『江戸猫ばなし』(その二) 猫と傀儡と死神と
光文社文庫の猫時代小説アンソロジー『江戸猫ばなし』紹介の後編であります。今回紹介するのは西條奈加と高橋由太、どちらもファンタジックな味わいの作品を得意とする作者ならではのユニークな作品です。
『猫の傀儡』(西條奈加)
個人的には本書の中で最も印象に残った一編。何しろ本作は、猫視点のミステリ――それもどこかハードボイルド風味すら感じられる――であり、猫と人間の一風変わったバディものなのですから。
タイトルにある傀儡とは、猫が自分たちの役に立てるため操る人間のこと。主人公たる猫の傀儡師・ミスジは、長屋に暮らす自称狂言作者の阿次郎を傀儡に、町の猫たちが巻き込まれた面倒事を解決するために奔走することになる……ユニークな時代ファンタジーを得意としてきた作者ならではの設定であります。
本作では、ミスジは百両もするという変わり朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を助けるために、真犯人を捜すことになるのですが――しかし傀儡師といっても、別に超自然的な力で人間を、傀儡を操るわけではありません。
傀儡師にできるのは、それとなく傀儡にヒントを与え、自分の知りたいことを知り、させたいことをさせられるように、誘導することのみ。
人の言葉をある程度理解できるものの、人の言葉を話せない状態で、どのように傀儡を操るのか――そのもどかしさこそが本作の楽しさでしょう。
事件が解決しての後味も良く、ぜひシリーズ化していただきたい作品です。
『九回死んだ猫』(高橋由太)
やはり妖怪時代小説の代表選手であり、作品にしばしば猫が登場する作者による本作は、猫は九つの命を持つという伝承を踏まえた、物悲しい味わいのダークファンタジーです。
戦国時代以来、幾度となく生を受け、死んできた「猫」。その彼の死の前に決まって現れる死神の少年・幸吉は、そのたびに、最後に会いたい人(猫)に会わせてくれるというのですが――しかし一度も会いたい者に会うことができなかった猫。
幸吉が会わせてくれるのは生きた者だけであり、彼が愛した者たちは、いずれも彼よりも先に命を失っていたのであります。
そんな生を重ねてきた猫が、九度目の生を終える時に何を願ったか――重く切なくも美しい結末は、作者のもつもう一つの側面を感じさせてくれます。
(ちなみに本作、作者の別の作品のキャラであるぽんぽこと白額虎が登場するのですが、これは一種の読者サービスと言うべきでしょう)
なお、残る3作品は超自然的要素のない人情もの。『仕立屋の猫』(稲葉稔)は、猫が縁で仕立屋の針子となった娘と、彼女を実の子のように可愛がる仕立屋の親父の物語。
『ほおずき』(佐々木裕一)は、長屋で暢気に暮らす若者が、猫が縁で思わぬ幸福を掴む姿を、作者らしいのどかなタッチで描いた作品であります。。
(猫が縁結びになるというモチーフが少々重なる印象が……)
ラストに収録された『鈴の音』(中島要)は、町人から武家の養子となった叔父が、突然家を捨てた背後にある真実を、甥が知る物語。しっとりと、しかし切ない物語が、ラストにヒヤリとした後味を残すキレも見事な作品であります。
『江戸猫ばなし』(赤川次郎ほか 光文社文庫) Amazon
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