――
 その氏姫の気性そのままに、そこらの剣士では及びもつかぬ剣術の腕を身につけたのが褐姫なのであります。

 当然、周囲の人間を振り回しまくる彼女が首を突っ込んだのは、喜連川家を巡る御家騒動。
 大人たちの、男たちの醜い思惑が渦巻く騒動の中で破邪顕正の太刀を振るう褐姫の活躍も楽しいのですが、そこに巻き込まれた庄司甚内の客分にして謎の剣士・岡本小四郎を巡るエピソードもまた面白い。

 思わぬ因縁の果てに飛び出す超有名人の名には、ただただ仰天であります。


『南海の風(ロム)』
 そして時は流れ、小太郎と対峙した家康も既に亡い寛永元年(1624)を舞台とする最終話は、遠くシャムはアユタヤ王国から幕府への使者として遣わされた若者たちの姿が描かれます。

 このエピソードばかりは、内容に深くは触れませんが、かつて小太郎たちが活躍した時代は過去となり、日本がただ窮屈なばかりの国と変わっていく姿と対比して、世界に羽ばたく次代の若者たちの姿が印象に残ります。
(そしてあまりの豪快さに仰天必至のある「真実」も!)

 混沌の時代の中で、権力者に屈することなく己の自由を貫いた男を描いた『風魔』の物語もここで完全に終わったのだと寂しく思う一方で、風は未来に吹くことをもまたはっきりと示してみせる、結びに相応しい物語であります。


『風魔外伝』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
風魔外伝


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2014.11.29

『風魔外伝』(その一) 語られざる風の物語

 かつて戦国時代から江戸時代にかけて、大きく世界が変わる中を颯爽と駆け抜けた最強の忍びが帰ってきました。漫画化もされた宮本昌孝の快作『風魔』の前日譚・後日譚を集めた『風魔外伝』です。これまで『小説NON』誌に掲載されてきた5つの短編が、ここに一冊にまとまったのであります。

 その並外れた巨躯と、それに似合わぬ人の域を超えた俊敏な動きから、風の神の申し子と呼ばれ、味方からはこよなく愛され、敵からはどこまでも恐れられた忍び・風魔小太郎。
 北条氏に仕えてきた彼と風魔一族が、北条氏滅亡後に繰り広げられる豊臣・徳川の暗闘の中、自由を求めて大暴れする姿が『風魔』において描かれましたが、本作は、登場人物の若き日の姿、そして本編の物語が終わった後の世界が描かれることとなります。
 以下、一話ずつ紹介していきましょう。


『魔王の風』
 戦国時代も後期というべき天正10年(1582)、少年時代の小太郎(といっても姿や言動は既にあの小太郎なのですが)が主人公の物語であります。
 戦国で「魔王」と言えば、言うまでもなく織田信長。その魔王信長と、風神の申し子・小太郎の最初で最後の遭遇が描かれることとなります。

 宿敵であった武田家をついに滅ぼした信長。戦勝祝いの使者として信長のもとに向かうこととなった、風魔にとっては主であり恩人でもある北条幻庵を警護して、小太郎は信長と対面するのですが……

 これまで『剣豪将軍義輝』『ふたり道三』『陣借り平助』『海王』『乱丸』と、多くの長編に登場して重要な役割を担ってきた(しかし決して主役にならないのが面白いのですが)信長。
 その信長と小太郎の対面は、ある意味夢の顔合わせであります。

 先に述べた通り、両者の顔合わせはこれが最初で最後となってしまうのですが、いかにも信長らしい無茶な腕試しを受けて、とんでもない神業を平然と見せるのは、これまたいかにも小太郎らしい。
 小太郎の永遠の主君たる氏姫もほほえましい姿を見せ、ある意味本書の中ではもっとも『風魔』本編に近い内容でありましょう。


『信濃のすずかぜ』
 本作は、本編のもう一人のヒロインであり、小太郎とは後に相思相愛となる女忍・笹箒の生い立ちから、小太郎と出会うまでを描く物語。必然的に比較的に長い時間を描く物語ですが、メインとなるのは『魔王の風』とほぼ同時期なのも面白いところです。

 生まれてすぐに両親をなくし、武田女忍群・梓衆の総帥というべき望月千代女に育てられた笹箒。
 同じような境遇の仲間たちと固い絆を結び、女忍としての修行に励む彼女の運命を大きく変えることとなったのは、武田家の滅亡でありました。

 密かに想いを寄せる武田太郎信勝(勝頼の嫡男)を落ち延びさせる任務を果たすべく、彼女は必死に走るのですが……

 いかにも宮本作品のヒロインらしく、苦しい中でも人として正しい道を歩もうとする凛とした姿を見せる笹箒。そんな彼女が、しかし信勝の前では文字通り恋する乙女のようになってしまうのもまた、好ましいものがあります。
 その人間的な想いが彼女に哀しみをもたらすことになるのですが、しかしそんな彼女を優しく包み込むようなラストの一文が泣かせるのであります。


 長くなりますので次回に続きます。


『風魔外伝』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
風魔外伝


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2014.11.28

『いくさの子 織田三郎信長伝』第6巻 立ちすぎたキャラクターの善し悪し

 少年・青年期の知られざる織田信長の活躍を描く『いくさの子 織田三郎信長伝』の第6巻は、引き続き海洋編とも言うべき内容。仲間たちとともに海に出た信長たちが挑むのは、南蛮からやってきた海賊との伝説の秘石争奪戦という奇想天外な展開であります。

 新たな力として南蛮船と火縄銃を手に入れた信長と腹心の仲間たち。その力を試すために海に出た信長たちは、織田家を今脅かす最大の敵たる今川義元が、持つ者に己の未来を見せるという秘石「光の天」を手に入れようとしていることを知ります。

 ただでさえ強大な力を持つ義元がそのような秘石を手に入れてしまえば、もはや織田に勝ち目はない。秘石を奪取せんとする信長たちですが――秘石を運ぶのは南蛮人の海賊・ジョゼ船長。
 三隻の海賊船からなるジョゼの船団を正面から襲うのは不可能とばかり、堺に停泊したジョゼに接近する信長一行ですが、彼らのとった作戦とはなんと……

 と、今回も破天荒きわまりない展開となる本作。
 以前にも述べたかと思いますが、信長の場合、デビュー戦があまりに印象的すぎて、それより前の行動が――もちろん、尾張のうつけ者としてのそれはありますが――霞んでしまっている印象があります。
 本作はそれをうまく逆手にとって、信長のキャラクターと時代背景を生かしつつも、他ではまず見ることができないような物語を作りだしていると申せましょう。
(何しろこの巻では信長たちが××に……いやはや驚いた)


 そしてそこに、原哲夫流のキャラクター造形と描写が加わるわけで、鬼に金棒――と言いたいところですが、しかし実のところ今回はそれがやりすぎの印象。
 というか、今回の敵役たるジョゼ船長のキャラが異常に立ちすぎて全てをかっさらってしまった感があることで……

 海賊らしい冷酷非常さと、船乗りらしい野放図な陽気さ・明るさを持つジョゼ。基本的に非常にテンションの高いキャラなのですが、その高さが――信長をはじめ、基本的にテンション高めのキャラが多い本作においても――ちょっと群を抜きすぎて、自分が読んでいるのが何なのかわからなくなってしまう……

 というのはちょっと言い過ぎかもしれませんが、少なくともこの巻においては、信長の物語というよりジョゼの物語を読んでいる気分になったのは確かな印象です。
(この巻においては、信長伝としては重要な二人の新キャラクターが登場するのですが、その二人があまり印象に残らないという……)


 決してつまらないわけではなく、むしろ面白い作品であり、キャラクターが自分の命を持って動きまくっているのはポジティブにとらえるべきかとは思いますが――

 いや、これはもう、どこに物語がたどり着くかわからない、その点を楽しむべきなのかもしれません。少なくともここには、これまで同様、いやそれ以上に斬新な信長の物語があるのですから。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第6巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
いくさの子 ~織田三郎信長伝~ 6 (ゼノンコミックス)


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2014.11.27

『陰陽師 螢火ノ巻』 なおも新しい魅力とともに

 ありがたいことに最近はほぼ年に一冊は夢枕獏の『陰陽師』シリーズが刊行されているのですが、そのシリーズもこの『螢火ノ巻』で第14巻め。長きに渡れどもまったく面白さの変わらぬシリーズですが、この巻ではこれまでに比べるといささか異なる趣向が用意されているのです。

 今回は『双子針』『仰ぎ中納言』『山神の贄』『筏往生』『度南国往来』『むばら目中納言』『花の下に立つ女』『屏風道士』『産養の磐』と、全9編が収録された本書。

 人並み外れた才を持つ陰陽師・安倍晴明と、彼の親友であり笛の名手の好漢・源博雅が、都を騒がす怪異を解決していく……
 というシリーズの基本スタイルは今更申し上げるまでもないかと思いますが、実は今回、うち3編はそのスタイルから大きく外れることとなります。

 というのも、そこで主人公を務めますはあの蘆屋道満……晴明に匹敵する腕を持ちながらも野にあって飄々と生きるあの怪人。
 都に居を定めた晴明に対し、一つところに留まることなく放浪を続ける彼が出会った怪異の数々が、本書では描かれます。

 たとえばその一つ、『山神の贄』は、常陸の山中で破落戸たちに襲われていた女を助けた道満が巻き込まれた事件を描いた作品。
 その美声を気に入られて山神に夫を奪われたという女のため、なりゆきから道満は山神と対峙することになるのですが――

 お話そのものは比較的シンプルですが、ここで印象に残るのは道満の人間くささ。ライバルたる晴明が怒りや涙をほとんど全く見せないのに対し、道満は無頼のようでいて、本作のラストで見せるように、実はまことに感情豊かなのが何とも楽しいのであります。

 あとがきで作者が触れているとおり、なかなか都から離れられない晴明とは違い、ふらりとどこか遠くに顔を出せるのも道満の魅力で、これからも彼の活躍は続くのでしょう。


 しかし、もちろん晴明と博雅も負けてはいません。今回もそれぞれに味わい深い作品が並びますが、まずその中で特に印象に残ったのが、『仰ぎ中納言』であります。

 物語の中心となるのは星を仰ぎ見るのが好きでたまらないことから、仰ぎ中納言のあだ名をつけられた老貴族。
 しかしこの中納言、口にしたものがすべて現となるようになり、特に人の不幸を当ててしまったことから、周囲から敬遠されるようになってしまいます。

 そんなある日、彼に語りかける何者かの声。声は、藤原兼家に不幸が起きると口にせよと脅してくるのですが…

 ユニークな登場人物に、彼を襲うこれまたユニークな怪異。その怪異の謎解きだけでも楽しいのですが、本作ではさらにその先に、もう一つの、何とも唖然とするようなスケールの謎解きを用意しているのがたまりません。
 それほど数が多いわけではありませんが、本作のように、一種お伽噺的な、野放図なスケール感もまた、シリーズの魅力の一つでありましょう。


 そしてもう一編挙げるとすれば、何とも味わい深いのが『屏風道士』。山水の中に立つ、窓も入り口もない堂を描いた屏風を手に入れた藤原兼家。古びたその屏風を直すため、名人として知られる老渡来人を招いた兼家ですが、その老人は堂に扉を描くと、なんとそこから絵の堂の中に入り込み、閉じこもってしまい……

 絵の中に描かれた風景の中に消えてしまうというのは、これは神仙譚ではしばしば見かけるパターンではありますが、しかし本作においては消えず、絵の中に閉じこもるのみ。
 本作で晴明と博雅が解き明かすのは、そんな老渡来人の行動の理由なのですが――

 本作に限らず、本書の随所に見られるのは、「老い」との対峙……と言うと少々言い過ぎかもしれませんが、自分や周囲が年経りていくことをどう受け止めるかという、平安の世においても今このときにおいても通じる問題が、本書の遠景にはあります。
 そして本作で描かれるその答えは――切なくも『陰陽師』らしいそれと言うべきでしょうか。


 既にシリーズ開始から約30年が経ちながらも、まだまだ新しい魅力が現れる『陰陽師』。この先も、末永くこの世界が続くことを楽しみにしております。


『陰陽師 螢火ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon
陰陽師 螢火ノ巻


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2014.11.26

『運命師降魔伝』 混沌の世の中に観た過去と未来の正体

 天災や飢饉が続く室町時代、その両手の長い指で、相手の頭を掴むことで、過去・未来が見えると都で評判の占い師・幻六。ある日、都一の豪商を占うこととなった彼は、奇怪な猿の魔物の姿を幻視、その晩に豪商は怪死を遂げてしまう。果たして魔物の正体は、そして封印された幻六の過去とは……

 小沢章友といえば、最近は児童向けの歴史ものでの活躍が目立ちますが、このブログとしてはやはり平安時代を中心とした幻妖怪奇な伝奇ものの名手と言うべきでしょう。
 本作は、そんな作者が室町時代、応仁の乱の前夜とも言うべき時代を舞台に描く伝奇もの。双葉社のWEBマガジン「カラフル」において『運命師幻六秘話』のタイトルで連載された作品であります。

