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2014.12.26

『信玄の首』 戦い続ける忍者の血みどろ成長絵巻

 三方ヶ原の戦で武田信玄に大敗した徳川家康。これまで武士として家康に仕えていた服部半蔵正成は、主から忍者として信玄暗殺を命じられる。伊賀の援軍・楯岡道順らを加え、計画を練る半蔵。しかし信玄の周囲には、真田の忍者集団・六文銭が待ち受けていた。次々と仲間たちが斃れていく中、半蔵は……

 エンターテイメント色が強い、というよりバトル色の強い時代小説を書かせたら当代有数の書き手と言うべき矢野隆の最新作は、『ランティエ』誌に連載された忍者ものです。
 主人公は服部半蔵正成――その名を戴いた者が数ある中でも最も有名な半蔵。そして彼が狙うのがタイトルのとおり、武田信玄の首と相成ります。

 その人生でも最悪の敗戦ともいえる三方ヶ原の戦の直後、浜松城に籠もった家康。打開の糸口も見えぬ戦いに、家康が最後の希望を託したのが半蔵でありました。
 これまで父や兄と道を違え、武士として生きてきたものの、この敗戦で兄を失い、服部家を継ぐこととなった半蔵。彼は戸惑いながらも主を救うため、伊賀の援軍である楯岡道順ら4名を加え、8名のチームで信玄の首を狙うことになります。

 しかしその信玄を守っていたのは、真田幸隆配下の忍者集団・六文銭の怪忍者たち。業平・遍昭・喜撰・黒主・文屋・小町――六歌仙の名を冠した忍びたちが、半蔵らの前に立ち塞がることとなります。
 かくて始まる8対6の死闘の行方は……


 と、物語的には極めてシンプルなトーナメントバトルである本作。当然ながら、そこで展開されるのは、達人同士の華麗な戦いなどではなく、血で血を洗う潰し合いとなります。
 尤も、忍者同士の異能の秘術合戦を期待すると一部を除いて意外と地味ではあり、その辺りを期待するとちょっと肩すかしを食う部分は否めません。

 しかしそんなこともあまり気にならなくなるのは、矢野節とも言うべき血みどろの成長絵巻が、本作においてもしっかり展開されている点でありましょう。

 上に述べたとおり、元々は武士として家康の力となることを望んでいた半蔵とその配下。しかしその想いは突然の敗戦により覆され、待っていたのは忍者の頭領としての責務と主君の重い期待でありました。
 果たして己は忍者として敵に打ち克つことができるのか、頭領として配下の命を預かるのに相応しいのか。六歌仙との死闘の中で、半蔵は幾度となく壁にぶつかり、苦しむこととなります。

 そしてその姿を描くことこそ作者の真骨頂と言えましょう。
 自分は何のために戦うのか。生き延びるためなのか、果たすべき目的のためなのか、それとも――それを知ることは、すなわち、己が何のために生きるのかと同義。
 そのために己の心と体に無数の傷を負い、血を流し続けながらも戦う若き魂の姿が、ここにはあります。


 正直なところ、クライマックスの展開については――どんでん返しに大いに驚かされたものの――厳しく言ってしまえば一種のご都合主義とも言えるかもしれません。
 しかしそこに描かれたものが、そこに至るまでの物語全てを経験した上で初めて到達した半蔵の魂の輝きだというのであれば、それは確かに受け止めるべきものでありましょう。

 こうした点も全て含めて、本作は実に作者らしい作品であり――作者もまた、これまで同様に走り続けてきたのだな、とも感じた次第です。


『信玄の首』(矢野隆 角川春樹事務所) Amazon
信玄の首

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