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2014.11.08

『夢の燈影』 影と光と、人間とヒーローと

 『一鬼夜行』など妖怪時代小説で活躍する小松エメルが新選組の大ファンであることをご存じの方もいることでしょう。本書はそんな作者が初めて真っ正面から新選組を描いた短編集ですが――しかし、一ひねりも二ひねりも加えることで、「人間」としての隊士たちを描いたユニークな一冊であります。

 本書に収録された六編の短編は、いずれも「小説現代」誌に不定期連載された作品。最初に述べたとおり、作者が得意としてきたのは妖怪時代小説ですが(そしてその系譜にある『蘭学塾幻幽堂青春記』にも新選組は登場するのですが)、本書はそうした要素をほぼ完全に封印して描かれる「普通の」時代小説であります。

 しかしもちろん、新選組を書くために小説家になったというほどの作者が、「普通の」手法で新選組を描くはずもありません。本書に収録された作品は、それぞれ異なる隊士を主人公とするものですが、その顔ぶれが実に興味深い。

 各作品と主役隊士は以下の通りですが――
『信心』 井上源三郎
『夢告げ』 蟻通勘吾
『流れ木』 近藤周助
『寄越人』 酒井兵庫
『家路』 山崎丞
『姿絵』 中島登
ご覧の通り、失礼を承知の表現を使えば、いずれもマイナー隊士揃いであります。
 おそらくはこの中で一番知られているのが井上源三郎と山崎丞、次いで近藤周助辺り……残りのメンバーは、よほどの新選組ファンでない限りは、ちょっと名前を記憶していないのではありますまいか。

 しかし、如何に後世の人間が好き勝手に評価しようとも、確かに彼らがこの時代に生き、新選組でその生を燃やしたのは間違いのない事実。その意味では、近藤土方沖田、あるいは永倉原田藤堂といったヒーローたちと、何の違いもありません。

 そう、本書はそんな歴史の中に埋もれがちな隊士たちの視点から描くことにより、単純な「ヒーロー」ではない新選組の姿を、現代に生きる我々と全く変わらない喜びや悲しみ、悩みを抱えて生きてきた「人間」たちの姿を浮き彫りにするのであります。

 ……が、本書が素晴らしいのは、そんな新選組の「影」にいた者たちの姿を描くことで、間接的に、「光」の中にいた者たちの姿をも描き出すことでしょう。
 そんな光の中に浮かび上がるのは、「ヒーロー」としての姿を持ちつつも同時に「人間」である新選組の姿であります。


 新選組をヒーローとして(あるいは戦前のように悪役として)のみ描くことは、確かに一面的でありましょう。しかし同時に、人間としてのみ描くことも、また一面的ではないか――
 というのは、これは私の勝手な思いこみかもしれませんが、しかし本書が描く新選組の光と影は、そうした意味も含むものではありますまいか。

 そしてその意味で本作は史実と虚構の間に立ち――その中から新たな物語を生み出してみせた、優れた時代小説と感じられます。


 個々の作品の内容については(全6作のうち半分ではありますが)雑誌掲載時に紹介していることもあり、ここでは述べません。
(ただ、雑誌掲載時には一番最後に発表された『信心』を、本書の冒頭に持ってくることで新選組の誕生と最期を俯瞰的に見せてしまうという趣向はお見事、と申しましょう)

 新選組ものの光と影を描き出した新たな名品として、ただ一読を、と申し上げる次第です。


『夢の燈影』(小松エメル 講談社) Amazon
夢の燈影

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