 本作の主人公は、都で評判をとる運命師(占い師)の男・幻六。人並み外れた巨体と常人離れしたくっきりした目鼻立ちで、都の遊女たちの間でも評判の男です。

 その長い手の指で客の頭を掴むことで、相手の過去や未来を見ること幻六ですが、何故そんな力を持つかは彼にとっても謎の一言。いやそれだけでなく、彼にとっては自分の過去そのものが謎に包まれているのであります。

 ある日、記憶をなくした状態で海岸に打ち上げられていた彼の脳裏に幽かに残るのは、いくつもの角を生やした巨大な鬼が、人々を虐殺していく姿。
 その記憶が意味するものは何なのか、自分でもわからぬまま、その日その日を無頼に過ごしていた幻六は、やがて都の闇に蠢く奇怪な者たちとの戦いに巻き込まれることとなります。

 奇怪な魔像を奉じ、強大な念力で人々を操る道師。昼と夜で絵が変わる奇怪な絵巻を手に日野富子と今参局に接近する絵師。奇怪な一団を率いて都を騒がす猿面をかぶった盗賊。そしてそれらの背後で糸を引く、奇怪な猿の魔物――

 幾度となく立ち塞がる猿魔との戦いの一方で、日野富子ら都を牛耳る権力亡者たちと否応なしに関わることになる幻六。
 そしてやがて彼が知ることとなる彼自身の出自は、想像を絶するものだったのですが……


 いかにも作者らしく、混沌とした時代を舞台に、妖しく謎めいた事件の連続で展開していく本作。人の過去と未来を読むことができても、自分自身のそれを知らぬ幻六のキャラクターが、さらに物語の行く先を混沌としたものとしていきます。

 やがて解き明かされる幻六の正体もまた凄まじく、作者のファンとしては(名前のみとはいえ、あの陰陽師の家系も登場!)、そして室町伝奇好きとしては大いに楽しめる作品、と言いたいところなのですが――
 しかし残念ながら、物足りない部分があるのも事実であります。

 幻六が往く先々で遭遇する奇怪な事件や人物、そして彼の過去に眠るもの……いずれも個性的であり、それが本作の魅力となっているのは間違いありませんが、いささか説明不足、描写不足に感じられます。

 歴史上の人物など、常識でカバーできるものではなく、本作独自の人物・概念等が、簡単な説明のみで作品世界に登場する様には、誠に失礼ながら、本作はシリーズの2巻以降であったかと感じさせられました。
 それらがなかなかに魅力的であるだけに、残念なところであります。


 もう一つ、運命師が結局運命の環から逃れられず、そこに飲み込まれたかのようなラストも個人的には残念だったのですが……この点は避けられぬ結末だったと思うべきでしょうか。
 果たして結末で触れられた別の物語が語られることがあるのか――それはわかりませんが、キャラクターや設定は十二分に魅力的であっただけに、ここで終わるのは勿体ないとも感じられます。


『運命師降魔伝』(小沢章友 双葉文庫) Amazon
運命師 降魔伝 (双葉文庫)

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2014.11.25

『お江戸ねこぱんち』第十一号 久々の登場は水準以上

 間に猫抜きの『江戸ぱんち』を挟んで久しぶりに登場の『お江戸ねこぱんち』であります。今回は『猫絵十兵衛御伽草紙』は、月めくりカレンダーが付録ということで掲載はお休み。看板作品の一つが欠席ででどうなるかな……と思いましたが、水準以上の作品が多く、なかなかに楽しめる一冊でした。

 というわけで今回も、印象に残った作品を挙げていきましょう。

『猫暦』(ねこしみず美濃)
 『お江戸ねこぱんち』のもう一つの看板漫画は今回も快調。天文学を志すおえいと自称許婚のヤツメの物語、今回の舞台は――なんと大奥。
 大奥で見つかった古い天文器具の鑑定に呼ばれたおえい(と彼女に勝手についてきたヤツメ)ですが、大奥では若い娘の神隠し事件が……

 舞台が大奥と知った時は驚きましたが、そこで見つかった天文器具の来歴も納得で、なるほどこの設定であればおえいを大奥で活躍させるのも可能というもの。
 その一方で、大奥に潜む謎の存在が……とファンタスティックな要素も面白く、本作ならではの要素がバランスよく散りばめられた印象です。

 しかしこの展開、当然後に引くのだと思いますが……さて。


『団子屋猫福』(山野りんりん)
 三毛猫を連れて団子屋を営む青年と客の交流を描く、不思議な物語であります。
 猫に引き寄せられるように店を訪れる、妻を捜す男や両親を捜す幼い兄弟。さらにそこに現れた娘は、記憶が曖昧なようなのですが……

 読み進めるうちに、舞台は大火があった後だとわかるのですが、さて娘に妙に冷たい団子屋の真意は何なのか。
 こちらの目に見えていた物語の構造が一変し、そして青年が背負う孤独の影の正体が明らかになる結末が強く印象に残ります。


『今宵は猫月夜』(須田翔子)
 江戸の平和のために奔走する猫侍・眠夜月之進を主人公とした人気シリーズ、今回は初恋の人を探す老雌猫にまつわる物語。

 若い頃、病弱な飼い主に化けて見合いをすることとなった彼女。相手に一目惚れしてしまった猫の背を優しく押す飼い主ですが、祝言の日に相手は姿を消し……

 真相はすぐにわかってしまうのですが、月之進が猫ではなく、侍に見えるのは、人ならざるものと縁を持った者だけ、という設定がうまく生かされた印象の今回。予想はできても、結末のある場面はグッときます。


『美南見猫夜話』(桐村海丸)
 新選組を結成する前の試衛館組を描いた『とんがらし』の桐村海丸が独特のムードで描く、不思議な恋物語であります。

 どこか暢気に暮らす牢人の青年が、悪友に連れられて訪れた、化け猫が出るという女郎屋。そこで彼を待ち受けていたのは、果たして化け猫なのですが……

 ややもすると粗く見えかねないタッチですが、ゆるやかに流れる空気感が気持ちよい本作。説明はほとんどされていないものの、物語の中に浮かび上がる人間関係を想像するのも楽しい作品です。

 冷静に考えるとかなりインモラルな話にも感じますが、そういうものも飲み込んでしまうゆるやかさがここにはあります。


 その他、『お半と吉深 牢屋奉行の猫』(栗城祥子)は、牢屋奉行・石出帯刀のあの有名なエピソードに猫の恩返しを絡めた奇譚、『品川宿猫語り 江戸噺』(にしだかな)は、品川宿の宿屋を舞台にしたジェントル・ゴースト・ストーリーで、こちらもそれぞれ楽しめました。

 さて、次号は再び『江戸ぱんち』とのこと。第1号はなかなか楽しめましたが、こちらも期待したいところであります。


『お江戸ねこぱんち』第11号(少年画報社) Amazon


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2014.11.24

『弥次喜多化かし道中』 狐弥次郎兵衛と狸喜多八の珍道中はじまる

 年に一度、多摩で行われ、負けた方は、けもの汁にされて奉納されてしまう狐と狸の化け相撲。その代表となった狐の弥次郎兵衛と狸の喜多八は、思わぬ事から意気投合、勝負を放り出し、人間になるために伊勢に向かう。しかし人間の常識を知らぬ弥次喜多は、行く先々で騒動に巻き込まれることに……

 集英社コバルト文庫の『炎の蜃気楼』シリーズで知られる桑原水菜が一般向けに書き下ろした二作目の時代小説であります。
 第一作目の『箱根たんでむ 駕籠かきゼンワビ疾駆帖』は、箱根を舞台とした駕籠かきが主人公の作品ですが、新シリーズの本作は、東海道を舞台に弥次さん喜多さんが珍道中を繰り広げる物語……

 とくれば、これはどう考えても十返舎一九の『東海道中膝栗毛』ですが、本作はそれを下敷きにしつつ、とんでもない方向に想像力を膨らませた作品であります。
 というのも本作の弥次さん喜多さんは狐と狸――それぞれに事情を抱えた化け狐と化け狸なのであります。

 ことの起こりは多摩のくらやみ祭り(現代まで続いている例大祭)の裏で毎年一度行われる狐と狸の化け相撲。土地神である七之宮様の生け贄を決めるため、狐と狸の代表選手が化け勝負を繰り広げ、負けた方はけもの汁の具にされてしまうという過酷な勝負であります。

 そしてその代表選手が狐の弥次郎兵衛と狸の喜多八なのですが、二人ともそんな命がけの勝負をしたいわけがありません。
 弥次さんは想いを寄せる人間の娘と結ばれることを、喜多さんは優しくしてくれた茶店のお婆さんが教えてくれたおいしいうどんを食べることを……それぞれ夢見ていたのであります。

 と、偶然勝負前に出会った二匹は、密かに示し合わせて狐と狸、それに人間までも一杯食わせて一路お伊勢様へ――というのが第一話「多摩の化け相撲」のお話であります。


 かくて東海道を旅することとなった弥次さん喜多さんですが、彼らがあの弥次さん喜多さんのモデルとなった……わけではなく、『東海道中膝栗毛』が書かれてから数十年後の世界が本作の舞台。
 そんなわけで作中でもあの弥次さん喜多さんのような……的な形容が入るのですが、もちろんというべきか、こちらの弥次喜多コンビは原典に輪をかけての珍道中であります。

 というのもこのコンビ、旅はおろか、人間の生活の知識はゼロ。見よう見まねで街道で旅をしてみるものの、お金の存在すら知らないのですから、騒動にならない方がおかしいのです(そんなコンビが何故人間の姿で旅をするかといえば、獣の姿で旅をすると、地元の獣の縄張りに踏み込んでややこしいことになるからという……納得)。

 第2話「保土ヶ谷宿にて御馬騒動に遭う」では、朝廷への御馬進献の行列から奪われた御馬を巡っての大騒動に、第3話「小田原宿で鯉と観音に伺いを立てる」では、意地の張り合いから一つの旅籠を二つに分けてしまった姉妹の仲裁に、彼らは巻き込まれることになります。

 実はこれらの騒動は必ずしも彼らが引き起こしたものではなく、人間が起こした騒動に彼らが巻き込まれている状況ですが、人間ですら困るような騒動の中で、彼らが見せるリアクションはそれなりに楽しめます。

 個人的には、人間たちと狐や狸たちの違いをもう少しはっきり対比しても良いように思いますし(なまじ狐や狸も人間と同様の喜怒哀楽を持つだけに……)、比較的ギャグなども抑え気味の印象もあるのですが、それはこれからの展開に期待、というところでしょうか。

 何しろ、東海道の旅の最大の難所というべき箱根の、それも関所越えはまだこれから。
 手形を持っているわけもない二匹がどうやって関所を越えるのか、この先の展開に期待であります。


『弥次喜多化かし道中』(桑原水菜 集英社文庫) Amazon
弥次喜多化かし道中 (講談社文庫)


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2014.11.23

『ふぬけうようよ 猫手長屋事件簿』 ぐうたら大家、魔物に挑む

 江戸の猫手長屋の若き大家・代三郎は、日がな一日三味線を鳴らすばかりの怠け者。しかし彼には、故郷の氏神・大猫様から託された魔物退治の務めがあった。来栖家の上屋敷で流行する人々が次々と「腑抜け」になってしまう奇病の存在を知った代三郎は、飼い猫の栗坊とともにこれに挑むのだが…

 相変わらず元気な文庫書き下ろし時代小説界ですが、先日スタートした白泉社招き猫文庫には、少々驚きました。
 というのも、(佐々木裕一の『公家武者 松平信平』の漫画化等の企画はあったものの)時代小説とはほとんど無縁の出版社から、それも若い女性層がメインターゲットと思しきレーベルなのですから……

 と、そのメインターゲットから思い切り外れた読者で恐縮ですが、しかし第1弾のラインナップはなかなか私好み。本作もそんな作品の一つであります。

 主人公は、江戸近郊の猫手村の名主の三男坊の青年、代三郎。
 名産品の茶の栽培や家の仕事は兄に任せて江戸に出てきた代三郎は、父の持つ長屋の大家兼居付きの茶店の主ではあるものの、普段は好きな三味線を爪弾いて暮らしているという怠け者であります。
 もっとも、大家は家賃を集めていればいいというものではなく、店子たちの人間関係にも気を配っていないといけないのですが、この辺りも持ち前の人の良さと人畜無害ぶり(?)で務めをこなしているのですが……

 しかし、彼の本当の務めは、なんと魔物退治。幼い頃に池で溺れたところを、村の氏神である大猫様に救われた彼は、江戸に出没する魔物たちを、童子に変じる力を持つ猫の栗坊を相方に、密かに退治していたのであります。

 折しも常州来栖家の上屋敷では、知性を失い、ただ唸り声を上げて暴れ回るだけの存在となってしまう「腑抜け」になる人間が続出。ふとしたことからこの事態を知った代三郎は、背後に魔物の影を感じ取るのですが……


 というわけで、一口に言ってしまえば長屋もの(人情もの)+ゴーストハンターもの(妖怪もの)とも言うべき本作。
 一見相反するこの二つのジャンルを結びつけるのは、もちろん主人公の代三郎の存在ですが、彼のキャラクターの面白さは、まず本作の魅力と言えるでしょう。

