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2014.12.02

『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』 消費される「私」への鎮魂

 文壇から身を引き、代筆を生業としていた中川恭次郎は、親友の眼科医・井上通泰から、実際の怪事件を題材に探偵小説を書かないかと誘われる。通泰によれば、彼らの後輩である田山花袋の小説こそ、事件の記録だというのだ。成り行きから通泰と彼の書生・やいちとともに捜査を始めた恭次郎だが……

 『小説野性時代』誌に連載されていた大塚英志の新作が文庫化されました。連載時には『松岡國男妖怪退治外伝』の副題があったとおり、本作でもイラストを担当している山崎峰水の作画による『松岡國男妖怪退治』の外伝であり、後日譚ともいえる設定の物語であります(『松岡…』自体が『黒鷺死体宅配便』のスピンオフですから、二重のスピンオフと呼べるかもしれません)

 そんな本作の主人公を務めるのは、國男や花袋にとっては先輩、兄貴分とも言うべき中川恭次郎と井上通泰(通泰に至っては、國男の実兄であります)。
 そして物語は、故あって文学を捨てて表舞台から身を退き、医学書などの代筆で口を糊していた恭次郎に、やはり一度は表舞台から身を退いた通泰が、シャーロック・ホームズ譚のような探偵小説執筆を持ちかけてくることから始まります。

 通泰によれば、花袋が発表した短編――電車で見かけた美少女に惹かれた男が、電車事故で命を落とすまでを描いたそれは、実在の殺人の記録である由。
 野心と勢いだけは一流の通泰に引っ張られ、恭次郎はホームズとワトスンよろしく(どちらがどちらかはさておき)、本当に事件かどうかも怪しい一件の調査に乗り出すのですが……

 しかし彼らの前に次々と現れる怪事。実際に電車事故で死んでいた花袋の会社の部下。同様の死を遂げていた、花袋宛に写真を送ってきた少女読者の兄。さらに恭次郎が電車で目撃した、写真に写っていたこの世の者とは思えぬ美少女の存在――
 これらの事実は、これが本物の、そしてこの世ならざる事件であることを物語ります。

 なによりも、通泰の書生であり、極めて強い霊感を持つ青年・やいち――そう、『松岡…』では少年時代の姿が描かれたあのやいち――が写真から感じ取ったのは、成仏していない強力な霊の存在。
 さらに謎の幽霊写真屋が出没、さらなる死者も発生し、いよいよ事件は混沌とした様相を呈することに……


 中短編エピソードの連作というスタイルゆえか、展開が少々慌ただしく、悪く言えば三題噺的な題材のつなぎ合わせ的な味わいがあった『松岡國男妖怪退治』(尤も、これは原作者の同様のスタイルの作品ではよくあることですが……)
 それに比して本作は、一冊を通しての長編エピソードであるためか、題材の多さも気にならず、むしろ起伏に富んだ物語の中で奇人怪人が活躍する、作者の伝奇ものの魅力が最も良く出ているように感じられます。

 特に幽霊写真を巡る一連の展開は、怪奇探偵ものと見ても実にユニークで面白い。
 例によって史実を、実在の人物を絡めて描かれるそれは、事件の真相も踏まえて考えると、ある大変に有名な「伝染るホラー」の本歌取り的なものも感じられるのが興味深いところであります。
(それ以前に、作者がノベライズを担当した『零』を思うべきかもしれませんが)

 しかしそれ以上に印象に残るのは、本作で描き出される「私」の存在であります。

 文壇の潮流からも浮かび上がるように、近代化されるなかで人々が「私」を獲得したように見える明治という時代。しかしその同じ時代に、様々な形で「私」は希薄となり、消費されていくことになります。
 本作の遠景となる日露戦争、そして何よりも本作のキーアイテムとなる写真の存在は、その象徴というべきでありましょう。

 そしてそれを追うのが、「私」を捨て、代筆という他人の名を借りて生きる恭次郎というのがまた極めて象徴的であり――そして結末で彼が見たある風景は、消費されゆく「私」への鎮魂、救いと言うべきでしょうか。

 それの救いはまた、今この時代――また別の形で「私」が消費されていく時代にも必要とされているものでありましょう。


 物語の根幹となる部分がちょっとアンフェアな扱いのような印象はありますが、人気シリーズのスピンアウトとして、作者一流の伝奇ものとして楽しませていただきました。
 いつか、語られざる物語が語られることを期待しつつ…・


『代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険』(大塚英志 角川ホラー文庫) Amazon
代筆屋中川恭次郎の奇っ怪なる冒険 (角川ホラー文庫)


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