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2014.12.04

『涼州賦』 武侠小説発展前夜の快作

 特に武侠もの色の強い中国歴史ものを得意とし、最近では文庫書き下ろし時代小説をコンスタントに発表している藤水名子。その作者が第4回すばる新人賞を受賞したデビュー作を含む、唐代末期を舞台とした中編2作を収めた作品集です。

 表題作にしてデビュー作の『涼州賦』は、タイトルのとおり涼州を舞台としたなかなかにユニークな活劇であります。

 なかなか科挙に合格できず、役職にもつけなかった男・尚参。そんな彼は、前任者が急死したため、辺境の涼州の都督として赴任することになります。しかしこの街は役人とも結びあくどい稼ぎを続ける西域商人・董公に陰から支配されていたのでありした。
 早速尚参を手懐けようと接近してくる董公。しかし世間知らず故の頭の固さと意気地のなさからこれをきっぱり断ってしまったことで、尚参は董公から敵視され、孤立無援となってしまいます。

 ついには殺し屋の魔手にかかりそうになった彼を救ったのは、放浪の賞金稼ぎ・豹狄と、彼とは顔なじみの酒亭の女将・小杏。
 董公に屈しない彼らのもとに転がり込んだ尚参は、何とか逆襲に転じようとするのですが、権力・財力・暴力あらゆる面で圧倒する相手には歯が立ちません。
 そして董公の用心棒の中には、奇しくも小杏らにとって不倶戴天の怨敵が……

 凄腕の賞金稼ぎに侠気に富んだ女傑、街を裏から支配する権力者に残忍で凄腕の用心棒――というのは、武侠ものにはしばしば登場するシチュエーションと言ってよいでしょう。
 そこだけ見れば、本作はさまで特異な作品というわけではないのですが、しかし群を抜いてユニークなのは、そんな登場人物と舞台設定に放り込まれる主人公が、ほとんど何の取り柄もない、うだつの上がらない役人という点であることは間違いありません。

 それなりに苦労はしてきたとはいえ、長安の都から一歩も出たこともなく、市政の実状にも疎かった尚参。
 本作の物語は、その尚参のキャラクターゆえに始まったものであるという構造も面白いのですが、比較的我々に近い彼の視点から描くことにより、一種の普遍性を得ることを可能にした……と言えるかもしれません。

 思えば本作が発表された1991年は、我が国においては武侠ものが本格的に紹介される前夜とも言うべき時期。
 香港映画等で好事家の間には武侠ものというジャンルの存在は知られていても、その第一人者たる金庸の翻訳の数年前と、まだまだマイナーな存在であったことは間違いありません。

 (今も違うとは言い難いのは残念なところですが)過去の中国を舞台とした作品と言えば、歴史ものというイメージが強かった時代に、市井の名もない人々が繰り広げる戦いの物語を描くに、本作のスタイルは大きな武器となったのではありますまいか。


 ちなみに併録の「秘玉」は、楚の卞和が楚王に献上し、紆余曲折の末に至宝と認められ、また後には完璧という言葉の語源となった「和氏の璧」を巡る怪盗たちの物語。

 都の闇を駆ける盗賊たちに上がりをかすめる元締め、彼らを追う捕り方に汚職役人ども……
 と、こちらはよりストレートな冒険活劇、怪盗ものに見えますが、やはりユニークなのは、主人公・江華が妓楼のベテラン遊女という表の顔を持つ点でしょう。

 不幸な成り行きで遊女となり、さらに盗賊となって陰働きを続けながらも、ある因縁から璧を追う江華。
 そのキャラクターはあまりに特異に見えますが、しかし超然とした女傑ではなく、将来の自分の生活に悩み、美男に言い寄られては胸をときめかせ、好きな酒を飲み過ぎては失敗し……と、ある意味現実的な、いや現代的な造形なのが実に面白い。

 結末はさすがに身も蓋もなさすぎるのではないかとは感じますが、この江華をはじめとするキャラクターの絡み合いだけでも魅力的な作品です。


 上で触れたように、本作は我が国における武侠もの発展前夜に登場した作品ですが、その後、作者がこのジャンルで果たした役割は相当に大きなものがあります。

 これまでほとんど紹介する機会がありませんでしたが、今後はもう少し作者の中国ものを紹介していきたい……そう考えているところであります。


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涼州賦 (集英社文庫)

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