 彼の嫌みのないぐうたらぶり、太平楽ぶりも良いのですが、何よりユニークなのは、その三味線プレイ。
 暇さえあれば一日中三味線を弾いている彼の得意技が、三味線としては常識外れの早弾きというもの面白いのですが、それが実は意外な……というのは悪くないアイディアだと思います。

 また本作の中心となる「腑抜け」も、その行動といい伝染力といい、その名とは裏腹のアグレッシブさで、実は○○○もの的な味わいがあるのも面白いところであります。


 が、読んでいてどこかすっきりしない印象が残るのは、妖怪ものとしてエンジンがかかるのが――つまりは物語の核心に踏み込んでいくのが――いささか遅いためでしょう。

 シリーズの第1弾として設定を提示し、人情ものとして主人公の長屋をはじめとする江戸の人々の暮らしを描こうというのはもちろん悪くありませんが、その部分が正直に申し上げれば、いささか間延びして感じられたところです(会話主体で物語が展開していくスタイルが、またその印象に拍車を……)。

 もちろん、先に述べたとおり、人情もの+妖怪ものというスタイルが本作の特色であり、主人公の存在がそれを束ねてはいるのですが……その見せ方はなかなか難しい匙加減なのでしょう。

 この辺りのバランスが取れたとき、かなりユニークな作品となるのではないか……と、小うるさい妖怪時代小説ファンとしては感じた次第です。


『ふぬけうようよ 猫手長屋事件簿』(仲野ワタリ 白泉社招き猫文庫) Amazon
ふぬけうようよ~猫手長屋事件簿~(招き猫文庫)

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2014.11.22

『剣術抄』第2巻 剣術極意書として、娯楽漫画として

 剣豪漫画の第一人者・とみ新蔵による異端にして正道極まりない剣術漫画の第2巻、完結編であります。老剣士・辻月探の下で苛烈な修行を続けてきた青年・吾作。両親や村人たちを死に追いやってきた副家老・加納を討つため、ついに吾作は立ち上がるのですが……

 藩政を牛耳り、圧政を引く加納を討つため、月探に弟子入りしてきた吾作。見かけはむさい老人ながら、おそるべき剣術の腕を持つ月探の下で、吾作は時に苛烈な、しかし極めて理に適った修行を積み、少しずつ腕前を上げていくこととなります。

 しかしこの月探、家に仙女の蘭が遊びに来たり、裏山の洞窟にはタイムマシンが眠っていたりと何かと規格外れの人物。
 これまでも古代ローマや17世紀のフランスに飛んで、その時代、その土地の達人たちと異種武術試合を行ってきた月探ですが、この第2巻の冒頭では、何と後漢末期……かの『三国志』に登場する猛将・呂布奉先と対決することになります。

 が、冷静に考えれば一大イベントのこの対決も、この先に待ち受ける真の大殺陣の、いわば前座に過ぎません。

 月探の下で心身ともに鍛え上げ、ついに怨敵たる加納の屋敷に単身討ち入る吾作。この巻の後半ほとんどを費やして描かれるのは、吾作と待ち受ける加納一派との死闘に次ぐ死闘なのであります。

 しかし不意を突いたとはいえ、襲撃された際の備えはしてあるのが悪党というもの。剣術使いだけでなく乳切木(鎖分銅付きの棒)遣い、火縄銃、果ては二刀流を相手に、たった一人吾作は戦いを繰り広げることとなるのですが……

 ここで描かれる剣術描写こそが、作者の真骨頂。むしろドキュメンタリーのように丹念に、客観的に展開していくその描写は、絵で見る剣豪小説と言うべきか――いや、これだけ実際の剣理に基づいて描かれる剣豪小説など、数えるほどしかありますまい。

 例えばこの戦いで猛威を振るうのは月探直伝の「後の先」――剣豪ものではお馴染みの、相手に攻撃させておいてそのカウンターを取るというあれでありますが、その描写において「剣先のネバリ」という言葉を、概念を用いてみせた作品がどれだけあるか。
 もうこの点だけで痺れてしまうのであります。

 ここで作者のブログを見てみれば、本作は「今東西にはなかった、コマ連絵とセリフで表現した剣術の[極意書」」を企図していたとの由。
 私は、剣豪ものの作家が必ずしも剣術を実践している必要はないとは考えてはいるものの、しかし本作においてはその価値を、成果を心より認めるほかありません。


 その一方で私たち読者を戸惑わせる素っ頓狂な描写――この巻でいえば、蛸の解剖図解や、褌や袴を着けた時の用の足し方、唐突に月探が浄瑠璃を歌い出すなど――も健在なのですが、これはむしろ、剣術極意書に漫画としてのエンターテイメント性を付与しようといたもの……と理解するべきでありましょうか。

 ある意味作者の剣豪・剣術ものの集大成というべき作品であると同時に、作者らしい茶目っ気の溢れた怪作でもある……そんな作品でありました。


『剣術抄』第2巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon
剣術抄 2 (SPコミックス)


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2014.11.21

『新・若さま同心徳川竜之助 8 幽霊の春』 幽霊たちのホワイダニットの先に

 快調に巻を重ねてきた『新・若さま同心徳川竜之助』シリーズの第8弾であります。今回竜之助が挑むのは、とある町内で起きたの幽霊騒動。これまで珍事件・怪事件ばかり扱ってきた竜之助にとって、幽霊騒動は珍しくない(?)ように思いますが、しかし事件は意外な様相を呈することとなります。

 ある晩、箱崎で起きた幽霊騒動。それは、川の上を歩む鎧武者、長屋に消えた美女の幽霊、そして金色に輝く猫の幽霊――なんと一晩に三人、いや三霊の幽霊が出現したという奇っ怪なものでありました。
 さらに次の晩にはこともあろうに八丁堀の同心たちの屋敷にまで女幽霊が出現、一連の怪事を無視できなくなった南町奉行所は、この手の事件のエキスパート(?)たる福川竜之助こと徳川竜之助に探索を命じるのですが……

 探索を始めた矢先、件の町内で発見される身元不明の女の死体。さらに猫の死体が不可思議な場所から発見され、俄然幽霊たちとの関係がクローズアップされることになります。
 果たして幽霊の出現は殺人の予告だったのか? 疑問を抱いた竜之助は、長屋から姿を消したある男を探すのですが、事件は全く思いもよらぬ方向に展開していくのであります。

 冒頭に述べたように、これまでも常識では考えられないような奇っ怪なシチュエーションの様々な事件に挑んできた竜之助。
 その奇っ怪さの謎を解く作品の内容は――そしてこれはこのシリーズのみならず、作者の作品の多くに共通する趣向ですが――フーダニット・ハウダニット以上に、ホワイダニットに収斂していく傾向にあります。

 そして本作もそのライン上にあるものであります。
 何故何種類もの幽霊が出現しなければならなかったのか、何故八丁堀にまで出現したのか……その謎が(適度にミスリーディングを交えつつ)解き明かされていく様は、そこに絡むキャラクターたちがいつもながら個性的な面々であるだけに、なかなかに楽しめます。

 しかし本作のユニークなのはさらにその先であります。
 実は比較的早い段階で解き明かされる幽霊のホワイダニット。しかしそのホワイの先にあるものこそが真の……というわけで、いかにも本シリーズらしいクライマックスに雪崩れ込んでいくこととなります。


 と、今回も楽しませていただいたのですが、ラストには作者からの言葉が。
 ということは……そう、本シリーズはこの第8作目で、徳川竜之助のシリーズとして通算21作目で完結となります。

 いささか突然にも感じられますが、作者の言葉を拝見するに、構想が固まった新作を書きたくてたまらないご様子。
 シリーズの人気はもちろんあるのですから、その気になればいくらでも続けて行けそうですが、そこで敢えて新しい作品に向かうのは、いかにも作者らしいと私は感じます。

 元々本シリーズ自体は、一度完結した本編の合間を縫うエピソードとして展開されてきたもの。その意味ではここで完結しても大きな問題はないのかもしれません。
 もちろん、竜之助ややよい、奉行所の愉快な面々など、個性的なキャラクターたちに会えなくなるのは寂しいのですが――既に彼らの物語には素敵な結末が用意されているのですから、あまり引き留めてはいけますまい。
 ここは少し早い春を迎えた彼らを、笑顔で送り出すことといたしましょう。


『新・若さま同心徳川竜之助 8 幽霊の春』(風野真知雄 双葉文庫) Amazon
幽霊の春-新・若さま同心 徳川竜之助(8) (双葉文庫)


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2014.11.20

『お髷番承り候 9 登竜の標』 想いを繋げる「心」の継承

 四代将軍・家綱の髷を整えるお髷番にして腹心・深室賢治郎の奮闘を描く『お髷番承り候』も、早いもので二桁の大台目前の第9巻。前巻で、甲府綱重の生母・順生院の用人であり、様々な陰謀を巡らせていた山本兵庫を倒した賢治郎ですが、その一件が意外な形で後を引くこととなります。

 五代将軍の座を巡り、激しく水面下での争いを繰り広げる甲府綱重一派と館林綱吉一派。その争いに対し、老中・阿部豊後守が家綱の御台所を巻き込んで取ったのは、御台所が懐妊したという噂を流すことでありました。
 今後の将軍後継レースに決定的な影響を及ぼしかねぬこの情報の真偽を巡り、腕づくという非常手段を取った兵庫をやむなく賢治郎は討ち果たし、甲府側は一歩退くことに。

 しかしその一方で、館林側に抱き込まれた黒鍬者が、深室家を襲撃――というのが前作のあらすじ。その黒鍬者をあっさりと退けた賢治郎ですが、真の敵はその先にありました。

 これまで散々対立しておきながら、何故か今頃になって突然義絶の届けを出してきた賢治郎の兄・主馬。これまた賢治郎と不仲な義父・作右衛門を強請ろうとする兵庫の元家臣たち……そんな一連の動きに目付が不審を抱いたことで、賢治郎は思わぬ窮地に立たされることになるのであります。

 刀や飛び道具で襲われるのも確かに恐ろしいことですが、しかし幕府の役人を殺すには何も武器は要りません。幕府の役人の非違を取り締まる目付によって落ち度が見つけられること――それだけで(少なくとも社会的には)生命を絶たれるのですから……
 この辺りの仕掛けは、幕府の複雑怪奇な権力構造と、そこに巣くう者たちの暗闘を描いてきた作者ならでは。特に賢治郎のような直情径行で経験の浅いタイプには、これは最も恐るべき罠でありましょう。


 が――正直に申し上げれば、そこまでの展開が悠長に過ぎる、という印象があります。

 冒頭に述べたとおり、9巻という結構な巻数を重ねてきた本作。その中で描かれるのは、甲府と館林、そしてそこに紀伊が絡んでの将軍位を目指す暗闘の繰り返しであります。
 もちろん、それこそがメインストーリーであり、そして史実からすればその闘いはまだまだ続くわけですが、しかし似たような展開の繰り返しという印象は否めません。

 そしてその中で家綱を守って戦うべき賢治郎ですが……これまで同様、事態に翻弄される一方なのが何とも歯がゆい。
 もちろん、賢治郎は将軍の側に抜擢されたばかりであり、そして本シリーズの主題は、そんな彼の成長の様にあることは十分理解しているのですが――これだけの巻を重ねてきたのですから、それだけの成長を見せて欲しい、というのが人情であります。


 と、厳しいことを申し上げましたが、それでは本作が面白くないかと言えば、それは否、なのです。先に述べたとおり、周到に賢治郎を追いつめる罠の中身はもちろんなのですが、それ以上に魅力的なのは、そんな彼の周囲にあって、彼を教え、鍛える先人たちとのやりとりであります。

 ともに家綱を傅育してきた松平伊豆守亡き後、何とか賢治郎を次代の寵臣として鍛え上げようとする阿部豊後守。家綱に取って代わることを狙いつつも賢治郎に惚れ込み、厳しく接しつつも父・家康譲りの武士の在り方を教え込む徳川頼宣。
 立場も目的もまったく異なれど、賢治郎の成長を望み、自らの背負ってきたものを託そうとする点では共通する両者の言葉は、実に味わい深く、こちらまでも教えられた気分になってしまうほどであります。
 特に老いながらもなおも枯れぬ頼宣の語る、時にひどく生々しい人間心理の有り様には、頷かされることしきりでした。

 作者の作品に共通するテーマ……「継承」。それは象徴的には武家社会の最小の構成単位たる「家」の継承でありますが(そしてそれは同時に最大の構成単位たる将軍位の継承にも繋がるわけですが)、それだけではなく、想いの、経験の継承というべきものがある。
 血が繋がらなくとも、想いは繋がっていく――そんないわば「心」の継承を本作は、本シリーズは力強く描き出しているのであり、それが実に魅力的なのです。
(これまで散々醜態を晒してきたある人物が土壇場で見せた姿もまた、これに連なるものではありますまいか)

 さて、賢治郎の身には最大の窮地が迫り、その一方では豊後守が、彼に新たな試練を与えようと目論みます。
 おそらくは次の巻では、大きな大きな動きがあるのではないか――そしてそれは、この『お髷番承り候』という物語を総括するものになるのではないかと想像しているところであります。


