『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』 美剣士が本当に対すべき相手は
最近何かと話題の新潮文庫の新レーベル、新潮文庫nex。そのおそらく初の時代小説が『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』です。タイトルで気がつく方も多いと思いますが、以前『かおばな憑依帖』として刊行されていたものの、加筆修正改題版であります。
『かおばな憑依帖』については、以前このブログでも紹介させていただきましたが、第24回日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞を受賞した、ちょっとライトでファンタジー色も強め、しかし時代伝奇小説としてもユニークなアイディアを盛り込んだ作品です。
暴漢に襲われた嫡男・龍助(後の意次)を助けたことがきっかけで、田沼家と縁のできた放蕩者の美青年剣士・桜井右京。しかし時あたかも将軍吉宗と尾張徳川家の暗闘が繰り広げられる真っ最中、右京はそこに巻き込まれる羽目になります。
紀州と尾張、双方の怨霊が人知を超えた戦いを繰り広げる一方で、尾張家によって引き起こされるバイオテロ。愛する人がテロに巻き込まれてしまった右京は、恐るべき猛母・茅野のフォロー(と説教)の下、尾張の怨霊に戦いを挑むことになるのですが――
と、怨霊同士の妖術戦に、江戸時代でも成立する条件下でのバイオテロ、火花を散らす柳生の剣、さらには象に猫……と、盛り込みまくりの大活劇であります。
そんな作品の基本的な内容はもちろん変わりませんが、細かい部分で様々な加筆修正がなされている印象。
例えば、普段口うるさい茅野に手を焼きながら、そんな母が作ってきた弁当のことを嬉しげに右京が解説してしまうくだりは加筆修正分かと思いますが、右京と母の繋がりを浮かび上がらせる、微笑ましい場面で気に入っております。
また一番大きいのは、旧版の冒頭、紀州側のある人物が怨霊化する場面をカットしている点かと思いますが、これは主人公が活躍する場面から物語を始めるためのアレンジでありましょうか。
また、その代わりに冒頭と結末に、ある人物(?)のモノローグが追加されているのも気になるところであります。
と、再読でもそれなりに楽しく読むことができた本作ですが、しかし初読同様、気になる部分、ひっかかる点も多かったのもまた事実。
本作の時代伝奇ものとしての説得力・描写の弱さ――人物の出自などの伝奇的「真実」の説明を全部台詞だけで済ませてしまう点など――は相変わらずですが、それ以上に気になってしまったのは別の部分であります。
考えてみれば、大規模なテロという、江戸時代を舞台とした作品では相当に珍しい題材を扱っている本作。当然と言うべきか、作中ではテロリズムの悪がこれでもかと描き出されるわけですが……
その一方で、テロが何故起きたのか、その構造がほとんど意図的にスルーされているように見えることに強い違和感を感じたのも事実。
本作の設定では、激しい暗殺の応酬が繰り返されていた紀伊と尾張。
どちらが先に手を出したか、ということはありましょうし、何よりも一般人を巻き込んだ尾張のテロは糾弾されるべきですが、自分の血族にまで暗殺の刃を向けてきた紀伊に非がないとは言い難いものがあります。
そんな両者の争いに巻き込まれた――というより飴と鞭で幕府側に良いように使われた右京こそいい面の皮。
幕府の禄をもらっているわけではなし、無頼のスタンスにあるキャラとして、右京はその争いの、一見被害者である幕府側の非を抉り出すことのできる唯一のキャラであるはずなのですが――その彼があっさりと吉宗に(理由のよくわからない)心服をしているのは何としたことか。
(あるいはまだ幕府の色に染まっていない幕府側の人間として、龍助がその位置にいたのかもしれませんが、しかしそれもあまり生かされているとは言い難い)
実はこの文庫化で追加されたモノローグでその辺りのツッコミは軽くされてはいるものの……
二度目の紹介でも厳しいことばかりで本当に恐縮ですが、どうやらシリーズ化されるらしい本作、次回作ではこの辺りへの目配りがあることに期待したいところです。
『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』(三國青葉 新潮文庫nex) Amazon

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