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2014.11.15

『宮本伊織』 青年と養父を通じて描く戦後の武士の在り方

 播磨の庄屋の次男・伊織は、ある日突然、叔父の宮本武蔵に一方的に養子にされてしまう。仕舞一つを教えられただけで小笠原忠政の小姓にされた伊織は、わからないことだらけの環境の中、苦労しながら小姓として、武士として成長していく。そんな中、伊織が知った驚くべき武蔵の計画とは…

 「天を裂く 水野勝成放浪記」で注目を集めた大塚卓嗣の第二作は、タイトルにあるとおり宮本伊織――あの宮本武蔵の養子を主人公とした物語であります。

 実在は確かなものであり、フィクションでの登場も少なくないものの、その出自や経歴については不明な点も多い宮本伊織。
 何故、あの武蔵が養子に選んだのか。剣の腕はいかほどだったのか。武蔵の名はあったとしても、若くして家老になったとすればどれだけの才を持っていたのか……
 本作はその疑問を一つ一つ取り上げつつ、そこに込められた武蔵の深謀遠慮と、伊織自身の成長絵巻を描き出すのであります。

 生まれてから農作業しかしたことにも関わらず、突然武蔵の鶴の一声で養子に、武士にさせられてしまった伊織。仕舞(能)を一曲教えられた以外は何も教えられることなく、突然播州明石藩主・小笠原忠政の小姓にされてしまった伊織は、その日から、自分の無知と周囲の妬みやいびりに苦しむ毎日を送ることに……

 彼をそんな境遇に陥れた武蔵に怒りをぶつけようにも、相手は柳に風と聞き流す上に日本一の剣豪。悔し涙に暮れながらも、伊織は自分自身で考え、自分にできることを一つ一つ積み重ね、武蔵の残した「くだらん武士には染まるな」という言葉を意味を自分なりに現実のものとしていく道を選ぶのであります。

 作者の前作の主人公・水野勝成は、政の才を示しつつも、いわば暴力で飯を食って生きてきた人間、戦国時代の申し子であります。
 対するに本作の伊織は、剣とは全く無縁の百姓出身の青年。武蔵に引っ張り出されるまでは、単なる平凡な若者に過ぎません。

 そんな彼が、突然名門小笠原家に放り込まれ、何を感じ、何を思い、何を目指すのか――本作はそれを丹念に描き出します。
 勝成に比べれば、遙かに読者たる我々に近しい存在である伊織。そんな彼が人として悩む姿はどこまでも身近であり、そして武士として一歩一歩成長していく様は、そこに至る道の険しさがはっきりと感じられるからこそ、我が事のように嬉しく感じられるのです。

 そして同時に本作のキモとなるのは、伊織を小笠原家に送り込んだ武蔵の真意であります。かの巌流島の決闘以来、仕える先を転々としてきた武蔵。そこに剣士としての武蔵の悩みや挫折を見る作品は無数にありますが、本作の武蔵は器が違う。

 水野家、黒田家、本多家、細川家、そして小笠原家――彼が転々としてきた大名に、本作はある共通項を見出し、そしてそこに武蔵の一介の剣人に収まらぬ、武士としての姿――それも戦国が終わった後の、偃武の時代のそれを描き出すのであります。

 そして奇しくもそれは、方法は全く違えど、伊織が目指す道と重なるものでもあります。

 伊織が目指す道――それは、百姓が、武士が、皆がそれぞれ平和に、苦しみ少なく豊かな生活を送れる国。
 一見これは、いかにも現代的な発想、綺麗事絵空事のようにも見えますが、伊織は生粋の武士ではなく、百姓の出身。そして彼が戦国がほぼ終わった後の時代に生まれたことを思えば、それなりに納得できるものと言えますまいか。

 そう、本作は伊織の成長譚や武蔵の一種伝奇的な大望を通じ、平時の、戦後の武士の在り方を描いた作品。その意味では、戦時の武士の在り方を描いた前作とは対になる作品であり……そして「くだらん武士」との決別を描く点で、実は非常にドラスティックな作品ともと申せましょう。


 と、実に魅力的な本作ではありますが、最後にうるさいことを言わせていただければ、そんな伊織のライバル――というよりも、剣術上、いや思想上で対になる存在とも言うべき荒木又右衛門の描写が、少々粗かったという印象があります。

 伊織が平時にあって平時のために生きる武士だとすれば、又右衛門は平時にあって戦時の生き様を望む武士。師・柳生宗矩の「剣禅一如」の教えを単なるお題目と一笑に付し、己の剣を極めるために殺人剣に踏み込む男であります。

 それ自体は良いのですが、伊織と対峙させるのであれば、彼が背を向ける「剣禅一如」の内容をもう少し踏み込んで描いても良かったのではありますまいか。
 伊織と又右衛門だけでなく、武蔵と宗矩……いや柳生新陰流との対比にも繋がる部分だけに、その点のみは気になった次第です。


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宮本伊織


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コメント

初めまして。以前から楽しく拝見させてもらっていますが、初めてコメントさせていただきます。

宗矩の語る「剣禅一如」で理想としてる心の作り方は、実際に兵法家伝書に基づいて語れば、武蔵が五輪書で理想としている「巌の身」と本質的には違いがなくなっちゃいますからね。

他にも「大の兵法」と「治国平定の剣」とか似ている所は多いですし。
その辺を踏まえた上で二人の差異を語れれば非常に面白そうですけどエンターテイメントとしては成立させづらいかもしれませんね。

武蔵に限らずですが、この時代の剣豪を扱った話の中にはお題目として「剣禅一如」を批判する話は多いですけど、宗矩の思想にちゃんと踏み込んだ上で、物語を成立させるためには、宗矩をメインに添えるくらいの覚悟が無いなら難しいのかも、と思います。

投稿: おすし | 2014.11.15 20:44

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