『お髷番承り候 9 登竜の標』(上田秀人 徳間文庫) Amazon
登竜の標: お髷番承り候 九 (徳間文庫 う 9-34 お髷番承り候 9)


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2014.11.19

『くノ一秘録 2 死霊坊主』 死霊vs死霊の地獄絵図

 松永久秀の手で半ば死霊と化した父を救うため、死霊の謎を追う蛍。その久秀と対峙する筒井順慶にまつわる奇怪な噂を確かめるために順慶の城に潜入した蛍が見たのは、久秀とは異なる死霊の姿だった。この国に次々と現れる死霊はどこから来たのか。その答えの一端を知るコペルニクスの語る内容は……

 「くノ一vsゾンビ」という想像を絶する帯のキャッチコピーで驚かせてくれた風野真知雄の『くノ一秘録』、三ヶ月連続刊行の第二弾であります。
 前作のタイトル『死霊大名』は松永久秀のことでしたが、本作の『死霊坊主』とは――その久秀のライバルとも言える筒井順慶のこと。彼もまた、死から甦った、死ぬことのない「死霊」なのですが……

 初仕事で父とともに久秀のもとに潜入した伊賀の少女くノ一・蛍。しかし父はそこで久秀の配下に斬られ、命を落としてしまうのですが……しかし死んだはずのその父が土中から復活、生きているとも死んでいるとも、自分の意思を持っているともいないとも言える状態となってしまったのでありました。

 母で信長に仕えるくノ一の青蛾、明智光秀配下の変わり者・入船丈八郎とともに久秀の信貴山城に潜入した蛍は、そこで久秀が南蛮人から手に入れた秘薬で、自分を含めた人々を「死霊」と変えていることを知り……

 という前作を受けての今回は、さらなる「死霊」の謎を追って蛍たちが死闘を繰り広げることとなります。
 即身成仏の行に失敗して生ける屍と化したという噂の流れる順慶。その順慶の城に満ちた腐臭と消えた虫たち、そしてそこに咲く青い彼岸花。時を同じくして都で増え始めた狐憑き――

 相次ぐ怪事を繋ぐものは、前作冒頭で描かれた海上の惨劇から生き延び、日本に辿り着いた青年・コペルニクス(かの地動説のコペルニクスの息子!)が語る惨劇の真実。
 そしてついに信長に叛旗を翻した久秀と順慶の戦いは、凄惨極まりない「死霊」同士の死闘へと繋がっていくことになります。


 前作が「くノ一vsゾンビ」だとすれば、本作は(前作以上に蛍もゾンビ(死霊)と戦うのですが)ゾンビvsゾンビというべきでしょうか。
 久秀と順慶の長きに渡る戦いは、戦国好きならよくご存じのはずですが、まさかその両者が人ならざる死霊と化した兵を率いて合戦した上、一騎打ちで激突するとは……

 しかも驚かされるのは(ここから少々作品の詳細を描いてしまいますが)この久秀と順慶、それぞれ系統(死霊化の原因)が異なる死霊であることであります。
 秘薬を飲む(飲ませる)ことで死霊と化した久秀とその配下。一方順慶の側の死霊は、その血液や体液に触れることで伝染していくのであります。

 この両者が、ブードゥー系とロメロ系、フィクションの世界での二つのゾンビの系統を象徴しているように見えるのが面白いのですが、しかしさらに慄然とさせられるのは、(順慶側が)新たな種、一つの生態系として自分たちを認識しているかのような描写がある点。

 時代ものにゾンビというのは、実は現在ではさまで珍しい取り合わせではありませんが、しかし死者の復活と暴走というゾンビものの定番だけでなく、さらにその先にまで踏み込んだ作品は相当に珍しい(他に菊地秀行の諸作くらいでしょうか)。
 鬼面人を威す態の趣向に留まらず、その先を描いてみせる――かはまだわかりませんが、いよいよもって目が離せない作品となってきたことは間違いありません。

 唯一気にかかる点があるとすれば、作者の作品特有の緩めの人物描写と、作品の内容の噛み合わせが今ひとつ悪いように感じられる点ですが……その辺りのギャップは、生者と死者の境を描くものと前向きに捉えるとしましょう。


 さて、三ヶ月連続刊行も来月でラスト。おそらくは物語的に一つの区切りとなるのではないかと思いますが、そこに、その先に何が待ち受けているかはまだまだ全くわかりません(何しろ第三の……)。
 人外めいた気配を漂わせる信長の存在や、久秀と順慶の超常の力を持った者同士の一騎打ちなど、前作の紹介でも触れたように、作者の未完のライトノベル『魔王信長』のリブート的感覚もあり、物語の全貌が見える時が楽しみです。


『くノ一秘録 2 死霊坊主』(風野真知雄 文春文庫) Amazon
死霊坊主 くノ一秘録2 (文春文庫)


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2014.11.18

『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情

 不思議な力を持つ猫絵を描く十兵衛と、元猫仙人のニタのおかしなコンビを通じて描くちょっと不思議な江戸人情譚『猫絵十兵衛御伽草紙』に、早くも最新巻、第11巻が登場であります。これまでに比べると、前巻からわずか2ヶ月での登場ですが、ファンとしてはもちろん大歓迎であります。

 さて、この巻には「猫絵屋の一日」「百代猫三番勝負」「本草猫」「不知森の猫」「花火猫」「月見猫」「火事場猫」と全7話が収録されておりますが、十兵衛の子供時代を描くラストを除けば、基本的に通常営業。
 十兵衛と、ニタと、江戸の人々と猫(そしてたまに妖)が織りなす物語を、静かに、しかし味わい深く描く点は、もちろん良い意味で全く変わりません。

 そんな中でこの巻の特徴を敢えて挙げるとすれば、冒頭を除き、ほとんどのエピソードで、作中に超自然的な要素が登場することでしょうか。

 本作はそれぞれ不思議な力を持つ十兵衛とニタのコンビを主人公とするものの、必ずしも展開される物語は、猫又などの妖が登場するものではありません。
 中にはかなりの割合で、十兵衛とニタは狂言回し的立ち位置となる純粋人情話(という表現が正しいのかはわかりませんが…)が含まれております。

 それはそれでもちろん魅力的であり、特に「普通の」猫の可愛らしさがより強調されている感すらあるのですが、まあこのようなブログとしては、大変申し訳ないことですが、やはり超自然的な要素に目が行ってしまうのであります。

 そんな読者にとってはこの巻は垂涎の一冊。
 表紙も飾っている雌猫又・百代が襲来、ニタを賭けて再び十兵衛に勝負を挑む「百代猫三番勝負」、人の手が入り始めた森で静かに暮らしてきた猫と老いた犬のために十兵衛たちが一肌脱ぐ「不知森の猫」、月見団子を作りたいという不思議な双子のために、お馴染みの好漢・西浦さんが奔走する「月見猫」など――どのエピソードも、ファンタスティックな、それでいて地に足のついた人情・猫情を見せてくれるのがたまりません。

 しかしこの巻で群を抜くのは、間違いなく「花火猫」でありましょう。

 お盆の江戸を舞台に、女手一つで飲み屋を切り盛りする女性のもとに帰ってきた猫を中心に描かれる本作。亡くなったものが愛しい者のもとに帰ってくるというテーマは、これはファンタスティックな人情話においては定番中の定番ではありますが――
 詳細は語りませんが、本作はそこに一種のトリックとも言うべき捻りを加えることにより、切なくも温かい余韻をいや増すことに成功しているのが何とも心憎い。

 なるほど、このような不思議の使い方もあるのか……と大いに感心した次第です。


 定番のようでいて、そこに安住せずまだまだ新しい金脈を掘り起こしていく……少々大袈裟かもしれませんが、そんな印象を受けた巻であります。


『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛御伽草紙  十一巻 (ねこぱんちコミックス)


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 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 Manga2.5版「猫絵十兵衛御伽草紙」 動きを以て語りの味を知る

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2014.11.17

『一鬼夜行 鬼が笑う』の解説を担当しました

 Twitterでは既に告知させていただきましたが、先日発売された小松エメル『一鬼夜行 鬼が笑う』の解説を担当させていただきました。シリーズ第6作目となる本作は、シリーズ第一部完という大きな節目の巻、その解説という大役に身が引き締まる思いであります。

 古道具屋の若主人で妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵と、その彼のもとに夜空を往く百鬼夜行から転がり落ちてきた猫股鬼の小春、おかしなコンビが様々な妖怪沙汰に巻き込まれていく……という『一鬼夜行』シリーズ。

 そのシリーズの内容については、第一作からこのブログで取り上げて参りました。
 本来であればこれまで同様、作品及びシリーズ全体の内容と、読みどころや意義等の紹介をさせていただくところですが、そちらは恐れ入りますが解説の方をご覧いただければ……
 ということで、ここでは本作の内容のみを紹介させていただきましょう。

 全ての猫股の上に君臨してきた猫股の長者。その長者の下で「三毛の龍」の名で恐れられていた小春は、しかし冷酷な長者に嫌悪感を抱き、猫股をであることをやめて鬼に転生したという過去を持ちます。
 しかし長者にとっては、それは自分の顔に泥を塗られたも同様。長者が執念深く小春のことを付け狙ってきたことはこれまでのシリーズでも描かれてきましたが、本作において、ついに小春と長者が激突することとなるのです。

 その戦いに周囲を巻き込むまいと姿を消した小春。それを知った喜蔵は、ある妖怪の誘いに乗り、小春を追って「もののけ道」に踏み込むことになるのですが……
 しかしそこで彼が足を踏み入れたのは、思いも寄らぬ世界。そしてそこで彼を待っていたのは小春ではなく、しかし小春と、いや何よりも彼自身と深い縁を持つ人物でありました。

 果たしてこの出会いが喜蔵に何をもたらすのか。喜蔵は再び小春に会うことができるのか。そして小春と長者の決戦のゆくえは――


 というわけで、第一部完結に至り、今一度喜蔵と小春の縁のルーツに立ち返った印象のある本作。
 そしてその中から浮かび上がるのは、シリーズを通じて変わらず描かれてきた、他者と共に在ることで生まれる痛みや苦しみ、しかしそれを補って余りある喜びと成長――
 本作は、喜蔵と小春を通じてそれを描き出すのです。

 ……と、内容紹介のみにしますと言いつつ少々踏み込んでしまいましたが、私が解説を書いているから、などと言った小さなことは関係なく、ここまで喜蔵と小春を見守ってきた、『一鬼夜行』という作品を愛してきたファンであれば本作は必読であることは間違いありません。

 クライマックスには少年漫画顔負けの燃える展開も待ち構えておりますので、その点も魅力であります。


『一鬼夜行 鬼が笑う』(小松エメル ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
(P[こ]3-7)一鬼夜行 鬼が笑う (ポプラ文庫ピュアフル)


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2014.11.16

12月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 いよいよ今年も残すところあとわずか。泣いても笑ってもあと一月であります。残念ながら12月は思ったよりは発売点数は少ないのですが、それでも年の瀬に楽しむには十分な数。というわけで12月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 まず文庫小説ですが、残念ながら(シリーズの最新巻ではない)完全な新巻で気になるのは平谷美樹『伊達藩黒脛巾組 独眼竜の忍び』くらいでしょうか。
 しかしもちろん作品自体は大いに気になるところ、ユニークな時代小説を次々と送り出してきた作者が挑む忍者ものというだけで大いに気になります。
 それも主役となるのは伊達家の忍び・黒脛巾組――ほぼ一貫して東北からの視点を重んじてきた作者ですが、なるほど、あまりに有名すぎてこの大名家のことを忘れておりました。これは期待できそうです。

 そしてシリーズ最新巻としては、怒濤の三ヶ月連続刊行の風野真知雄『くノ一秘録 3 死霊の星』、快調シリーズ第4弾の上田秀人『百万石の留守居役 4 遺臣』、今月の廣済堂モノノケ文庫は怪作シリーズ第4弾『血も滴るいい男 晴れときどき、乱心』が気になるところであります。

 文庫化では、米村圭伍の青春活劇『敬恩館青春譜 2 青葉耀く』(同名の単行本の下巻相当)、日経文芸文庫から刊行開始の『隆慶一郎短編全集』あたりに注目。

 また、11月に発売予定だった仁木英之の『鋼の魂 僕僕先生』文庫化、及び新作の『僕僕先生 零』は、諸事情により12月発売に変更されたとのことです。

 そして小説ではありませんが大いに気になるのは千葉幹夫『全国妖怪事典』と本堂平四郎『怪談と名刀』。
 特に後者は、警察官・実業家・刀剣研究家等々、異色の経歴を持つ作者によるタイトルどおりの一冊で、昭和初期に刊行されてから復刊は初めてなのでは……


 一方、漫画の方ではなんと言っても気になるのは『しゃばけ漫画』。言うまでもなく畠中恵の『しゃばけ』シリーズを題材とした漫画シリーズで、小説新潮に連載されていたものですが、執筆陣が高橋留美子、萩尾望都等々、尋常ではない豪華さであります。
 『仁吉の巻』『佐助の巻』と二冊刊行されますが、もちろん両方とも必読でしょう。

 その他、シリーズものの続巻としては武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第3巻、東冬『大樹 剣豪将軍義輝』第3巻、蜷川ヤエコ『モノノ怪 海坊主』下巻、和月伸宏『エンバーミング』第9巻に注目です。



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2014.11.15

『宮本伊織』 青年と養父を通じて描く戦後の武士の在り方

 播磨の庄屋の次男・伊織は、ある日突然、叔父の宮本武蔵に一方的に養子にされてしまう。仕舞一つを教えられただけで小笠原忠政の小姓にされた伊織は、わからないことだらけの環境の中、苦労しながら小姓として、武士として成長していく。そんな中、伊織が知った驚くべき武蔵の計画とは…

 「天を裂く 水野勝成放浪記」で注目を集めた大塚卓嗣の第二作は、タイトルにあるとおり宮本伊織――あの宮本武蔵の養子を主人公とした物語であります。

 実在は確かなものであり、フィクションでの登場も少なくないものの、その出自や経歴については不明な点も多い宮本伊織。
 何故、あの武蔵が養子に選んだのか。剣の腕はいかほどだったのか。武蔵の名はあったとしても、若くして家老になったとすればどれだけの才を持っていたのか……
 本作はその疑問を一つ一つ取り上げつつ、そこに込められた武蔵の深謀遠慮と、伊織自身の成長絵巻を描き出すのであります。

 生まれてから農作業しかしたことにも関わらず、突然武蔵の鶴の一声で養子に、武士にさせられてしまった伊織。仕舞(能)を一曲教えられた以外は何も教えられることなく、突然播州明石藩主・小笠原忠政の小姓にされてしまった伊織は、その日から、自分の無知と周囲の妬みやいびりに苦しむ毎日を送ることに……

 彼をそんな境遇に陥れた武蔵に怒りをぶつけようにも、相手は柳に風と聞き流す上に日本一の剣豪。悔し涙に暮れながらも、伊織は自分自身で考え、自分にできることを一つ一つ積み重ね、武蔵の残した「くだらん武士には染まるな」という言葉を意味を自分なりに現実のものとしていく道を選ぶのであります。

 作者の前作の主人公・水野勝成は、政の才を示しつつも、いわば暴力で飯を食って生きてきた人間、戦国時代の申し子であります。
 対するに本作の伊織は、剣とは全く無縁の百姓出身の青年。武蔵に引っ張り出されるまでは、単なる平凡な若者に過ぎません。

 そんな彼が、突然名門小笠原家に放り込まれ、何を感じ、何を思い、何を目指すのか――本作はそれを丹念に描き出します。
 勝成に比べれば、遙かに読者たる我々に近しい存在である伊織。そんな彼が人として悩む姿はどこまでも身近であり、そして武士として一歩一歩成長していく様は、そこに至る道の険しさがはっきりと感じられるからこそ、我が事のように嬉しく感じられるのです。

 そして同時に本作のキモとなるのは、伊織を小笠原家に送り込んだ武蔵の真意であります。かの巌流島の決闘以来、仕える先を転々としてきた武蔵。そこに剣士としての武蔵の悩みや挫折を見る作品は無数にありますが、本作の武蔵は器が違う。

 水野家、黒田家、本多家、細川家、そして小笠原家――彼が転々としてきた大名に、本作はある共通項を見出し、そしてそこに武蔵の一介の剣人に収まらぬ、武士としての姿――それも戦国が終わった後の、偃武の時代のそれを描き出すのであります。

 そして奇しくもそれは、方法は全く違えど、伊織が目指す道と重なるものでもあります。

 伊織が目指す道――それは、百姓が、武士が、皆がそれぞれ平和に、苦しみ少なく豊かな生活を送れる国。
 一見これは、いかにも現代的な発想、綺麗事絵空事のようにも見えますが、伊織は生粋の武士ではなく、百姓の出身。そして彼が戦国がほぼ終わった後の時代に生まれたことを思えば、それなりに納得できるものと言えますまいか。

 そう、本作は伊織の成長譚や武蔵の一種伝奇的な大望を通じ、平時の、戦後の武士の在り方を描いた作品。その意味では、戦時の武士の在り方を描いた前作とは対になる作品であり……そして「くだらん武士」との決別を描く点で、実は非常にドラスティックな作品ともと申せましょう。


 と、実に魅力的な本作ではありますが、最後にうるさいことを言わせていただければ、そんな伊織のライバル――というよりも、剣術上、いや思想上で対になる存在とも言うべき荒木又右衛門の描写が、少々粗かったという印象があります。

 伊織が平時にあって平時のために生きる武士だとすれば、又右衛門は平時にあって戦時の生き様を望む武士。師・柳生宗矩の「剣禅一如」の教えを単なるお題目と一笑に付し、己の剣を極めるために殺人剣に踏み込む男であります。

 それ自体は良いのですが、伊織と対峙させるのであれば、彼が背を向ける「剣禅一如」の内容をもう少し踏み込んで描いても良かったのではありますまいか。
 伊織と又右衛門だけでなく、武蔵と宗矩……いや柳生新陰流との対比にも繋がる部分だけに、その点のみは気になった次第です。


『宮本伊織』(大塚卓嗣 学研マーケティング) Amazon
宮本伊織


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2014.11.14

『当世白浪気質』第2巻・第3巻 彼が見つけた本当に美しいもの

 杉山小弥花が終戦直後の東京を舞台に描く美術品泥棒と霊感美少女のラブコメ活劇……などという言葉では到底くくれない『当世白浪気質』の第2巻・第3巻(最終巻)の紹介であります。

 シベリア抑留から帰還し、焼け野原から復興を始めた東京で美術品泥棒として稼ぎ始めた小悪党・虎之助(トラ)。ある山奥の村にお宝探しに出かけた彼は、成り行きからそこで狼神の嫁(=贄)とされる定めの美少女・千越を救い出し、やむなく共同生活を始めるのですが……

 という基本設定は、第2巻以降も変わることはありません。
 脳天気で女にだらしない、しかし千越には妙に堅い態度を取るトラと、人ならざる霊能を持ちながらも、人として女として少しずつ成長していく千越――

 そんな二人の、バディとも家族とも恋人とも違う、そしてそのどれでもである関係が、終戦直後の混沌とした世界の裏側を描く物語として、そしてラブコメとしてキレイに落とし込まれて展開していくのには、今回も感心させられました。

 そして本作のキモの一つである、その終戦直後の世界を舞台にした美術品もの、盗賊ものとしての題材も実に面白い。
 特にGHQや経済やくざが追う日本の存亡がかかっているというアイテム争奪戦を描く「麦秋の嘆」、共産主義の学生が手に入れ公安警察が追うアイテムの正体を追う「結び目を断て」など、トラたちが追い求めるアイテムの正体を伏せたミステリ的展開が良いのであります。

 その一方で、泥棒ややくざだけでなく、進駐軍や公安、政治家や新興宗教家等々、終戦直後のアンダーグラウンドに蠢く魑魅魍魎を描く部分は、色々な意味でハラハラさせられたのもまた事実であります。
 この辺り、政治や社会といった「大人の」世界に対して、千越が知識を持たなさすぎることから、トラの主張が一方的に語られる感があるためかとは思いますが……
(こういう比較は好きではありませんが、その点『明治失業忍法帖』はうまくバランスが取れていると感心)


 しかし本作の最大の魅力が、移ろいゆくトラと千越の関係性にあることは間違いありますまい。
 ともに死すべき運命から辛うじて逃れ、しかしそれ故にこの世界に寄る辺なき二人――そんな二人が強く惹かれ合い、しかしそれ故にこそ距離を置こうとする。そんな面倒くささは、ラブコメの世界では珍しいものではないように感じますが、しかしここで本作ならではの設定が生きる。

 戦争前後の現実を見続け、そして美術品泥棒として様々な美に接する中で、この世にあり得べからざる天上の美を求めるトラ。そんな彼が初めて見つけた美の結晶が、千越だったのであります。
 千越を求める心を持ちつつも、それが満たされることは千越の不変性を損なうことであり、またそんな千越であって欲しくない。せめて自分以外の手であればあきらめがつくものを……

 そんなトラの想いは、純情といえば純情、そして身勝手といえば身勝手。しかし本作で積み上げられてきた物語には、そんなトラの姿を簡単に笑い飛ばすことも、非難することもできない重みがあるのです。

 そしてそのトラが魂の遍歴の末に最後に見つけた「本当に美しいもの」とはなんであったか――それを知ったときには、ただ涙させられた。


 そしてまた2003年4月7日、二人が同じ空を見上げていたことを、心から祈っている次第です。


『当世白浪気質』第2巻・第3巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータコミックスα) 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
当世白浪気質 2 美少女は悪党の愉しみ (ボニータコミックスα)当世白浪気質 3 美少女こそ我が悦び (ボニータコミックスα)


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2014.11.13

『一鬼夜行』第1巻 イケメン喜蔵登場!? 良い意味で漫画的な一作

 原作小説は第6作『鬼が笑う』(ちなみに実は解説は私が担当させていただいております)で第一部が完結した『一鬼夜行』ですが、同時に森川侑による漫画版第1巻が発売されました。

 この漫画版は、現在『月刊ビックガンガン』誌にて連載中の、シリーズ第1作をベースとした作品であります。。
 妖怪もビビる閻魔顔の古道具屋の若主人・喜蔵と、彼の前に夜の空を行く百鬼夜行から地上に転がり落ちてきた自称大妖怪の小春。そんなおかしな凸凹コンビが、様々な妖がらみの事件に巻き込まれ、奔走する……

 という『一鬼夜行』の基本フォーマットについては今更言うまでもありませんが、第1作目は、それが一種の連作短編的なスタイルで構成されているのが、今見てみれば特徴でありましょうか。
 この漫画版第1巻には、喜蔵と小春の出会い、喜蔵の(元)親友である彦次と彼に憑いた不思議な妖の交流、喜蔵行きつけの牛鍋屋の看板娘・深雪の友人の身に起きた怪事……と、全部で3つのエピソードが収録されております。

 この漫画版の内容的にはほぼ原作どおりですが、唯一大きく異なる点は、彦次のエピソードと深雪のそれが、原作と順番が前後しているのですが、第1話に彦次が登場していることからのアレンジでありましょうか。これはこれで自然に感じます。

 しかし既に知っている物語であっても、原作読者としても楽しめるのは、そのエピソードに差し挟まれる喜蔵と小春、あるいは他のキャラクターたちのやりとりが、良い意味でマンガチックに描かれている点でしょう。
 元々キャラが立った登場人物たち揃いの原作ではありますが、時にリアルに、時にディフォルメれた絵柄を使い分けてその姿を描けるのは漫画というメディアならでは。
 特に小春と喜蔵のツッコミ合戦は原作でももちろん大きな魅力ですが、小春のナマイキ可愛らしさと喜蔵の容赦ない仏頂面は、実に漫画に良くマッチしていると感じます。

 と、活字の漫画化といえば気になるのはその絵柄、なかんずくキャラクターデザインでありますが、本作はその点でもなかなかに魅力的であります。
 喜蔵が月代を剃っておらず、それ故かなかなかのイケメンに――「目つきが悪いために周囲に誤解されがち」系キャラに見えてしまうのは(いや、冷静に考えれば間違いでもないのですが)違和感皆無とは言えませんが、これはこれで読者層を考えればアリでしょう。

 その他のキャラクターも、漫画的なアレンジはされているものの、十分以上の出来でしょう。小春の可愛らしさと、時に見せる人外のものとしての「顔」のギャップもいいのですが、特に印象に残るのは弥々子河童。
 河童としてのアイコンと、女性としての艶やかさが同居したデザインは、なるほどこの線があったかと感心いたしました。


 というわけで、私のようなうるさい読者も納得の出来の漫画版、いささか気が早いのですが、ぜひ第1作以降も続けて漫画化していただきたいものです。
 この先もまだまだ、魅力的なキャラクターが毎回のように登場するのですから……


『一鬼夜行』第1巻(森川侑&小松エメル スクウェア・エニックスビッグガンガンコミックス) Amazon
一鬼夜行(1) (ビッグガンガンコミックス)


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2014.11.12

『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

 北から来た盲目の美少女修法師・百夜が付喪神に挑む『修法師百夜まじない帖』シリーズも順調に巻を重ね、早くも第3弾であります。この巻に収録されているのは、web連載で発表された6話と、書き下ろし1話の全7話であります。

 津軽でイタコの修行を積み、江戸に出てきたである百夜。兄弟子であるゴミソの鐵次同様、優れた霊能力を持つ彼女は、江戸に出てくると修法師(祈祷師、まじない師の類)稼業を始めることとなります。
 その力を見込んだ大店の主が後見的な立場となり、その手代・左吉を押し掛け助手とした百夜は、江戸で相次ぐ怪事件に挑むのですが、何故か毎回、その怪異の陰には付喪神の存在があって……

 という基本設定の連作短編集である本作ですが、今回もその構造は変わりません。
 『三ツ足の亀』『旅の徒然』『五月雨拍子木』『一弦の奏』『翁の憂い』『鯉と富士』『壺幽霊』と、7つのエピソードいずれも、左吉が持ち込んできた依頼を、百夜が解決していくというスタイル。

 しかしいかに百夜が優れた力を持つとて、彼女は力任せに怪異を祓い、粉砕するのではありません。
 修法師たる彼女が行うのは、怪異の陰にあるものが何であり、そして何故、どんな想いの下で怪異を起こしたのか……それを探り、その想いを晴らすことであります。

 なるほどイタコの力を持つ修法師として相応しいこの対処でありますが、見方を変えればこれはミステリにおけるフーダニット、ホワイダニットの解明と同じもの。
 そんな謎解きの面白さが、本作の大きな魅力であることもまた、これまでと変わることはありません。

 その一方で、変わってきた印象のあるのは百夜の存在感。常人ならざる力を持ち、見かけは美少女でありながらも武張った侍言葉で喋り、仕込み杖で戦う――立ちに立ったキャラであるものの、ちょっと近寄り難い部分もある彼女ですが、シリーズが進むにつれ、ぐっと人間らしい……というかコミカルな部分が出てきた印象があります。

 謎解きの際に勿体ぶるところもそうですが、本作では、付喪神ではなく、本来の専門分野である人の亡魂が起こしたと思われる事件を前に「よしっ! 張り切って参るぞ」とテンションを上げて臨んだりと、なかなか楽しい。
 彼女に比べれば軟弱そのものの左吉とのやりとりも、ポンポンとテンポよく魅力的であり、相手が付喪神ということもあって、さらりと読める良い意味での軽さが魅力的なのです。


 ……が、そこで油断していたところに、ガツンと重い一撃を喰らった印象になるのが、巻末の書き下ろし作品『壺幽霊』であります。
 何となくコミカルな印象を受けるタイトルとは裏腹に、ある晩、道一面に地面に半ば埋まった壺が――という、本作に登場する怪異の姿の奇妙さ・理不尽さ・恐ろしさ(この辺りの呼吸は、以前も触れたかと思いますが、実話怪談作家としての顔も持つ作者ならではかと)は、本シリーズの中でも随一の迫力があるのですが、しかし真に重いのは、その正体でありましょう。

 ここでは触れませんが、なるほどこれであれば……と深く納得させられるその正体は、同時に現代の我々の世界においても、決して遠いものではないと感じさせられるもの。そしてこの怪異がここで現れた原因を、我々の周囲に当てはめてみれば、また別の意味で慄然とさせられるのであります。


 怪異を、伝奇を描きつつも、それに加えてもう一つの視点ともいうべき場所から現実を見据え、描き出す作者の筆は、今回も健在なのであります。


『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』(平谷美樹 小学館文庫) Amazon
鯉と富士 修法師百夜まじない帖 巻之三 (小学館文庫 ひ 12-3)


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2014.11.11

『江戸猫ばなし』(その二) 猫と傀儡と死神と

 光文社文庫の猫時代小説アンソロジー『江戸猫ばなし』紹介の後編であります。今回紹介するのは西條奈加と高橋由太、どちらもファンタジックな味わいの作品を得意とする作者ならではのユニークな作品です。

『猫の傀儡』(西條奈加)
 個人的には本書の中で最も印象に残った一編。何しろ本作は、猫視点のミステリ――それもどこかハードボイルド風味すら感じられる――であり、猫と人間の一風変わったバディものなのですから。

 タイトルにある傀儡とは、猫が自分たちの役に立てるため操る人間のこと。主人公たる猫の傀儡師・ミスジは、長屋に暮らす自称狂言作者の阿次郎を傀儡に、町の猫たちが巻き込まれた面倒事を解決するために奔走することになる……ユニークな時代ファンタジーを得意としてきた作者ならではの設定であります。

 本作では、ミスジは百両もするという変わり朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を助けるために、真犯人を捜すことになるのですが――しかし傀儡師といっても、別に超自然的な力で人間を、傀儡を操るわけではありません。

 傀儡師にできるのは、それとなく傀儡にヒントを与え、自分の知りたいことを知り、させたいことをさせられるように、誘導することのみ。
 人の言葉をある程度理解できるものの、人の言葉を話せない状態で、どのように傀儡を操るのか――そのもどかしさこそが本作の楽しさでしょう。

 事件が解決しての後味も良く、ぜひシリーズ化していただきたい作品です。


『九回死んだ猫』(高橋由太)
 やはり妖怪時代小説の代表選手であり、作品にしばしば猫が登場する作者による本作は、猫は九つの命を持つという伝承を踏まえた、物悲しい味わいのダークファンタジーです。

 戦国時代以来、幾度となく生を受け、死んできた「猫」。その彼の死の前に決まって現れる死神の少年・幸吉は、そのたびに、最後に会いたい人(猫)に会わせてくれるというのですが――しかし一度も会いたい者に会うことができなかった猫。
 幸吉が会わせてくれるのは生きた者だけであり、彼が愛した者たちは、いずれも彼よりも先に命を失っていたのであります。

 そんな生を重ねてきた猫が、九度目の生を終える時に何を願ったか――重く切なくも美しい結末は、作者のもつもう一つの側面を感じさせてくれます。
(ちなみに本作、作者の別の作品のキャラであるぽんぽこと白額虎が登場するのですが、これは一種の読者サービスと言うべきでしょう)


 なお、残る3作品は超自然的要素のない人情もの。『仕立屋の猫』(稲葉稔)は、猫が縁で仕立屋の針子となった娘と、彼女を実の子のように可愛がる仕立屋の親父の物語。
 『ほおずき』(佐々木裕一)は、長屋で暢気に暮らす若者が、猫が縁で思わぬ幸福を掴む姿を、作者らしいのどかなタッチで描いた作品であります。。
(猫が縁結びになるというモチーフが少々重なる印象が……)

 ラストに収録された『鈴の音』(中島要)は、町人から武家の養子となった叔父が、突然家を捨てた背後にある真実を、甥が知る物語。しっとりと、しかし切ない物語が、ラストにヒヤリとした後味を残すキレも見事な作品であります。


『江戸猫ばなし』(赤川次郎ほか 光文社文庫) Amazon
江戸猫ばなし (光文社時代小説文庫)

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2014.11.10

『江戸猫ばなし』(その一) 猫と鼠と猫絵と

 私自身が猫好きの時代ものファンだから感じるのかもしれませんが、時代ものと猫というのは、なかなか良い取り合わせのように感じます。そして七人の作家による書き下ろし短編を集めた本書もそんな取り合わせの一冊。ここでは、収録作のうち、このブログ的に気になる作品を幾つか取り上げましょう。

『主』(赤川次郎)
 赤川次郎といえば真っ先に思い浮かぶのは『三毛猫ホームズ』シリーズ、そして時代小説には以前NHKでドラマ化された『鼠』シリーズが……と、猫とも鼠とも縁のある作者による本作は、一風変わった構造の奇談。

 賞金の十両に釣られ、酒の勢いもあって、次々と怪死する人間が出たという<猫寺>で肝試しすることとなった何でも屋の市助。
 ただ一人その寺で夜明かしすることとなった彼の前に、果たして怪しげな影が……

 という、いかにもな怪談から始まる本作は、しかし物語が進むにつれ、次々とそれまでと異なった様相を見せることとなります。
 あの人物が、あの出来事が、裏に隠れた真の顔を、隠された秘密を見せていく物語はめまぐるしいのですが、しかしそれをきっちりとまとめるのはさすが作者ならではでしょう。
 ラストのある人物(?)の台詞も印象的な一編です。


『与市と望月』(小松エメル)
 いまや妖怪時代小説の代表選手の一人というべき作者の作品は、猫絵師と猫絵――の中から出てきた猫の物語であります。

 猫絵師とは(漫画のおかげでご存じの方も多いと思いますが)鼠除けとする猫の絵を売る稼業。本作の与市もその猫絵師ですが、彼とともに旅するのは、その猫絵から抜け出てきた、人語を喋る猫の望月。
 これだけならば望月には大層ご利益がありそうですが、しかし望月は大変な臆病者、仕事をしくじっては、与市に怒鳴られ、イジメられる毎日であります。

 本作は、そんなおかしなコンビが旅先で出会った男の依頼で向かった先の屋敷で出くわした怪事件を描くのですが――真の物語は、その事件が解決した先にあります。
 ドSっぷりを発揮して望月をイジメる与市。しかし彼の心の中にあるものは……いやはや、それまで(共依存のDV男みたいだなと)彼に抱いていた印象が一変するような真実にはやられました。

 人間と妖怪を通じ、他者との関係性を描いてきた作者らしい一編であります。


 長くなりますので、次回に続きます。


『江戸猫ばなし』(赤川次郎ほか 光文社文庫) Amazon
江戸猫ばなし (光文社時代小説文庫)

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2014.11.09

『私が愛したサムライの娘』 女忍が取り戻した二つの生

 いよいよ激化する八代将軍吉宗と尾張藩主宗春の対立。尾張家に仕える甲賀忍び・雪乃は、秘命を帯びて長崎に向かい、出島の遊郭に太夫として潜入する。彼女が接近したオランダ商館医師・ヘンドリックに対し、驚くべき計画を持ちかける尾張徳川家。しかしヘンドリックと雪乃の間には真実の愛が……

 第6回角川春樹小説賞受賞作にして、作者のデビュー作は、ジャンル的には忍者ものと言うべきかもしれませんが、それに留まらぬ様々な要素を盛り込んだ、なかなかにユニークな作品であります。

 とある小藩から古文書を奪い取り、公儀隠密との死闘の末に帰還した尾張徳川家配下の甲賀忍び・雪乃。彼女の次なる任務は、長崎で太夫となり、オランダ商館員を籠絡することでありました。
 宗春と吉宗の対立が決定的なものとなった今、宗春が計画するのは乾坤一擲の倒幕計画――彼は開国と引き替えにオランダを味方に付け、その力でクーデターを計画していたのです。

 雪乃と、そして彼女の師にして上司であり、秘めた想いを寄せる相手でもある左内は、その大望のために活動していたのですが――
 しかしそこに思いも寄らぬ事態が、それも二つ起きることとなります。一つは、太夫と客の関係でしかなかった雪乃とヘンドリックが本気で愛し合うようになったこと。そしてもう一つは……


 徳川吉宗と徳川宗春の対立は、吉宗の時代を舞台とした作品ではほぼ定番の題材でありましょう。そしてまた、出島のオランダ人と日本人女性の悲恋も、これまで様々な形で描かれてきた題材であります。
 本作はそんな二つの、悪く言えばありふれた題材を、忍者というもう一つの題材で結びつけることにより、意外な味わいの作品を生み出すことに成功した、と言えます。

 宗春の大望を実現するため、己を捨てて戦う忍びたち。そしてその戦いは、何も刀を、手裏剣を手にしたものだけではありません。本作の雪乃のように、(個人的には好きな表現ではありませんが)女の武器による戦いというものも存在するのであります。

 しかしそこにあるのは、人間としても、女性としても、二重の意味で個人の生を捨てた在り方でしょう。
 舞台となる時代に、現代のように個人の価値を求めることはナンセンスかもしれませんが、しかし雪乃の中に哀しみと虚しさが漂うこともまた、当然のことでありましょう。

 大げさな表現ではありますが、本作はそんな雪乃が人間としての生を、女性としての生を取り戻していく物語として読むことも可能でしょう。
 その手段が「愛」というのは、いささかストレートに過ぎるかもしれませんが、しかし先に述べたように、本作ならではのユニークな舞台設定が、それをうまく包みこんでいるとも感じます。


 もっとも、その構造も痛し痒し、物語の中心が雪乃だけでなく、時にヘンドリックに、(特に終盤は)左内に移ってしまうために、雪乃の存在感が薄くなってしまった感は否めません。

 政というマクロなレベルの物語と、愛というミクロなレベルの物語と――二つのレベルの物語を同時に描くのは少々荷が重かったか、という印象もまた、正直なところであります。


『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一 角川春樹事務所) Amazon
私が愛したサムライの娘

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2014.11.08

『夢の燈影』 影と光と、人間とヒーローと

 『一鬼夜行』など妖怪時代小説で活躍する小松エメルが新選組の大ファンであることをご存じの方もいることでしょう。本書はそんな作者が初めて真っ正面から新選組を描いた短編集ですが――しかし、一ひねりも二ひねりも加えることで、「人間」としての隊士たちを描いたユニークな一冊であります。

 本書に収録された六編の短編は、いずれも「小説現代」誌に不定期連載された作品。最初に述べたとおり、作者が得意としてきたのは妖怪時代小説ですが(そしてその系譜にある『蘭学塾幻幽堂青春記』にも新選組は登場するのですが)、本書はそうした要素をほぼ完全に封印して描かれる「普通の」時代小説であります。

 しかしもちろん、新選組を書くために小説家になったというほどの作者が、「普通の」手法で新選組を描くはずもありません。本書に収録された作品は、それぞれ異なる隊士を主人公とするものですが、その顔ぶれが実に興味深い。

 各作品と主役隊士は以下の通りですが――
『信心』 井上源三郎
『夢告げ』 蟻通勘吾
『流れ木』 近藤周助
『寄越人』 酒井兵庫
『家路』 山崎丞
『姿絵』 中島登
ご覧の通り、失礼を承知の表現を使えば、いずれもマイナー隊士揃いであります。
 おそらくはこの中で一番知られているのが井上源三郎と山崎丞、次いで近藤周助辺り……残りのメンバーは、よほどの新選組ファンでない限りは、ちょっと名前を記憶していないのではありますまいか。

 しかし、如何に後世の人間が好き勝手に評価しようとも、確かに彼らがこの時代に生き、新選組でその生を燃やしたのは間違いのない事実。その意味では、近藤土方沖田、あるいは永倉原田藤堂といったヒーローたちと、何の違いもありません。

 そう、本書はそんな歴史の中に埋もれがちな隊士たちの視点から描くことにより、単純な「ヒーロー」ではない新選組の姿を、現代に生きる我々と全く変わらない喜びや悲しみ、悩みを抱えて生きてきた「人間」たちの姿を浮き彫りにするのであります。

 ……が、本書が素晴らしいのは、そんな新選組の「影」にいた者たちの姿を描くことで、間接的に、「光」の中にいた者たちの姿をも描き出すことでしょう。
 そんな光の中に浮かび上がるのは、「ヒーロー」としての姿を持ちつつも同時に「人間」である新選組の姿であります。


 新選組をヒーローとして(あるいは戦前のように悪役として)のみ描くことは、確かに一面的でありましょう。しかし同時に、人間としてのみ描くことも、また一面的ではないか――
 というのは、これは私の勝手な思いこみかもしれませんが、しかし本書が描く新選組の光と影は、そうした意味も含むものではありますまいか。

 そしてその意味で本作は史実と虚構の間に立ち――その中から新たな物語を生み出してみせた、優れた時代小説と感じられます。


 個々の作品の内容については(全6作のうち半分ではありますが)雑誌掲載時に紹介していることもあり、ここでは述べません。
(ただ、雑誌掲載時には一番最後に発表された『信心』を、本書の冒頭に持ってくることで新選組の誕生と最期を俯瞰的に見せてしまうという趣向はお見事、と申しましょう)

 新選組ものの光と影を描き出した新たな名品として、ただ一読を、と申し上げる次第です。


『夢の燈影』(小松エメル 講談社) Amazon
夢の燈影

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2014.11.07

『戦国武将列伝』2014年12月号(その二) 理を超える愛の先に

 リイド社『戦国武将列伝』誌の2014年12月号の紹介その二であります。今回も引き続き、印象に残った作品を一つずつ挙げていきたいと思います。

『セキガハラ』(長谷川哲也)
 巨大(な怪物と一体化した)黒田如水の登場、三人の柳生石舟斎の出現(そして瞬殺)、さらにもう一人の家康まで……と、色々と飛ばしている本作においてもまたずいぶんととんでもない展開となった前回。
 それを受けての今回は、新家康vs旧家康の家康対決を通じ、家康という人物の核が示されることとなります。

 ほとんどドクターヘルのような姿の黒田如水の操る怪物・黒ノ巣の能力により生み出された家康の黒臣(くろおん)。思力なしの生身の人間として筋肉のみを武器に激突する二人の家康ですが――そこで旧家康、いや真の家康が語る筋肉の意味とは……ただ一つ、自由のため。

 なるほど、それは幼い頃から人質として辛酸を舐めてきた家康ならではの想いでありましょう。それと家康の健康マニアぶりを組み合わせての本作ならではの設定ではありますが、妙な説得力があるのも本作の面白い点であります。

 それにしてもとんでもないところで「影武者徳川家康」なことになってしまいましたが、果たして関ヶ原本戦ではどうなってしまうのか……その辺りの先の見えなさもやはり本作流でありましょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前々回以来、時代をぐっと遡り、鬼切丸の少年のオリジンをはじめ平安時代を舞台に物語を展開してきた本作ですが、今回は平安時代も末の源平合戦が舞台。
 とくれば、誰が「鬼」かは明白でしょう。そう、母の胎内に18ヶ月留まり、生まれた時から歯も生えそろい、鬼子として殺されかけた男、幼名・鬼若――武蔵坊弁慶であります。

 当然、鬼と見れば斬らずにはおれぬ鬼切丸の少年が弁慶を放っておくはずもないのですが、しかし京の五条の橋の上での対決に割って入ったのはもちろん牛若丸(ここで少年が牛若丸の剣術を天狗から教わったものと一目で見抜くのも面白い)。
 弁慶の中の人間性を感じ取った牛若は彼を信じて配下に加え、鬼切丸の少年もそれも一興と見逃すのですが――

 その後の義経主従の運命は歴史が語るとおり。しかし本作は、史実(と語られるもの)を踏まえて、なお本作ならではの結末を用意しているのであります。
 鬼切丸に斬られた鬼は塵と化して消える。それは『鬼切丸』の頃からの基本中の基本設定でありますが、しかし……

 本作の結末で描かれたのは、厳然たる理を超えるほどの愛であり、そしてそれは一つの希望でもありましょうか。
 そんな美しい世界をラスト一ページでひっくり返す点も含めて、お見事と言うべきでしょう。


 というわけで『戦国武将列伝』12月号から4作品を紹介しましたが、次号は読み切りで本庄敬の戦国グルメもの『蒼太郎の詩』が掲載されるとのこと。本庄敬の代表作といえば『蒼太の包丁』ですが……まさか。


『戦国武将列伝』2014年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2014年 12月号


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2014.11.06

『戦国武将列伝』2014年12月号(その一) 迷彩服が象徴する二つの力

 時間が経つのは早いもので、もう前号から二ヶ月、『戦国武将列伝』最新号が発売されました。今回の表紙&巻頭カラーは、連載二周年&単行本第2巻が発売されたばかりの『孔雀王 戦国転生』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ挙げていきたいと思います。

『孔雀王 戦国転生』(荻野真)
 その孔雀王は、前回信長の正体を巡る大きな展開が一段落ついて、今回は小休止的エピソード。信長の妹・市の輿入れであります。

 といっても本作の世界観における市もまた個性的。信長の父・信秀と(おそらくは)黒人の間に生まれた異貌の美少女(黒ギャル?)であります。
 今回、浅井長政に輿入れすることになった彼女を孔雀が警護するものの、その前に一向宗が立ち塞がって……という展開は、一向宗がほとんど不死身の存在だったりという要素はあるものの、孔雀と市の交流が中心で、前回までに比べるとかなりおとなしめの印象。
 とはいえ、市を見送る孔雀のラストの台詞は、史実を知る者ゆえの重みが感じられてなかなかでありました。

 ちなみに本作、リイド社の公式サイトで4分弱のプロモーションアニメを公開中。監督を古橋一浩、孔雀役を鈴木達央ときちんとしたメンバーで作られており、特に孔雀王の法力アクションシーンなどは、昔からのファンにはちょっと嬉しいものがあります(あと、おそらく世界初のガン=カタを駆使するゴリラも見所)。


『戦国自衛隊』(森秀樹&半村良)
 今回描かれるのは、伊庭と、以前隊から脱走した部下である浦切との対決。
 自衛隊としての、未来人としての枠を外れ、自衛隊の装備を用いて暴走するキャラクターというのは、戦国自衛隊というタイトルを冠する作品においては定番であります(個人的には最初の映画の渡瀬恒彦を思い出します)。

 それは本作においても同じですが、伊庭と浦切(またどこかで見たような顔ですが……)、全く相反する道を行くこととなった両者の直接対決を、自衛隊員を象徴する「迷彩服」をキーワードに描くのが強く印象に残ります。
 戦国において最強の戦力たる自衛隊の力をどう用いるか――それは言い換えれば、強すぎる力を持ったときに人はどう振る舞うか、どう振る舞うべきか、という普遍的なテーマでありますが、それを本作は、ともに迷彩服を着た二人の対決に集約して描くのであります。

 正直に申し上げてこれまでいささかネタ的な面白さが先行していた感のある本作ですが、今回はドラマとして真っ正面から面白い……そんなエピソードでありました。

 ラストには本作らしい先の読めない引きもあり、歴史は彼らに何をさせようというのか、これは大いに気になるところであります。


 少々長くなってしまいましたので次回に続きます。


『戦国武将列伝』2014年12月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 戦国武将列伝 2014年 12月号


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2014.11.05

『あやかし秘帖千槍組 2 妖貸し狐狸合戦』 絆を守る四つの物語

 越前で妖怪と結んだ悪人を退治した際、子狸が封じられた壷を手に入れたお漣・蘭・お輪・黒丸の千槍組。壷を手に旅立った千槍組の前に、妖怪を悪人に貸し出す「妖貸し」のお紺が操る妖怪たちが立ち塞がる。激闘の末にたどり着いた佐渡で彼女たちを待つものは、狸と狐の熾烈な戦いだった……

 廣済堂モノノケ文庫の最新刊は、友野詳による妖怪版チャーリーズエンジェルともいうべき『あやかし秘帖千槍組』シリーズの第2弾であります。

 人とは不可侵の状態で暮らす妖怪たちを束ねる十大妖の下、人と妖怪の平和のために戦う「妖かし守り」。そのチームの一つが、鞍馬僧正坊の子・千槍白羽丸の指令を受けて活躍する千槍組であります。

 西洋の幽霊船に取り憑かれた(!)妖艶な美女・お漣、雪男の父と雪女の血を引く母の間に生まれた男装の剣士・蘭、糸車の付喪神で火車の赤ん坊を連れた少女・お輪……
 ともう一人、小間使いの半端天狗・黒丸を加えた彼女たち四人は、普段は旅芸人の白羽一座として諸国を巡り、妖怪と人間の諍いに介入して人妖不可侵を守るために戦うのであります。

 そんなシリーズの基本設定は今回も変わることはありませんが、前作は一本の長編スタイルだったのに対し、本作は一つの物語を追いかけつつも、全体としては四つの短編から構成された連作形式となっているのが大きな違いでありましょう。
 いわば前作が拡大スペシャルの第一話だったとすれば、今回はレギュラーシリーズといったところでしょうか。

 そして物語のバリエーションという点からすると、その全四話構成は実にいい方向に作用しております。
 旅の途中で立ち寄った漁村で、子供をさらったという海の神にまつわる意外な真実を描く第一話。
 仲間からはぐれた蘭が、妖貸しに追われる男とむじなの子を守って孤独な戦いを繰り広げる第二話。
 奇怪な竹林に迷い込んだ千槍組の面々が、姿なき敵の攻撃の前に疑心暗鬼に陥っていく第三話。
 ついに佐渡島にたどり着いた千槍組が、謎の壷を巡り、狸たちを滅ぼし人間を支配せんとする妖狐との決戦に臨む第四話。

 謎解きあり、人情あり、能力バトルあり、伝奇あり――それぞれ全く異なった趣の四つのエピソードは、短編でありつつも、その分量を感じさせぬ密度、満足度であります。
(そしてまた、テンポの良い四話構成にしたことで、前作で少々感じたストーリー展開の重たさも解消された印象があります)

 しかし、一本のストーリーとして緩やかに繋がっている点を除いても、本作の四つのエピソードには、共通する部分があるやに感じられます。
 それは「絆」の存在――人と妖の、妖と妖の、親と子の、そして仲間同士の、様々な形の絆のあり方が、四つのエピソードでは描かれているのです。

 「絆」とは、個人と個人を結びつけるもの。たとえその結びつきの理由や程度はそれぞれだとしても、そこで生まれた結びつきの美しさを本作は描き出す――というのはいささか言い過ぎかもしれません。
 しかし人と妖の間に立ち、そしてその両者のために戦う千槍組が今回守るものは、まさにその絆――そしてもちろん、彼女たちも自分たち自身の絆を背負っているのですが――であると、特にラストのエピソードからは強く伝わってくるのです。


 敵側にも相当の大物が現れ、いよいよ作品世界の広がりが感じられる本作。次あたり、相当大がかりな話になるのではないかという予感もありますが、いずれにせよ二作目にして大いに勢いがついてきたことは間違いありません。次回作が楽しみであります。


『あやかし秘帖千槍組 2 妖貸し狐狸合戦』(友野詳 廣済堂モノノケ文庫) Amazon


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2014.11.04

『BRAVE10S』第6巻 大波乱、2.5部完!?

 ついに天下分け目の関ヶ原に突入した『BRAVE10S』。言うまでもなく、史実でも真田家にとって大きな意味を持った関ヶ原の戦ですが、本作におけるそれは想像を絶するもの。全く思いも寄らぬ敵の出現に十勇士も大苦戦、大きな犠牲を払うことに――

 関ヶ原の戦で真田幸村と言えば、上田城の戦。関ヶ原に向かう途中の徳川秀忠が上田城を攻撃したところ、散々に振り回された末に関ヶ原に遅参するはめになった……
 というあのエピソードですが、本作におけるそれは、実に本作らしく、いやそれ以上にとてつもないものでありました。

 伊佐那海の力を求めて上田城を強襲した秀忠。その手勢は新たな十勇士たる服部半蔵とその配下に蹴散らされたものの、そこに登場したのは彼の切り札たる存在――スサノオ。
 そう、記紀神話の荒ぶる神、イザナギとイザナミの間に生まれたあのスサノオであります。

 なるほど、伊佐那海がイザナギノミコトの化身ともいうべき存在であることを考えれば、スサノオのように他の神が存在してもおかしくはないのかもしれませんが、よりによってここで登場するとはタイミングが悪すぎる。

 場所は十勇士以外の人間もいる上田城、しかも十勇士のうち、甚八と鎌之介を欠いた状態での戦いに、果たして十勇士は大苦戦。
 伊佐那海を守るべくあの男が散り、そしてその伊佐那海も……

 そして戦いは終わり、三成は斬首され、兼続は主家を守るのがやっと。そして幸村は九度山へ――
 幸村は九度山で無聊をかこち、十勇士は各地に散り、今はただ雌伏の時と言うべきでしょうか。

 しかし東軍につきながらも同じく雌伏を強いられ、幸村のようにはそれに耐えられぬ男が一人います。
 その男、伊達政宗の前に現れたのはスサノオともう一柱の神。神の猛威を知り、駆けつける才蔵ですが……


 いやはや、決して平坦な道を歩んできたわけではない、むしろ苦戦の方が多い十勇士ですが、今回ほど完膚なきまでに叩きのめされたことはありますまい。
 冒頭で述べたとおり、関ヶ原の戦は真田家の、真田幸村の運命を変えたとも言える戦いですが、本作においても大きな区切りを迎えたことになります。

 そう、ある意味物語はここで一区切り、言ってみれば2.5部完と言ったところ。しかし十勇士のうちある者は去り、ある者は傷ついた状態からの新展開というのは、なかなか重いものがあります。

 最も、どん底までくれば、ここからは逆転しかない。果たして散り散りとなった十勇士はいつ再び集結するのか、そして意味ありげに登場した謎の新キャラの正体は……
 関ヶ原の戦があっさり終わってしまったのは少々残念ですが、まだまだ先は長い。十勇士の逆襲を楽しみに待つこととしましょう。


『BRAVE10S』第6巻(霜月かいり KADOKAWA/メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S 6 (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2014.11.03

『軍師 黒田官兵衛伝』第2巻 運命の変転と、来たるべき未来と

 大河ドラマの方はそろそろ終わりが見えてきましたが、こちらはこれからいよいよ佳境に入るところの戦国4コマ漫画『軍師黒田官兵衛伝』第2巻であります。第1巻ではどっちつかずの主君を説き伏せて織田家の傘下に入ることを承知させた官兵衛ですが、その主君の裏切られ、土牢に幽閉されることに……

 というわけで、この巻の前半で描かれるのは、官兵衛の生涯を語るにあたり欠かすことのできない有岡城での幽閉生活であります。

 信長に背いた荒木村重を説得するために単身、有岡城に赴いたものの、主君である小寺政職によって村重に売り渡される形で捕らえられてしまった官兵衛。
 村重に幾度も返り忠を勧められながらも、これを肯んずることなかった官兵衛は、日も射さぬ狭い土牢の中に永きに渡り幽閉されることとなります。しかも使者として城に入ったまま消息を絶った官兵衛を、信長は裏切ったとみなし、人質である官兵衛の子・松寿丸を殺せと命じることに……

 と、ここで描かれるのはいわゆる官兵衛ものでは必ず語られるエピソードに忠実な内容。その意味では新味はない……といえるのかもしれませんが、これだけ悲壮な内容を、適度なギャグを交えつつ、四コマ漫画として成立させているのは、これは見事というほかありますまい。

 もちろん官兵衛のみならず、残された家族や家臣たちの結束と努力、そしてあくまでも官兵衛を信じる竹中半兵衛らの姿も平行して描かれるのも巧みなところ。
 特に半兵衛に関しては(これは史実なので書いてしまいますが)、官兵衛が救出される前に病没しているのですが、そこで描かれる秀吉との別れの場面が心に残ります。

 第1巻の紹介でも触れたかと思いますが、本作は同じ作者の『信長の忍び』と同じ世界観であり、同じキャラクターデザインで描かれることとなります。
 いわば本作は『信長の忍び』の未来の姿を描いた作品と言えますが、それだけに、同作から登場している半兵衛の退場は、おそらくは初めてであろう秀吉の悲しみの涙とともに、強く印象に残ります。

 印象に残るといえば、官兵衛に対する村重の想い、いや村重が信長を裏切った理由などもなかなか読ませてくれるのですが、この辺りはちょっと(カッコ)イイ話に過ぎると感じられるのは、本作がやはり、官兵衛という主人公を中心とした物語である故でしょうか。
(その意味では、千鳥という主人公と、信長という中心を別々に持った『信長の忍び』とは、やはり大きく異なる印象があります)


 何はともあれ土牢から救出され松寿丸も無事、信長の信用を得て、秀吉に仕えることに――と、大きな運命の変転を迎えた官兵衛。
 本書の後半で描かれるのは、秀吉の軍師として活躍する彼の姿ですが――しかし単純に格好いい姿を描くだけではなく、鳥取城攻略戦(しかし帯で「[鳥取城渇え殺し]完全収録!」と強調されているのはこれはどういうわけか……大河ドラマとの対比でしょうか)では戦の厳しさ、残酷さも同時に描き出すのは、本作の魅力でしょう。

 また、第1巻でも強烈な個性を放っていた宇喜多直家が、ある種の律儀者である官兵衛とは正反対の人物でありつつも、それなりの道理と理想を持った人物として描かれているなど、ディフォルメしながらも陰影に富んだ人物像もまたお見事。

 『信長の忍び』読者にとってはよくご存じのとおり歴史ドラマと四コマギャグを同時にハイレベルで成立させる作者の手腕は、本作においても――上で述べたように、作品の構造から来る違いはあれど――健在であります。


 さて物語は次の巻で運命の天正10年へ。ラストに登場した「あのキャラクター」――『信長の忍び』とはうって変わった、半ば死人と化したような表情には背筋が粟立つばかりのあのキャラクターが引き起こす事件を、本作はどのように描くのか。
 いよいよ正念場であります。


『軍師 黒田官兵衛伝』第2巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
軍師 黒田官兵衛伝 2 (ジェッツコミックス)


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2014.11.02

『猫の手、貸します 猫の手屋繁盛記』 正真正銘、猫侍が行く!?

 大身旗本の跡取りだが、ある事情で人間大の白猫となってしまった近山宗太郎。実家を出て裏長屋に住むこととした宗太郎は、善行を積んで元の人の姿に戻るため、よろず請け負い業「猫の手屋」を始めた。そんな彼のもとには、鼠退治から幽霊供養のような奇妙なものまで、様々な依頼が……

 先日も似たようなことを書きましたが、既に毎月のように発表される妖怪時代小説、時代怪異譚において、作品の大きな売りとなるのは、やはり主人公の個性でありましょう。
 その意味では本作の主人公は、個性という点では屈指の存在。正真正銘の猫侍、武士の姿をした、人間大の白猫――いや、人間大の白猫になってしまった武士なのであります。

 とある旗本の跡取りである宗太郎は、酒に酔ったある晩の出来事がもとで、翌朝目覚めてみれば白猫になってしまった青年。
 その原因となった猫股から、善行を積むことで人間に戻れると言われた彼は、一人裏長屋に住み、何でも屋「猫の手屋」を開業し、周囲の人々の役に立つことをしようと意気込むのですが……

 宗太郎は猫になる前は、いや今も四角四面で生真面目な性格。しかも大身の若様ということで下々の暮らしを知らず、その日常は戸惑いばかり。
 そんな彼のことを猫になってしまった人間ではなく、人間になりかけの猫だと思い込んで接してくる(それにいちいち律儀にツッコミを入れるのもおかしいのですが)長屋の人々に助けられながら、彼は市井の様々な事件を解決するために奔走する……というのが本作の基本設定であります。


 なるほど、猫がらみの時代小説というのは決して少なくなく、先日も猫時代小説アンソロジーが刊行されたばかり(近日中に紹介いたします)ですが、ファンタジーではなく、「現実の」江戸に猫侍が活躍する作品というのは相当に珍しい。
(個人的には、人間大の猫が長屋に住んでいるという事実に周囲の人間が驚かないことに何らかのエクスキューズが欲しいと思いますが、そこはまあ、そこは江戸っ子のおおらかさと言うべきでしょうか)

 そう、本作は主人公が猫侍であること(そして一部猫股等が登場すること)を除けば、かなり真っ当な人情もの時代小説であると言えます。
 もちろん、その最大の特長と、シチュエーションとのギャップから来るおかしさが本作の最大の魅力でありますが、良く言えば手堅い、厳しく言えば新味がないという印象があるのもまた事実ではあります。

 宗太郎の父が、実はあの有名人らしい、というほのめかしもあり、そちらの方に行っても面白いとは思いますが、あまり派手な展開となってしまうのも勿体ないという気もいたしますし、なかなか難しいところではあります。


 ちなみに本作、作者の『不思議絵師 蓮十』シリーズにも登場している歌川国芳が登場(時代的には本作の方がだいぶ後)。
 出番は少ないのですが、猫好きの国芳らしい変た…いやエキセントリックな行動ぶりも楽しいところです。


『猫の手、貸します 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
猫の手、貸します 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)

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2014.11.01

『当世白浪気質』第1巻 死の先にある真実を求めて

 時は東京に焼け跡残る昭和23年、美術品泥棒の青年・虎之助は、お宝を求めて迷い込んだ山村で、人形のような美少女・千越と出会う。村のために山の神の使いの狼に嫁入り=生け贄になるという彼女の境遇を知った虎之助は、思わず彼女を救って東京へ。かくておかしな二人の共同生活が始まることに……

 好評連載中の『明治失業忍法帖』の前に作者が連載していた作品、そして舞台は第二次大戦直後の時代ということで、以前から気になっていた作品をようやく手に取ることができました。

 主人公は白浪=盗賊、それも美術品専門で女好きの脳天気なアプレゲールの美青年、そしてヒロインは生まれた時から神の生け贄として育てられてきた深窓の(?)美少女――
 これまたユニークなカップルですが、そんな二人を通じて時代が描かれ、そしてそんな時代を通じて二人の関係性が描かれるのは、本作も同様であります。

 そんな本作の主人公・トラこと虎之助は、先の戦争では陸軍として大陸にいた男。ようやく帰ってはきたものの、東京はまだ焼け野原、しかしそんな全ての価値観が滅茶苦茶になった時代こそ、美術品の価値が上がる……と、あちらこちらであれこれ企む小悪党であります。

 そんな彼がお宝を求めて向かったとある山村で出会ったのは、屋敷の中に閉じこめられるように暮らす美少女・千越。いまだ古き因習の残る村において、彼女が神に捧げられるための生け贄として育てられていることを知ったトラは、思わず彼女を「盗み出して」逃走、村の追っ手の前にボロボロになりながらも、二人は東京に逃げて……
 というのが第1話のあらすじであります。

 以降描かれるのは、千越を背負いこむことになりながらも白浪稼業に精出すトラと、そんな彼の妻を自称して微妙な共同生活を送る千越の姿を中心とした連作短編的エピソード。
 トラが挑む様々な白浪ミッション、徐々に明かされていく彼の過去とそれを巡る人々の存在、そして進展するようで進展しない二人の関係……

 それぞれのエピソードで描かれる美術品の存在とそれを巡るちょっと洒落たドタバタ騒動も実に楽しいのですが、やはり最も印象に残るのはこの二人の特異なキャラクターでありましょう。

 都会性の固まりのようなトラと、古い因習に縛られてきた千越。二人の対照的なキャラクターは、トラのアロハシャツ、千越の着物と、そのコスチュームを見ただけでも明確であります。
 しかしそれでいて二人に共通するのは、共に死に損ない、そして未来に確たる展望もないこと……その点でありましょう。

 実は大陸で非人道的な作戦に従事し、そして戦後はシベリアに抑留されていたトラ。そんな彼が九死に一生を得て日本に帰ってきてからの姿は、自由を謳歌しているようでいて、どこか投げやりな危なっかしさがつきまといます。
 そして千越の方はといえば、そもそもが死ぬために生きていたような人生。そんな生から急に解放され、自分の足で立つことを求められたとしても、戸惑うのが当然でありましょう。

 そう、本作の中心となるのは、実にそんな似てないようで根本的なところで共通する二人が、焼け跡で寄り添い、少しずつそれぞれの隙間を埋めていく姿。
 全ての終わりである死、その死の先にある世界に、何が残っているのか。何が生まれるのか。もしかしたらそれは全てまやかしかもしれませんが、しかし同時にその中にこそ真実があるのかもしれない……

 それは実は、この二人だけではなく、この時代に生きた全ての人々の中に大なり小なりあった思いでありましょう。
 本作はそれをおかしな二人の中に象徴的に描くとともに――それをラブコメというスタイルの中に巧みに落とし込んでいるのがまた楽しい(そしてもちろんそれは『明治失業忍法帖』に通じる手法でもあります)。


 10年近く前の作品ということもあってか、ビジュアル的には少々苦しい部分もなくはないのですが、その時代特有のものといまの時代にまで通じるもの、その巧みな使い分けで物語を紡ぎ上げていく様は、今読んでも実に面白い。
 残り2巻も、もちろん近日中に取り上げたいと思います。


『当世白浪気質』第1巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータコミックスα) Amazon
当世白浪気質 1 東京アプレゲール (ボニータコミックスα)


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